Chapter86. Run as an Administrator?
タイトル【管理者として実行しますか?】
端末。
作戦の詳細を知る唯一の女。 ヴィーレを尋問することになったはいいが、唐津はあることで悩んでいた。
心を読んでくる人間相手にしたことがないのである。
それもそのはず。
異能どころか魔法使いが存在しない現実世界において、お墨付きのサイキッカーなど存在しないのだから。
挙動を観察して「見抜く」事が出来たとしても、脳をメモリーカードのように解析して読みだすような真似は出来ない。
幾多の創作物で登場してきただけあって、どうすれば良いのかの想像はつくが如何せん情報を引き出す方法に困る。
言ってしまえば、敵に動向が筒抜けなのだから。
状況は圧倒的に不利。
異世界のことを良く知るロッチナ専務にソ・USE端末でメッセージを送信し、尋問へと向かった。
【人間を機械のようにチューニングできる組織を存じ上げているなら、一報を】
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——NBC隔離区画
——人間端末ヴィーレの場合
かくして席につく唐津だったが、実際にヴィーレの姿を見て目を疑った。
まるで3Dモデルか何かのように生気も表情もないのである。
マネキンかと思いきや、顔色が付いていることからそうではない事がわかるのだが。
第一印象はバットマンに出てくる、笑っていないジョーカー。
考えていることも一切分からない。
本当に得体が知れないのだ。
流石に読み取られては困るので、頭の中で名作映画「コラテラルダメージ」に関して考えることに。
休暇中の夜、金曜ロードショウで見たのはいいが、急に呼び出されて良い所が見ることができなかったのである。
それに尋問した下士官アルドがどう見てもシュワルツェネッガーにしか見えなかったのが悪い。
中佐が口を開くよりも前に、端末が前置きを言う。
「職務遂行の際は、適切なことを考えておくことをお勧めします」
心を読んでくるのは本当らしい。
だが奥底に封じ込めた「連中が出現したがために見ることができなかった」や「帰ったら徹底的にぶち殺してやる」という感情は読めないと見て良いだろう。
いよいよ情報を引き出してやろうと思った瞬間、ヴィーレは唐津に向かってこう言い放った。
「私の持つ情報に対し、肉体的および精神的苦痛。交渉等は無意味です」
「何?」
「前言の通りです」
態度からは余裕でもない、ただの事実を突き付けられているような気がした。
掛かっているのは「秘密を守るため」のプロテクトではなく、どちらかと言うと「鍵」の方に近いのだろう。
ピッキングや破壊不能の論理上の鍵。例えるならスマートフォンのロックか。
「仮にこれらを与えた場合、肉体が絶えられない可能性があります」
侮蔑も何もない声が事実を告げる。
どうやら拷問を行えば、仏頂面のまま死んでしまい情報が引き出せなくなるという訳らしい。
「なるほど。これまた厄介な端末だ」
「お陰様で」
唐津中佐の額にうっすらと青筋が浮かんだ。
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□
しかし、この段階では端末が自称しているだけかもしれない。
ホラ吹きであるという可能性が排除できない以上、金曜ロードショウを切り上げて出勤した腹いせを兼ねて中佐は本気で詰め寄ったが、徒労に終わった。
怒鳴る、胸倉をつかむ、テーザーガンを撃ち込む。
苦痛と恐怖にも端末は屈しない。
最終奥義として、出前でかつ丼を注文。
喰わせるのではなく、目の前で掻きこむという現代警察では出来ない非人道的行為も、胃が持たれるだけだった。
代わりに出てくるのは
「情報を参照できません」
そんな機械的エラーばかり。
一言一句同じなのだからそこだけは驚かされる。
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——SOYUZ横浜本部拠点
大型格納庫 扉前
「この年になってかつ丼は無理しすぎた。胃がもたれて堪らん。……冴島大佐ならなんともないだろうが」
唐津は尋問に失敗した旨をロッチナに報告しつつ、どの手を使うべきか何重のロックが施された扉の前で考えていた。
この先は異世界が広がっているとは聞いていたが、今や巨大な棺桶の蓋にしか見えない。
SOYUZでも限られた人間しかアクセスを許されず、公開された今も厳重な警備と世情が施されている。
ひとたび分厚い壁の向こう側に出てしまえば、この世の摂理をひっくり返すもので溢れているという。
正に封印の黄金櫃。
そんな棺の先から一報が届いた。
【数時間で端末の製作者がそちらに向かう】
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□
——夜中2時
時間は日付を跨ぎ、寝静まった深夜を迎えていた。
冷房が効いている拠点から一歩外に出たが最期。
猛烈な熱帯夜が襲ってくるだろうが、屋内に居る限り悩まされることは無いだろう。
さながら結界のように。
ロッチナが「尋問する方法を知っている人間が向かっている」と言われて数時間が経つが、唐津は相変わらず待ちぼうけを喰らっていた。
追ってメッセージが来ていたが、どうやら異世界から来るらしく手続きに手間取っているとのこと。
妥協を許さないメンゲレのこともあって仕方がないのだろう。
地位ある人間の来訪だというので、唐津が出迎えることになった。
だがExcelのエラーじみた否認を突っ返してくるため想像以上に疲れたのだろう。
内心、こんな愚痴をこぼす。
【尋問にここまで手こずるとは】
これまでありとあらゆるテロリストからネコちゃんまで揺さぶりをかけてきたが、話術ではどうにもならない相手は人生で初めてだ。
異世界の魔法技術も凄いとはいえ、はたして機械のような人間から情報を引き出せるかどうかは怪しい。
どこか訝しむ彼をよそに、重い棺の蓋が開きはじめた。
漆黒の鎧武者二人に囲まれて立つ、赤い外陰を纏った西洋の老人。
髪はすっかり白くなっていたものの、黒々とした槍先のような目つきは衰えを知らない。
如何にもファンタジー世界から飛び出てきたような外観だが、口元にはガスマスクを装着していた。
よく見ると【ショーユ・バイオテック備品】と記されたテプラが張られている。
手続きを一刻も早く済ませたいSOYUZと、検疫に妥協したくないバイオテックが押し問答の挙句、しかも拡散と防護を兼ねる酸素供給式のものを付けさせるというものに落ち着いたのだろうか。
この際どうでも良い。
高官同士が対面すれば自ずと挨拶が生まれるもので、まずは老人側が名乗った。
「私はフェリックス・テーヴァ、ファルケンシュタイン帝国 国家保安委員長官にして少将だ。
深淵の槍 頭領でもある」
発せられたのはマスク越しでも確実に届くような、恐ろしく冷たい声。
それも納得がいってしまう。
テーヴァ少将の所属は「国家保安省 実働部隊 深淵の槍」
国に抗うレジスタンスや国力を無駄遣いする貴族を全て消し去った、恐るべき組織。
SOYUZと幾度となく交戦してもなお、食らいついてきた恐るべき存在の「王」が此処にいる。
「遠い所からはるばるようこそ、我々の世界に。尋問を担当しています 唐津と申します。階級は中佐。———少将とは遠く及びませんが」
こうして代表二人は社交辞令と言うべき握手をし終えると、テーヴァは本題を切り出してきた。
「端末を尋問していると聞くが、事実なのか」
「その通りです。あらゆる手を尽くしましたが、どうにも。あれほどの兵士を作れるのは少なくとも人間ではないでしょうな。神かプログラマー、どちらかです」
唐津はどこか嫌味に似た言葉を綴る。
ExcelやVBAじみた否認を吐き出す重要参考人が大量にいて堪るものか。
包み隠さず言うならば、作ったヤツの顔が知りたい。
だが、皮肉にもつまらない願いは叶ってしまった。
「あの端末を作ったのは神でも、ましてや小難しい者でもない。この私だ。
——この私が仕様を提案し、そして調整し、造られた」
曰く、ヴィーレは深淵の槍によって造られたという。
これはアルド曹長の「降って湧いたように配属された」「軍隊の人間でもここまで人間性を削らない」という証言と一致する。
「私はあまり此方には居られない。私も、護衛も持って1時間だ。……手短に説明させてもらう」
唐津は、明かされる真実を受け止めきれるのか。
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ガスマスクの効力は1時間とのことで、テーヴァは隔離室に向かう最中でも容赦なく説明をし始めた。
「我々ファルケンシュタインは情報漏洩に苦しんできた。こと、異端軍。SOYUZとの戦闘では」
情報と準備は戦いの8割を占める。
尋問に屈する人間があまりにも多いがため、侵攻される側としてはどれだけ隠そうとも、弱点を常にむき出しにされているも同然。
「人の口に戸は立てられぬ」とはよく言ったものである。
テーヴァは続ける。
「しかも端末はある作戦のためだけに特別に作り出された。それは……」
何のために動員された理由は大方察しが付く。唐津の口が開けば、答えが飛び出した。
「我々の世界に来ること」
「その通りだ。地の利も地図も、ましてや関する情報は何もない。ならば部隊は遭難してしまうことだろう。だからこそ、端末は真価を発揮する」
「人間の心と端末の心を繋げられるサイキッカーを下地に、読心されぬよう暗号化処置。
味方を殺す作戦も実行できるよう人間性を削除。高度な指揮能力・判断能力向上処理を加えた」
「ここまでは通常の深淵の槍と何ら変わりない。ただ素体が違うだけで」
軍事政権の下についている帝国軍はこんな事は絶対にしないだろう。
ファルケンシュタイン軍政において軍人は国民であり、国会議員であり、優秀な部下なのだから。
このような人体実験紛いのことが出来るのは、軍隊ではない国家保安省だけだ。
唐津がもう一つ気になったことがある。
人間性を消したとあるが、その結果がマイクロソフトじみたエラーを吐き、機械的にヒトを舐め腐った言動は如何なものか。
感情を消し、なおかつ柔軟な作戦に特化した結果がコレなのかもしれない。
彼は続ける。
「重要なのはここからだ。作戦の性質上、味方の裏切りや躊躇は許されない。特に情報漏洩はな。そこで端末には強力な情報処置を施した」
「ありとあらゆる苦痛や悦楽を与えても無駄。薬物の投与や取引の類は一切通じない。拷問しても大人しくそのまま死ぬだろう」
少将の説明はまるで兵器や家電製品の性能を語るセールスマンのようで、ひどく無機質なまま。
「———なぜなら情報そのものにロックがかけられているからだ。それゆえ、吐かないのではなく、吐けない
さらに私でなければ強固な鍵は解くことはできないよう、設計されている。あらゆるまやかしだとしても……見抜く」
「コンクールスからSOYUZと戦う事を前提にして製作せよと命令が下ったのでな、徹底的にやらせてもらった」
しかも軍事政権の長からの勅命となると、如何に作戦をさせたかったのが良く分かる。
だが作戦の全貌が見えてこない。
唐津が問う。
「そこまでしたかった作戦とは何です」
「私よりも鍵の解けた端末の方に聞くと良い。より正確で、確実だ。そちらの世界の電子端末のように」
そして、今や尋問室と化したNBC隔離区画へとたどり着いた。
次元を超えて、人間性を削除してまで実行したかった作戦の全容が今、明かされる。
次回Chapter87は12月20日10時からの公開となります。




