Chapter82. Dream Over
タイトル【夢の終わり】
——二子玉川駅近辺 多摩川河川敷
午前1時12分
小隊転移から暫く経ってから、そしてSOYUZが現場に到着して封鎖に奔走する少し前のこと。
何気なく多摩川を深夜徘徊していた無職の男がいた。
理由はない、ただ衝動的に歩いてみたかっただけである。
それに理由がもう一つ。
「あーあ、爆破されねぇかなぁ」
野外でトチ狂った独り言を口ずさんでも誰も何も言わないからだ。
しかもいい年こいた無職が、整合性の欠片もない事を言いながら闊歩したとしてもケチをつける人間はいない。
明日の事も考えず、ただ深夜徘徊しながら在らぬことを好き放題吐き散らす。
しかもセレブ街の二子玉川で。
価値観は兎も角として無職にしかできない所業、まさに特権。
独り身だからこそ出来る最高の贅沢と言えよう。
「だいたいなんであの頭脳がダチョウみたいなのしかいない会社が爆発しないで人身事故が起きてんだ。まぁ!俺は関係ない!!やめたからな!!!———俺は今更何言ってんだ?」
疲労が少しでも残った正気となって男を振り返らせる。
暗がりで何も見えないが、街中からの漏れ光が通常ではあり得ないものを映し出した。
「何あれ」
大熱唱する自分を暗がりから睨む視線と人の気配。
今は深夜で人っ子一人いない時間帯なのに、だ。
それも1つ、2つどころではない。
下手をすると学校のクラスかそれを凌駕するような数。
ともかく、莫大な人数が居るではないか。
「スレ立てして……」
そんな余裕はなかった。
ジャムトーストをひっくり返して、無残にパンの背を向けていた時の絶望とは比較にならない。
今逃げなければ確実に殺される。
Twitterで誰かを殴るときのような根拠などハナからない、本能が逃げろと告げている。
スマホに浮かぶ文字は緊急通報と伝家の宝刀「1」「1」「0」。
「—————ポリスポリスポリスポリス、速く!!!!」
無職の行動1つが、後に大きく響いてくるとは今はまだ誰も知らない……
——————
□
【警視庁から玉川】
【玉川ですどうぞ】
警察無線が交差する
110番は日本の治安に大きく寄与しているのは誰もが知る常識だろう。
アメリカは叫べば誰か来てくれるヒーローがいるが、この国には制服を着た国家権力がやってくる。
やや小回りが利かないのが難点ではあるのだが。
【それでは110番入っております、場所は東急二子玉川駅近くの河川敷、最寄りのPC派遣願いたい。刀剣類を所持したコスプレ集団のようなもの、およそ50名以上が同所に集結しているとの事です】
あの独身異常無職男性の通報は的確だった。
我に返った彼は、状況を整理して伝えてきたのである。
どうも無職中と言うよりも離職中といった方が正しいのか。
【よって、G事案に発展するやもしれず、最寄りのPC派遣して状況を確認されたい。】
【玉川了解】
ここ最近、警察はこのような武装集団に過敏になっている。
川口市での暴虐クルド人などは正にそうで、徒党を組んで抗争という名目で病院を襲撃した事件も記憶に新しい。
社会安全軍による無慈悲な砲撃によって鳴りをひそめているものの、用心しておくに越したことは無いのだ。
【それでは110番整理番号364番、担当は徳川。以上警視庁】
そうして現場へと引き継がれる。
—―——
□
——パトカー
深夜に巡回中こそ眠くはなるが、暇ではない。
特にこの時間帯は予期せぬ通報が入って来ることがやたら多いのである。
警察官の一人が無線を取り、応答した。
【玉川から玉川24】
【玉川24ですどうぞ】
【では110番指令364番について、現場まで緊急で向かわれたい。場所は東急二子玉川駅近くの河川敷】
本題に入る。
【刀剣類を所持した50名以上の集団がいる模様、G事案に関係ないか確認調査されたい】
G案件。
この言葉を聞いたパトカーの警官二人は思わず耳と目を疑った。
SOYUZを除いて銃すら持ち込むことは叶わない21世紀の日本において、重火器を使ったテロ行為は至難の業。
かのオウム真理教も計画こそしたが実現はしなかった。
仮にも、学校にゲリラないしテロリストが湧き出た場合、拗らせた学生ではなく現実ではお巡りさんが対処することになる。
自衛隊は腰が重く、SOYUZはスナック感覚で街を火の海にしかねない。
敵だからと言って皆殺しにせず、法治国家のあるままに従い逮捕する。
治安維持は全て殺せば解決するほど安直ではないのだ。
少し思考を巡らせ、判断を下す。
【玉川24了解。では玉川124と一緒に緊急で向かいます】
発砲に逐一許可のいるリボルバーでは武装集団は鎮圧できない。
過剰な火力と暴力がある位が丁度良いだろう。
玉川124。
名前こそパトカーのようになっているが、実態は昼間巡回していたダイムラー装甲車に他ならない。
搭載されている武装は37mm榴弾砲とマシンガンの二つ。
火力だけで言えば、ニューヨーク市警の持つアサルトライフルとショットガンを凌駕する。
【玉川了解。以上玉川】
国家権力よ急げ。
今まさに、日本の治安が侵略されていようとしているのだから。
———————
□
東京都世田谷区玉川4丁目アスコロビン-3
———リバーフェスタ306
二子玉川各所で動き出す警察とSOYUZ、そして3個小隊たち。
時計の針が急激に進みだしているが、唯一時間が止まっている場所がここ。
空の一部屋だけだった。
「おはよう。キミ、ぼくの前であんな寝顔を見せてくれちゃってさ」
「久々にぐっすり寝たかも」
空が目覚めるなり電気をつけようとするが、彼の手がショールに掬われる。
まるで明かりを着けるなと言わんばかりに。
VATATATA………
深夜だというのに明るい世田谷区を絶望のどん底に叩き落す重低音。
Mi-24Pの群れが二子玉川に終結しつつあるのだ。
「もう、時間が来てしまったみたいだ」
この一言が全て物語っている。
夢は覚めるからこそソレに人は憧れ、そして実現させるもの。
ローターが空気を切り刻む死の羽音。
ショールは情報将校のタマゴ、それもとびきり優秀だからこそ全てを悟ってしまったのである。
SOYUZの航空機、特に武装や兵員を満載したヘリコプターは速度と機動性に乏しい。
ゲルリッツのような超人ドラゴンナイトであれば間違いなく撃墜できる存在を大っぴらに放している、ということは。
敵の勢力下、または最前線に居る可能性が極めて高いことを意味する。
平穏だった二子玉川事情から逆算するに前者の可能性が高い。
更に、SOYUZ勢力圏であるという事実が最終的な答え。
戦車・装甲兵員輸送車・歩兵戦闘車といったファルケンシュタインの装備や人員では「まず勝てない」相手を、無限に近い数を送り込むことが可能。
無抵抗の市民を皆殺しにするはずが、逆に掃討されてしまう。
しかも一切歯が立たないまま。
空は悔しかった。
作戦に参加したわけでもなく、ただ情報を横流ししただけにも関わらずそんな感情を抱いてしまう。
もしかして都合の悪い人間を全て「処理」してくれるのではないか、という淡い期待が心の底にあったために。
軍人至上思想にとって空のような民間人は愚民とされ抹殺対象になりうる。
だがショールが自分にやたら甘いことから期待してしまった。
殺し果てた末に、自分は甘い汁を啜れる。
そんな身勝手な、優位性が確実に取れるライトノベルチックな結末を望んでいたのである。
彼は思想にかぶれる事など一切なく、正しく成果だけを貪る愚民に他ならない。
自ら手を下さずとして、同志ではなく、立派なエゴイスト。
だからこそ柄にもなく怒鳴ってしまったのならば説明がつく。
軍事政権ファルケンシュタインの始祖 コンクールスが聞いたらどう思うのだろうか。
「なんで……こう……上手く行かないんだよ……!」
行動しなかった男が言っても、戯言にしか聞こえない。
本来口にすべきはショールであってヤツではない、それだけは断言できる。
けれど彼女は責めることなく、代わりに出てきたのは甘い蜜のような言葉だった。
「キミがぼくの代わりにそう言ってもらえるなんて嬉しいよ。けど、ここまで来たらどうにも動けない」
続く言葉は無情にも現実を分析してのこと。
「包囲を打開しようにも、火力・兵両方が絶望的なくらい足りない。あの駅ですら占拠できないんだ、今のぼくたちじゃあ…ね」
ここは夢と現実の境目。
幻影と事実がお互い混ざり合い、区別ができない。
【Marunouchi-Army。配置につきました。306号室扉、発破準備完了】
声で会話する世界では決して立ち入れない電波の世界「SOYUZの作戦周波帯」では残忍な情報が混ざり始めていた。
「だけど、生きていれば……」
【LONGWAVE了解。突入開始】
—————KA-BoooM!!!!!!!!!
ブリーチング・チャージで無慈悲に吹き飛ばされる扉。
背後で響く爆音。M4を構え、ガスマスクを着けた真っ黒な兵がなだれ込む。
目と耳の情報が埋め尽そうとしても、ショールが呟いた一言だけは彼へ伝わった。
「もう一度くらい、やれるさ」
【確保!!】
現実は、独りよがりの夢や希望を許さない。
次回Chapter83は11月22日10時からの公開になります。
・登場兵器
ダイムラー装甲車
40mm砲と機銃を備える、一般的な社会安全軍所属車両。道路網が整備された低脅威度地域にて巡回している。日本のおまわりさんと比べて武装があまりにも過剰なのが軍事組織らしいか。
一応日本の夏に対応するため冷房がついているが、大して効かないのがネック。




