Chapter80. Call for Reinforcements
タイトル【増援召集】
——東京都世田谷区 二子玉川駅
鉄橋下午前1時
最初の来訪からはや2晩。
日が落ちてもなお輝き続ける街、多摩川河川敷にある筈もない光点が現れた。
あまりに現実離れした光源は線へと姿を変え、図形を記していく。
ラインで結ばれた最初の形は三角形。
それが折り重なったイスラエルの象徴「ダビデの星」が完成する。
紋章が完成した途端、地面へと転写され、ローマ字でIMIと映し出しながら稲妻が走る。
———BASHHHHH!!!!!!!!!
現実世界ではあり得ないにも関わらず、見覚えのある風景。
次元を超えた転送が今まさに行われている。
裂け目から現れたのは、大きな影を落とす完全武装の兵士たち。
一人、二人、三人………———その総数、99。
何か悪い夢かと人は言う。
現実世界に来た兵の肩には各々「Nを切り裂いたような」マーキングが施されていた。
夢ではなく現実だと引き戻す、残酷な印 部隊章。
この紋様は ファルケンシュタイン第41・42・43特殊作戦小隊の一員であることを意味する。
目的は言わずもがな、二子玉川に居る民間人の抹殺。
全ては敵を陽動するための策謀、これだけである。
隊長格ひとり、勇者レインズが空を見上げ、あることを確かめた。
「星が滅茶苦茶だ、ここは敵地で間違いない」
物思いに耽るためのプラネタリウムも、彼らにとっては確認材料の一つに過ぎない。
もう一人、ソーサラーの小隊長 ヴィーレ・リープは無機質に言い寄った。
長く伸びた髪が目元を覆い、表情は伺い知れない。
「了解。こちらは司令官と接触を取ります。作戦行動する場合はお声かけを」
作戦行動が何を意味し、そして何をすれば良いかは知っている。
彼らにとって二子玉川の住人はゴブリンかそれ以下だ。
果たして、ファンタジー小説の主人公がたかだか小鬼を殺すのに躊躇するだろうか。
ただの作業や処理。
揺れ動きのない声色が全てを物語っていた。
「レインズ曹長。なんにせよ先ずは準備だ。しかしこの暑さは厄介だ、士気にガタが来る。
———アーマーはヘルムを取り、待機。」
極めて屈強な装甲重装剣士アルド・ダンハムは提案しつつ、部下が茹蛸にならないよう指示を下す。
鍛えられたレインズですら、隣に並ぶとヒモにしか見えない程の圧倒的筋肉と裏腹に彼は理性的だった。
「わかっている、アルド曹長。とにかく我々の部隊には情報がない。
イーレが引き出したとしても、実地がどうなっているかまでは分からないだろう」
「そこで私と部隊から選抜した斥候に出る」
冗談は兎も角。
実際に戦うとなれば、解像度の低い又聞きよりも把握した方が良いに決まっている。
しかし無視できない問題があるのも事実だ。
それは単純明快で巣から出たが最後、帰投出来なくなるリスク。
縁も何もなく、地図どころか文明すら根底から違う場所に放り出され、帰るのは不可能である。
それこそ鳩でもない限り。
——————
□
本末転倒かもしれないが、帝国軍側も転送された先の異次元で迷子になる事を予想していた。
「了解しました。私が信号を出していますので、帰投する際は私の反応を感じてください。遭難リスクをある程度低くできます」
そのために生きた無線ルーターである、ヴィーレが選ばれたのである。
司令曰く、彼女は魔導とは「別で」意識を飛ばすことが可能だという。
さながら灯台が接岸した船が港を見つけられるように。
すると城を体現するアーマーナイト アルドはある事を吐露する。
「サイキッカーの運用は初めてだ。訓練通り可能か」
彼は魔導でも物理学でもない、何者とも異なる、「異能」と言うべき力を疑問視していた。
世迷言とは明らかに違うと分かっているものの、人間はそう単純にできていない。
「問題ありません。試しにアルド曹長と接続し、思考を公言いたしましょうか」
「結構だ、よそ様に頭の中を覗かれたくない。特に今は」
「そうですか」
良からぬ物事を想像していても、イーレは顔色を変えなかった。
慣れていない限り土足で他人を入れることに抵抗がない人間がいるだろうか。
「曹長の軽口相手はもう良いだろう」
その合間にレインズは抜粋を終えていたようで、脇に彼同様の勇者を二人携え、話に割って入る。
作戦のひな型は出来た。
各々勇者たちは腕を強く握りこみ、魔具を光らせて不備がないかを確認。次に腰に差している剣に目を通して、刃こぼれや錆びがないか見定め、作戦に備える。
準備ができた意思表示として盾裏に予備の剣をしまう。
アクセスポイントとなるヴィーレは右の袖口からゴーグル状の仮面を取り出し、目元まで覆う真っ白な髪をかきあげつつ装着した。
さらに左の袖から棒切れをつま先に落し、蹴り上げると同時に折り畳み解除。
器用にも空中で一回転させ、短い棒から一本の錫杖となった「魔法の杖」を掴んでみせる。
「火力支援要請をいただけましたら杖で援護します。———あまり遠くには撃てませんが」
残った兵士たちの世話はアルドが行うらしい。
「お前たちが出張っている間、俺は余剰兵力を潜伏させておく。それに杖さばき、かなり練習しただろ」
「お二人に笑われないようには」
何かと手厳しいレインズもこの時ばかりは物腰が柔らかかった。
どのようなことが起こるか分からない、そんな緊迫した空気を中和したお陰か。
「気休めはそこまでにして、行くぞ」
作戦開始。
——————
□
二子玉川の影に紛れ、鎧を付けた兵士がビルの影を縫うように駆け抜けていく。
地上ばかりを照らすのに躍起になっているからか、勇者の視界は月明かりと反射光だけ。
正しく空と地面が反転していた。
現実世界の人間にとって剣と魔法のファンタジーが異世界と感じるのならば
電磁と半導体が全てを支配する物理法則の社もまた異世界とも言える。
人目を避けつつビル裏にたどり着き、真っ黒な空を見上げた。
建造物の類ではなく城壁とも言えるが、ファルケンシュタインにない筈のものが此処にはある。
「軍の施設ではないようです」
勇者がエアコンの室外機を指さして言う。
「……のようだな。遠目からは監視塔だとばかり思っていたが……上に上がるぞ」
普通の城であれば侵入されないよう、足場になるものは作らない。日本中にある石垣がつるりとしているのも、こうした訳がある。
「了解」
高く飛び上がるなり、まるでアクションスターのように室外機を蹴りながら最上階を目指す。
——DAM!!DAM!!!DAM!!!
人間としての限界を突破し、さらに強化した存在にしてみればビルなどアスレチックのようなもの。
階段を駆け上がるのと同じ感覚で頂上まで辿りついた一行は、現代文明を目の当たりにした。
既に丑三つ時を過ぎたというのに、見下ろす地面は昼間のように明るい。
しかも見る限り広がる光・輝き・煌めき。
日夜稼働し続けるナンノリオンの工場群ですら比べ物にならないだろう。
何処も彼処も深夜だと言うのに街の情景がはっきりと見る事が出来る程に明るいのだ。
莫大な軍事費を投じて強化したファルケンシュタインとは違い、民間の施設でコレなのだから敵地の経済力が如何に凄まじいかが伺い知れる。
強いて分かる事と言えば一つ。
尋常ではない資金が、当たり前のように投下されている、とだけ。
では相手取る敵軍は、一体どれほどの資金がつぎ込まれているのだろうか。
想像つかない。
「制圧どころか……これでは占拠すら不可能かもしれん。おそらく師団単位の人間が必要だ。それに竜騎兵を持ってこれなかったのが手痛いな」
レインズの出した答えは単純明快、作戦遂行不能の文字。
何かの目的を果たすため捨て駒にされるのは良いが、意味なき戦死を選ぶほど馬鹿ではなかった。
暴力的なまでの数を覆すのは現実的ではない。
不可能にかなり寄った可能、と言えばそれまでだ。
奇跡は都合よく起きたのなら自分達がこんな場所に送り込まれてはいないだろう。
「陽動に徹した方が良いかと」
部下の提案は全うなものだが、二子玉川は小さな農村とは次元が違う。
「それにしても、だ。この規模の市街地を作れるならば人口も多い。
敵勢力と交戦する前に数千、数万を始末しなければならない計算になる」
ちまちま殺したとしても、数十人や数百人ならば敵は振り向かない可能性がある。
人民の命が何より軽いファルケンシュタインの物差しで測るとなると、恐らく世田谷区の生命反応を全て消す気概で行かなければならない。
全ては聖上なるエデンのために。
「……できるか?いや、やらねば」
———Brooom………
彼らの脇を熱帯夜の湿った風が吹き抜ける。
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□
東京都世田谷区玉川4丁目アスコロビン-3
———リバーフェスタ306
【こちら帝国軍第42小隊。少尉、応答してください】
ベッドに座ってまどろみに堕ちた空に目線を向けていると、耳慣れた声が頭の中に響く。
【私だ。間が悪い時に連絡とは、端末は融通が利かないか。らしいと言えばそうだけど】
いささか不機嫌になりながらショールは毒を吐いた。
指揮・データリンク・火力支援・連絡内容の暗号化とヴィーレが多機能なのはいいことだが、軍隊で扱うにはかなり柔軟性や配慮に欠ける。
そのため、運用に困っている節があるのだが。
【嫌味はお控えください】
【こういうときだけ柔軟性に富んでいるんだから困ったものだ。———だが引き出せた情報は多い。結論から言ってしまえば戦略的撤退を命ずる】
【根拠を明示してください】
しかし上官の命令に対して、端末は疑問を投げかけてきた。ショールは自らの髪を指に巻きながら答えなくてはならない。
【我々がいる国は人口1億3000万、常備軍の数は祖国の何倍もある。それに適当に人民を殺せば治安維持組織も駆けつけてくる。一番厄介なのはSOYUZだ。治安維持組織と手を組んでいること】
更に続ける。
【治安組織の装備は貧弱そのものだけど、疲弊した所に第二波がやってきたら我々は殲滅される。兵器を強奪した所で使い方を知らず、本作戦は住民を無差別に殺傷することから協力を得た市街戦は不可能。占拠どころか陽動にすらならない】
出した答えは自ずとレインズと似通っていた。
しかし作戦遂行のために全リソースをつぎ込んだヴィーレは融通が利かないカーナビの如く提案をする。
【増援を絶つことが出来れば作戦遂行が可能です。補給路・ないし橋などを寸断することを提案します】
多摩川橋梁などを目にしているからか、大河を渡る道などを寸断すれば増援到着を防げると考えているらしい。
要は補給路の寸断を行うつもりだ。
考え自体は間違っている訳ではなく、逆に至極真っ当なものと言えよう。
少し苛立っているのか、巻いた髪を軽く引っ張りながら突き放した。
【それと本隊が来ているんだろう?敵は部隊が転送された時点で駆け付けてくる、と言えばいかに寸断出来ないか少なくとも分かるハズ、だろう?】
【わかりました、得られた情報を共有します。更にもう一つだけ、質問してもよろしいでしょうか】
ようやく連絡が切れると思ったが、ヴィーレはまだ何か少尉と話したいとの事。
【心理状態を分析した結果、少尉は懐柔されている可能性があります。あまり奥まで覗くことはできませんが】
【さぁ、どうだろう。人間の心は端末が思っている以上に複雑なものだよ】
言葉を濁す。
そんなことは無い、とショールは断言できなかった。
Chapter81は11月8日夜8時からの公開になります。




