Chapter75, Genocide Machine
タイトル【ジェノサイドマシン】
———サイゼリヤ
イトーヨーカドー溝ノ口店
「お会計3500円となります」
「ヒョエッ」
「ごめんねぇ」
比較的安価なイタリアン・レストランを名乗っているだけに、暴力的な値になるまで食べたことに空は驚きを隠せない。
少なくとも自分も700円分は食べた筈であり、残りの2800円は全てショールとなる。
やれるべきことはやった。
その差4倍。圧倒的だ。
箇条書きマジックでも使えそうな程に長くなったレシートが何よりの戦果報告だろう。
ワインが恐るべき安さなのを伝えた瞬間、オーダーしようとしたのを止めたのは大金星か。
けれどもアイスの猛攻を許してしまったのは痛い。
そんな下らない事を頭に置きつつも、後は帰るだけとなる。
再び苛烈な太陽光が降り注ぐ外へと出た時の事だった。
「イェユーじゃん!!!」
ひとたび1単語、声を耳にしただけで、恐怖のあまり身動きが取れない。
自分の心が歪んでしまって戻らず、この世の全てが嫌になった諸悪の根源。
いじめっ子の声なのだから。
「なんだよ、まーーーたダンマリかよ。ダンマリで許されるのは赤ちゃんまでだって知らねぇのかよ。オイ。そんなのが女なんて連れてんじゃねぇよ。何様なんだよお前」
いじめっこ、そんな生ぬるい事で済まされない。
天敵と捕食者のように絶対的なもの。蛇に睨まれた蛙という言葉が生まれたのも体感させられた。
しかしショールからすれば射程十分、増援の気配なし。敵の体格は勇者以下、ソルジャー以上、装甲はなし。
それに油断しきって身構えていない。
ハッキリ言ってしまおう、こんなのはクズの権化、烏合の衆。愚かな人民の模範的象徴。
いつでも、いや今すぐに抹消しなくてはならない。
火柱を直撃させ生きたまま火葬か、超強力電圧で炭素の塊にしてしまうか。
だが人目が多すぎるのが厄介極まりない。
そんな膠着状態は思わぬ介入によって終わりを告げる。
「お兄さんたち、いいかな?」
パトカーから降りてきたのは警視庁の文字がまぶしいお巡りさんだった。
昨今、暴走クルド人などの対応に追われていることもあって喧嘩騒ぎには人一倍過敏になっているのだろう。
その背後には社会安全軍の装甲車。
ショールの心中は穏やかではなかったが、あの風貌から察するに防衛騎士団のような治安維持機構に属しているのだろう。
「あのねぇ、街中で彼女連れてデートなんだか修羅場するのはいいんだけどねぇ。こう胸糞悪いのを街中に振りまくのは———」
「くれぐれも国家権力を勘違いさせるような行いは本当によくなくてね————」
くどくどとお巡りさんからため口のお説教を喰らう和製ジョックと空を尻目に、静かに装備を舐めまわすかのように分析する。
鎧は革の鎧か何かを思わせるもので、攻撃をはじき返す装甲ではないにせよ減退させかねない。腰につけているのは短剣ではなく棒。
ファルケンシュタインでも一部地域ではこのようなものを携帯していると聞く。
どこの世界も似たり寄ったりなのだろうか。
それにしてもこん棒の反対側にある、ひも付きのナニカが一番気になる。
治安維持組織が持っている、よほど取られたくないもの。
武器だ。
鎮圧する、つまり近距離の相手を殺める事が可能な、取られると困るモノ。
あそこまで小さいのは見たことはないが、小型化できるものに心当たりがないわけではない。
腰元に据え付けられている物体はおよそ銃か何かだろう。
あの程度では足止めすら不可能。
軍用装甲車を相手に木の枝で挑むようなものである。
そんな重歩兵という絶対的な盾と矛がいる以上。
鉛の玉如きではファルケンシュタインの兵士を倒すには及ばない。
しかしこのような手合いは装備を割り切っており、暴力的な数で押し切ることを前提にしている。
槍と剣、お情け程度の盾しか持たない歩兵職 ソルジャーが徴用されているのに通じるだろう。
気になったのがもう一つ、人民がやたら従順であること。
暴力・暴動・鎮圧当たり前の修羅になると防衛騎士団の言うことを一切聞かなくなる。
だが目の前の屑はどうだろうか、やろうと思えば殺せなくもないケイサツカンの言うことを聞いているではないか。
言わずもがな、治安維持活動が正常に機能しているからに他ならない。
侵略者の敵が生き生きとしていれば制圧や陽動は一気に不利、最悪不可能になる。
更に住民を味方につけての市街戦もまた不可能。
世田谷区一角、ファルケンシュタインの友軍は誰もいない孤立無援。
そして社会安全軍という兵器を易々と投下してくる悪魔のような存在もどうにか足止めしなければ陽動になる前に鎮圧される。
あの異端のこと、鎮圧など生ぬるいだろう。
一人残らず、殲滅される。
戻れない。誰も来ることもなければ、行くこともない。
いるのは3個小隊90人と敵だけ、逃げ場など何処にもないのだ。
「最近じゃあクスリも出回ってるから気を付けるに越したことないからね。わかった?理解した?」
防犯教室じみた正論説教でジョックはすっかり気力を失くした様にしていたが、警官が去った瞬間に顔色を変え始めた。
如何にも愚民がしそうなこと、ショールにはとっくに読めている。
「そ~~れじゃあねぇっ。いこっ、ソ~~ラ君ッ!!!」
今までの人生でも出したことのない猫撫で声を出しつつ、空の腕を組んで逃げ去る準備は完了。
鬼の居ぬ間に洗濯とは都合は良く行かない。
石像のように固まる彼を無理やり引きずりながら、あえて後ろを振り向いてやる。
ほん一瞬だけ敵を見るような眼差しを向けてやった。
【いつでもお前は殺せた】
間近で人間を殺めた事のある兵士の出来る、刃のような鋭さの据わった目。
決して口には出さないが、時に目は口程に物を言う。
「———ッ!!!」
息を飲むチンピラ崩れ。
相変わらず冷凍食品と化した空を半ば拉致しながら、アドリブをすかさず入れるのも忘れない。
演技とはこうするのだ、と言わんばかりに。
「んも~~~!!蝋みたいになっちゃってぇ~~!!!ぼくはそういう可愛げがあるトコロが大好き~!!」
演技と言うよりも素が出かかっているのは言うまでもない。
真実と嘘を混ぜた虚構こそ、最も見破られないのだから。
———————
□
——東京都世田谷区 二子玉川駅近辺
リバーフェスタ306号室
「ショールさんって、あんな声出せるんだ。なんか怖い」
「ぼくはそういうように練習してきたからね。———ナニ、とは言わないけれど」
あの後、溝ノ口駅あたりで正気を取り戻した空によって、なんとかアジトへ戻ることができた。
扉を開けるとワンルームは酷暑でとんでもないことになっていたため、電光石火でリモコンのボタンを押す。
Goooom………
モーターが回り、送風の音だけが部屋に満ちる。
先ほどまでさりげない会話をしていたのに、空気がひどく重い。
抱き着かれた時の甘ったるい言葉の真実ではないのは確かだ。
そんなものよりも遙かに重苦しく、息が詰まる。
電気で作られた風の音が周囲の音を遮光カーテンの様にかき消し、べた塗りにされたかのよう。
「もう一度言うよ。この話を聞いたら、ぼくとソラ君は逃げたくても逃げられなくなる」
嘘偽りのない、澄み切った鈍声。
「わかってる」
彼はその運命を肯定してしまった。
ショールは息を深く吸い込んで、肩をがっくりと落としながら吐き出す。
「ぼくの名前はショール・ヴェンゾン……けど、本当はその前と後ろに能書きがつく」
「———ファルケンシュタイン帝国陸軍所属ショール・ヴェンゾン少尉。第41・42・43小隊指揮官」
理解を拒む文字列が次々と彼女の口から放たれていく。
ファルケンシュタイン、どこの国だ。第41小隊。指揮官。
何もかもに全てクエスチョンマークがつき、現実感がまるでない。
本当にそうだろうか。
なぜローブの下に鎧を着ていたのか。
なぜソーサラーのことを説明するときに魔導で敵を「排除」するという文言がついたのか。
なぜ、なぜ、なぜ。
ショールに抱いた違和感が全て繋がり、それらは全て現実へとリンクする。
「ぼくの目的は敵地へ飛び、諜報活動……情報を集める事。後に来る本隊のために。そうして私の指揮下、3個小隊は陽動のため……」
語気が強く、淡々とした口調になっていく。
それだけ真理に迫っていることになる。
「住民を無作為に、無差別で殺す。男も、女も、子供も赤ん坊も見つけたら『動くもの全て敵』だ」
空はあれだけ親しそうにしていたショールを前に何も言えなくなった。
サイコパスな殺人鬼でも何でもない、マシーンのような声色に心の芯から恐怖する。
いっそのこと無機質で最初から最後まで貫いていればここまで震え上がりはしないだろう。
だが彼は知っている、人間としてのショールを。
聖母のような微笑み、温もり、そして鼓動。
たった二日だが、人生で遭遇してきた誰よりも暖かかった。
あの時猫なで声で演技していた時、素が入っていたのも分かっている。
そんな彼女が、目的のためならば人間の命など害虫のように蹴散らすことを戸惑わない。
平気で多摩川を犠牲者の血で真っ赤にするような所業を「する」と断言している。
底冷えする恐怖に今にでも逃げ出したかった。
だが何もかもが凍てつく何かに張り付いているようで動けない。
仮に動けた所で、このことを口外しようとしたら「少尉」としてのショールはどうするだろうか。
作戦を知っている部外者を、軍の人間は許さない。
それ即ち
殺される。
テストの点が悪く、親にこってり搾られるのを揶揄するのではなく「本当に殺される」
命の危険を前に、あんないじめっ子のトラウマが赤ん坊のように感じられてきた。
あれだけ自分に都合の悪い人間は死んでほしいと願っていたのにも関わらず、寸分狂わぬ絶対的な殺戮を前に手も足も出ない。
たしかに空は他人による虐殺という破滅願望を抱いていた、しかし実際に行われようと知った瞬間、逃げ出そうとしている。
その被害者、いや犠牲者にならないように、と。
人生は遠くから見た時、つくづく喜劇と言えよう。
「けれど、ぼくはそこまでする必要はない。二子玉川を制圧・支配するためにはまだまだ情報が必要なんだ」
「例え、できないって知っていても、命令は絶対。私の生きる世界なんだ」
正気に戻って、優しいころに戻ってと言う戯言を考えることすらショールは許さない。
何せ暖かい彼女も、国に尽くす殺人機械としての少尉も。
「だから情報提供者であるソラ。君には手出しをしないよう約束しよう」
すると声色がスイッチ1つで猫なで声へ切り替わり、彼女はこう告げた。
「それに———キミの値打ちはもう戦略的価値だけ、とはいかなくなっているんだ」
殺人機、聖母、そしてもう一人のショールが姿を現す。
毒のような執着。
三位一体、これがショール・ヴェンゾンという一個人の正体だ。
Chapter76は10月4日10時からの公開となります




