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Soyuz_Nocturne~ ’’全’’世界が敵~   作者: Soyuz archives制作チーム
Ⅵ. もう一つの異世界「脅威」
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Chapter73. Magical Dream moment

タイトル【魔法のようなひととき】

——東京都世田谷区 二子玉川駅近辺

リバーフェスタ306号室


日本、ひいては東京の暑さは来るものを阻んでいるような苛烈なものだ。

太陽が沈んでも蒸し暑く、夜明けから正午にかけて人間の生存を許さない日差しが人々を襲う。


気温30度の世界に逃げ場などない。


たとえ砂漠や熱帯のジャングルを経験していても同等か、あるいはそれ以上に辛いと宣う人間がいる程である。

ハイテクにして、過酷な場所に厚着をしてやってきたのならば、当然汗だくになるだろう。


そのことを嫌と言うほどわかっていた空は、さっぱりしたいというリクエストを断ることが出来なかった。


別に減るようなものでもあるまい。


使う前にどうすれば湯が出る、何を使うべきなのかは大方指南したまでは良かったのだが。あろうことかショールはさも当然かのように、彼の前で脱ぎ始めたではないか。



「涼しいとは言っても、流石に熱がこもっちゃうなぁ。冬はいいんだけどねぇ……」



脱衣所があるというのを言ったのに。

止めることもできず、視線を彼女に向けたまま固まってしまう空。


分厚いローブから現れたのは魔導士とはとてもいいがたい姿だった。

鎧だ。それも決して簡易的なものではない。


胸部・スネ・腕。それに指先に至るまで鉄板で覆った完全防備。

軽装で魔法を撃つ魔法使いというより、剣士と言っても違和感がないだろう。


——GARCH!!!


装甲が床へ無造作に投げ捨てられると、重さが良く分かる。


ショールが重たい鎧から脱皮してインナー姿になれば、改めて女性なのだと意識してしまうため理性が回復する暇がない。



「ぼくのいたところはとにかくガサツだったからね。……驚かせてしまって申し訳ないね」


「あ、うん、大丈夫なんで…はい」



相変わらず、目の前にすると言葉がぎこちない。

片言で話すベトナム人ではあるまいし、情けないなと空は思ってしまう。



「それじゃあちょっとお借りする、ってことで」



ショールがバスルームに消えていくと、再び一人きりになった……






———————





——————SEEEE………




湯水が滴る音が、静かな一室に木霊する。

狭い部屋。喋る相手がいなければ彼の世界はいつもこうだ。


どういうことか動画を見る、それ以前にスマホを気いじる気にはなれない。

ただ、水の跳ねる音が世界を隔絶する。


音がしない世界程、内面を見つめてしまう。何せ人間はそういうように出来ているのだろうか。

空はこれまで人生と現状を振り返る。


今まで生きてきて、良いことがあっただろうか。

山の様に勉強を詰め込まれ、人との距離はなく。


こうして普通の学生よりも良い部屋に家賃や仕送りを出してもらっている。


親に合えば開口して出てくるのは「お前は学校に行かせてもらっていることを忘れるな」こんなことばかり。


勉強しなければ()()からたたき出される。



だがそうして得た「世界」は、自分にとって素晴らしいものかと言えば違う。

努力せずとも人生を楽しんでいるではないか。


心を閉ざしてまで得たのにも関わらず。


周りの連中はさぞ軽業の如く上の階層に居座っている。

努力も、血眼になって勉強も全くしていなさそうなのに、だ。


だが勉学に秀でているかと言えば、「そうではない」とはっきり断言できる。

所詮は落ちこぼれ。



大学の足音も迫ってきて、どれだけ勉学に精を出しても行けるランクは一向に上がろうとしない。

それで親に詰められては、能率が落ちての繰り返しだ。



見かねて先生がなりたいものを目指せば伸びる、と言っていたものの自分自身に何があるというのか。この世の中に何がある。


カネや就職するためか。

どのみちブラック企業に搾取されてこれまで賭けていたカネが無駄になる。


誰かの為か。

こんな考え方をしている、挙動不審な男を好きになるヤツなどいない。


まして人生を代わってくれやしないのに、大口を良く叩けるものだ。



真綿で首を絞められている過去と比べれば、今はなんと楽しいコトだろうか。

だが物事には必ず終わりがあるように、むなしい現実逃避に過ぎない。


ワイヤーとワイヤーがとても複雑に絡み合い、もはや解きほぐすのは不可能になってきている。


何もかも、ぶっ壊れれば良い。なんなら全て死んでくれないか。


最近はこう思うことがちらほら増えてきた。

日本は考えるのだけは何をしても良い、むしろ誰かがそんなことをしてくれたら。



ピリオドを打つために、身もふたもないことを言おう。

当人である空はこう考えているが、破滅を望んでいるだけで手を下すことはしたくない。



だからこそ思考は終わりが見えないのである。


是が非でも終わらせるには、脳内ではなく物理的に叩き起こされる必要があるだろう。



「あー、拭く物がないじゃないか!ぼくとしたことが。あー、ごめんよ。ソラ君?取ってもらえると嬉しいんだけど———」



その時がやって来た。





—————




思えば生乾きが嫌で、バスタオルを繰り返し使う時は外に干していた事をここに来て思い出す。

炎天下で干せば大体はどうにかなるのだ。


現にシャワーを浴びて、最悪な事実に気が付いたときほど嫌なものはない。


空は急いで窓を開けてタオルを回収。

何も考えずに浴室の扉を開けてしまった。


BATAM!!!



「ごめ!今————」


考えてみて欲しい、シャワーを浴びているのに服を着ている人間は果たしているのかと。


彼が出くわしたのは

ありのままの姿になっていたショールだった。


二人は無言。視線が下から上に伸びていき、わかっているのに彼女の表情を伺ってしまう。

言うまでもなく、口端が小刻みに痙攣している。


明らかに平常ではない。


電撃で消し炭にされるのだと身構えていると、世にも思えない言葉が飛んできた。



「事故は……あるものだから。そう、なにか嫌なものを見たのだと、思えば良いと思うよ」



タオルを受け取りながら、彼女は静かに空を追い出すのであった……





———————








悲惨なヒューマンエラーを乗り越えた二人は、部屋へと戻ることに。


何故か慣れていたショールに対し、空は本能と理性がせめぎ合っているような顔をしていた。

事故はつきものだと見られた当人は言っていたが、罪悪感はぬぐい切れない。


当たり前なのだが替えの服は汗で無残なことになっているため、ありあわせのもので我慢してもらうことに。


何故か「Let‘s Stady English」と書かれた文化祭用Tシャツだが、二度と着ないためどうこうされても痛くも痒くもない。


ドライヤーよりも先に、指先に炎を灯しながら彼女は髪を乾かしている。

そんな何気ない時のことだった。



「結局見られちゃったわけだしなぁ。そうだ。ちょっとぐらい、キミのことを聞いてもいいよね?」



特に怒気を孕んでいる訳でもないのに、一言を耳にした空は肩を飛び上がらせてしまう。



「大丈夫、大丈夫。殺しなんてしないから。やるときはやってるし。ぼくが知りたいのはそんなに難しいことじゃあないよ」



「すいません、その……知りたいこと…ってのは……?」



「ここがどこで、キミはどの立場にいるのか。それくらいかな?」


逆にどういったことを話したらよいのか分からなくなるが、何故だか心が躍る。

どこか彼女の役に立つことができる、そんな枯れた感情を満たしてくれるからだろうか。



「ここは…えっと。日本っていう国の世田谷……っていっても、わかるかな…」


「続けて」


「こっちは特に……学生。そう、なんにも面白くない高校生だよ」



身分を明かした瞬間、ショールの口元がほんのわずかにだけ隅に寄った。


「学生?そっか、ここはほとんど()()()()()()()んだね?」



「え?ま、そうだけど……」



どこか引っ掛かるような質問をされたが、反射的に答える。



何を考えているのだろうと彼女と勇気を振り絞ってアイコンタクトを取ろうとするが、結局のところ背けてしまう自分がいる。


無残なことに、理性が働かないせいでたとえ怪しいと思っていても、本能がかき消してしまうのだ。


むしろ彼女の気を引きたくて「話さなくても良いこと」を口にし始める。



「それに。こっちじゃあ、誰かに聞くよりもみんなコレを使うんだ」



空が取り出したのは愛用のスマートフォン。まさにテクノロジーが生み出した栄光と愚を象徴する物体だ。


マシンとバッテリーという体にOSと言う名の魂が宿り、意思を持つかのように知りたい情報を教えてくれる。



「ただ……何が書いてあるかわかんないな」



しかし文字が読めそうにないと使い物にならないのが痛い所。

これではただ音と映像が出るだけの電子板でしかない。


解読できればショールに必要なものはあらかた揃うのは違いないだろう。



「これがマップで、地図とかがわかるし……何から何までわかるんだ」



「なるほどねぇ?」



「それで———」


珍しく興味津々な彼女に迫られ、空は情報を垂れ流す。







——————






いずれにしても、人間という生き物は疲れていても実感しにくい様に出来ている。

緊張状態になっていれば猶更のことだろう。


スマホの操作を教えてくれたあたりで大あくびをするショールと、釣られて大口を開けてしまう空。



「お互い、いろいろあり過ぎたみたいだし。そろそろ床にでも着いたほうが良いみたいだ」



「確かに、言えてるかも。ただ——」



寝るにしても、置かれているパイプベッドは一人用。

次第に打ち解けてきているとはいっても、やはり異性であることを意識してしまう。


予備の布団などある筈もなく、再びあんぐりと口を開けながら回りの鈍い頭でどうしようかと捻る。



「ぼくは床でもいいよ。よくあることだし」



それでもショールの判断は恐ろしく速い。

だがこれで良いのだろうか。居させている側とはいえ、彼女は曲がりなりにも客人。


無駄に叩き込まれた礼節がそれを許そうとはしなかった。



「こっちだってよく寝落ちすることがあるし、むしろ———」



「それじゃあ家主であるソラ。君に失礼だと思うんだ。……そうだ」



どうにも押し問答になりそうな気配を察知した彼女は、またあることを提案する。



「寝具を半分ずつ使えばいいと思うんだ。ぼくはそれでもかまわない、キミは?」


魔性の問いだ。

流石にダメだろう、という空の退路を完全に塞いでいる。



「ショールさんがいい、っていうなら……そうしよ。もう起きてるのが辛い……」


警戒するべきでもなく、そして一刻も早く寝たいという感情に支配されている彼は再び靡いてしまった。





——————





誰かに添い寝する、される。空にとって、人のぬくもりを感じるのは幼い時以来か。

段々と時間が経っていく度に優しいハズの母も父も、「敵」になっていった。


愛情を求めたことも、欲したこともない。ただ漠然と生きてきた彼にとって温もりや愛だのは全て肉体関係に至るための戯言だと考えている。


けれど、この時ばかりは違った。


ショールはそっぽを向けているが、むしろ都合が良い。

狭いこともあって、何気なく耳を彼女の小さな背面に耳を当てると心音が聞こえてくる。


とても懐かしい。

まるで大海に浮かぶ小舟で揺られているような安らぎ。


人間の、いや哺乳動物全てが感じる究極の夢心地に、次第に瞼が上がらなくなっていった。

彼女がいくら怪しかろうが、意図的に距離を狭めていようが関係ない。



別々に寝よう、なんて冷たく貫き通さなくて正解だったと言えよう。


そして空の意識は次第に曖昧になっていき、そして途絶えた………

彼が寝静まった後。


ショールは自分を戒めるため、消えてしまうような小声で呟く。




「……ごめんよ、ソラ君。僕は君を可愛がるためじゃなくて、侵略するために来たんだ」




次回Chapter74は9月20日10時からの公開となります。

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