Chapter.72 Contact from the U.U
タイトル【向こう側からの接触】
剣と魔法が支配する幻想的な異世界。
まさか存在する筈のないものが実在した、という発表があってから幾ばくか経った。
夢のある展開だが、第一発見者であるSoyuzがひたすら隠匿したこともあって一般人のアクセスは不可能と言っても良い。
その、筈だった。
——東京都世田谷区 二子玉川駅近辺
——深夜3時
サイバー大都会と多摩川が交差する、閑静な分岐点 世田谷。
住む人、仕事に行く人と様々な目的を抱えた人間たちが行きかう街である。
丑三つ時を過ぎ、午前三時となれば東京都と言っても、静寂に満ち溢れることだろう。
静間に帰った熱帯夜の虚空に、蒼く光る線が突如として出現した。
次第に1つの三角形を描き、2つのトライアングルと重なり六芒星のマークと化していく。
禍々しくも神々しい紋様が完成した途端、空中に夥しい稲妻が迸った。
まるで次元を引き裂いているように。
———BASHHHHH!!!!!!!!!
そして裂け目からは一人の人間がゆっくりと舞い降りた。
21世紀にはとても似つかわしくない全身を覆う、深紅のローブ。
肩には何やらマークが入ったアップリケが付けられている。
表情は防塵用のフェイスベールでとても伺い知れない。
落下する際に風を受けてローブが花開き、そして閉じた。
着地すると鋼鉄のミュールがアスファルトを鳴らす。
「………ここが異端の地、かぁ」
辺りを見回すと、飛び出してきたのは女の声。
文字通り華が次元を超えてやってきたのである……
「……夜は空と地上が反転しているのは本当だったとはね」
夜になれば空は星々の瞬きで輝き、地面は闇に覆われるのが常識。
だが異端。
21世紀の文明を前にすれば空は明るすぎるがあまりかき消され、逆に地上が煌々と光り出す。
文字通り、逆転するのだ。
故に、異世界か現実世界を区別できるという。
降り立った異端は迷うことなく、二子玉川の闇に掻き消えた……
———————
□
異世界が発見されても尚、日本は何一つ変わる事はない。
大人は死んだ顔をして電車に押し込まれ、学生はスクールカーストの牢獄にいる。
世界がどれだけ揉めていようとも、庶民にはこれっぽっちも関係ないのだ。
時刻は朝4時。夏と言う事もあって既に明るい。
世間は夏休みだ、青春だと言うのにも関わらず、無気力でYoutubeの動画群を垂れ流す毎日。
【猫探しから国家転覆まで。あなたのそばに軍事力。———独立国際軍事組織 SOYUZ———】
苛立ちながら広告を飛ばし、今日も今日とて「彼」の無機質な一日が始まる。
「寝る前になんか食べよ、小銭でもあればいいんだけど」
開幕早々、おかしなことを言っている青年がいた。
誰もいないのをいいことに、財布を開いて雑多な小銭を探る。
ポイントカードの束に混ざった学生証には 家弓 空の文字が。
社会人が汗だくになって出勤する傍ら、大学生を含む学生諸君は夏休みの真っ盛り。
紛れもない空もその一人である。
適当な動画を見ていたら既に日の出を迎えているという、退廃的な昼夜逆転生活を謳歌していた。
腹が減ったらコンビニに行き、眠くなったら惰眠を貪る。
アニメの様に海を駆けまわる訳でもなく、ただひたすら日数を浪費する、自堕落な生活。
趣味と言って挙げられるものは皆無で、虚となって日々を生きていた。
彼は青春から最も遠い存在と言えよう。
そんな生活に、大きな。あまりに大きな転機が訪れる。
「……ちょっと、そこのキミ。そうだよ、キミだよ。ちょっといいかな」
振り返ると、二子玉川ではない光景が広がっていた。
声をかけてきたのは、ファンタジー世界でしか見たことのないような真っ赤なローブを来た女性である。
アニメの世界でしか見たことのない赤いショートカットで、クラスにいる邪険な女と違い、眼の色は蒼で満ちていた。
非現実的すぎる光景と場面に固まってしまう空に対して、彼女は距離を狭めながら続ける。
「……ちょっと訳アリで来たんだけどね、何日もいなきゃいけないんだけど此処じゃあまるでアテがなくて。こんなに暑いなんて聞いてなかった」
「どこかそう、休める場所。知っているだろうか?……できれば、長く」
客観的に見れば、この魔導士の口にした文言はかなりきな臭い。
だがそれは第三者から見た場合はそうだろう。
「初対面である ぼく がすごむのは無礼だと思っているけれど、この暑さじゃあ生き死にが関わってきそうだからね」
誰もいない朝早くの住宅街、いわば隔絶された空間。
女性に対する免疫がない男子高校生にとってはどうだろうか。
なにより自分と対等に話してくれた、彼の人生にそんな経験はない。
しかもアニメにでも出てくるような「まるで次元の違う」女性が、である。
信用はしないまでも、靡いてしまった。
「………う、うちっ、うちでよければ……」
挙動不審になってしまう空だったが、魔導士はそれを嘲笑おうとはしない。
人相通り、女に対しての免疫がないようだ。
可愛げがあり、そして何より利用しやすそうで助かる。
「申し訳ないね……君のような人に出会えてよかったよ」
一夏の邂逅。
果たしてそれは本当にドラマチックなのだろうか。
————————
□
二子玉川。
都心からかなり近い、地価の恐ろしく高いベッドタウン。
コンクリート、アスファルト、小奇麗な店やマンションと日本の首都東京の宰相公約数とも言える街は全てが灰色で包まれている。
城とも城下町、ましてや軍事基地とも言い難い独特の風土は此処にしか存在しえないと言っても良いだろう。
そんな街を高位な魔導士は品定めをするかのように見つめていた。
ある目的のためには十分使えそうだと。
すっかり浮かれていると知らず知らずのうちに足並みが早くなるもので、空の住むワンルームマンションに到着していた。
「ほんっっとうに狭いけど」
「……これでかい?」
オートロックの関門を通り抜け扉を開けた瞬間、冷気が通り過ぎる。
エアコンだ。
電気文明の象徴でもあり、灼熱列島である世田谷の夏を生き抜くにはなくてはならない代物。
ファルケンシュタインには絶対ないものの一つ。
文明に差があれど、この1つ屋根の下で世話になる事には変わらない。
「そういえばまだ名乗ってなかったね。ぼくは【ショール・ヴェンゾン】っていうんだ。好きなように呼んでもらって構わない」
一時的に同居人となる以上、険悪な空気感では思いやられるというもの。
と名乗るソーサラーは少しでも距離を詰めようと名乗ってみせた。
何事も、お互いから知ることが大事なのである。
そう、特に今のような場合では。
「あー……こっちは、家弓。家弓 空」
「わかりやすいよう、ぼくは[ソラ]と呼ばせてもらおうかな。けど、ここじゃあ立ち話もしにくいし……」
とりあえず一息つくため部屋に土足で入ろうとするが、やはりと言うべきか家主に止められた。
「ちょっと!何土足で……」
「へぇ?そういうしきたりなんだね。ぼくがいた所は靴が常識なんだ」
思わず静止しつつも足元に視点を向けると、ここでも現代では絶対にありえない代物を履いていることに気が付く。
板金鎧の装甲靴 ミュールだった。
真っ赤に塗られているものの、音は鉄下駄のように重々しい。
コスプレ衣装でもなんでもない「本物」である。
非現実さに打ちのめされていると、ショールはこんなことを提案してきた。
「今履いてるコレなんだけどね。一人だと脱ぐのに手間取るんだ。———手伝ってくれないだろうか?ソラ」
——————
□
「ちょっと抑えてもらっていると助かる。ここだよ。ここ」
「あ、うん」
靴のあれこれは大抵のものであれば一人で出来る。
だからこそ、空に残されたわずかな頭脳はショールの提案はどこか違和感を抱いたかもしれない。
しかし、ワンルームの狭い玄関先ということも相まってお互いは密着せざるを得なかった。
今までの人生で経験したことのない女性との距離間が彼を狂わせる。
よく見るとショールの顔は見れば見るほど日本人とあまりにかけ離れている。
まつ毛すら赤く、それに長い。
肌の色だって、光が反射した時の様に白いのだ。
「地面からの熱が伝わるからね、あんまりこういう所では履きたくなかったけれど。生憎、ぼくにはこれしかないからね……」
「ハイ」
学校のクラスで馬鹿みたいなインスタなりに耽って、二番煎じも良い所の知性のへったくれもない踊りをしている女子とは次元が違う。
同じ人間なのかとすら疑ってしまうほど。
さながら、別世界の住人ではないかと思うほどに。
「しかし、世の中何があるかわからないね。ソラ君————」
視線を保つ理性が蒸発し、無意識的に彼女の顔を見つめていた最中のこと。
いつの間にかアイコンタクトを取っていた。
普段から人と目を合わせることがあまりない空、しかも異性となると天文学的確率になって来るだろう。
まじまじと見たショールの顔は刺激が強すぎる。
艶やかな唇、美術の時間で出てきた絵画から出てきたような圧倒的な美。
それに、どこか舌足らずの「ぼく」呼び。
この時だけは時があまりにも遅く感じた。
「……しょうがないな」
蕩けた視線を向けられた当人は、涼しい部屋で平常を装う。
しかし心の中まではそうとは限らない。
また一つ、敵地の事を知りながら1つしかない部屋に足を運ぶのだった。
——————
□
冷房を消し忘れた部屋の中は氷の中に放り込まれたように冷たく、ひどく快適だが普段と違うことが1つ。
玄関先の時と同じく、距離感が近いのだ。
ワンルームマンションの多くは単身者が住むことを前提にしている。
故にもう一人を招くとなるとどう足掻いても狭いと言わざるを得ない。
招かれた部屋は小奇麗な敷物と家具類が並んでおり、不自然なまでに気取られている。
半面、脱ぐのが面倒になったのかよく着る服が一か所に固められており、生活感がよりにじみ出ていた。
それでもなおショールの関心を引くにはまだ足りないらしく、床に手をついて一息ついている。
ここまで来ておいて、散らばった衣服に気が付いた空は怒られた子供の様に隠そうとするも時すでに遅し。
「———ああ、それくらいかまわないよ。ぼくが前にいたところなんてザラだったからね」
距離感に慣れない青年と、しばし羽休みをする彼女との二人きり。
時刻は午前5時。
周りは昼の様だが、早朝のためにセミも鳴かず夏には珍しい静寂が訪れる。
そして。
空が聞きたくて仕方がなかったことを、消え入るような声で投げかけた。
「も、もしかして……ショールさんって……魔法、使い?」
神官のような全身を覆うローブを着ている人間はどういった役職か。
ファンタジー小説に毒された彼は魔法使いだと思い込んだのだろう。
そんな少し偏見の入った質問にも、嫌がらずに答える。
「昔はそう言われていたかな。今のぼくはその一個上。魔導で敵を排除する「ソーサラー」なんだ。
その証拠を見せてあげようか?」
ここまできて断るなど無粋だ。
一体彼女は何を見せてくれるのだろうか。
「ぼくのちょっとした特技なんだけど……名付けて、アドメントの衣」
ローブからは似合わない重い金属音を響かせながら立ち上がり、指を弾いたその瞬間。
——ZEEEEKK!!!!!
稲妻の羽衣がショールに纏わりついた。
科学と半導体で出来た21世紀には絶対にお目に掛かれない魔術である。
「何かこう……唱えなくてもいいんだ……」
「難しいヤツだと口に出す事もあるかも。けど、そんなことしたら狙い撃ちにされちゃうよ。ぼくがいたところでは、ね?」
妙に実戦慣れしたような口ぶりでも、浮かれポンチと化した愚鈍な空は何も気が付かない。
その様を見てか、あることを切り出してきた。
「それはそうと……外にいるだけであんな汗だくになっちゃった。水浴びの1つでもしたいのだけれど、構わないかい?」
まさかのシャワーのおねだり。
夜明け前後でも、東京の夏が如何に暑いかくらいは思考能力が0になった彼も分かっているつもりだ。
断るにもいかず、そしてどこか幸運を望んでしまう空。
はたして。
次回Chapter73は9月13日10時からの公開となります
・登場組織
SOYUZ
世界を股にかけ、ついには異世界を発見した独立軍事組織。
動画広告に具体的な電話番号があるのに金額だけが出てこないのは「お高い」証拠。
そしてそれに見合うだけ、あらゆる仕事も確かである。
【……現在、お電話回線が大変混み合っております。いましばらくお待ちください。】




