Chapter7. First wave
タイトル【ファースト・ウェーブ】
ロッチナのもたらした異世界に繋がるポータルの詳細情報。
これを誰よりも先に手に入れたアメリカのメディアは不自然なまでに黙り込んでいった。
CIAから大統領に、そしてテレビ新聞などの会社に。
ところ変わって渦中のSoyuz本部拠点に視点を移そう。
——Soyuz 横浜本部基地
地球全体にネットワークを持つ独立軍事組織Soyuzだが、意外なことに本拠地は横浜市瀬谷区。
どこにでもありそうな住宅地にある。
異世界に繋がる次元の間が存在する格納庫には何重にも施錠され、物々しい様相を呈していた。
元より瀬谷という住宅地にある軍地基地とあって物騒といえばそうだが、それとは明らかに性質が異なっている。
大量の札が張られた呪いの祠が一番近いだろうか。
あらゆる航空機を保有できるだけの格納庫、飛ばすための滑走路。そして付随する陸軍戦力は全て一級。
平穏な一日が始まろうとしていた最中、異変の序章は既に起きていた。
——上空
横浜の瀬谷や大和市周辺にはアメリカ軍の使用する厚木基地やSoyuzの使う本部拠点のみならず、羽田空港を出発した旅客機の通り道なっていることも多い。
乗客320人を乗せた羽田発北京行き 中国国際航空456便もその一つである。
市街地を通る進路を取るため、離着時に気を使う以外はとりわけ何気ない旅路になるはず。
煩雑な離陸を終え、丁度高度をぐんぐんと上げている最中の出来事だった。
BAMM!!!
「なんだ?」
機長の王は思わず声を上げる。
突如コックピットに響き渡る爆発音。とても穏やかなものとは思えない。
BEEP!!BEEEPP!!!
直後、旅客機の致命的不具合を知らせる赤いランプが点灯。
副機長の李は淡々と状況を分析して報告する。
なんにせよこのランプが出ているならば、ロクでもないことに違いないだろう。
「1番エンジンに火災発生」
最悪だ。
機内火災に直結するエンジン火災の恐ろしい所は逃げ場がないこと。
空を飛ぶ旅客機に火が付いた瞬間、機体中の機能を奪われた挙句に最期は火の鳥となって墜落してしまう。
これならばエンジンを停止すればどうにかなるかもしれない。
だが不幸とは常に連鎖するものだ。
BAMM!!!
再び嫌な音が響く。
「2番エンジン火災発生」
王機長の額にじわりと冷や汗が滲む。
火災を鎮火するためには燃料供給、つまりエンジン止めざるを得ない。
そうすれば推進力を失い、鉄で出来た紙飛行機になってしまうだろう。
未曽有の危機に機長は焦らず、冷静にトラブルに立ち向うことを選んだ。
「エンジン火災チェックリスト」
空に逃げ場はない。
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□
やるべきことの塊であるチェックリストを完了し、いよいよエンジンを止めるか否かの決断を迫られることに。
パイロットならば推進力が無ければ飛べないのは常識。
普段ならば墜落まっしぐらの自殺行為をしなければならないのだ。
息を飲みながらスロットルレバーを引いていく。
既に自動消火装置が働いていることもあって、火災を示すランプは消えた。
王と李、二人の警告ランプはまだ煌々と光り続けている。
火が消えたのは良いとして、再び出力上げるためにスロットルを倒してみるがエンジン出力、速度が全く上がらないではないか。
「エンジン出力が上がりません!」
「これじゃ丸木舟だぞ」
機長が言うように最新技術を突っ込んだ航空機は、今や空飛ぶ鋼鉄の塊と化した。
「油圧60%に低下」
恐らくエンジンが爆発した時にその他丸ごとを吹き飛ばしたのだろう。
全て失うよりはよほどいいが、飛行機の左右を司る油圧も4割喪失している。
いわば、高速道路を走る車のハンドルがかなり千切れかかっているようなもの。
客室にある窓から直接見てもらいたいが、やるだけ時間の無駄だ。
どちらにせよ悪夢以外の何者でもない。
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□
現状を整理しよう。
推進力を生む全エンジンを喪失、更には上昇中とあって高度がさほどない。
さらに油圧が4割失われており、すばやく方向転換しにくくなっている。
一難去ってまた一難。
地面に落下していく機体をどうにか着陸しなければならないのだ!
しかもフルスペックは生かせず、全身穴だらけにされたような鉄塊を。
【メーデーメーデーメーデー。こちら中国国際航空456便。全エンジン喪失、ハイドロ4割喪失】
機長が緊急事態を発令する。
このメーデーの3連呼は最優先で助けて欲しいという悲鳴。
すると羽田側の人間が助け舟を出してくれた。
【こちら東京ディパーチャー。付近にある滑走路は厚木基地、横田基地、座間キャンプです】
高度が低すぎて羽田空港に引き返せるかどうか怪しい上に、曲がれるかどうかわからない。
今は神奈川県内上空、見渡す限り市街地。
乗員乗客320人近く乗せた機体が墜落すれば大惨事は免れないだろう。
「機長、相模湾に緊急着水すべきでは」
「ダメだ。助けが来るか分からない」
近くに相模湾があるが、いつどこで落ちたかすぐわからず助けも来るか分からない。
着水は避けるべきだ。
李は必死になって地図を漁る。
「ではどこが……!」
戻れない、安全に着陸する場所もない。
まさに絶体絶命。
本当に打つ手はないのか?
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□
火事場も火事場、もはや火が迫ってきているような最悪な状況で、副機長はあることを導き出した。
「機長、付近にSoyuz本部拠点があるようです。滑走路もある!」
なんとその地図には横浜市瀬谷にある拠点が赤丸で囲われていたのではないか!
高度を地面すれすれに落とせば着陸できる。
飛行機の旋回能力。
ひいては車のハンドルが6割吹き飛んでいる以上、無駄な動きをしなくて良い。
【こちら中国国際航空 456便。現在降下中、降下率900ft/min。Soyuz横浜本部拠点に緊急着陸する】
降下スピードが着実に増えていっている。
これなら何分か後に地面に激突してしまうだろう、余裕が欲しいが物理法則がそうはさせてくれない。
【……東京ディパーチャー了解】
しかしこの下にはSoyuzの滑走路があった。
都合が良いと言えばそうだが、機内すべての命を預かっている立場のパイロットにとっては天より出された救いの手を振り切る人間などいるのだろうか。
「長さは」
「……3000m!」
十分に余裕はある。
「やるしかない……!」
機長はSoyuz本部にある管制塔に連絡を取った。
断られてもなんでもいい、自分の命に代えても乗客を守ってやる。
【こちら中国国際航空 456便、全エンジン喪失。緊急着陸する。使える滑走路は】
【こちらSoyuz HQ。状況は把握した。使用できる滑走路は滑走路19】
まさかまさか、民間旅客機からのSOSが飛んでくるなど誰が予期しようというのか。
【了解、感謝する】
上昇し始めてからの急激なエンジン喪失。
このスペクタルはまだ序章に過ぎない……
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□
「フラップ15!」
「フラップ15」
機長と副機長は機体に掛かる空気抵抗を増やし、高度を落としながら減速。
角度を変える、人間でいう筋肉がまだ残っていたのが幸いし、かなり荒っぽい着地の後、無事停止することができた。
エンジン火災が起きていたということもあって、Soyuz側の消防員がエンジンまわりに放水する中、恐ろしく滑るスロープこと脱出シートがすばやく展開。
今は火の手が回らないように見えるが、何が起こるか全く予想できない。
ここからは時間とのせめぎ合いだ、蜘蛛の子を散らすが如く乗客が降りていく。
「焦らないで!手荷物は持たず、脱出してください!」
命あっての物種という言葉があるように、CAは命を守るために声を張り続ける。
「機体から離れて!」
さらに消防スタッフが爆発炎上に巻き込まれないよう、隔離に急ぐのも忘れてはならない。
そうした甲斐もあって、乗客320人の命は守られたのだが……
英雄録は不時着してから、動き出す。
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□
沈みゆく船から最後に出るのはキャプテンとコパイロットで、チェックリスト後も残されたお客がいないかを自らの目で探す。
「よし、無事脱出したようだ。そちらはどうだ」
機長が客室の隅から隅まで目を配るが、誰かが死んでいる訳でもないし動けなくなった乗客も見当たらない。
派手に設備を破壊した様子も見られず、断言はできず察する段階ではあるものの、大怪我をした人間はあまりいないと思える。
「問題ありません」
李も同じ結論に至ったようだ。
安全を確かめた後に機内から去り、Soyuzにいる消防側の人間と安否確認を行う段階になって一息つきたいところ。
「乗客290人の安否が取れています、軽傷者はいますが死亡者はなく———」
一瞬考えが硬直する。
乗客は320人いた筈だ、残りの30人はどこに消えたのか。
副機長 李は
「……え?320人ではなく?数え間違いは?」
チェックリストを終えて人間を下ろして、なおかつ確認したハズだ。
だが30人が見当たらないのはおかしい。
死んだら死んだで騒ぎになっているが、そんなこともないらしい。
「機長。どういうことでしょう?もう少し観光したいとかそんなことはないですよね」
「まさか。そこまで横暴ではないだろう」
墜落しそうになったことも、きちんと生かして返したのに数が合わないというのも初めてだ。
死んでも居ない、乗客全員が生存したにも関わらず30人が消失。
二人は何か向こう側で不手際があったのではないか、そう思い報告するが返答は変わらない。
あまりに不自然すぎることもあって、Soyuzサイドとのすり合わせが行われることに。
「乗客名簿が届きましたが、出発する前はきちんと320人いたんです」
副機長がそう主張するも、あくまで書面上と現状が食い違っている事実は変わらない。
「こちらでも複数確認を取っているものの、そちらの名簿とは合致しない。どういうことだ……?」
航空機という乗り物は非常に重量計算にシビアなもので、多すぎて少なすぎても良くはない。
多すぎれば燃料をより使うだけならいい方で、最悪離陸後墜落してしまう。
だからといって軽いと効率的ではなくなってしまう側面がある。
確かに機長は320人が搭乗している体で計算していたし、機体には名簿通りの数が乗っていたことは確か。
着陸後からのゴタゴタの間にどこかに行ったと考えるのが筋だが、一体なんのために。
ただ漠然とした謎が膨れていくだけだが、早くもその答え合わせが示される
PLATATATA!!!!KA-BooooMMM!!!!!!
突如響く銃声と爆発。
「何が起こってるんだ」
あれだけ冷徹だった王も声を荒げざるを得ない。下ろしたお客の中に銃を持った人間がいたというのか。
そもそも物騒極まりない物体は持ち込めない筈。
考える間もなく緊急放送が流れだした。
【緊急事態発生。基地内にて銃撃事件が発生。直ちに制圧せよ。繰り返す。銃撃戦が発生、直ちに制圧せよ!】
突如として始まる銃撃。
平和な日本のど真ん中で、戦いが始まる。
次回Chapter8は8/9 10時からの公開となります