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Chapter68. From the North to Japan

タイトル【北の国から】

極北から一気に南に下り、ここは異世界への門が最も近く、そして最も遠い国 日本。

Soyuz専務ロッチナの予定には確かに日本へ立ち寄ることにはなっていた。


21世紀の今でさえ未来がある東京のコンクリート・ラビリンスにある霞が関か。

違う。


東西の分岐点、そして浪速の花開く都市 大阪か。

これまた違う。


スケジュールに記された地名は「広島」

日本国首相のおひざ元だった。





—————





——日本



羽田から品川、そして新幹線を乗り継いできたロッチナ。

強固な護衛が付いているものの、垣間見る風景は相変わらず無機質なままだった。


数か月経過してもなお、世界各国が昨日の様に異世界について騒いでいるが、道行くサラリーマンはそんなことよりも仕事の方が大事らしい。


新幹線のグリーン車でスクロールするニュースもSoyuzにとっては他愛もないモノばかり。終いには東レの広告でループが完結している辺り、完全に興が失われたのだろう。


この国のメディアや民衆の餌にならないよう工作すれば、瞬く間に消える。


正確には「()()()()()()」のだ。


諸行無常と言えばそれまでではあるものの、こちらとしては情報操作が最低限で済む。


ニュースを小耳に挟んだロッチナはそんなことを考える余裕を見せていた。

恐らくバーンズ長官のハーブティのお陰だろう。



【広島、広島 です。ご乗車、ありがとうございました。この列車は14 時 28 発 のぞみ25号 博多行きです。自由席は———】



アナウンスと共に、物騒な護衛に囲まれながら専務は広島駅に降り立った。

普通であれば国の要人を呼び出すのならば大都市、そう相場が決まっている。


そこをあえて地元にしていると言うことは、首相も何かしらの考えがあるのだろう。



罠か、いや。


Soyuzの恐ろしさは日本とて知らない訳ではあるまい。

首相官邸に呼び出さないということは、恐らく政治的ではない何かがある。


ロッチナは神経を張り詰めつつ、呼び出された場所に向かう。









———————









——広島

かつて、この地は地獄だった。


1945年にあるものが投下され、そして脈々とその恐ろしさが知らしめ続けられている。

それから既に80年経過しようとしている現代、面影はどこにもない。


あるのは都・港・そして大自然が調和した平和都市。


日本国内閣総理大臣 広海 敏夫の一行と合流すると、ますます会合とは縁遠くなっていく。


名前は体を現すという言葉の通りで、顔も恰幅も広い海を思わせる。


M4カービンを携行した重装備の護衛共々、リムジンに通されたロッチナ。

そんな彼は、開口一番に広海へ問いかけた。



「ところで、私をお呼びになったご用件は?私も首相も暇ではないのはご存じでしょう」



言葉のトゲが抜けないのは、強欲で貪欲な国と戦った後遺症だ。

一点張りでどうしようもない連中と交渉なり話をすると語気を強めないとやっていられない。



「———まぁ。そうおっしゃられず。いつも日本国はSoyuzに少なからず借りがありますから。たまには自慢の地元で美味しいモノでも、と私なりに思ったのですがね」



冷たいバラ茎が巻き付いて来ようとも、広海は足蹴にしようとしなかった。

それどころか人の良さがにじみ出た笑顔を浮かべているではないか。



「気休め、ですか。CIA長官にも休みを取るように言われたのですが。……しかし」


「それだけではないのでしょう」



ロッチナはここで探りを入れてみるも、大海にとっては些細な事に過ぎないのだろう。


「私は親愛なる友人ととっておきの場所で鉄板焼きを食べたい、ただそれだけです」



友好的な態度のまま、はぐらかされてしまった。

この男。海の様に底が知れない。





—————





——鉄板焼き専門店



大物二人が訪れたのは成金趣味の毛色が一切ない、知る人ぞ知る鉄板焼き座敷だった。

目の前には黒々としながら、時折銀色をのぞかせる鉄板と木でできたカウンター。


世界中の首脳とは普段は豪華絢爛な場所を回るだけに、どこか言い知れない寒気を感じる。


扉を潜ると、口の堅そうな主人が鎮座しており誰もいない。

如何にも頑固そうな店主だけあって、貸し切りにするには苦労したのだろうか。



「アレを」


「あいよ」


二人で既に何を出すかを決めているからなのか、はっきりとしたオーダーを広海は出さなかった。


直後、油がコテを使って素早く塗られると鉄板が熱を持ち始める。

その熱気が陽炎となって、ロッチナと彼しかいない特異な場所へと空間を捻じ曲げていった。


どうにもロッチナはこの空気が好きになることができない。

赤い連中の醸し出す怒気やら殺気は一切ないが、その代わりに海底のような深淵が広がっているのだから。



——JEEEESH………



相変わらず口を結んだ老兵が、陽炎を割って生地を素早く流していく。

裏と表、両方を焼き上げつつも麺を追加する「広島の」お好み焼きは時間がかかる。



そんな折、広海はこうロッチナに話しかけてきた。



「しかし、ロッチナ氏も大変だったようで。どうにもあの方々は最初から答えが決まっていることを前提に話すもんで」


「全く、奴らには困ったものです。先ほどは……ずいぶんトゲが入ってしまって」



「野党の連中に比べればマシですよ。全くどいつもこいつも理屈が通じないから困ったものだ……」



何処の世界も、ゴネれば自分の都合の良いように運んでくれると本気で信じている人間以下はごまんといるらしい。


テレビやインターネットでは増税デブだのほほえみデブ、と無秩序に言われて気分の良い人間などいるものか。

それに比べればなんと優しいことだろう。


二人きりでこの店を貸し切ったのも、政府としての意思が入らない一個人として話せるためか。


舞台主演の湯気が立ち上り、前座だった陽炎が成りを潜める。

大物役者である油や生地が熱された香ばしい匂いも登板しはじめ、いよいよキャスティングが完了した。



「そういう時は確実に美味いものを喰う。これに限る。それに酒もあればなおヨシ」



「私の場合は酒を入れると翌日に響く。前者だけで結構だ」



なにも深いだけではない。

ゆりかごのように寛大で、そして穏やかな一面もあるのが母なる海でもある。


オヤジさんがコテで生地の周りをぐるりと巡らせ、くるりとお好み焼きが宙を舞い鉄板に落ちるまでの間、広海は一手を仕掛ける。



「……揉めていたのは例の異世界についてでしょう?」


鉄板での熱気があるはずなのに、店はエメラルドポリスのある北極海のように凍てついていた。






———————







「————それは何故……」



ロッチナが思わず口を挟もうとするが、日本国首相はそれを許さない。



「揉めたのか。別世界に繋がる扉があそこにはあるからだ。もう一つは横浜の瀬谷、そしてもう一つは北極の果て。……我が国の衛星をお忘れか?」


今までの遺憾の意ばかり示していた頭領とはまるで違う。目つきも、そして声色も。

目の前にいるのはメディアでなじられている微笑みデブでも増税デブでもなんでもない。


広島ヤクザのソレだった。


珍しくSoyuzの片腕が詰められている。



「……オヤジさん、そろそろ休んだらどうです?」


その傍らで、広海はつまらない話に付き合わせる訳にはいかぬと言わんばかりに人払いをし始めた。

国民に話しかける時だけは彼の顔は政見放送のまま。


だがそれが逆に恐ろしい。

まるで深海のような底冷えするような恐怖をロッチナにもてなすのだ。



「ってもよォ、お客様の手でやらすわけにゃあいかねぇ。なんせ来ていただいてんだから」



「たまには一品を作りたいこともあるんですよ。日本国の総理大臣でも」



「……お客様の願いとありゃあ」



わざわざ来ていただいたのに、と愚痴なのだかわからない言葉を吐いて店主はバックヤードに戻っていくと店に残ったのは二人だけとなる。



「場所も分かっているし、何ならおたくがどうやってそこを掌握したかは大方想像がつく。CMであれだけ軍事力を売りにしているならば」



「……広報には賞与を増やさねばなりませんな」



この男、勘が冴えているらしい。

異世界がある、そこに人がいるとまでしか発表していないのだが事情を良く知っているとは。



どうにもこの空気。

いよいよ日本も敵になるのかとロッチナはそう言わんばかりに首に手を回すが、一国の長から帰って来たのは意外過ぎる答えだった。



「政府としてはどうにか向こう側を利用したいと考えているが、私はそう思ってはいない」



どこの国も欲望をむき出しにして異世界を独占しようとしている。

人口と労働者の減少・資源の枯渇・経済政策の失敗。


日本はこれらをV字回復させたいと思っている筆頭格のハズ。


支持率が欲しくて欲しくて堪らない政治家ならこの手に打って出る。


だが広海は違っていた。



「Soyuzのやり方は少々物騒だが、虐殺はしない。となると向こうの人々を制圧した……何らかの手段で。降伏文書か何かが理解できるならば……恐らく言葉が通じる。それも時間を要さないか、極めて初歩的なことで」



なおも続ける。



「厚生省と財務省がそのことを知って小躍りしていたのでね、どのみち彼らは第二第三の技能実習生を生み出すことでしょう。残念ながら、私では彼らに逆らうことは難しい」



日本国は財布のヒモが全てを担っている。

彼らの匙加減一つで、殴ろうが蹴ろうが安くこき使える、技能実習生という名前の奴隷商売がまかり通ってしまうのだ。



「ただでさえ爆弾を抱えているのに、このような特大級の爆弾を抱えるわけにはいかない。

だからこそ私としては慎重に動き、その異世界と共にありたい。そう考えていましてね」


「実に賢い選択だ」



パンドラの箱から厄災が湧き出てきたそうだが、最後に出てきたのは光だという。

欲望にまみれた最低な惑星の中で、ロッチナはどこか光を見出したかのように目線を下に落した。



「それにいきなりの変化を望まない国民もいましょう。故に……偏見や差別も更に悪化する。

手を差し伸べることもできるのも日本人、たかが政党が違うだけで増税デブと罵れるのも日本人ですからね」



確実で革新的な功績よりも、蔑称が目立つ人間が出す一言は重い。



「現代人なら法という武器で戦えるかもしれない……けれど向こうには純然たる力で戦おうとする人たちもいるかもしれない。そうならないためにも慎重に、時間をかけて理解しなければ」



「しかし、私は止めるので精一杯。だがやらない理屈にはならない」


目先の利益に囚われてはいけない。

例え逃げ腰だの、鈍足デブだのと言われてもなお彼はこの姿勢を貫き通すだろう。


鋼鉄の男。

ロッチナは目の前の男から見出した。



「私が広島に来る価値が十分にあった」



腐った人間ばかり見てきた彼はそんな言葉を漏らすが、広島の人間は何も喰わずに客人を逃がす程甘くはない。


「ロッチナ氏はいつから小食に?」



鉄板には特大級の豚玉と、破壊的な量の麺が待ち構えているではないか。

食べ物を粗末にしてはいけない。



「そろそろ終いかい?」


それに頃合を見て、黒鉄と言わんばかりの店主が戻って来た。

逃げ場所はどこにもない。



「……私としたことが」


美味いものをたらふく食べたい、という首相の文言はどうやら本音だったようだ。

次回Chapter69は8月16日10時からの公開となります

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