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Chapter66. Shadow chaser

タイトル【シャドゥ・チェイサー】


——エメラルドポリス

司令部


やられたからには黙ってはいない。

特に中国のように何度も何度も執拗に追いかけ回してくる相手に対しては大きな脅迫材料を生み出さなければ、侵略の手は止められないだろう。


エチル司令は持ち場を離れ、秘匿されたSoyuz・コア・ホットラインの通話機を手に取った。



【こちらエメラルドポリス司令 エチルです。人民解放軍の件ですが全機撃墜しました】



電話の向こうにいたのは、言うまでもないあの男。

Soyuz専務 ロッチナである。



【エチル少将、その節はご苦労だった。しかし、そんな報告をしたいわけではないだろう?】



どうもこの男、防衛は当たり前にできると思っているようで裏に隠れた何かに対して問う。

少将の話しやすさを優先するためだ。



【もちろんです。撃墜したまでは良いのですが、不審な所がありまして】



【というと】



【空からだとこのように撃墜される可能性がある、そのため隠れながら確認できる場所にバックアップがいると考え少しばかり調査を行いました。

すると、飛ばしていたP-3Cが潜水艦の存在を察知しまして】


更に続ける。



【ソノブイのデータを解析した結果、093型原潜の音紋が一致しました。正確な位置を割り出されるまで黙っているでしょうが頃合を見て母港に帰投するでしょう。

私はその艦を拿捕したいと考えておりまして】



思えば、司令は敵機を撮影してから撃墜せよと、いささか引っ掛かるような命令を出していた。


これも全て世界世論に訴えかけるべく証拠を集めていたのである。

だがあの自分勝手で強欲な国家にはその程度ではまだ足りない。


あの暴走機関車を止めうるに値するもの。

()()()


他は知ったことはないだろうが、反対に自分は可愛いものである。

ならば直接中国を脅かせるタネをちらつかせれば良かろう。



【少将。改めて聞くが撃沈ではなく、拿捕か】



【そうです。拿捕した後はあえて鹵獲したいと考えております】



そこで目に付けたのは一か八か、エメラルドポリスに来ていた潜水艦だった。


昨今、人民解放軍は海洋進出したくてたまらないことは言うまでもない。

台湾、日本、そして米国すら我が物にしたくて我慢ならないだろう。


そのおかげで日本人は割を食っているのだが。



本題に戻ろう。

Soyuzに喧嘩を吹っ掛けるためには高性能な潜水艦を差し向けざるを得ない。

そいつを世界の果てまで追跡、拿捕の後に鹵獲するつもりでいる。


誰も知らないシナリオの先をエチルは語り始めた。



【鹵獲するのは組織で運用するつもりではありません。解析し、そのデータを世界にばら撒く。さらに複製し、解放海軍を脅威に思っている国に売り飛ばす】



【そうでもしなければこの事件はまた繰り返されます。———あくまで私の意見に過ぎませんが】



解析データを全世界にばら撒くという。

なんならSoyuzが自前でコピーした挙句に生産し、他の国に配ってもおつりが来る。



潜水艦はあらゆる野望を叶える種にして抑止力であり、膨大な軍事機密の塊だ。

そんなことをちらつかせれば中国は確実に止まる。


対潜哨戒機を派遣したあたり、本気なのが伺えよう。

ことのあらましを聞き終えたロッチナは、鍋蓋の下が煮えくり返っているかのような声色でこう言った。



【そうか、私と君の考えていることが同じなようで助かった。……要求を聞こう】


【ええ。逃亡して本事件の関与をうやむやにされないよう、立ち寄りそうな港を全て監視していただきたい。エメラルドポリスの管轄ではどうしようもならないとしても、ヤツをのうのうと周遊させるわけにはいきませんから】



決意を確かめるような質問に、エチルは確固たる意志で返す。



【了解した。だがそちらでもベストは尽くしてもらいたい。その意味は分かっているな?】



【もちろんです】



どのみち専務が口利きしなくとも、全力で追い詰めるつもりだろう。

人のことを散々舐め腐っておいて、許されると思うなかれ。



誰も彼も全力だ。






—————







持ち場に戻った司令は哨戒機程度ではまだ足りぬと言わんばかりに、さらなる追手を差し向けた。



「イジェフスクを出して海上から敵艦を追跡、原潜ルイシも同様に潜行して追跡せよ」


「了解」



無線手は各々の艦に出撃準備を促す。


ここでいうイジェフスクとはウダロイ級大型対潜艦の事である。

勿論Soyuz保有の優秀な潜水艦殺しの1つ。


もう一つのルイシはアクラ型原子力潜水艦。

目的を選ばず、多くの作戦で使用されてきたオールラウンダー。


空と海と海中。徹底的に追い詰める気なのは言うまでもないだろう。

エチルはひどく冷めきった声でこう告げた。



「敵潜水艦を必ず拿捕せよ。撃沈は許されない。地獄の底まで追い詰めても拿捕し、捕獲せよ」



「そのためにはいかなる手段を用いても構わない」



最後の一言の意味は非常に重い。

本部に喧嘩を売り、さらには異世界の門があるエメラルドポリスまで吹っ掛けてきた。


自分達が今、何をしているのか。

付け上がった1国家に思い知らせなくてはならない。


決して無敵ではない事。

挑発して良い相手と、してはいけないが存在することを。


敵潜水艦の存在が確かになった今、悪夢のような計画が動き始めていた……








—————










ところ変わってここはエメラルドポリス近海の上空。

相変わらず潜水艦を探すためにP-3Cが旋回していたが、明確に敵がいるということが判明。



「投下!」


機体から氷海に筒が降って来る。

新たなソノブイだ。


音を聞くマイクの役割をするパッシブソナーに対して、今度はスピーカーのように音を出して探るアクティブソナー。


いよいよ殺人鬼が獲物を探し、そのフロアにある戸棚全てを確認する段階に至ったのである。


聞き耳を立てて、大まかな位置は分かっている。

いるのは深度200、ちょうど奇天烈生物が跋扈する深海生物がいる領域だ。


だがしかし、大まかな位置で満足してはいけない。

無線で撃沈するなと釘は刺されているが、プレッシャーを与えておかなければ連中は付け上がる。


テロリストや犯罪者に交渉させるような弱みを見せてはならないのだ。


そうして海中に投下されたソノブイは一定間隔で音波を放つ。



——PEEEC……PEEEEC……PEEEC……PEEEC……———


波は光届くクジラのいるような表層から、ぽつぽつと魚のいる薄闇かかった中層。


そして光灯さねば盲目となる深層まで一瞬で届き、反響してブイのある海面まで戻っていった。


深度250に強力な波を反射するだけのナニカがいるというメッセージを伝えるために。





————




——深度200m

商級原子力潜水艦 長征18号 艦内



一度疑いの目を入れられてしまったからには、息を殺して相手側の撤収を待つしかない。

スクリューの動力となる機関を止め、ひたすらに耐え忍ぶのだ。


大方の相手ならば気のせいか勘違いだろうと思って引き上げてくれるものだが、Soyuzは並大抵の存在ではない。


——PEEEC……PEEEEC……PEEEC……PEEEC……———


「ソナー音を検知……」



音響手の言葉に艦にいる人間全ての背筋が凍り付いた。


相手は撤収するどころか、存在を断定して、狙いを着けにいく段階に来ているというのか。

動きを知られてはならない。郝大佐も潜水艦と同じく沈黙を貫いているが、恐るべき続報が襲い来る。



「新たな機関音を探知。照合します」



「何?」



()()()


大佐は一瞬だけ目を真開き、新たな思考回路へアクセスせざるを得ない。

耐え忍べば去ってくれるという考えを捨て、追手を振り切ること


ただ警戒態勢が厳重になっただけか。それとも殺せる準備が出来たから沈めるということか。

何にせよ、状況は良くなるばかりか確実に悪化の一途をたどっている。


新たに機関音、つまり艦数が増えた所で一切関係ないものかもしれない。

現場は刻一刻と形を変えているとは言え、99の段階で決断するのは早計といえよう。



「照合できました。……ウダロイ級と、アクラ級です」



どれもこれもロシアの艦艇だが、当の建造国は新天地条約という密約を結んでいるハズ。

生真面目な海兵がいるような国でもない以上、紛れもなくSoyuzだ。


日本ではあるまいし、人の家にミサイルを撃ち込んでおいて五体満足で帰れるなというつもりだろう。


だが、どのみち逃げ切らねばなるまい。

潜水艦にとって手負いという概念はなく、生きるか死ぬか。

100か0の尺度しか存在しないのだ。


これ以上留まっていれば、あらん限りの爆雷やら対潜誘導弾を撃ち込まれる。

そう判断した郝の決断は早い。



「任務は失敗した。機関戦速。180度回頭。5、6ノットを維持。直ちに撤退せよ」



ただでさえ任務が失敗しているにも関わらず、比較的新しい潜水艦を損失したとあれば共産党が何をし始めるか。


それ以前に自分が死ぬならまだしも、クルー数百人もろとも海の藻屑となるのはあまりに忍びないのも事実。


帰ったら艦長の名前がいつの間にか別の名前になっているかもしれないが、何も知らず北京に籠っている上層部に対してメッセージを伝えなければ。


Soyuzに決して手を出してはならない、と。


必ず逃げ延びてやる。

大佐の確固たる意志が機関をうならせ、艦を突き進ませるのだ。









——————








強い意思があるのは何も彼らだけとは誰が言ったのだろうか。

今のSoyuzは阿修羅のように怒り狂っている。


追跡するよう命令が下っている原潜ルイシ、大型対潜艦イジェフスクの船員らも同じこと。

ゆっくりと補給と休息を取っていたところに、どこの馬の骨かも知らないヤツが爆弾を投げ込んできたようなものである。


彼らは何かと血の気が多い人間の集まり。

休みを邪魔されたのもそうだが、まして殺しに来た集団を生かして返すつもりなど毛頭ない。


何なら殺しても満足するのだろうか。


そのため中国は恐るべき大国ではなく、核の炎で真っ先に焼かねばならない相手になってしまったのである。



——深度180

アクラ級原子力潜水艦 ルイシ


派遣された2隻には個別に明確な役割が割り振られていた。


洋上にいるイジェフスクは上からソナーを使って追跡し、Soyuzと連絡を取る猟犬。

ルイシは敵の背後に追従、常に圧力をかけつつ網に追い込むハンターとして。



「機関音探知。深度260。速力3ノット。エメラルドポリスから遠ざかっています」



音響手の報告から、ちょうど逃げ始めようとしたところか。

ボローニャ艦長は殺意の籠った声で鋭く命令する。



「了解。深度250まで潜行開始。その後、機関全速で前進し捕捉せよ」



相手はなるべく音を立てないようにゆっくりと立ち去ろうとするのに対し、ボローニャの出した命令はその逆。

むしろ音を立てることになり、通常なら自殺行為だ。


だが今は違う。


向こうが本気で戦うつもりなら、こちらに向けて魚雷やら潜水艦発射型の対艦ミサイルで反撃してくるはず。



それをしなかった理由は1つ。

逃げることに全力を挙げており、追手を沈めようと微塵も思っていないからだ。


このような哀れなクジラには音をあえて出してやった方が良い。


追われているということを骨の髄まで叩き込むことで、敵を好きな所に追い込むことができる。

人間から逃げようとして、その先にある網に自ら飛び込む魚のように。



「いいか。何度も言っているように絶対に逃がすな」


「いかに、我々にしてきた行いが愚かで罪深いことだと知らしめるためだ」



ボローニャ艦長の意思もまた、硬い。

鋼鉄の逃避行が今、始まる。


次回Chapter67は8月2日10時からの公開となります


登場兵器

・アクラ級原子力潜水艦 ルイシ

SOYUZの保有する原潜。機雷の敷設や特殊工作、偵察から地上施設の破壊までこなせる万能選手。

それでいてかなり「速力を出せる」艦。そして万能選手は搭載されているミサイルの弾頭に核を積むことで、世界を滅ぼすことも可能。


・ウダロイ級大型対潜艦イジェフスク

SOYUZの保有する「対潜水艦」に特化した艦。後方に対潜ヘリの格納庫と甲板を持つ。

かなり気合の入った潜水艦キラーであり、水上から狩人の如く敵潜水艦を追い詰める。


・商級原子力潜水艦 長征18号

人民解放海軍の原潜。大量の「核」を搭載した弾道ミサイルランチャーを備えている。

もし、SOYUZが対潜哨戒機を出していなかったら……?

だが歴史に「もしも」は存在しない。

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