Chapter65. The Echo Chaser
タイトル【残響を追う者】
異世界の門を侵略しようとする不届き者は全て海へと叩き落した。
だがしかし、この心底人間を舐め腐ったような対応をSoyuzは許さない。
事件から数時間後。
エメラルドポリスのトップ エチル司令はある撃墜地点調査を命じた。
戦争状態であるならば、たかが敵機3つを撃墜しても報告書を記す必要性など皆無なのだが世界は火種を抱えている状態であり燃えてはいない。
世界的な見方をすれば軍用機3機が北極海上で墜落した「事故」扱いである。
そのため機体の破片を回収、いるのであれば死体を回収しなくてはならない。
だが司令はそこにある条件を付け加えた。
『調査する際にはソナーを備えた艦艇と必ずP-3Cを派遣せよ』
ソナーは海底に沈んだ機体の残骸やブラックボックス、ないし軍用機に搭載されているミッションボックスなどを探知するために必要。
だが司令は通常ではありえない 対潜哨戒機を飛ばせと命令を出した。何か思惑があるらしい。
ここまで舐め腐ったことをされて、死んだ程度で済むとは思うな。
彼の内心ではそんな、どす黒い炎が灯っていた。
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□
事件当時、どこで消失したかの特定は済んでいるため、残骸を探すべくヘリが派遣された。
撃墜地点は人工島からおよそ300キロ地点、それなりに離れているが調査飛行を含めて航続距離の範囲内。
特に言うことはないのだが、現場にたどり着く直前になってあることが話題に上る。
「そういえばsurveille01、随分前に引き返してたが……何かあったのか?司令はああいっていたのに」
「さあ。撃墜現場にあんなのを送り込むなんて上も考えがあるんだろう。けど潜水艦でも探す気だろ。いる筈ねぇって」
コールサインSurveille01ことP-3Cの挙動が妙だった、というもの。
何もヘリに随伴するかと思いきや、120キロ地点で旋回するのを繰り返しているのだ。
そんなことを口にしていると、いつの間にか現場に到着。
あれだけの事があったにも関わらず、天候は曇天から一転しての晴れ。
探すのには都合良いが、逆に薄気味悪い。
「ここが消失地点だ、探すぞ」
「了解」
——エメラルドポリス沖302km地点
「浮いてるのは……ないな。潮流はどうなってる」
墜落したのが海、それに多少アンリとも時間が経過していることもあって、消失地点には何も残っていなかった。
やはりと言うべきか、機長の一人は流れから探ろうとする。
「ああ、えっと……島側に流れてる。方位にすると320から140。波高、風速共に取り立てて妙ではなさそうだ」
「と、なると道中にあった可能性もあった、ということか。進路を変えよう」
ヘリは踵を返しながら捜索を続けるのだった。
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1時間近く付近をああでもない、こうでもないと口走りながら飛んでいると海面にあるものが浮いていることに気がついた。
「氷じゃあ……ないな!よく見たら尾翼じゃないか?」
氷と航空機外板の色合いは非に似て異なる。
「確かに、よく見たらそれっぽい。にしても穴だらけだ……。恐らく機銃で撃墜されたヤツか?」
数十トンあると言っても、航空機の残骸は水に浮く。
特に比重が重い海水では猶更だ。
そのため海に墜落した残骸は往々にして浮いていることがある。
空に居た存在にとって最も見たくない墓標だ。
【こちらNormanton01。残骸を発見。座標を送信し捜索を開始する】
機長は本部に連絡しながら機体を制御する傍らで、副機長は更に際立った「何か」がないかを探す。
【エメラルドポリス管制 了解。付近に艦を寄越す。捜索終了後、Normanton01は着艦し
帰投せよ】
【了解】
無線交信を終えた後、座標を送信する片手間で機長はふと相棒の方に目を向けた。
すると何やら訝しんだような顔をしながら、遠くを見つめているコパイロットの姿があるではないか。
「どうした。何かあったか」
「ほら、向こう。あのマネキンみたいなの。ありゃあ……」
「わかった。向かおう」
果たして。
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□
この北極海では氷と海水以外の異物は酷く良く目立つ。
なにもないキャンバスに、1つありったけ小さい黒い染みがあるのが分かるように。
ヘリを1.2キロ飛ばすと、そこには金属でも氷でもない物体が浮いていた。
【こちらNormanton01。乗組員と思しき物体を発見】
【エメラルドポリス了解】
腰をエビの様に曲げ、胴体と下半身は水の中で沈んだまま。
それはもう、生きていないことは分かっていた。
よく見ると付近にはパラシュートらしきものが浮いており、撃墜時に脱出したのは火を見るよりも明らか。
射出座席を起動させて落下傘で減速したはいいものの、その下は広い海。
氷点下の海水、人間の命はそう長くは持たないだろう。
その光景を目の前に、機長と副機長両者は口を閉じ、眉を中心に寄せているのが何もかもを物語っている。
敵とは言え同業者の不幸な亡骸を見て気分が良くなる乗組員はいない。
運よく氷上に着地していたら助かっただろうに。
こんな作戦に嫌気をさしてSoyuzに来れば死なずに済んだのかもしれないだろうに。
だが、時計の針は戻らないし道は分岐しなかった。
「……引き上げよう。このまま彼を海中に沈んで行方不明にしてはいけない」
「了解」
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□
———エメラルドポリス海域 194km
対潜設備を盛りに盛ったP-3Cに与えられた任務は、海面よりも下にいる存在を調査すること。
つまり敵潜水艦が居ないか確認するのだ。
敵の視点になって考えると、事件いや、この作戦に1つの大きな疑念を抱くことになる。
エメラルドポリスを襲撃するにしろ着弾観測は誰が行うのかが一番のネックか。
高いリスクを冒してH-6に見て来いと言うのは、いくら人民解放軍の詰めが甘いとはいえナンセンス。
それに人工島をただ破壊した時点では意味がない。
制圧、異世界の利権は人を送り込んでから初めて真価を発揮する。
ではどうやって、Soyuzに見つからず人間を送り込むのか。
当然、呑気に海をぷかぷか浮かぶ揚陸艦など発見されて問答無用で撃沈するのであり得ないが。
そうなると答えは自ずと向こう側からやって来る。
海上なら見つかるが、そうそう見つからない場所に伏兵を隠す。
海の下、つまり
潜水艦を潜伏させているのではないか、と。
荒唐無稽かもしれないが、それは前例がないだけに過ぎない。
あの一切なりふり構わない人民解放軍なら確実に「実行」するだろう。
————P-3C機内
という思惑がクルーに伝わっているのか否かは別として、彼らは機体を超低空飛行させながら計器類を注視している。
海中に居る金属の大きな塊、それが返す反応を探知する磁気探知機に関しては特にその傾向が強い。
非常に雑な言い方をすると、超鋭敏な金属探知機でダウジングしながら飛んでいるといえば分かりやすいか。
そこである筈のない反応を拾ってしまう。
「……磁気反応あり、明らかに誤差ではないです。潜水艦か何かに間違いありません」
鉄をはじめとした金属、さらには磁性を帯びる物質に敵味方の区別はない。
だが今までSoyuz所属の艦艇が出ているという話は聞かないし、撃墜地点から既に100キロ以上は離れている。
ではこの反応は何だ。
「……了解。ソノブイを投下急げ」
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水の世界では光も電波もあっという間に届かなくなるだけに、何かを探る際は音が全てだ。
ソノブイとはこのような航空機から投下されるソナー。
宛らブイのように浮きながら音波を発信し、跳ね返って来た反応をキャッチして伝達する。
親切なことに、一定時間が経過すると自沈するので敵に回収される恐れはない。
いざ音波で探りを入れてみると、疑いという雲が晴れ事実がそこに現れる。
「深度320に反応」
機長は少し考えた後にこう返答した。
「潜水艦で間違いないな」
海域が海域だけに、クジラと見間違えることは無いとは言えない。
更に紛らわしいのが、マッコウクジラなどは割とこれくらいの深度まで潜っていることがあるのだ。
どのみち磁気探知機で反応が出ている以上、敵で間違いないだろう。
鉄で出来たクジラなどいてたまるか。
【Surveille01からエメラルドポリスHQ。所属不明の潜水艦を発見。音波データと座標を送信する】
【エメラルドポリスHQ了解】
連絡を受けたスタッフの声はいつも通り無機質なままだ。
しかし、対応が「いつも通り」かどうかは分からない。
Soyuzという組織は自らに盾突いた存在を許さないからだ。
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□
空から場所は変わって、ここは海上のさらに下の深海の入り口200m。
日の光や電波は水の中では減退し、すべてがまっさらの闇と化しつつある世界。
地上とは違いって、音と嗅覚といったものがモノを言う。
光差すことのない永久の深淵に潜水艦は居た。
——深度200m
商級原子力潜水艦 長征18号 艦内
人民解放海軍は弾着確認と、H-6の編隊がエメラルドポリスを破壊しきれなかった場合の火力支援。
そして、エメラルドポリス制圧のために原潜を派遣していた。
原子力潜水艦を選んだのは隠密性が高いのもさることながら、活動時間が非常に長いため。
海中でひたすら待機しているのは良いが、予定時刻を過ぎても連絡の一つすら入ってこない。電波が入るか否かまで深度を上げたが、返答なし。
艦長である郝大佐の脳裏によぎったのは作戦失敗の4文字。
悪魔のような文字列だ。
しかし深海にいる以上、海から上がどうなっているか不明。
また潜水艦はその存在を隠さなければならない性質上、うかつに浮上する訳にもいかない。
あのSoyuzのことだ、場所が割れた時点で殺しにかかって来る。
ひたすらに嫌な予感がするが、不幸にもそれは的中してしまった。
音響手が震えながら、ある報告を上げる。
「……ソノブイが投下されました」
彼はしっかりと海のサーチライトが灯った音を捉えていた。
現代の原子力潜水艦は波に揉まれてしまうようなものでさえ、聞くことが可能。
それに投下されたのは、発する音波に対して聞き耳を立てる「パッシブ」だからと言って侮れない。
即ち、監視の目が厳しくなっていることを指す。
潜水艦乗りとしてはあまり聞きたくないものである。
いわば、遠くから獲物を探す殺人鬼の足音なのだから。
周りは深海、ひとたびハッチなど開ければ全滅する未来が口を開けて待っている。
それに逃げ場も、まして隠れる場も一切ない。
ひとたび実戦になれば、海中の棺桶と化す艦のトップということもあって郝大佐は抑揚のない声で指示を下す。
「作戦は失敗した、潜行、深度250。機関停止」
ここで繰り返そう。
Soyuzはこのような手合いは絶対に逃がす筈がないと。
決死の逃亡が始まる。
次回Chapter66は7月26日10時からの公開となります




