Chapter64. TARGET ——Strategic bomber Xi'an H-6K———
タイトル【ターゲット:戦略爆撃機H-6K】
これだけSoyuzが右往左往している一方、仕掛けた当人たちは不気味な程静まったコックピットで閉じ込められたままでいた。
無線が通じない。
身を寄せ合って、味方機が生きているかは辛うじて分かる。
だが、それだけでしかない。それしかできる事がない。
人間の本質であるコミュニケーションを封じられた。
そうすれば忽ち人間はおかしな方向に考えが回り始める。
H-6Kのパイロットである趙と副機長が一言も発しなくなったのもこの影響だろう。
さらに此処がどこか、位置がまるでわからないときた。
搭載しているGPSは高性能で何なら1秒ごとに更新が入る。
しかし、明らかに北極ではない位置をルーレットで指し示すだけの装置に何の意味があるのか。
無限に広がる海と氷が、ますます方向感覚を狂わせる。太陽が出ているから良かったものの、夜襲でこのような妨害を受けたら終わりだ。
上下左右、自分が置かれているあらゆる方向が信じられなくなる。
言わずもがな空間識失調。
そうして命がけで自殺した人間は空の世界では数多い。
誰もいない、そして音もない。広がるのは果てしない1色だけの空間。
色が更にあるとすれば、底知れない恐怖・絶望・悲観・嘆き。
そして、無。
選ばれた6人は地球上で最も孤独だと言えよう。
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□
進んだ電子アビオニクスは、一人宇宙に放り出された時どうすれば良いのかは教えてくれない。
相変わらず趙中尉たちは沈黙を貫いたまま。
かつてコックピットと呼ばれた、孤独の世界には人の声ではなく警報音で満ちていた。
レーダーに不具合が出ている旨のアラームだが、ジャミングを受ければ常になり続けるのは訓練で知っている。
分かり切ったことを壊れたCDプレイヤーのように垂れ流しているが、だからどうしろと言うのか。
しかし惰性で飛び続ける理由は何も、すべてを諦めたからではない。
確かにありったけのミサイルを放った、だがそれが命中したか否かは電子機器ですら教えてくれないのである。
原始的ではあるが、結局当たったか否かは実際に見にいかければならないだろう。
しかし彼らは「確固たる死」が運命づけられている。
死神の帳簿に目を着けられた趙は黙っているものの、恐怖から来る悪寒で気が狂いそうだ。
パイロットして、いや軍人として死ぬかもしれないという事は分かっている。
本能と言うべき領域にまで。
だが死ぬよりも恐ろしい事が当たり前に転がっていて、緩やかな死を突きつけられている状況。
しかも抗う術も、逃げる術も、助かる術さえもない。
肝心な時に、蜘蛛の糸は振ってこないのだ。
打開策を出さないと、出さねば、いや出せ、あるいは寄越せ。
趙は焦りに駆られるがあまり目を真開き、口をこわばらせた。
正気が焙られた釣り糸のように細くなって、溶けた雫が火で燃え上がる様が分かる。
わかってしまう。
死ぬまでの時間がただでさえ長いのに、神はより苦しめるために感じる時間ですらも長くしてみせたのだ。
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——H-6N機内
H-6Kという世界で趙は絶望と焦りの沼に沈もうとしているが、楊中尉は出来ないなりに
打開策を見出そうとする。
彼は既に死よりも恐ろしい絶望に神経が麻痺し、最早慣れていた。
「降下して船でも見れればいいが、連携を潰されたのは痛いな。救援を呼ぼうにも、道連れを増やすだけだ。」
状況を冷静に整理すればするほど、無線妨害の恐ろしさが身に染みるだけ。
「プリセットデータが頼りです。ただ正確な方位までは」
右も左も分からないとは正にこのこと。
実際の飛行はデータ上でのシミュレーションでは決してない、ブレもすればズレもする。
「4方位が分らないのもそうだが、出撃前に見た風の予報がネックだ。
風が強く、機体はかなり流されているかもしれん。いっそのこと流れるのも手だが……」
だがそれを逆手に取ることもパイロットとしての技量。
最もたる例が強烈な下降気流、マイクロバースト。
空気の流れ1つで、いくら音速が出せる重量何十トンもある航空機でも地面へ叩きつけられてしまう。
それに戦略爆撃機でも揚力やらを得られる構造になっている。
糸が切れた風船よろしく漂うことで、何とかなるかもしれない。
だが。
「それも無線が……」
「それに作戦行動中だ。弾着するまでは避けなければ」
意思疎通の壁は余りにも高かった。
足並みを揃えなければならない軍隊という組織において、勝手な行動は許されない。
それでも楊は絶望に抗おうとする。
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□
——H-6J機内
ジャミングを断続的にかけている武中尉は3機の中で最も怯えていた。
「なんとしてでも無線を復旧させろ!」
三人寄れば文殊の知恵、つまり連携が取れなければ何もかも終わりだ。
武は何より昨今のH-6の弱点を知っている。
近代化するのは良いが、空飛ぶミサイルランチャーには必要ないだろうと機関砲といった自衛火器を撤去してしまった。
接近される戦闘機などに対し手も足も出ないのである。
更にジャミングを出している自機が狙われるのは言うまでもない。
生き延びるために副機長を急かしていた。
「だめです、ノイズだらけで応答できっこありません」
無慈悲な現状を突きつけられても、腐っても機長ということでもあり叱責はしない。
「クソッ、ゴミ共が……!GPSも治らん、あぁッ!」
「なんとかしなければ。俺はこんなことのために死にたくねェ………!」
武もまた運命から逃げ切ろうと、足掻きに足掻く。
絶対的な死が追いついてしまうその前に……
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□
Soyuzは自らの存在を脅かす存在を許さない。
エメラルドポリスはミサイルの魔の手から免れても、報復は確実に行われる。
逃げられないようジャミングとGPS妨害という囲いを設け、徹底的に殺すのだ。
時が経過すれば賢者は減って、愚者が爆発的に増える。
組織に敵対することはいかなる災いを齎すのか。
世界へ向け、常に知らしめるのだ。
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□
———エメラルドポリス近辺上空
———WooooooSHHH!!!!!!!!!!!!
空気を切り裂き、機械仕掛けの海鳥 Su-33が飛ぶ。
お互い接近していることもあって、機体レーダーには挙動不審ながら敵影をしっかりと捉えていた。
敵との距離は30キロを切ろうとしており、パイロットはそろそろロックオンすべく視界と一体化した照準に神経を尖らせる。
「ECMがひどい。出してるのは右端だな……ミサイルでどこまでいける?」
壊れかけの携帯の帆特チラつく照準にバッテンタインは信用できないとばっさり切り捨てた。
接近すれば、それだけ妨害電波の発信源と接近する。
ミサイルは排熱を探知するとはいえ、強力な電磁波を前にすれば不調を訴えてくるのも納得がいく。
何せ相手は怪光線をばら撒いているも同然なのだから。
【こちらSALAMANDER014からエメラルドポリスHQ。ミサイルでは捕捉困難。接近し撃墜する】
引き金に指が掛かっているバッテンタインの連絡は宣言に等しい。
他人の空に土足で上がり込んでいる敵だ。断られるハズがないだろう。
【……こちらエメラルドポリスHQ。了解。敵機を一定時間ガンカメラで捕捉後、撃墜せよ】
一瞬、彼の脳裏にクエスチョンマークが浮んだ。
軍事機密でギチギチなパンドラの箱に殴りこまれておいて、慈悲をくれてやるとでもいうのか。
戦闘機の機影を見せて、恐怖と絶望のどん底に叩き落した後に引導を渡す気にしてもエチル司令らしくない。
Soyuzはもっと合理的で冷酷なのだから。
【SALAMANDER014 了解】
ジェットのハゲタカは今息絶えようとする獲物へと群がる。
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【エメラルドポリスHQから各機。ガンカメラで一定時間撮影後、撃墜せよ】
司令から通達は敵を嬲り殺しにする命令。
しかしSoyuzの組織色としてはらしくないとも言える。
違和感を抱くパイロットはちらほらといたが、何ら疑問を覚えず突撃するパイロットもいた。
コールサインSALAMANDER08 ヴォスクもその一人である。
やはり彼の機体も照準が割れたスマホの如く、ガタガタと揺れ動く上にターゲットが灯ったり消えたりを繰り返していた。
この時点で、ミサイルで撃墜しようという考えは選択肢から捨てている。
残された武器は物理法則のままに飛ぶ30mm機関砲だけ。
射程距離は誘導弾と比較してかなり劣る。
東京から横浜まで飛ぶのがR-73だとすれば、機関砲は各駅停車の隣駅までしか届かない。
どのみち接近せざるを得ないのだから、司令側がそれを進めてくるのは丁度良いところだ。
それにどんな奴が来ているのか顔を拝むのにも都合良かろう。
照準をミサイルからマシンカノンに切り替え、一心不乱に突き進む。
WooooooSHHH!!!!!!!!!!!!
コックピットにエンジンの脈動が激しく響くが、ヴォスクの視線は一切動かない。
音速の世界で距離数十キロなど、ほんの一瞬だ。
瞬く間に距離1000、1キロを切って有効射程内に入る。
ふと何気なく瞬きをした直後、突如としてヤツは姿を現した。
「コイツか。……なんだこの、なんだ」
赤星を腰に付けた侵略者の手先 H-6N。
よく見ると他に2機おり、翼の脇を寒くしている。
車のように、戦闘機も急には止まれない。
Su-33は敵機の下を一旦駆け抜け、自慢の機動力で立て直した後に背後から寝首を狙う。
ある程度後ろについて撮影し終えた途端。
ヴォスクは機体を左斜めに傾けさせてからトリガーを引いた。
VRRRRRRRRRR!!!!!!!!!!!
くぐもった爆音と共に、マズルフラッシュでキャノピーの右側が黄昏色に染まる。
その間、わずかに操縦桿を倒して射線が斜めに移動するよう調整するのも忘れない。
航空機の動き全てを司る尾翼を確実に破壊する、殺意の籠った撃ち方だ。
たった6秒間で150発全て撃ちきってしまったが、問題ないだろう。
一撃でヤワな装甲を貫通する一撃が何百連発。
機体後部にまとまって被弾したH-6Nは空力に負けて尾部がバッキリと折れ始めたではないか。
絞首台の床が抜ける。
『ハイドロプレッシャー0!与圧不良!尾翼がやられた!嗚呼!こんなところで死にたくない!』
『————ここまでか———!』
急降下するH-6は物理法則に耐えきれず、損傷部位から少しずつ皮が剥げ落ちていく。
最初はメンテナンスハッチ、外板、そこから負荷がかかって機体全体にヒビが入った。
この間一瞬。
人間で言えば全身の皮膚が剥がれ落ちるような惨たらしい有様である。
更に空中分解へと発展し、猛スピードでブロックと化した機体、いや破片が海へと迫っていき……
華々しいH-6Nは数百の破片となって、レーダーから消失した。
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□
時をH-6Nが撃墜される少し前へ遡ろう。
無線を滅茶苦茶にした張本人である 武 中尉の機体にも魔の手が忍び寄る。
「追加でECMだ!速くしろ!」
「やってます!」
「わかった!こうなったらエンジン出力一杯、逃げ切ってやる!」
曲がりなりにもSoyuz戦闘機の影を目の当たりにしてしまった彼は憤怒を隠せない。
死刑執行の日がやって来たのもそうだが、一番許せないのは手も足も出ずに殺されること。
機銃座が残っていれば、死ぬ気で追い回して叩き落せるのに。
歯ぎしりしながら副機長にミサイル向けの電子妨害をするよう指示をしつつ、操縦桿をレーシングドライバーの如く傾けて左に急旋回。
お忘れではないだろうか、加速力がスホーイと戦略爆撃機では次元が違うことを。
それにこちらを狙っているのは相手を「ホーミング」することを。
何をしても、死刑判決は覆らない。
———PEEP!!!PEEEP!!!PEEEP!!!!
コックピットに響く、ミサイル警戒装置の叫び。
武は恐怖心を殺意に変換して、意地でも運命に抗おうとする。
『———やってやる、こんなとこで死ぬ訳には————』
BooooM………
近接信管によって炸裂した弾頭から夥しい数の破片がコックピットを襲った。
機首はズタボロに引き裂かれ、制御を失った機体は吸い込まれるかのようにして海へと一直線。
途中、空力に耐えきれなくなった先端部が吹き飛んだ。
斬首された亡骸の如く、空中であらぬ方向に転げていくコックピット。
故に急降下は止まらない。
Zoooommm………
胴体だけになった機体は海面へと深く食い込んだ。
敵機撃墜。
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□
「一瞬で武と楊が……やられた……」
趙は一番恐ろしい光景を見てしまった。
今まで人の子として生きていた仲間が、自慢のH-6もろとも首と胴体を跳ね飛ばされて死ぬ有様。
楊中尉は尻から下が空中分解。武はコックピットが千切り飛んで。
思い出すのも恐ろしい。
ただ一つ、言えることがあるならば「助からない」ということだろうか。
ガラス越しで現実感がまるでないが、彼らは確実に死んだ。
次は自分なのは言うまでもない。
趙は泣き叫ぶこともなく、だからといって呪詛を吐こうとしない。
しないのではなく「できない」のである。
彼らが死ぬ前に悪態をつけるのは一定の余裕があるため。
罪なき人間が殺風景な絞首台に立たされて正気でいられる方が狂っているのだ。
操縦桿を握る手は震え、背中をぐっしょりと濡らし、動悸が止まらない。
ECMを張ってもSoyuzは突き抜けてくる。
この機体に戦闘機に太刀打ちできる空対空ミサイルは一発もないどころか、元々搭載されてすらいない。
射出座席を使ってパラシュート降下したところで、武のようになってしまえば意味がない。
——PEEP!!!PEEEP!!!PEEEP!!!!
死の前奏曲が鳴り響く。
これから死ぬ。逃げられない。どうにもできない。
「————!!!!!」
敵機撃墜。
エメラルドポリスを侵す敵は全て死んだ。
そう空の敵に関しては。
次回Chapter65は7月19日10時からの公開となります




