Chapter62. Battlefield of Wave storm
タイトル【電波嵐の戦場】
——ロシア
——ノヴァヤゼムリャ空軍基地
北極村から4000キロ近く離れた此処はノヴァヤゼムリャ。
そう聞いて、大抵の人間はどこだか見当もつかない。
だがこう言い方を変えればピンと来るだろう。
ツァーリ・ボンバが投下された地。
それとは裏腹に、野生のホッキョクグマやアザラシが容易に見る事が出来る。まさに典型的な北極のイメージが全て揃っている。
爆弾の皇帝が投下された地だけあって、住んでいる人間はあまり多くなく代わりに軍事機密と氷が全てを埋め尽くしていた。
再度補給を受けた人民解放空軍の軍団は、演習の舞台となる座標を目指す。
彼らは休息の後にコックピットの座につくと、天候などの情報が音声で垂れ流されていた。
——H-6K
——Xi'an1161コックピット
【———天候 曇り。降水 なし。 風速 8ノット】
如何に人類が作り上げた技術の結晶とはいえ、自然には勝てない。
それで多くの人間が死んでいるだけに、天候を気にしないパイロット等はこの世に存在しないのだ。
仮にいたとしても既に死んでいる。
機体の主である趙は指を組み合わせて、来るべき作戦に備えていた。
流れを振り返ると、演習に向かう途中に空路から外れ、味方のジャミングと共に無人偵察機を射出。
Soyuzの防空網を引き付けるため、囮となる対艦ミサイルを発射する。
そこから本命の巡航・超音速ミサイルを放つ手筈だ。
当たり前だが、相手も何かしらの電子妨害を行ってくるに決まっているだろう。
兎も角、作戦で重要になってくるのは主にこの二つ。
巡航ミサイルに対して座標をあらかじめプリセットしたか。
どのタイミングで他誘導弾を放つのか。
しかしながら、当たるかどうかは撃ち込むまで分からないのが実情である。
そして時が来た。
桃源郷作戦
Operation: Xiānjiè 開始。
——————
□
——演習海域上空
700km地点
かくして陸地を後にしたH-6K・N・Jは予定通り進路から外れ、異世界を隠す重箱 人工島エメラルドポリスへと迫る。
少しでも脇道に逸れた瞬間、辺りはどんよりとした鉛色の雲海に包まれていく。
だが北極に来ているにも関わらず、吹雪くことも、雹が襲うこともない。
虚空という言葉がふさわしい空模様で、早速動き出したのは楊の機体。H-6Nだった。
【Xi'an1175。偵察機、射出】
【Xi'an9025、了解。ジャミング開始】
———PLAT……BLASHHHH!!!!
ボタン一つで分離。
黒き矢じりWZ-8はしばし重力に従って落下していく。
暫く経ってから尾部のエンジンに点火されると、猛烈な勢いで母機よりも遙か上の天空を目指すのだ。
しかし。
固唾をのんで見守っていた趙は、横を向いて無人機をある挙動を目の当たりにする。
「おい!飛翔してる方位が違うぞ」
「確かに。進んでいる方向は……方位225。———どういうことでしょう、後ろに向かってます……機長、どこに設定されているんでしょう」
「中尉に確認を取ろう」
副機長はコックピットから無人機の飛翔方向を確かめた。
するとエメラルドポリスのある前ではなく、あろうことか後ろに向かっているではないか。
これら無人機は軍事衛星 北斗あるいは、GPSによる位置情報を参照して巡回する。
そのため、あらぬ方向に飛翔することなどまずありえない。
情報が狂っているのは確実だ。
ジャミングの類では決してない、意図的に位置情報が狂わされている。
Soyuzの仕業だ。
【Xi'an1161からXi'an1175。位置情報を確認せよ】
『中尉、位置情報がめっちゃくちゃです!モスクワに……なんだここ、千葉県浦安市?あ、マイアミ!———役に立ちません!』
『ん?……次はコロンビアか。故障ではないな』
すると無線越しでも分かるほど混乱しつつ、その傍らで機長 楊 は落ち着きを取り戻しながら応答する。
【こちらXi'an1175。———1秒あたりに更新される機体の参照情報は……。滅茶苦茶で使い物にならん。北斗に切り替えたが同様だ。自爆、急げ】
【こちらXi'an9025!……やられた。GPSも北斗も滅茶苦茶だ。ボルネオ島を常に表示している。
——ここがどこなのか分からない。プリセットされたデータに沿って目標まで接近するか?】
悪夢のような知らせ。
昨今は軍民、両方のコンピュータ制御化は著しい。
紙の地図は過去のものとなり、衛星からの情報を貰って飛行している。
海面が永遠続く太平洋上や氷しかないような北極海を迷わず、一直線で目的地に向かえるのだ。
だが、道しるべが正しくないとしたら。それどころか滅茶苦茶な位置を示すのなら。
我々が得体のしれない街へいきなり放り出されたのとは訳が違う。
突然砂しかない砂漠の上に放り出された状態に等しい。
土地勘も、経験も何もかもが頼りにならないパイロットと減り続ける燃料。
その末路はたった一つ、ガス欠で墜落だ。
高性能な爆撃機も迷子となれば棺桶同然になり果ててしまう。
「全く困ったぞ……本当に……困ったことになった……本当に困った……」
何よりもそれをはじき出した趙は開いた口が塞がらない。
飛び出てくる言葉はこればかりだ。
しかしパイロットたるもの、1つがダメなら次を。
そう試すよう徹底的に叩き込まれている。
【Xi'an1161、各機。プリセットデータで飛行せよ】
転ばぬ先の杖、狂わされる前に読み込ませておいた地図データが役に立った。
その旨を羞恥しようと無線で連絡を取ろうとした矢先。
【Xi'an1175、……り 了解———】
【Xi'an9025、了—————BLLLLLIIIIITTTZZZZZZZZZZZZZzzzzzzz————
趙のヘッドセットから、凄まじい音量の砂嵐が襲う。
ジャミングだ!
「Ahh!!!!」
ラジオ同様、電波受信して音声に変換している。
これをとんでもない大出力の電波を使って「塗りつぶして使えなくする」のが電子妨害というモノ。
彼らの無線機はSoyuzの電波を受信しすぎるがあまり、味方の声が聞けなくなっているのだ。
鼓膜をキリ先で突かれたような鋭痛が続く。
趙と副機長は咄嗟にヘッドセットを投げ捨てたものの、現状はますます悪化していく一方でしかない
「や、やるぞ……やるぞ!」
地図もない、無線も使えない。
6人はコックピットという閉ざされた世界に封じ込められてしまった。
そして彼らの残響すら、誰にも届かない。
—————
□
Soyuzは全てを知っていた。
演習がただの欺瞞であることも、近々連中がミサイルなり核なりで攻撃してくることも、そしてどうやって殴り込んでくるのかも。
手始めに衛星やGPSを狂わせる干渉、続いて広領での無線ジャミングとまるで容赦がない。
目を潰し、喉を潰し、そして命を潰す気だ。
——偽装人工島エメラルドポリス
居住フロート
パイロットやスタッフらはスクランブルが要請されるような状況にも関わらず、施設に幽閉されていた。
影響を受けにくい潜水艦は別の役割があるため、今は使えない。
そうなったのにも訳があり、無線ジャミングをするには凄まじい出力の電波を放つことに由縁する。
ラジオなどのものとは比べ物にならないパワーなため、人間にも害を与えるような領域だ。
電磁波兵器で脳が焼かれる、という胡散臭い文言はあながち間違いではない。
そんな矢先、ノイズが混じりながら放送が流れ始めた。
【Zaaam、Zam———敵機確認。国籍…China。数3 距離5100,000。無線ジャミングを確認。これより3分間、妨害電波を停止する。直ちに出撃せよ。———Zam、Zam、……繰り返す———】
それ以上は言わなくても結構。
Soyuz、そしてロシアから編入されたパイロットはこれら電子妨害を回避する術を知っている。
たかだか電波を乱されたくらいで無力化されてはやっていられない。
DACDACDACDAC………!!!!
人工島の無機質な床に、軍靴の音が木霊する。
——————
□
——格納フロート
格納庫に整備士とスタッフらの叫びが交差する。
警戒態勢が敷かれてからというもの、元ロシア所属機を含めたSu-33全機はいつでも出撃できる態勢にあった。
ヒト・兵器全てが揃えば、あとは川の流れの如く進む。
以前、思想を語り合ったバッテンタインやヴォスクはその一人でしかない。
スクランブル、生死の危機を前に人は駒でしかないのだ。
その傍ら、整備スタッフは格納庫を駆け抜けていく彼らに整備状況を声で伝える。
HMD・酸素マスクを手に駆け抜けた先には、万全になった機体が待っている状態に「する」のだ。
「燃料補給、完了。いつでも出せます!」
「了解」
そんな口を大きく開けた空飛ぶワニに、次々とパイロットは飛び乗っていく。
キャノピーがゆっくりと閉じつつも終点のコックピットにたどり着くと、歯や舌の代わりに屈強な枠がついたディスプレイがお出迎え。
流れと相反するアビオニクスを前に、とてもスタイリッシュという言葉はそぐわない。
パイロットは砂漠の粒のように立ち並ぶスイッチを、パイロットはすばやく弾いていく。
1つ倒せば一斉にデジタル計器が目を覚まし、また1つ倒せばコックピット近くの装置が鳴動を始めた。
PLAT、PLAT、PLAT……
……WEEEL!
だが悠長にいつものチェックリストを進めている暇などない。
あと数分でジャミングが再開されるのだから。
いつもは力強いエンジンの鼓動が、この時ばかりは遅くて仕方がない。
脳が焼き切られるよりも前に、彼らは何としてでも出撃しなくてはならないのである。
無線は妨害電波の嵐ではまるで役に立たないため、周波数設定を「S・Satellite」に変更。
すると久々にジャミングのない通信が復活した。
【———エメラルドポリスHQ 電子妨害再開まで………残り2分】
音質はボロボロになったオーディオ並みだが、作戦行動に支障はないだろう。
聞こえないよりマシだ。
WoooooSHHH!!!!!!!!!!!———WoooooSHHH!!!!!!!!!!!
滑走路へと視点を移すと、続々とSu-33が迎撃に上がっているのが分かる。
本来であれば他機がいることを考えなければならないが、他人のことを考えていたのならば異世界が死ぬ。
滑走路にたどり着いた機体とパイロットはスロットルレバーを思い切り引き倒した。
本気を出したターボファンエンジンは燃料をドカ飲みし、猛烈な推進力へと変換する。
ZooooooSHHH!!!!!!!
身体が物理法則によってシートへと押し付けられるほどの急加速。
動体視力が風景を追う事が出来ない。
巨人のメジャーリーガーのボールになって、剛速で投げられたような感覚だ。
空母のようにスキージャンプ台が設けられていればすぐ離陸できるが、残念ながら真っ平な氷のみ。
ターボの炎が尾を引くと、フラップが空力を掴んで金属塊はふわりと浮き始める。
そうしてSu-33は迎撃に向かうのだ。
———————
□
——エメラルドポリス
居住フロート指揮管制フロア
電波妨害の合間を縫ってスクランブルしていった戦闘機たち。
だが彼らはあくまでもバックアップに過ぎない。
ジャミングの荒波うねり狂う嵐では電波やレーダーを頼りにするものは全て盲目となる。
正確に言うならば、何を信じたら良いのか。
それどころか誰が誰だか分からなくなる、というものに近い。
それゆえに戦闘機はあくまでも島側から撃墜出来なかった時の保険として出撃したのだ。
「敵機 計4。 うち3、種別H-6K。1つはJ型と推定。高度33000フィート。距離480000」
レーダー手は抑揚のない声で、淡々と状況を説明する。
ジャミングのお陰で正確な種別は分からないものの、しかしこの回答は80点。
エメラルドポリス指令のエチルはその情報を頭の中でかみ砕き、さらに他のスタッフへと命令を下す。
「——敵機捕捉、S-400の発射準備。……だが……」
この後に続くのは【敵機が何を撃って来るか分からない】
今、異世界の門には空飛ぶ弾薬庫ことH-6が迫っている。
やはり餅は餅屋、撃ち込んでくるのは対艦・巡航・弾道と様々なレパートリーで沈めにくるだろう。
ミサイルに抗うためにはミサイルで撃ち落さなくてはならない。
それが昨今の戦場だ。
幸い、エメラルドポリスにはパルテノン神殿の柱を並べた神器 S-400の発射機が8つ備えられている。これにCIWSがあっても、まだ足りない。
だが突貫で2倍にしておいて正解だった。
ここで状況を振り返ろう。
射程は400キロ、しかし敵は480キロ先に居る。今すぐにでも叩き落したいのは言うまでもないが、激しいジャミングのせいもあって当たるかどうかは保証できない。
ただ爆撃機そのものの隠匿性能はタカが知れている。
撃って正確に誘導されれば、確実に海の藻屑にできるだろう。
だが。
母機を完全に撃墜したところで、既にミサイルを撃たれたら何もかも御終いなのも頭に入れておくべきだ。
敵も黙ってはいないだろうし、波状攻撃される恐れがある。
そうした場合、S-400という手札のジョーカーを何に切るかを考えねばなるまい。
いずれにせよ可能な限り温存しておかねば。
囮に惑わされ、丸裸の標的になるわけにはいかないのだから。
確実に撃墜できる敵機か。
それともいつ撃って来るミサイルを迎撃するため、あえて待つか。
エチルは迷わない。
「敵機はスクランブルしている機体で撃墜。誘導弾捕捉次第、S-400で即時迎撃。奴らごときにミサイルを使わせるな」
「了解」
そんな矢先、レーダー手が声を上げる。
「レーダーに機影、速力、マッハ0.8。距離420000。ミサイルです!」
異世界に迫る魔の手の第一波。それを切り払う時がやって来た。
はたして、異世界は。
入り口であるエメラルドポリスは。
中国の桃源郷作戦は成功するのか。
次回Chapter63は7月5日10時となります。
登場兵器
S400
ロボットアニメよろしく、複数の敵目標に対して攻撃が行える超長距離地対空ミサイルとシステム一式。
400km先にある80敵目標に対し同時処理ができるというのが売り文句。
もはや弾道ミサイルすら迎撃できる。とはいえ、大勝利という名前を付けるセンスは如何なものだろうか。
・仙界
古代中国における仙人の住まう場所。俗世からは遠く離れた地なのには違いない。
古文を引用するあたり、人民解放軍の命名センスは小説家のソレに匹敵するのではないか…?




