Chapter61. Hope for Road
タイトル【活路への希望】
やはり数十機のH-6を整備するのは是が非でも時間が掛かるため、白 中将の言う通り自由時間という名の処刑待ちを6人は果たす運命にある。
その中でも引き金を担う大役を担わされた機長 趙は押しつぶされるような重圧を何とか紛らわそうと、部隊のメンバーと話すことにした。
死か成功か。
比率にして8:2。脱出した先は極寒の海、助かる術はない。
どれだけ優秀な軍人であろうとも、人間という生き物である限り「ハイ分かりました」とは言い難いものである。
それが出来るのは、人間の枠組みから外れた狂人だけだ。
「杏仁大尉」
「その呼び方は気に入らんな。俺には楊という名前がある。ま、いい」
訪れた先は楊の下。
大尉は6人の中で最も優秀なパイロットである。現に表彰されているし、人望も厚い。
何かしら悩みを抱えたら彼に行けと武も太鼓判を押すほどだ。
肝心の当人は恐らく物資補給と称する日本旅行の際、大量に買い込んだ杏仁豆腐を食べているが。
すると彼は趙に対して、こんなことを言ってきた。
「……買い過ぎたな。俺一人じゃあ味に飽きる。せっかくだ、お前も食え!甘いものはストレスによく効く。こういう時には特に、な」
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「いいなコレ!あー……牛乳がいい、が。そんなに甘いかコレ?いやでも、これは既に完成しきってる、というか」
どういう訳か持ち込んだ専用の甘味器に杏仁豆腐がよそられ、ティースプーンまで渡された趙。
彼とて食べたことが無い未知のスイーツを口にする。
甘いモノはストレスに効く、というのが大尉の弁だが本当のようだ。
「ああ………これがいい!あと汁も入れろよ。わかってると思うが。
最近の洋菓子は甘けりゃいいと本気で思い込んでてな。だがそうじゃあないんだ、そうじゃあ!」
空では決してこんな風にはならないそうだが、世界がひっくり返る程のインパクトをこの白い甘味が与えたのだろう。
回り巡って、自分たちが世界をひっくり返すことになるとは思わなかったが。
けれど、趙の内心に巣食う不安はなかなかぬぐい切れない。
「……無粋なことを聞きますが」
「なら聞くな!!!」
「……聞かないとスッキリしないから聞く。楊大尉はこの作戦をどう思うのか聞きたい」
何時もなら語尾にマークがついているような言葉が出てくる、そんな大尉の口が固まってしまう。
少し考えた後、彼は軽くあたりを見回してからこう答えた。
「……そうか。まぁ、そうだな。あまり良くはないな」
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「……もっとやるべきことはあるだろう、と言うのはある。こんなアプローチじゃあなく、な。
だがそんなものに逆らってどうする?結局軍人はやらなきゃあいけない」
「俺だって、趙。お前だって。軍から表彰されてても、死ぬのが怖い証明書じゃあないんだ」
追い詰める事だけではなく、楊は意図を組んで背中を押す。
「だから一軍人として趙、頼むぞ。誰か一人欠けてもこの作戦は成功しないんだからな」
誰だって怖い。
だからこそ、励まし合おうではないかというのが大尉の考えだ。
「———っても結局重圧なのは変わらんが。
そういう時に武みたいな腹積もりでいろ。世界を支配してると本気で思ってる奴らの島を吹き飛ばそう、ってな。だから喰え!」
逃げるまでもなく、立ち向かう。それで死ねるなら無駄ではない。
嫌なことは忘れず、集中するためにも糖分は必要なのである。
今までの事が馬鹿らしく思えてきた趙は白い宝石を頬張り、お代わりを要求し始めてきた。
「杏仁大尉、まだ残りは?」
「残弾はまだある!食え!!食いまくれ!」
最後の晩餐。
これっきりになるのか、そうではないのか。
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全ての準備は整った。
欺瞞の演習も、塗り固められた嘘の下に動く策動も。
格納庫から次々と発進していく機体。そして例の3機もその順番が回って来た。
轟炸六型 Type K
70年前に開発されたソビエト初 超音速ジェット爆撃機Tu-16を下敷きに、猛烈とも言えるアップグレードを加えられたソレは大きく姿を変えてきた。
さながら時代の様に。
後部機銃・機首のステンドグラスを思わせるキャノピー。
無駄という無駄を徹底して排除し、そこには性能を満たせるものに置き換わった。
猛禽の嘴よろしく鋭角になった機首のレーダードーム、機体の要所に配置された内蔵式ECMポッド。
視界を確保するための前方窓ガラスは、アニメに出てくる超合金ロボットの如く研ぎ澄まされている。
それこそ軍用機である証。
魚の様にすらりと長い胴体とほぼ直結されたエア・インテークは四角く磨き直され、模倣と盗品の暗黒時代など微塵も感じさせない。
【Xi'an1161から管制。チェックリスト完了。 エンジン始動許可】
さらに、こうして趙が操作するコックピットですら、針と目盛りを有する計器の代わりに無数のデジタルディスプレイで置き換わっている。
最早、旧ソビエト連邦 ツポレフ設計局で作られた面影はなかった。
【管制了解。エンジン始動】
—————QEEEEEEE…………
スイッチ1つでインテークから空気を取り込み、燃料が爆発的燃焼を起こして推進力に変えていく。
甲高い轟音を響かせながら、翼にミサイルという重荷物をぶら下げた機体は少しずつ動き始めた。
【こちら管制。Xi'an1161はXi'an1175 とXi'an9025が出発後、滑走路32で出発準備】
【Xi'an1161了解】
無機質な滑走路に近くに出てみると、北の果てにしては珍しい雨が降っていたのだろう。
水たまりができており、大きな水面に翼下ごとシルエットが映り込む。
21世紀の爆撃機、いや空飛ぶミサイルランチャーは数多の誘導飛翔体を抱えているのは言うまでもない。
そして誘導路に出来た水たまりだけが、中国で数少ない真実を映し出す鏡と言える。
コールサインXi'an9025 武 中尉の J型が通り過ぎれば、翼端に設けられたジャミング・ポッドが目を引き。
コールサインXi'an1175 楊 中尉のN型が通り過ぎれば、機体の腹にぶら下げられた無人偵察機WZ-8が望めよう。
では趙の操る機体はどうだろう。
コールサインXi'an1161の機体は夥しい数の超音速誘導弾がずらりと並ぶ凶器のデパートと言えよう。
中でも一回り大きい丸太が2つ括り付けられている。
迎撃困難、命中必須。超音速巡航ミサイルだ。
こんなものを打ち込まれればエメラルドポリスは破滅してしまう。
【Xi'an1161から管制。チェックリスト完了。出発許可】
【管制からXi'an1161。出発せよ。出発後、左旋回】
【Xi'an1161了解】
他機がいないことを確認し、趙はフラップを出しつつスロットルを引いた。
全長30m近い巨体が法定速度60を軽く超え、100・200・300キロの大台へと加速していく。
次第に機体は浮かび上がり、巨大なシルエットはみるみるうちに小さくなっていった。
そして高空へと消えていった……
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空の世界では数百キロ程度、あっという間に過ぎてしまう。
自動車とは違い、高度を上げている途中でもぐんぐんと進んでいくことも相まってのことだろう。
羽田を出る旅客機でそうなのだから、超音速爆撃機は猶更だ。
元からロシアに近い北極村ということもあって、シベリアを過ぎた北極海近辺の基地は出張のようなものか。
何一つ横槍が入ることなく着陸してみせると、補給が終えるまで休息を取ることになる。
普通の、ごく一般的な演習に参加するパイロットならば。
だが選ばれし6人は違った。
臨戦準備万端の彼らは駐機中でもコックピットに居座り、作戦の再確認を行うのである。
編隊からの離脱する地点はどこか、どのような順番で敵基地を討つのか。
それに出てきそうな脅威はいかほどで、妨害されないようにするにはどうしたら良いのか。
数々の課題が降りかかる。
破滅のスイッチを押す趙はいっそう慎重に取り組んでおり、彼はミサイルについてデータをインプットしていた。
自分で距離を測って飛翔するものならともかく、従順な犬のような巡航ミサイルはこの作業が必須である。
衛星から送られてくる情報を参照して飛ぶだけあって、電子妨害を受ける可能性が否定できないのだ。
どのみち自分が死ぬかもしれないのは、この際どうだっていい。
だが万が一失敗して生き残ってしまったら。
死んだ方がマシな目に遭うかもしれない。
そうならないよう、目を通していく。
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Soyuzはとやかく情報、どういうわけか電子妨害に極めて強い。
SNSに出回った機密はタイムラインを駆け抜けるよりも前に、有無を言わさず消される程である。
人民解放軍の動きにアタリを着けていても何らおかしくはない。
恐らくトリガーを引こうとした瞬間、不思議なことが起きても機械のせいに出来なさそうなのは確実である。
趙は杞憂になるほど考えた末、副機長にあることを命じた。
「指定座標に変えて撃てるか?」
「ちょっとわかりませんね。………あ、出来るみたいですよ。ただ……」
比較的新しい兵器ということで、多少の融通が利くのは良い。
しかし彼の口ぶりからするに、やはり難があるようだ。
「相手は動かない目標ですが、不確定要素があるのは事実です。
座標に向かってはくれますが、そこらへんが誤差になるかもしれません」
「撃つなら弾体に速度が乗り切るギリギリで撃たないと」
ただ指定された点に向かってくれるのは良いが、ここはデータシミュレート上ではない。
風・重力・温度といったことは一切考えないものとするのが鉄板。
例えるならば物理の問題で摩擦を0とする、と書いているのが分かりやすい。
高性能な誘導兵器は随時測定しながら修正して飛んでいくからこそ命中するのだ。
故にお値段が凄まじいことになるのだが。
それに飛翔する時間が長ければ長い程、誤差が積み重なればなんとやら。
だからといって近すぎると加速できず、超音速という利点を失って撃墜される。
非常に塩梅が難しいことになるのは言うまでもない。
「やはり……そうなる、か。現場に入ってから物事は考えよう」
目指すは異世界への門。ヴァルハラだ。
次回Chapter62は6月28日10時からの公開となります
登場兵器
・西安/シーアン/せいあん/Xi'an
シルクロードの始点であった長安は此処。現在では中国で生まれる飛行機のふるさととして知られる。
仕方がないが、読み方が無駄に多い。
・H-6【K】【N】【J】型
当たり前だが、K型をベースにどこぞの後付けロボットアニメよろしく派生型が無数にある。
Kは巡航ミサイルを搭載可能。
Nは対艦の弾道ミサイル、Jは海軍仕様、かつ「超音速」の対艦巡航ミサイル搭載可能タイプ。
見た目が良いことはいいことだが、装備の差も含めると死ぬほどややこしいのが難点。
・WZ-8
空中発進式の無人偵察機。ミサイルよろしく射出された後に偵察を行うことができる。
地味にステルス性が確保されており使う側としては便利。使われた側としてはとてつもなく面倒なユニット。




