Chapter36. Unidentified Weapons in the Gorge
タイトル【峡谷の未確認兵器】
ついに反政府勢力「ベーン派」との会合が行われる時がやってきた。
Soyuzの意向としては敵対的行動ないし危害を与えるような軍事行動が見られた場合、即反撃を行う強硬姿勢を取っていたが、世の中長い物には巻かれるもの。
クライアントであるファルケンシュタイン新政権の対話姿勢もあって会合に参加することに。
相手方が複雑な立場のソフィアをどう見るかはさておき、誰がどう見ても侵略者であるSoyuzがどういった位置で参加するががネックになってくるだろう。
そこで「スペシャルサンクス」という枠で同行することになった。
あくまでも戦後復興を支える事を前面に押し出すことで、新政権がSoyuzのラジコンではないことを証明するためである。
——本部拠点
要人である冴島と権能が乗るのは1機のCH-47チヌーク。
周りには歩兵を積載したハインドがぐるりと取り囲みながら向かう予定だ。
パイロットがエンジン始動準備を始める傍ら、冴島大佐は中将に話を振る。
「中将閣下。陛下がご不在だとやや寂しいですな」
「しかし冴島も爺臭い事を言うようになったな」
戦争中はソフィア・ワ―レンサット「殿下」と様々な県に出かけたものだ。
どれもこれも良い思い出とまではいかないが、荒波のような過去を見返してみると感傷的になってしまう。
それは権能がなじるように、それだけ時間が経ったことを教えてくれる。
「私とて若くはないですから」
「フグのフルコースを俺より食っておいてどうなんだそれは。鍋を8割も平らげる初老の男がいてたまるか。俺の食う分が無くなっただろう」
食い物の恨みは怖い。
これ程地位が高いにも関わらず一切のナマモノが口に出来ないのも、美味しい産地直送 下関のフグが食べられないのも。
基をただせばナチス的バイオ責任者 メンゲレのせいなのだが。
「お戯れを。——閣下。あの後、居酒屋をハシゴしたことをまさかお忘れとは思いませんが?」
結局のところ上下や人間関係もそうだが、お互い様なのである。
しばしの沈黙の後、二人は真剣な声色でこう呟いた。
『……はしゃぎ過ぎたか……』
それが全ての答えなのは言うまでもない。
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□
本部拠点を出発したヘリ隊は帝都から出発した群と合流。
そのまま隣県バタ・ノンへと目指す。
ソフィアはというと、同じくチヌークの小さな窓から「彫刻」と言われた渓谷を眺めていた。
彼女はこう呟く。
「この時ばかりは人間を辞めてしまったことを後悔します。ただでさえ悔いることが多いというのに」
軍事政権の操り人形であった兄、そして国の象徴として降臨した自分。
神になりたいと嘆く人間は多いが成って良いものではない。
神は絶対的であるが故に、己を委ねる自由も謳歌するための幸福も存在しないのだ。
今までも、そしてこれからも。
従者エイジは静かに釘を刺す。
「———お言葉ですが陛下」
たったそれだけだ。
ただ恩師である整備班の言葉を忘れているのではないか、それを思い出させるには十分。
慰めも、哀れみも、同情もしない。
極まった関係の人間はそれだけでもコミュニケーションが成立する。
二人の関係性はそれほど深いのだ。
「こういった風景を見るとたまに感傷的になってしまうものです」
神の代行者だの、政権の象徴と祭り上げられたところで、時計の針はそう簡単に動かない。
年端もいかない16歳のままだ。
しかし、それを言い訳にするつもりはない。
ただやることをやるだけ、為すべきことをするだけだ。
「写真、お撮りしましょうか。イグエル様もお喜びになられましょう」
「ええ、是非」
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——バタ・ノン県
ツンダール要塞
山と錯覚するような高い岩肌が曲がりくねりながら、その様はまるで都会のスカイスクレイパーを全て赤褐色の岩に置き換えたような要所。
特重防御要塞 ツンダール。
大自然と人間がタッグを組んで建造した難攻不落の鉄壁である。
陛下を乗せたヘリコプターが着陸するや否や、赤い絨毯の代わりに漆黒の護衛がずらりと並び「神の道筋」を作り出した。
闇から現れるは代行者 ソフィア・ワ―レンサット。
すると反政府勢力の代表であるリコー・ベーンが出迎えに参り、硬い握手が結ばれる。
まさかの新政権と国家転覆を狙う組織の長がこうして相まみえることは、世界ニュースを熟知しないとなかなかお目にかかることはできないだろう。
そしてスペシャルサンクスとして来てしまったSoyuzサイド。
中将と大佐は二の次に回されているため、しばし周囲を見渡すことに。
たなびく旗には部隊章が大きく掲げられ、一派が戦中の正規軍だったことを何よりも表している。
その割に兵装や装備は今まで交戦してきた帝国軍のソレとはあまり大差ないようだ。
尖ったものと言えば兵士たちの「色」
帝国軍正規兵の深紅ではなく、局地戦闘に特化した赤褐色に茶色の迷彩パターンがありとあらゆるところに入っていた。兵士の顔に至るまで。
時に服装やメインカラー、それに所属を示す文字でさえ全体を表すアイコンとして機能する。
ナチスの鉄十字、旧日本軍のカーキ色の野戦服。思い当たる節は大量にあるはずだ。
歩兵ユニットそのものは特に秀でているわけでもなければ、著しく劣っている訳でもない。
強いて言うならば起動戦力である騎兵があまり配置されておらず、ドラゴンナイトの比率が大きいことくらいか。
これだけ険しい環境で馬を乗り回すのには骨が折れるだろう。
更にもう一つ気になる光景が冴島の眼に映る。
宛ら軍人のように固まって動かない「火竜」だ。
いくら強力な歩兵掃討能力を持っていても、所詮は制御不能のケダモノ。
遠隔操作でもされているのかと思ったが、伝令と意思疎通をこなしているではないか。
職業柄、少しでも分析しようと視線が奪われてしまうと分かって来ることも多い。
よく見ると今まで戦って来た火竜とは少し異なる。
生物学的なことは兎も角として、人間よろしく各部に装甲化されているのが印象的だ。
それなりに屈強な腕にはランチャーのようなものが括り付けられており、配管が後ろに回る。
背中あたりには何かのタンクや予備弾薬などがオフセットされていた。
一言で表すならば強化服のようで、明らかに獣が暴れるようにはできていない。
目標に向けて狙い、トリガーを引いて撃つ。
あたかも人間のように理性を持った存在が使うことを前提としている。
それ故に、巨大な猪などへ砲を装着しようと帝国軍は考えない。
人間程の知性が無ければ武器で狙えず、撃てず、ただの的になるからだ。
更に言えば制御不能の兵器など役に立たないにも程がある。
それも1匹2匹ではない、小隊が結成出来る程の数がまとまっているではないか。
注視してみると若干ながら装備差も見られ、ますます異様としか言いようがない。
相手にするのは厄介だと冴島は唇を軽く噛む。
だが見ていたのは何も彼らだけではなかった……
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□
——発着場付近
ベーン派は一見して野蛮なテロリストのように思えるかもしれないが、非常にしたたかである。
護衛のハインドやチヌークなどを要塞の中から垣間見ていた兵士がいた。
「あれが報告書にあった【回転式飛行機械】か」
「間近で見るのは初めてだ、不死身でなけりゃ近寄れっこねぇ」
長く堅苦しい文言ではあるが、回転式飛行機械とはヘリコプターの事である。
もう一人の兵が言う通り、こうしてまじまじと見る機会がないのも当然だ。
迂闊にレーダー網で捕捉されれば問答無用で撃墜される、厳しい空の世界。
お目にかかれる機会は一生にあるかないか。
もしかしたら戦火を散らすような存在だけあって、分析しておいて損はない。
「護衛は鈍重で速度も満足に出せないとして……操縦席が見えんな。宝石の山にしか見えやしない。武装は……まとまったヤツと円筒か。バカでかいヘンダーか?相手にしたら厄介だ」
既に誘導兵器という概念が存在する以上、ミサイルを装備するハインドPはシャクに触る存在だろう。
「とやかく遭遇して叩き落さんとわからんな。問題は如何に撃たれないか、だが……。
要人が乗っていたのは武装を積んでいないらしい」
「輸送型か?」
「中を広げていたが、想像以上に広い。万が一発見した場合は補給を絶つ必要があるな……」
チヌークは彼らの言う通り、構造上も相まって一切の武装を持たない機体である。
「だが案の定、護衛が付いている……しかしバカデカいからそう簡単に叩き落せはしないだろう、ああいうのは粘ってくる」
「アレが敵になった場合、素早く探すか待ち伏せをするなりして速攻で勝負を着けなければならないか……」
こういった輸送機はヘリ・固定翼機含めて与力のある設計になっている事が多い。
銃弾を被弾したからと言って即座に撃墜できるわけではないのである。
「ううむ、誘導兵器がある以上犠牲は出る。どうしたものか。」
「敵にならなければ越したことはないさ」
果たしてSoyuzや新政権はベーン派の敵になるのだろうか。
陛下の話術が今、試される。
次回Chapter37は12月28日10時からの公開となります
登場兵器
・ハインドP
一般的に有名なソ連製攻撃ヘリ Mi-24シリーズの1つ。
機首についている武装が30mmガスト砲になり、大幅火力アップ。対戦車ミサイル等を使用可能。
兵士も運べて便利なのだが、鈍重・高燃費・見た目がどうみても正義側ではないことは懸念しなくてはならない。
・チヌーク
型式番号CH-47。俗に言う輸送ヘリ。兵員どころか車両などを乱雑に運ぶことができる。
見た目からしてどこか嫌な予感がするが、使って見れば気のせい、あるいは杞憂に終わることだろう。
SOYUZが運用しているのはF型。
・火竜
ご想像の通り兵器ではなく、ただの凶暴極まりない原生生物。
体高4mと巨大かつ肉食。この世界では処刑に使われることもある。
熱に耐えるためか皮膚が分厚く、榴弾等に耐性を持つ。
あまりにも凶暴なため「普通は」制御不能なのだが……?