Chapter32. Lurker in the abyss
タイトル【深淵に潜む者】
偵察機が持ち帰った情報は本部拠点に同時送信され、情報総局によって解析にかけられた。
それらを担うのは小西直下の唐津中佐や部下たち。
撮影されたデータは並行して地形調査を行っていたTu-95のものを照らし合わせながら精査されることに。
精密偵察された地図を見ると、とてもではないが未来がある異世界とは思えない。
廃屋と残骸、そしてわずかながらに生き残った人々が作ったキャンプだけだ。
Soyuzが根を下ろす場所とは違うとは聞いていたが、このような場所が存在してしまうとは。
航空写真を見た唐津はそう感じざるを得ない。
それはあくまでも個人的な感情であり、一人の情報将校からの視点からすれば「調査に困らない」という冷淡なものだった。
都市やビル、軍事基地と言ったカメラを遮るようなものがあまりなく、駄々広い荒廃した土地が広がっている。
送られてきた土地の写真データの性質は全く違う。
前者が紛らわしいモノから真実を探すのに対して、今回は砂漠の上から針を探すくらいの違いだ。
いずれにしても、撮影されたデータは余りに膨大過ぎる。
地図があまりにも大きすぎるため、手始めにやることは一つだけ。
「これでは埒が明かない、区域を分けるんだ」
「わかりました」
コマ切れにして、狭い区域を調べるのだ。
精査が済んだピースをはめ込んでいけば自ずと答えは出てくるだろう。
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今回の偵察任務で得られた航空写真をベアが持ってきた地形データと照らし合わせ、山・谷・川などを境界にして一旦「身勝手な県境」を定義し、グリッド線を引く。
問題は切り分けられたピザをどうやって調べるのか。
もちろん人力ではない。
そこには学習機能を備えたソフトを使い調査する。陳腐な言い方をするならば「AI」
切り分けたピースの中に点在する荒廃した地形や自然環境を学習させる。
機械やプログラム言語は大量の情報を分析し、共通性を見出すのは得意だ。
荒野や山岳地帯、地面がむき出しになった平原といった場所はスルーさせ人間がいそうな場所や廃墟。
人間が作った粗雑な建造物を弾く。
しかし合致率が低いと即座に人造物扱いするように設定されているため、やはり目の粗いフィルターと言わざるを得ない。
ソフトウェアという大雑把なふるいにかけ、そこから出た情報から疑惑のかかりそうな場所を人力で探すのだ。
真っ白で広大な画用紙に記された点をリストアップし、期待できるものか否か振り分ける。
最後の最後で情報総局スタッフの根気がものを言う。
「ふるい分けが完了しました」
いよいよ機械による選別が完了。
大昔ではこれすら何十時間が費やされており、たった数十分で行えてしまうのが21世紀という時代なのが恐ろしい。
これが現実世界での魔法だ。
「結果は?」
「1区域だけで454件あります」
「軽い方だな、私も手を貸す」
これでも1件に過ぎない。
分割されたのは10区画、単純計算で4500件を相手にしなければならないのだ。
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——深夜
朝に始めたこの作業は苦行を極めるのは言わずもがな。
ふとパソコンの右下に表示されている日時を見ると、日付を跨いで数時間が経過していた。
「これで残り4区画……!」
スタッフは淵に何度もコーヒーの乾いた輪が出来たマグカップを一気に口にし、額を覆いながら言葉をひり出す。
Soyuzが世界を牛耳る事が出来る理由の一つ、圧倒的情報網。
情報を基に軍事力を行使することができるのは、彼らのような人間の犠牲の上に立っているのだ。
そのことを忘れてはならない。
唐津中佐はネスカフェアンバサダーを使い潰しており、ここまで煮え切るまで、はたして何杯飲んだのだろうか。
最早、体を壊すレベルをはるかに超えた段階まで来ている。
しかし、やらねばならない。
「あまり残り数を気にしない方がいい」
彼はあらかじめ全区域の該当データをはじき出していた。総数なんと10441件。
こんなもので一喜一憂していたならば気力が削られてしまう。
諜報機関、最後の関門である人間を疲弊してはならない。
残り件数1665件。これでもマシになった方だ。
こんな調子で終わるのか、と思わず己の使命だけを果たすことだけ目指さなくてはならないだろう。
根気が強いようなレベルでは歯が立たない。
人間を超越したプロだけが立ち入れる領域にいるのだから。
唐津中佐や各々スタッフたちは一丸となって情報を精査し続ける……
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かくして解析されたデータは電波からケーブルを伝って次元を超え、異世界本部拠点へと届けられた。
施設や人造物は全て点で表示されており恐ろしい手間暇がかかっているのは言うまでもない。
わずか2日で仕上げられたのには唐津とその部下たちの血のにじむような努力があったからだ。
彼らの睡眠時間を限界まで削って仕上げなければならない。
ハイゼンベルグの捜索とは、それだけ急がねばならない案件なのである。
——U.U本部拠点
——応接間
「航空偵察の結果が出されたようですな?」
権能中将よりも先にテーベが食い気味で話を振った。
深淵の槍はあくまでもファルケンシュタイン国内を自由に動ける組織だが、逆に国外となると動きに制約が掛かる。
戦争後どうなっているか初めて垣間見るデータだけに仕方がないのだろう。
対外活動において非常に興味深い記録と言える。
「ええ。要塞などの位置は全てピンを打ってあります。しかし」
たしかにガビジャバン王国のデータは取れた。
依然ハイゼンベルグの居場所、あるいはそれに繋がるようなものが得られないでいる。
感触は良くないのも当然だろう。
どんな人間に対しても、わからないことが分ったと報告するのは気が引ける。
「結構。戦後の記録が取れればそれで良いのです」
少将は情報部の人間として察していたらしく、特に追及はしなかった。
もともとハイゼンベルグは態度に比べて警戒心が非常に高い。
だからこそSoyuzとの戦争に負け、自らが新政権にとって邪魔者だと判断されるよりも前に国外に逃げたに違いない。
ヤツは尻尾出すような真似をしないのは、初めから分かり切っている。
燃料代と徒労をしてまで成果が得られなかったのだろうか。
権能はこう返す。
「地上で探して影も形もなかったのならば、潜伏先は地下」
「仮にガビジャバンに逃げ延びていたとして、まだハイゼンベルグ博士は足掛かりを作っていない可能性ある……と考えていますが、少将はどうお考えで?」
何度も繰り返し言うが、偵察機材に透視カメラという魔法のような代物は搭載されていない。
しかしそれは「地上に居ない」という裏返しになる。
絞り込みが出来るのだ。
少将は地の利があるため一歩先に踏み出しているらしく、権能の提起にすらすらと答えていく。
「我々と同じ見解を出されるとは、我が国が負けるわけです。それに加えて。
如何に目標が距離を無視した移動が出来たとしても」
「やはり人間という枠組みからは逸脱できない」
「———ジャルニエの隣、国境を接するニーブ領かその近辺にいる可能性が高い」
天才論理物理学者 アリエル・ハイゼンベルグ。
いかにレールを外れたトンチキな存在だとしても、所詮は心を持った人間だ。
腹は減るし、糞も出る。
生きるためには腰を据えなければならない以上、どこかの勢力に身を寄せていてもおかしくない。
それもなりふり構わず。
今にでもガビジャバン王国に殴りこんで、当人を簀巻きにしてイスラエルに送りつけたいのは山々だが、ある問題が邪魔をする。
「我々Soyuzとしてもハイゼンベルグを抑えておきたい、が。
………依頼を受けていない他国にこのような文言をふっかけて侵攻する真似は出来ない」
「それこそ私の首がすげ変わらない限り」
王国に関する依頼を受けておらず、立ち入る名目が存在しないのだ。
仮にも帝国で好き放題暴れられたのは、依頼者である現ソフィア・ワ―レンサット陛下との契約を結んでいたから。
また居座る事が出来るのは、提携契約を結んでいるため。
今のガビジャバンは派閥が無数に出現している戦国時代に等しい。無政府状態になっている以上、どこの誰に依頼すれば良いのか。
それこそ向こう側から直接亡命してきた人間と契約を結べば良いが、どのみち「待ち」の姿勢になってしまう。
現に今回の偵察任務もかなり危ない橋を渡っているのもお忘れなく。
「ううむ。我々と似たようなしがらみがあるとは。
——国家単位でイチャモンをつけなければ動けない深淵の槍よりは幾分良いのではないか?」
今の深淵の槍はソフィアの命令なしには動けない。
前の軍事政権はテーベが口出しすれば主席が了承し、すぐに動き出せたのだが。
「少将。SoyuzもSoyuzとて、色々と悩みの種というものがあるのです」
結果として、ハイゼンベルグの居所は分からなかった。
何も成果が得られなかったとしても、ヤツがいる限り脅威であり続ける。
確保するまでSoyuzは諦めない。
諦める訳には、いかない。
Chapter33は11月30日10時からの公開となります