Chapter3. Yellow bourgeoisie
タイトル【黄色い貴族】
かくしてロシアを出発したロッチナはSoyuz保有のジェット機に乗りながら次の目的地へと向かっていた。
あらゆる情報媒体の電源を切り、コンディションを整えるべくシートに腰かけていた時のことである。
「専務との会談を希望する方から連絡が来ていますがいかがしましょうか」
「……誰だ」
メッセンジャーの伝言に彼は冷たく返す。
「イエロー・ブルジョワジーと名乗っていますが」
「まーた彼か……」
ため息をつくロッチナ。
イエロー・ブルジョワジーの正体とは、ファルケンシュタイン統治者の一人であるカナリスだ。
軍人至上主義が掲げられる帝国内で唯一、貴族でありながら為政者として選ばれた才人。
ヤツに言わせるならば「腕がいいから殺されずに済んだ」とのこと。
それだけではない。
戦争中の頃からそうだったが、貪欲にこちらの情報やリソース。技術を探り
自分の領地であるシルベー県を開発欲に任せ、発展させるのが趣味という変わった人間でもある。
見方を良くすれば「異世界のジョブス」。
裏を返せばコントロールしにくいタイプであるため、ロッチナは手を焼いていた。
どちらかというと顔はメタバースで有名になったザッカーバーグに似ているのだが。
「繋げ。彼のことだ、下手な人間が説明するだけ無駄だ」
ロッチナに休みはない。
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彼が会話する相手は【sound only】の相手が大多数。
カナリスの場合は何故かサムネイルが設定されており、トレードマークである黄色い鎧が表示されている。
なんだか腹が立ってきた。
誰がこんなものを仕込んだのか問いただしたい。
セッティングが終わり次第、空を飛びながらの会合が秘匿回線を経て始められる。
戦士は銃弾を避けながら敵陣に到着するが、ロッチナも似たようなものだ。
彼も彼なりで苦労はするし、忙しい。
「やぁ、過労で倒れていないかい。僕も君も話を着けに立場だから苦労くらいわかっているつもりさ」
「たった今過労で倒れてしまいそうだ。後にはできないか」
挨拶が飛んでくるなり額を掌で覆い、深くシートに身を預ける。
「だったら死ぬ前にせめて資源がどうなってるのか報告の1つくらい聞きたいものだね。結局どうなった?悪いけど僕はそういうところはせっかちな性分でね」
このカナリスという男が支配しているシルベーという地域は鉄鋼業を生業として発展してきた。
中心都市であるゲンツーの街では煙突がいくつも立ち並び、日夜赤い鉄を叩いている。
まるで産業革命が起きたイギリスのように。
だからこそSoyuz、ひいては現実世界での新資源発掘が出来ないかと打診を受けていたのである。
前々から唾を着けられていた。
なんでも何から何まで切り売りする気であり、鉄鉱石はもちろんの事。
技術的に精錬できないボーキサイトやチタン・タングステンなどの希少金属類の数多。
それだけに留まらず、魔法を研究したいような連中に向けて高純度な魔石と検出用のユニット一式すら売り込むつもりらしい。
商売の悪魔だ。
ウランが出てこなかっただけ有情なような気がする。
これで大量採掘さえできてしまえば世界の均衡は崩れてしまう。
「……採掘された資源は帝国に所有権を有することになった。そこで精錬後の金属に関しても適応される。ただし、プロセス。高度な精錬をする際には出費を覚悟してもらいたい」
素材を掘り出して、加工する際には出費を覚悟しておく必要がある。
持っている服をクリーニングに出す時に、施工費としてカネがかかるのと同じことだ。
「僕らが君たちに資源を売るときの値段とかは自由に決めて良いと?」
カナリスが指摘のメスを入れる。
売り値自体はそこまで指定されているわけではない。
だからこそ法外な値段をつけてもいいし、利益度外視で馬鹿みたいに安くしても自由なのだ。
ここで、ある問題があることをロッチナは語る。
「うむ。だが彼らは安く、そして多く資源を欲していることを念頭において欲しい」
説明されたカナリスは分かり切っている、とでも言いたげな声色で返した。
「……そりゃあそうだろう。全く、どいつもこいつも資源はタダで欲しいもんさ。
けどそれじゃあ商売にならない。いいことは聞けたが、次に気になっているのが……」
「ウチの湿原と海の境目近くで海底調査?でもして大当たりを引き当てたらしいじゃないか?早速君の出番だと思うんだが……どうかな?」
この男、悩みの種を増やす達人なのだろうか。
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シルベー県の中心には海に繋がる大きなベーナブ湿原が存在する。
河口から少し西にいった所で海底調査を行った結果、海底資源が発見されたという。
ここまでは前々から聞いてはいたが、カナリスはそこに洋上掘削施設を立てられないか?と打診してきたのだ。
技術がないことをいいことに、建造費をこちら持ちにさせた挙句にひと儲けでもしようというのである。
どこまでも狡猾で商魂たくましい。
「僕は会社を立ち上げようと思うんだ。名付けて【株式会社カナリス】、安直だがこんなくらいがいい」
「……だから資源が僕たちのモノになると聞いて安心した。前々から祖国だけで儲けるだけじゃあ限界を感じていたからね。
僕と君たち、どちらも利潤が出来て何も言うことはない。だろう?」
率直に言って、ますますややこしいことになって来た。
ロッチナの悩みの種が目の前で弾けた瞬間である。
彼の話していることはあくまでも意向だが、それだけで十分。
会社という体裁をとるのには訳がある。
推測ではあるが、行政ではなかなか難しい商売事を始める気でいるのだ。
公の機関がするのは難しいが、利潤を追求する存在である会社ならば容易い。
カナリスは異世界を飛び出して、こちらでもビジネスを始めようと考えているのだ。
多角化は難しいと言われているが、日本の花札屋が超大手ゲーム屋になった実例がある。
何がどうあれ、理論上では「できる」
更に全世界に売れる資源を手にしている以上、世界と繋がるパイプを持つことも可能だろう。
会社ならばそのコネを使って進出をしても何ら違和感がない。
盲点とまではいかないが、なかなか大胆に動かれたものである。
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「……そうか。企業同士となるとなりふり構わなくなってくる連中も多くなる」
金に取りつかれた集団というものは恐ろしいもので、司法や条約を知らぬ存ぜぬと言わんばかりに利益や利権を追求しだす。
その恐ろしさを知っているからこそロッチナは忠告した。
「そっちの企業だと言っても人民を束ねているだけに過ぎない。
……いくら目障りだと言っても暗殺はされないだろう?存在しなかったレベルで消されることも」
「ま、命さえあれば何度でもやり直せるさ。僕はそう考えてるけどね」
だがカナリスも場数を踏んでいることを忘れてはならない。
反逆者としれれば生きていたという証すら抹消される、軍人至上主義の世界で生き残ってきたのだから。
「とりあえず、情報は得られて良かったよ。この礼は今現物では返せないな、いずれ精神的に」
ロッチナの悩みは増えるばかり。
次なる巡礼地へ。