Chapter22. singular point
タイトル【次元的特異点】
少しずつ、そして確実に変貌していく異世界
ファルケンシュタイン帝国。
かつて「軍人の楽園」とまで例えられた軍事政権が存在し、そして打ち倒された。
何故、終焉を迎えたのか。
フランスのように革命でも起きたのか。いや違う。
はたまた内乱でも起きたのか。これもまた違う。
異次元からやって来た軍事組織Soyuzの手によって、兵たちの夢は終わりを告げたのである。
しかし、たかが剣と魔法のファンタジーと侮るなかれ。
このファルケンシュタインには兵器という殺しのテクノロジーで満ち、彼らを苦戦させた。
生半可な装甲車ならば蒸し焼きにする強力な火炎魔導。
機関銃弾をはじき返すアーマーナイト。
装甲貫徹能力を持った数多の武器とそれらを開発・運用することのできる国力。
軍用機と何ら変わりない使い方をされる竜騎兵の群れ。
タダでさえ生半可なズルが通用しない地力のみならず、戦略兵器も勢ぞろい。
その極めつけは二足歩行民族絶滅兵器 オンヘトゥの13使徒 「ベストレオ」だろうか。
全長1キロ、高さ50m。ラプトルのようなシルエットをした機械仕掛けの神。
巨大な脚部で要塞や城を踏み潰し、頭部の主砲で文明を消滅させる。
これこそ獣神の名前を冠するにふさわしい。
説明不要の殺戮蹂躙装置だ。
核兵器よりもクリーンで、なおかつそれ以上の破滅を齎す狂気の沙汰。
しかし、どこか似つかわしくない。
街には馬車が走り、戦闘機の代わりに飛竜が空を支配する世界に対して洗練され過ぎている。
不気味な程に。
それもそのはず。
究極兵器を設計したのはこの世界の住人ではないのだから。
図面に記された名は暗黒司祭ファゴット。
またの名を
ノーベル賞受賞確定 理論物理学者アリエル・ハイゼンベルグ。
現実世界の人間が何故此処にいるのか。
それを知るには、少しばかり時を捲き戻す必要がある。
—————
□
——戦争末期
時を少し巻き戻そう。
おぞましい物体を製作していた時からそうだが、彼は政権の中枢にいた。
類まれなる才能の前では身分などダニ同然。
そのスタンスの軍事政権に拾われたと言っても差し支えないだろう。
違う世界に降り立ったハイゼンベルグ博士のキャリアは無に帰したが、それがむしろ功を奏した。
現実世界での暴力的なまでの知性とファルケンシュタインにある魔導技術が交差した時、時代が一気に動き始めたのである。
降臨してからたった7年の間。
没になりかけていた機動立像のエネルギー問題の解決に始まり、戦艦の設計・ファンタジー版の核兵器の開発補助。
世界を滅ぼしたと言われる神の使徒を関する名前の絶滅兵器まで設計し、まだまだ多くのプランを残している。
初めて降り立った故郷、それに魔導の手ほどきをしていただいた「教授」は今や敵になっていることが世知辛いが。
ローブを授けていただいた恩師や才能を買ってくれた軍事政権の長、いや友にも別れを告げ、ハイゼンベルグは次なる新天地へ旅立つことに。
異世界に来てから二度と着ないと決めた背広を引き締め、彼が目指す次なる巡礼地はガビジャバン
王国。
世界の終末が人の手によって起こされた、死しても尚生き続ける荒廃とした国である。
「降り立つならば人目につかない方が良い、とすると座標を少しズラしておこう」
どこかの国に逃げ込むには当然、移動することになるのだが、ハイゼンベルグはそれを必要としない。
現に彼が持っているのはペンといくらかの記録用の木板に多少の金貨。
それにプレゼン用の試作品をいくつか。
長旅をするつもりは無いと言わんばかり。
何故ならば。
それを考える前に、ハイゼンベルグの姿は消えた。
—————————
□
——ファルケンシュタイン敗戦後
——ガビジャバン王国 ニーブ領
消えた背広男が再び出現した。
ファゴットと名乗る前のハイゼンベルグが最初に取得した「瞬間移動」があるからである。
教授の研究していた没案を少し改良したものだが、パソコンの様に使いこなす人間は彼一人だけらしい。
「旅情が味わえないのは酷なものだ。人並の楽しみは残しておくべきだったか」
辺りを見渡しながら彼はこう呟く。
到着した先は荒野。
よく見ると、村らしきものが痕跡となっているのが分かるが、数年もすれば風化で跡形もなくなるだろう。
常人ならばにぎわっていた頃に思いをはせるだろうが、ハイゼンベルグにしてみれば面白いモノでもない。
だが人類というものは何処の場所でもしぶといもので、遠くには何やら人口密集地が存在しているようだ。
普通なら興味の1つでも湧き出るものだが、ハイゼンベルグは全く異なる。
「……フェロモラス島よりひどいとはな。だが……足掛かりはあんなくらいでいい」
何も面白みもない、秀でた価値のないモノを見る瞳。
歩いて向かうには半日がかりの距離だろうが、自前の瞬間移動があれば関係ない。
あのコロニーに強いて興味がある事と言えば1つくらいだろう。
開発拠点に出来るか否か、である。
潜入するためにも目立つと厄介。
スーツ上にトレードカラーのローブを纏う。
そして荒んだ地につむじ風が吹き付けると同時に、ハイゼンベルグは姿を消した……
—————————
□
点と点を移動できる彼にとっては関所どころか、全てのロックダウンは意味を成さない。
おおむね電波の送受信のようなもので、良くも悪くも自他が存在しなくなってきている。
それはハイゼンベルグ個人での話。
自分の部屋にいきなり押し入られて気分の良い人間はそう居ないだろう。
活動の第一歩、情報を集めるためにも人口密集地から徒歩数分の位置に転移した。
いきなり守衛の前にワープされたら堪ったものではないだろう、事実帝国に居る頃に実行して、警護の超重歩兵にやめてくれと釘を刺されたことを思い出す。
それにこの文明では自他の境界線を警備するのは人間。
意外に門番から聞き出せるものもあったりする。
暫くはなるようにしかならないだろう。
深く物事を考えずに歩いていると、ついに街らしきものが姿を現した。
——ガビジャバン王国
——ニーブ領 059区画都市
本では4度も戦争を起こしたとだけ記されていたが、百聞は一見に如かず。
率直に抱いた感想としては、難民キャンプに西欧風味の味付けをしたような場所か。
石造りの建物は全て真っ黒に焼けており、今にでも崩落しそうな建屋もちらほら。
雀の涙程度しかない資材をなげうって補修している様はひもじいと言えるし、またこうも言える。
根絶していないのか、と。
ハイゼンベルグはそう思わざるを得ない。
建造したオンヘトゥ13使徒という戦略兵器は本来このような人間を全て一掃するためにある。
なにせ民族絶滅兵器なのだから。
そんなことは兎も角。
早速街に入るべく、番兵に声をかける。
「申し訳ない、しばらくこの街に居させてもらうことはできるだろうか?」
すると第一声から恐ろしい言葉が飛び出してきた。
「少なくとも、金のかかった恰好は止めた方がいい。羽織っているソレは特に。身ぐるみはがされて魂すら売られる。……比喩でもなんでもなく」
ふと袖口を見ると、金の糸が入った刺繍が施されているではないか。
それに鮮やかなモスグリーン色で、丁寧に使っていたこともあってほつれの1つも見当たらない。
かなり大事にしてきたのだが、それが仇となるとは思わなかった。
まだまだ事情があるようで、兵は続ける。
「もう少し頼り甲斐がある格好にしてもだ、ニーブ様がいらしてる。誰も入れるなと釘を刺してな。そうとう気が立ってるから真面目に仕事しねぇと殺されちまう」
ニーブ。
聞きなれないが、ナニガシの人名なのは言うまでもないだろう。
恐らく統治者か。
暗殺を恐れてか与太者は街に入れたくはないらしい。
今やそのヨタモノに分類されているとなると、この世界に来たことを思い出す。
この口ぶりからするに鬱憤が少なからず溜まっている、そう判断したハイゼンベルグはしばらく立ち話を続けることに。
「世知辛いな。上のものが癇癪を起しては振り回されるのはいつも下の者なのはよくわかる。」
「全くだ。当たり散らすのは結構だが、せめてモノだけにして欲しい」
この世紀末なガビジャバンの事だ、大義など既に失せていることもあって士気が低い。
そう感じ取った。
彼はある仮説を立て、それを立証するためにあることを問う。
「それにしても何でカッカしているんだ、そのニーブ様とやらは」
「脱領者だよ」
「脱領者?」
耳慣れない言葉に、思わずオウム返しになってしまう。
どうやらガビジャバンの地域区分は州でも県でもなく「領」のようだ。
ある種、合点がいったが番兵も鬱憤が溜まっているようなので喋らせることにする。
「隣がもうファルケンシュタインだろ?最近じゃあ羽振りが良いってんで、あっちの方に逃げるヤツが多いんだ。デカい声じゃ言えないが、はっきり言ってクソだからな。」
「あんまりに多いんでニーブ様は煮えくり返ってる訳だ」
「俺たちにそいつらを連れ戻せなんて言うが、叩き起こされんのは夜。人目がなくなるからな。寝てる時にやられたら逃げたヤツをぶち殺したくなるくらい最悪だ」
「頼むから仕事しているうちに逃げてくれ、追い回すのが楽だから。というか俺も放り出して逃げたい。……あんたに言っても何にもならんが」
これからの事を思うと番兵が少々気の毒なものの、良い情報は引き出せた。
思想は兎も角として、下端までやる気を出させた軍事政権の長 友 コンクールスは良い仕事をしたものである。
「……仕事を放り出して逃げたくなる気持ちもまたわかる。何もかも放り出して南の島に逃げたいときも脳裏に浮かぶだろうが、がんばってくれ」
「……島ァ?まぁそうするよ」
ハワイという名前を出せないため濁したものの、同じく耳慣れないニュアンスなため兵は一瞬だけ目を他の場所に向けてしまう。
人間、考えると注意力がほんのコンマ数秒だけ正面でもあって効かなくなる。
直後、やはりハイゼンベルグは消え失せていた……
「………疲れすぎて幻覚でも見てんのか、俺」
およそ疲れではない。
目の前で話していたハイゼンベルグも、そしてこれから起こることも。
次回Chapter23は10月7日10時からの公開となります
ファルケンシュタインとSOYUZ間の戦争記録
→
https://ncode.syosetu.com/n4876gd/