Chapter18. Montage in U.U
タイトル【異世界モンタージュ】
モサドが積極的に異世界へとアクセスしようとして来ている。
失踪したハイゼンベルグを探し出そう、という段階ではない。
彼を出汁にして新天地へと踏み出そうとしているのだ。
攻め込みたい所に保護対象となる人間がいるなら、助ける名義で侵略してくるのと同じ道理である。
その口実を奪うため、Soyuzは動く。
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ジャルニエ県
——異世界本部拠点
戦いに勝ったとしても、何もかも組織の方が万能とは限らない。
その地にいる人間の方が強いことだってある。
ファルケンシュタイン帝国にはインターネットどころか電話回線すら引かれていないのだから。
必然的に合同捜査することになるのだが、では相手は誰なのか。
ファンタジー的世界を想像するならば現代技術を持つ我々と肩を並べられる組織、あるいは人間が果たして存在しているのか、大きな疑問だろう。
存在している。
ファルケンシュタイン帝国 国家保安委員省とその実働部隊である「深淵の槍」だ。
物々しい名前通り、この省庁にいる人間は国家の安全。
つまるところ国家の存在を脅かすスパイや内通者といった裏切り者を見つけ、抹消するのが仕事である。
悪名高き軍事政権時代には、帝国に存在していた政府に従わない有力者。
縄張り争いに傾倒し、国の発展など目もくれない貴族。
反政府レジスタンス。
いや神の血筋を引くワ―レンサット皇帝を脅かすもの全てを闇に葬って来た、恐るべき組織だ。
圧倒的な装備・練度・情報ネットワーク。
あのSoyuzでさえ、戦場で相まみえるたびに難儀した過去がある。
戦争が終わり、新政府と共に次世代を担う神の代行者が降臨した今は元依頼者であるソフィア・ワ―レンサットの直属に置かれた。
ワ―レンサット一族、ひいては神の御前に対なすものは全て深淵に帰す。
そのためには情報収集が欠かせない。
ファルケンシュタイン帝国の新政府にとっても危険と判断されたのか、この深淵から来る悪魔とSoyuzは提携。
本格的にアリエル・ハイゼンベルグもとい暗黒司祭ファゴットを捜索することに至る。
——応接室
「提携していただきありがとうございます」
「こちらこそ。かつて敵として相まみえた方々と提携とは、世の中何があるか分かりませぬ。長く生きて見るものだ」
権能中将とテーブルを挟んで向こう側にいる、黒い外套を身に着けた老騎士。
名前をフェリックス・テーベ少将。
例えレジスタンスに寝返った精鋭すら虫けらのように殺す、国家保安委員省の頂上に君臨する男だ。
挨拶は程々に、中将は早速1枚の写真を彼に見せる。
「この男に見覚えは?……貴方ならば名前も知っている筈だ」
そこにあったのは現実世界にあるハイゼンベルグの記事。
ノーベル賞確実か、アリエル・ハイゼンベルグというキャッチ―なタイトルで、7年前の写真だ。
「ありますとも。……賢人会議にいた暗黒司祭ファゴット。何なら対面で会ったこともある」
「ですが少将、我々の知るヤツの名前は異なっている。
本名をアリエル・ハイゼンベルグ。非常に優秀な理論物理学者であったが、7年前に出たこの記事が出された直後に失踪。
こちらの世界で発見され、後は皆さんもご承知の通り」
「7年前。……丁度賢人会議に来た時と時期と合致する。
その時も出身地・経歴などの情報は一切出て来ず、不気味だと思ったものだ」
異世界側の人間である少将の言葉でパズルのピースが少しずつ埋まっていく。
失踪した後から1年経たずとして、政界に入り込んでいることが裏付けられた。
暗黒司祭ファゴットの正体はアリエル・ハイゼンベルグ。
今更の事ながら99が100になった、捜査を進めるには極めて重要になる。
「特筆すべき点としては、おそらく我々の世界の住民として、この世界の存在を始めて観測したのはこいつだろうと考えられる点だ。
ヤツは我々の世界から此処にアクセス、それか観測できるものを残している可能性が高い」
「おごった言い方にはなるものの……。我々以上の横暴を働くような連中を入れるのは非常に良くないと思いましてな」
これ以上口にしなくとも十分だろう。
何のために、というのはテーベ少将とて分かり切っていること。
「なに、相手にする集団が少ないのは良いことですからな」
そんな軽口を飛ばすが、いよいよ本題に入ることに。
ファゴット、もといハイゼンベルグの調査結果だ。
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諜報機関の鬼と鬼がタッグを組めば、普通の人間ならそう簡単に逃げられはしないだろう。
そう、普通の人間であれば。
ファゴット捜索で一番厄介なのはヤツしか扱えない瞬間移動魔導だ。
別に軍事機密でも何でもなく、なんなら理論はトリプトソーヤン城の書庫に存在する。
本来であれば現在いる場所の定義づけと、転送される地点の紐づけをした上で術式を展開。次元を捻じ曲げて移動する。
上級魔導士でも何十行にも及ぶ複雑な計算と、原始のコンピュータ エニアックのような膨大な魔力を必要とするからこそ実現は不可能だとされていたし、仮に出来たとしても大きなスキを見せてしまう。
だがハイゼンベルグはそれを一瞬で行うことを可能とした。
自分はCPUだと口にするほどの処理能力と、転生者特有の強大すぎる魔力をもって。
それに加えてインターネット回線のように、どこからどこに向けて瞬間移動するのか一切痕跡を残さない。
捜索することは不可能に思えるが、深淵の槍にしてみればこの程度は余裕。
どこに現れるか予測を立てれば良い。
皮肉にも数多の反逆者を抹殺する中、雲隠れした貴族を散々始末した経験が活きた。
諜報員が集めてきたハイゼンベルグ目撃情報を、また上級職員が羅列する。
「戦後初めて目撃されたのが魔導都市ナンノリオン、次は隣のペノン。そこから各県に出現している」
情報を纏めてみた結果はどうかというと、首都を避ける様にして各地に現れているらしい。
魔導で栄えた県 ナンノリオンに海上交易を行っていたペノン。
鉄鋼県 シルベーの街、すべてが始まったジャルニエ県の中心都市。
軍事政権の汚点が垣間見えたゾルターン県や海岸のギンジバリス市にすらも出現している。
共通点がまるでなく、どこに目を光らせれば良いのかまるで分らないではないか。
しかし諜報員や職員は全く持って焦りを見せない。
「我々を攪乱しようとしているな」
上級職員にしてみればこの一言に尽きる。
何もせずにいた反逆者の最期とその恐ろしさを見てきたはずだ。
深淵の槍を顎で使う様を横から見ていれば。
軍事政権にとっての切り札が、今や死神の鎌となって自分首を狩ろうとしてくるのだ。
誤魔化そうとしてくるのも納得がいく。
しかし自分の存在を隠そうとしていても、やることがあるならば行動ににじみ出てくるはず。
現にトリプトソーヤン城で学術旅団と遭遇した際には「やることがある」と言っていたように。
かつてハイゼンベルグは政権中枢で究極戦略兵器 オンヘトゥの13使徒と呼ばれるプロジェクトリーダーであり、少将の弁では政治には一切かかわろうとしてこなかったらしい。
気が変わっておらず、あくまでも次のオンヘトゥ兵器を建造するのが目的と仮定してこの記録を考えてみた。
「む。ペノンとゾルターン、そしてナンノリオンだけは都市に現れていない?それに……出現時間が異なっている」
もう一度事案を見つめ直したところ、引っ掛かる所が浮上した。
彼が挙げた3件以外で現れた時間は極めて短い。黒スーツの怪しい男が現れたというものだけ。
しかしこれらだけは事情が違う。
最低でも1分以上、城の案件ではこちら側に喋っているではないか。
ある目的を持つ人間は欺瞞し続けるだけでは、成し遂げることは出来ない。
おのずと段取りが見えてくるものだ。
そう考えると、ゾルターン・ペノン・ナンノリオン。
直近であったトリプトソーヤン城は丁寧な一方で、他の県は雑と思えてくる。
シンプルに物事を考えよう。
これら4つには興味なり重要性があり、そのほかにはない。
共通点が見えてきた。
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これらの情報は精査され、権能中将へと提出されることに。
偵察衛星も電子上の世界を一切持たない異世界にとっては提携している深淵の槍が非常に役に立つ。
何もしていないように思えるSoyuzだが、監視カメラの増強などを行っており可能な限り補足しようと試みているのもお忘れなきよう。
「こちら側で調査を行った所、新たにナンノリオン・ペノン・ゾルターンで出現例が確認できたのでご報告をば。そちらの かめらなるものは上手く行きましたかな?」
老騎士テーベが話を切り出した。
「いえ。ただサボっている人間をあぶりだすことには成功しましたがね」
こればかりは国家保安省の偉大さを痛感せざるを得ない。
根付いてすぐでは勝手の一切通じない地での諜報活動も上手く行かないのも確か。
「それは良いことだ。本題に入るが……」
少将の目が研ぎ澄まされた目のように鋭くなる。
「これら3件は、今までの出現事案とは違い長く目撃されたとのことで」
「ナンノリオンは魔導兵器研究所、ペノンでは修理中のオンヘトゥ13使徒 ベストレオ2号機 カロナロオの現場。ゾルターンは1号機付近にて確認された……」
彼が言うように、これらをつなぐのはハイゼンベルグの得意とする「魔導」という所。
究極兵器を設計したのはヤツ自信であり、魔導都市には多くの資料が存在する。
これら3つから権能はある仮説にたどり着いた。
「まさか……」
「そのまさか。ターゲットは次なるオンヘトゥ13使徒を建造する下地を作っていると睨んでいますがね」
核兵器よりもクリーンで、何もかもを破壊しながら進む狂気の兵器群。
主なる神の使いの名を関する、規模はキロ単位に及ぶ戦略兵器を再びロールアウトする気でいる。
だからこそ改良・改設計のために破壊された残骸や現存する機体の近くに現れた、とでもいうのか。
そこまではいいとしてビジョンが見えてこない。
ハイゼンベルグは政治などに一切興味がなかったことはSoyuzのプロファイルにも、少将の証言でも一貫する。
仮にここにいるSoyuzの基地を破壊したところで、支部に過ぎないことくらいわかっているハズ。
いずれにせよ、あの悪夢を見せられるのはもう御免だ。
「この三点や魔導に関る場所の警備レベルをより上げるのはもとより、万が一目撃した際には射殺も辞さなくなってきましたな。彼を必ず生かして返すつもりはないですから」
ハイゼンベルグを確保しない限り、機械仕掛けの殺戮神は生まれ続ける。
奴を止めろ。
次回Chapter19は9月21日10時から公開となります。
登場組織
・深淵の槍
ソ連KGBやCIAのような諜報機関の実働部隊。非常にややこしいが、軍ではない。
軍事政権時代、人民から搾り取った重税を惜しげもなく突っ込んだお陰で、ほぼ無敵と言っても良い程の練度と装備、情報ネットワークを持つことに。
ファルケンシュタイン帝国に貴族が存在しないのは、彼らが全て狩り尽くしたからである。