Chapter17. The Beginning Man 【Heisenberg】
タイトル【始まりの男 ハイゼンベルグ】
異世界を発見し、誰よりも先に飛び込んだ男 アリエル・ハイゼンベルグ。
騒動の渦中にいる彼奴はこの現実世界にいない。
いるのはSoyuzが牛耳るポータルの向こう側。
地球上のありとあらゆる国が介入できない異世界を探せるのはSoyuzだけである。
モサドが奴の残したテクノロジーを使って介入されるよりも前に、目標を探さねばならない。
様々な方面でハイゼンベルグ、この世界では「ファゴット」と名乗る男を探すよう、各諜報部門や学術旅団へ命令が下ったのである。
——フェロモラス島
——トリプトソーヤン城
記録によれば島に見慣れない黒い男が来たという。
全ての謎はここ、フェロモラス島から始まった。
今を知るには昔から。
学術旅団に所属する学者たちは洋上の要塞として、また兵器技術研究を行う側面があるトリプトソーヤン城に足を運んでいた。
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——書庫
新しい言い方をすればデータベース、古い言い方をすれば書物庫。
文化を紐解くためにはデータの資料を取り扱うとよりも古文書といった紙の本を触れる機会が多い。
それは兎も角として、肝心の本の背表紙に何が書いてあるか分からないではないか。
異世界の書物が現実世界の文字や言語で書かれている筈もなく、多機能端末 ソ・USEにインストールされた画像翻訳アプリケーション ダザイを使いながらの解読となる。
デジタルとアナログが交錯した調査法ということもあって、指数関数的に疲労が積み重なって来るのも無理ない。
それにここの城が兵器を試作するような研究所だったのも悪さした。
兵器の事に関する実験結果のまとめといった資料は堆く存在するが、むしろ日誌といったものは余りない。
何が何だか分からない中、そこから絞り上げて探すのは本当に苦労する。
「それっぽいものを見つけました。タイトルは不審者目録だそうで」
「ああ、すまない。不審者目録?よし、読んでみよう」
海原はべらぼうにある書物の中から、一枚の板を渡される。
タイトルからしてそれらしく、内容を読み取ってみた。
「黒い服を着た不審者を発見……?」
ファルケンシュタイン帝国の様々な文化や服飾を探求してきたが、黒い「鎧」ではなく「服」というのは気になる。
鎧であれば深淵の槍などの思い当たる節はあるだろう。
染物が作られているのは確かだが、黒い服をほとんど見たことがない。
そもそも黒は燃えカスであったりする色であるため、軍人はもとより一般市民にも普及しづらかった歴史がある。
この記録の後にも先にも不審者記録は見当たらない。
船やドラゴンを使わねばならない、辺鄙な場所に住んでいる人間など全て身内なのだから。変態など出る筈がないのだ。
フェロモラス島最初で最後の怪しい人物。
なんにせよ特筆すべき事項だろう。
「もしかしてスーツかもしれません、前にみたあの博士のドキュメンタリーだと私服全部スーツだったなんて言ってましたし」
ムーランは鋭く指摘する。
スーツという固有名詞を知らない人間が、どうやって表すのか。
それも外から見て決めつけた場合は黒い服というのが相応しい。
常日頃スーツを着た頭のおかしい人間、ハイゼンベルグ博士で間違いないだろう。
どうでもいい話だが、フィールドワーク長として連れてきたガリーシア軍曹は一見関係なさそうな開発日誌を読んでおり……
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過去の記録を一通り精査し終わった彼らは、ハイゼンベルグが過ごした一室だという部屋を訪れることに。
その道中、日誌を片手にチーフはひたすらボヤいていた。
「魔力中間体を使用した魔甲砲の基礎理論に、機動立像イデシューの無線化。
さらに応用・発展した挙句がオンヘトゥ13使徒……フィリス様とはまるで次元が違いすぎる、この国は一体どれだけヤツによって新発見を掠め取られたんだ……!」
彼が来てからというもの魔導の歴史が300年進んだ、究極兵器オンヘトゥ開発チームの中にはそう口にする人間も少なくない。
本来この次元の人間によって発見されるべき事案すべてを一人で成し遂げている。
しかもどこの馬の骨から来たか分からない人間に、ましてや敵として立ちはだかった側に。
彼女が複雑な感情を吐露するも無理はないだろう。
本来の目的を忘れないようにとでも釘を刺せば、良くて鉄拳制裁。
最悪火だるまか感電する羽目になる。
故に異世界は良い意味でも、悪い意味でも性別での差別は存在しない。
ムーランと海原ら学者連中は気配を消しつつ、かつて天才科学者がいた一室へと足を踏み入れる。
GEEE……
妙な仕掛けが施されている扉を潜ると、そこには異様な光景が待ち構えていた。
「……なんだこれは……!」
学者たちが息を飲む。
壁、床、天井に至るまでびっしりと記された呪いのような数式たち。
本に溺れて見えないデスク。
置かれている家具1つ1つにもドイツ語と思しき言語で書かれており、呪いの部屋か何かと見まがうほどだ。
帝国においては紙が貴重品。
ホワイトボードなど存在しない世界ならば、こうなることはまだわかる。
何から何までびっちりと書く必要があるのだろうか。
挙句の果てには乱雑に置かれている本の表紙にすら描かれている有様。
文系を効率的に殺せるガス室のようなものである。
「ま、まぁいいか。皆、探そう」
海原が気を取り直して、圧倒される学術旅団の音頭を取ろうとした時だった。
——Gock!
突如扉の鍵が施錠され、部屋の空間がわずかに歪む。
「私をお探しかな?」
「それとも……ほっほっほ。帝国魔導士の者にこちらの方が良いかの?今は亡き友人が付けてくれたキャラクター故、大事にしておる」
空中に出現した一人の男。
黒スーツの鬼才 アリエル・ハイゼンベルグだった。
「どうにもこのキャラクターは大衆受けが良いらしいな。我ながらつまらないマスコットを演じていたものだ」
そしてファルケンシュタイン帝国の糸を引いていた暗黒司祭 ファゴットでもある。
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瞬間移動に目を点にしていると、暗黒司祭としての顔を持つ男は当たり前のように語り始めた。
「おっと。これはまだ一般公開されていなかっただろう。フィリス教授が理論を提唱したものを私が実用化したものになる。
なかなか便利だが、私しか使いこなせないのが欠点だ。もっとも、改善するかはどうかは別として……」
「それにこの部屋は私の趣味で内側からも鍵を掛けられる構造になっている。ちょっと用事を済ませたら出ていくから安心してくれたまえ」
ただ忘れ物を取りに来ただけ、と本人は言うが次元が違いすぎる。
帝国でも指折りの魔導技術者フィリスが激しい嫉妬を見せるのも仕方ない。
あっけらかんとしている学術旅団など眼中になく、文字通り本の山から3冊ほど書物を取り出す。
「あー、あったあった。ガビジャバン王国魔甲技術見聞録の上下とその補足。
おっと失敬。学者諸君。Soyuzやらモサドやらが色々な連中が私を探しているようだが、私の邪魔だけはするなと伝えてくれたまえ」
仮に自分の部屋、ひいては自分だけの世界を漁られているのにも関わらずこの態度。
大事には違いないが、ハイゼンベルグにはもっと重要なものがあるらしい。
「——まだまだ私は忙しい。死ぬわけにも、捕まる訳にもいかないのだ」
辞典のような3冊を抱えると、学術旅団に挨拶。すると再び陽炎のように次元が歪み始めた。
「ではいずれ、またお目にかかることもあろうさ」
「待て!」
時すでに遅し。
ハイゼンベルグ、もとい暗黒司祭ファゴットはその場から消えていた。
するとあれだけボヤいていたチーフの口から一言が零れ落ちる。
「あれだけ次元が違う人間にどう追いつけば良いっていうんだ……」
果たして。
次回Chapter19は9月14日10時からの公開となります
登場アイテム
・翻訳アプリケーション【ダザイ】
異世界ひいてはファルケンシュタイン帝国の文字は現実世界のものとは決定的に異なるため、あらゆる文書を解読する際に使われるソフトウェア。翻訳したいものを撮って翻訳できる。
半角カタカナで【ダザイ】という表記に絶対的なこだわりがあるらしい。
・ソ・USE
SOYUZで一般的に使われる端末や通信ユニット。
軍艦から一個人まで保有しているほか、アプリケーションをインストールすることで多用途に使われる。
爆撃された建物にあっても壊れない耐久性を誇る。
・アリエル・ハイゼンベルグ
ノーベル賞受賞を確実視されたユダヤ人理論物理学者。
異世界を発見した旨の論文を発表後、世界中から大バッシングを受けた。
「現実世界」や「敗戦後の異世界」でも彼の行方はわからなくなっており……