Chapter16. Israeli Ambitions
タイトル【イスラエルの野望】
ところで。
異世界が発見されてから暫くして、世界中は今までとは根底から異なる新天地に湧きたっているのは知っての通りだろう。
その中でも、資源を掠め取ることに特化した警察風の強盗であるアメリカ。
強盗であることを隠しもしないロシア。
経済危機を異世界で乗り切ろうと考える、愚の骨頂 中国が狙おうとしているのは分かり切っていた。
様式美と言って良い。
だが、その中に見慣れない名前があったのを覚えているだろうか。
イスラエルだ。
中東の中でも石油を輸入しているだけあって、確かに資源が欲しいと思えるかもしれない。
だからこそ狙おうと言うのか。
否。
異世界で原油が取れようとも、彼らにとってはどうでも良い。
剣と魔法のファンタジー世界があるというSOYUZの発表に見向きもせず、別の利用価値を見出していた。
言うまでもなく、悪い意味で。
資源も、剣と魔法の世界にも興味を示さないとなると一体「何」に着目したのだろうか。
それを紐解くには、渦中に飛び込んで覗いてみなければ分からない。
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———イスラエル
———首都 テルアビブ
首都テルアビブ。
耳慣れない名前の国とその都市だが、此処には他所にはない要素が全てを物語っている。
しかし、ポッと出の異次元世界に興味を抱く理由とは一体何なのか。
それは60キロ行った先にある「宗教聖地エルサレム」に関係している。
ユダヤ教の聖地ということもあり、数千年前の古代はユダヤ人が住んでいた所だった。
彼らは迫害を受け、世界に四散。
空白となった荒れ地にアラビアンナイトの住人 アラブ人が長きにわたって文明を営むことに。
何故ならここは「イスラム教」の聖地でもあるからだ。
戦後、再び帰って来たユダヤ人が4度の戦争という横暴な手段と、なりふり構わぬ傍若無人な振舞いでイスラエルと言う国を建国してみせた。
ユダヤ人にしてみれば深く慣れ親しんだ地元に居座る不届き者を消すべく。
アラブ人にしてみれば土地を捨てた民がどの面下げて帰って来たのか。
両者の問題は古代から続いていることもあり、とても根深く、争いが絶えない。
お互いの憎悪は隣国のいざこざの比ではなく、片方根絶するまで平和が訪れる事がないとすら思わせる程である。
歴史の顛末としては、イスラエルに巣食うアラブ人を叩き出して無理やり建国したはいいが
元の住人であるパレスチナという国のようなものが国の一部を占拠。
どの面下げて帰って来た。
そんなユダヤの国に良い印象を抱く訳もなく、問題は悪化の一途を辿るに至った。
パレスチナ側から見ればそうなるだろう。
だがイスラエルの横暴さは遙か上を往く。
追い出す程度では飽き足らず、あろうことか地図の上から消そうとしているのだ。
周囲を壁で封鎖、周囲を武装した兵士で護衛させている有様は異常としか言いようがない。
何たる傲慢だろうか。
この程度は悪夢のプレリュードに過ぎない。
一部の過激な意見ならば可愛いものではあるが、SOYUZが異世界を見つけてしまった頃、おぞましい意見が「政府の見解」となっていたのである。
狂人の戯言でもなんでもなく、公式の見解が。
確かに、その風潮に反対する者はいた。
トップのほとんどが染まっていたのならば、少数意見はないのも同じことである。
人はこの策動をネオ・シオニズムと呼ぶ。
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この民族浄化だが、地に満ちた人間を1つ残らず消し飛ばすのには無理がある。
現状、空爆でビルを何十棟吹き飛ばしてもなお、ガザ地区を消し切れていないのが証拠だ。
それどころか、難民となって逃げだす存在が増えてくる有様。
そう。
住民は命からがら、安住の地を求めて逃げ出す。
イスラエルはそこに目を付け、ある計画を思いついた。
ファヤダーン計画。
何もない異世界にガザやパレスチナの人間を片っ端から放り込み、見殺しにする。
絶滅させなければならないアマレクの民なのにも関わらず、直接殺しに行かないだけ
何と有情だろうか。
それが彼らの愚かで白々しい言い分である。
異世界についてSOYUZが発表した情報は極めて少なく、生き残れる見込みがない様に思えたのも、彼らの狂気を加速させる要因となったのだろう。
捨て場は決まったはいいが、問題はどのように違う次元にアクセスするかが問題となってくる。
だが解決した。
たった1つの鍵が、解決してしまった。
銀の鍵 アリエル・ハイゼンベルグ。
異次元に関する研究をし、なおかつ行方不明になったのは有名な話。
そのラボがあろうことかイスラエルにあったのである。
これがあるからこそ、夢現だと一蹴されるような計画は現実味を帯びてきたと言っても良い。
仮に違う次元に居るならば、残された機材を使って「跳躍」し、博士を探し出して協力を取り付けらればこちらのもの。
イスラエルの地から意地汚いアマレクの民は一掃することができる。
そしてついに、歯車は動き出してしまった……。
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この計画を打ち立てたのは、なんと首相パラチア・サレニナフ当人。
恒例の議会を終えた彼は一旦テルアビブにある官邸へ向かうべく、専用のリムジンに乗り込んでいた。
だがこの一幕ですら命がけ。
完全防弾かつ装甲が付いている有様で、首相が乗る車両が違うのは当たり前。
アイアンドームというものが鎮座している都はレベルが違う。
そうでもしなければ反ユダヤの連中によって葬り去られる。
防弾ガラスにスモークが展開。
外から伺い知れぬようになり、ちょっとした個室になるや否や、サレニナフは秘書に語り掛けた。
「毎度のことだがスモトリッチの発言は酷い、議会はいつもヤツの発言についてばかりだ。このようなのをいつまでも抑え込んでいられん」
彼は目頭を押さえながら、天を仰ぐ。
首相の言うスモトリッチとは財務大臣の事を指すのだが、発言の隅から隅まで失言にまみれている。
「………大臣からメディアを取り上げ、三か月ほどベイト・ラヒアのビーチにでも行っていただいた方が良いかと。きっとお疲れなのでしょう」
秘書にすらこの言われようである。
サレニナフも同じような思想になることはあるが、何もあそこまでは酷くはない。
彼はフワラの街で民間人が殺された件について、「国家としてフワラを消滅させる必要がある」と大々的に狂気じみた事を口にする人間だ。
分かりにくいが、日本で例えるならば
いくら川崎の治安が悪いからと言って、国ぐるみで消滅させようと言っているようなものである。
このように、発言の1つ1つが即座に国際問題となるレベルで危険なのだが、問題なのは発しているのが一議員ではなく大臣という立場のある人間であること。
個人として付き合う分には良いのだが。
今のイスラエルはスモトリッチのような、野蛮で前時代的な勢力が幅を利かせている。
この間、英国国営放送で【ユダヤの恥さらし】や【帰って来たヒトラー】【だいたいこいつのせい】
と言う見出しで報道されたサレニナフですら「良心」と思えてしまう程、先鋭化してしまっていた。
彼がいなければ、イスラエルは大国ですら止められず暴れ狂う「国のような何か」となっていることだろう。
続いて、声を潜めながら首相は秘書に問う。
「本当にビーチに向かうよう進言しようか———それはそうと進捗については?」
無論、ファヤダーン計画について。
スモトリッチのような世界からの批判をかわしつつ、人間の群れをどうにか鎮静化させるための最終兵器。
計画自体が荒唐無稽ものだが、イスラエルの緊急停止スイッチでもある。
「……焦ってはならぬと頭では理解できていても、私は何分気になるい性分でな」
首相がそう付け加えるあたり、念の入り様が違う。
「良い知らせはありませんが、それでもよろしければ」
だが荒唐無稽と切り捨てたように、進捗は良いとは言えなかった。
「……頼む」
リムジンの中で、本物の邪念が渦巻く。
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結論からすると、所在を知っているであろうSOYUZにしつこく絡んでも無駄足だったこと。
世界の闇家業に手を染め、支配している組織が本当に知らないと断言したのならば真実なのだろうと想像がつく。
それもそのはず。
この世界に居ないのだから。
現段階では異次元にいることは分かっても、肝心の当人に接触することが出来ない状態にいる。
それにキーとなるハイゼンベルグの遺したラボの完全解析に苦労しているらしく、リアルサイバーパンクとも言える中国の技術者を動員しても難航している旨の報告を受けた。
実質手を組んでも尚、この有様とは本気で頭が痛くなってくる。
「不味いぞ、このままでは実に不味い」
冷や汗をにじませながら片手で頭を抱えるサレニナフ首相。
このままでは計画に取り掛かることもできず、緩やかにイスラエルの暴走を促進する結果になるだろう。
国内に渦巻く狂気をサレニナフは一番良く知っている。
一度留め金が外れたが最期、本当に止める事がない大戦乱へと発展しかねないだろう。
彼自身もパレスチナを残らず消し飛ばしたいとは思っている。
だが首相。
国家のリーダーという立場である以上、中東戦争以上の絶滅戦争は避けなければならない。
彼とて人間だ。
想像を絶する焦りを抱くがあまり、何気なく懐に手が伸び、好物の葉巻を手にしてしまう。
「失礼ですが、首相。ご婦人からやめるように言われたハズでは?」
秘書の言葉にサレニナフは我に返った。
こんなことで焦って負けては、イスラエルの寝首を取られてしまう。
「……妻に向ける顔がなくなるところだった、感謝する」
だが国のトップに立つ人間は俗人の如く過去に囚われない。
深く息を吐くと、すぐさま次の策動を練り始めた。
「妻の言いつけで思い出したが、こんなことを言っていたのを思い出す。
詰まったら、身の回りでできる事をせよ」
この場で出来ることは、提携している中国とモサドを使っての工作。
アラブ人と愉快なハマスたちを捨てている事が発覚すれば国際世論からのバッシングは避けられない。
主にアメリカと腰巾着に等しい欧州連合から。
アラブ人と愉快なハマスたち。
ここでサレニナフの思っていた事象と国際情勢が見事接続してしまった。
アメリカと欧州連合はイスラエルと同じ「イスラム系移民」に苦しんでいる。
現にフランスなどでは、彼と同じく排斥運動を掲げる政治家が当選してしまっている有様だ。
イスラム系移民、それつまり「アラブ人」である。
サレニナフはこう切り出した。
「アラブ人に苦しんでいるのは……何も我々だけではあるまい」
「この間のニュースも酷いモノでした。フランスでの移民暴動、でしたか?」
首相は悩めるリーダーから悪魔へと変わる。
「そんなことがヨーロッパ各地で起きている。———彼らはゴミの捨て場所に困っている、と私は思っていてね?」
「少し気が早いような気がするが、埋め立て処分場を提供すると……仄めかせてはどうだろう?未来のことを何も考えていない連中ならすぐ飛びつく」
21世紀でひたすら口にされる人権と言う概念は困ったもので、邪魔な移民を気軽にジェノサイドすることができない。
当たり前である。
だからこそ。
世界中で処分に困った移民を「全て異世界に送り込む」気でいるのだ。
どのみち天国だ、極楽浄土だとホラを吹けば人の形をした汚物共はすぐさま寄って来る。
ガザの連中は適当に空爆すれば勝手に詰めかけさせれば良いこと。
そこを、一網打尽にする。
しかしこのプランにはもう一つの顔があった。
「彼らは我々をとやかく言えなくなるだろう。———そうなればこちらのもの」
欧州各国に移民を異世界に捨てさせた、という弱みを握ることにある。
イスラエルがパレスチナをダイナミックに不法投棄した事が判明したとしても、人の事が言えた口ではないだろうと、国際世論を封殺できてしまう。
「しかし、首相」
「ああ、君までそう言うな。私だって嫌と言う程わかっているんだから。……彼らに懸けるしかないな……」
結局のところ、ハイゼンベルグのラボが解析できることに掛かっている。
果たしてこの悪夢の計画は実現してしまうのだろうか。
SOYUZよ、急げ。
次回Chapter17は9月2日10時からの公開となります。
登場兵器
・アイアンドーム
イスラエルにある防空システム。
仰々しいものだが、砲弾やロケット弾、UAVなどをミサイルでロックオン、撃墜する。
しれっと置かれていることが多い。
何気ない街角にロケット弾が当たり前のように飛んでくること自体がおかしいのだが、イスラエルの成り立ちがそもそもおかしいので問題ない。