Chapter15. The Next Enemy Israel
タイトル【次なる敵:イスラエル】
独立軍事組織Soyuz。
世界中ありとあらゆる組織と契約を結んで代理で任務を遂行、あるいは援助などを行っている。
それらはCIA・FSB、身近なところで言えば日本国の公安など多数。
故に凄まじい数の国家の裏や秘密を握っており、Soyuzの政治干渉力が高い理由にもなっていた。
やろうと思えば世界を混沌に叩き落せる程に。
そんな分かり切ったこと、今更口にする程でもないだろう。
世界中に敵がやたらと多い理由の一つでもあった。
今あらゆる依頼をスピード解決する巨大組織に今日もお客がやって来る。
——本部
応接室
いち責任者として、このようなカスタマーサービスを行うのも唐津中佐の仕事だ。
基本的に彼は暇人ではないのである。
「また担当が変わったんですね。私は唐津と申します」
「こちら担当カートマンと言います。担当が変わる間ではありますが、どうぞよろしく」
今日来た人間はイスラエルの諜報機関 モサドの人間。
普段はロケット砲を撃ち込んでくるハマスの高官を暗殺するなどと、唐津同様に忙しい組織だ。
そんな構成員の一人がはるばる日本まで来た理由は一体何なのか。
「……アリエル・ハイゼンベルグの居所は今だつかめませんか」
「申し訳ない」
アリエル・ハイゼンベルグ。
ドイツ生まれのユダヤ人で、イスラエル国籍持ちの常識を超えた理論物理学者。
ノーベル賞受賞は確実視されていた、怪物である。
その行方が数年前、ドイツを最後にして突如消失。
世界に残すべき頭脳が忽然と消えたことを怪しんだ諜報機関が探し回っているという。
偵察衛星を持つSoyuzの手を借りてまで。
血眼になって探しているのも無理はない。
なぜなら消失する前後に携わっていた研究とは異次元の観測と観察。
公表した異世界とは切っては切れない関係である。
ハイゼンベルグの身元を抑えれば異世界に入る方法の1つくらいは出てくるに違いない。
そう考えたモサドは近頃になって組織に問い合わせを執拗に繰り返していた。
「……それが、我が情報総局が偵察衛星をもってしても観測できておらず……。
夜の大阪で黒猫を探し出せるレベルというのに。現在捜索中ですが……」
「ハハァ」
詰められる唐津中佐だが、当人のレベルでは何も知らない。
中佐の権限では。
実際の所、彼の言っていることは正しい。
そもそも現実世界に居ないのだから、偵察衛星には映りっこないのだ。
実態はどうかと問われると歯がゆいものがある。
事実。
異世界ファルケンシュタイン帝国に飛んだ、冴えない高校生 アツシからハイゼンベルグに遭遇したという情報は得ていた。
現地にいる資料を調査した結果、奴がいた痕跡は掴めていたのだが先がとにかく分からない。
ハイゼンベルグの出現以降に謎の人物ファゴットが現れたのは言うまでもないが、因果関係は不明。
その上両方とも帝国内で失踪しているときている。
とんでもないことに、文献によれば奴は瞬間移動を行うことが可能だという。
隠ぺい体質の極めて強いSoyuzとて実情は知りえないのもまた事実なのだ。
「衛星でもつかめないのは本当だったとは。潜伏しているとしてもう少し調査を進めてみます」
「こちらとしても、いち早く身元確保のため尽力いたします」
当たり前だが偵察衛星は透視が出来る程便利ではない。
テクノロジーがいくら進歩しても、やはり地道な調査がなしに結果は得られないのだ。
だが努力の方向性を変えれば成果を得られることもまたある。
——————————
□
——イスラエル
IMI実験場
ハイゼンベルグ、またはファゴットと呼ばれた男の痕跡を追う巡礼が始まった。
かつてヨルダン川東岸側にある秘匿ラボで天才は研究を行っており、最後ドイツで失踪する前に立ち寄っている。
恐らく研究成果を持っていく前に調整をしたかったのだろうか。
つまりこの研究所には地球上で1つしかない、異世界を観測する設備を有していると言える。
一抹の期待を胸に、モサドのエージェントが実験場を訪れた。
MP7で武装した人間が2人と丸腰の人間が3人の計5人で押しかけるも国内の機関ということもあり顔パス。
いよいよハイゼンベルグの研究室までやってきたはいいが、彼らに試練が立ちはだかる。
「電子ロックが掛かってます。……それも8重」
流石は常軌を脱した狂人。
職員の証言では入出時にはさぞ当たり前化のように入っていたらしく、これらパスワードをすらすらと入力していたのだろう。
恐らくここまで厳重にしていたのは、他人にアイデアを盗まれないためだろうか。
だがモサドはこの部屋を開ける鍵を持っていた。
それもどんなロックであろうが絶対に開けるような、銀の鍵を。
「ぶち破れ」
——BLALALALALA!!!!
MP7を手にした職員が扉に向かって容赦なく発砲したではないか。
どんな扉も破壊してしまえば良い。それが彼らの持つ絶対的な鍵なのだ。
—————————
□
——ラボ
弾薬と扉を代償に室内に押し入ってみると、打ち捨てられた廃墟とは言い難い空間が広がる。
数々の実験装置の電源が入れられたまま。
デスクトップやノートパソコンは常に点灯しており、年月が過ぎたことを物語るのは積みあがった埃だけである。
装置は分かる人間が見れば今すぐ実験さえ出来てしまいそう。
まるで姿を消した時から時間が止まっているようだ。
特にトラップが仕掛けてあるわけではなく、モサド職員が奥へと足を踏み入れるとハイゼンベルグが使っていたと思しきパソコンを発見。
これもWindows8のままで、時間が如何に経過したのか教えてくれる。
「ロックを解け」
セキュリティ意識がこれだけ高いならば鍵の1つくらい掛けているもの。
デスクトップ画面に入るように命令するが、いつもとは違うらしい。
「了解……このまま入れるようです」
この場にハイゼンベルグ、あるいはファゴットがいるならば
「褒美に鍵を着ける程ナンセンスな人間ではない」と言っているのだろうか。
目の前にしている、やや時代遅れとなったデスクトップパソコンに異世界を観測するすべてがあるだろう。
解読できれば、そこには新天地がある。
————————
□
「これですかね?」
「アプリケーション名に異次元観測用ブートアップとあるからな……」
だがそんな難儀な事をする必要もなく、誰が見ても明白なソフトを見つけた。
恐る恐るクリックして起動してみるとテキストファイルが開かれる。
ご丁寧にモサドの皆さまへ、と宛てられており辿り着くことを予期していたらしい。
「———『モサドの皆さまへ。
このテキストは私が故郷に帰った後、何者かが起動させた場合に開くよう設定されている。
設定を解除したのに表示される場合は私に問い合わせて欲しい。
そもそも私しか使わないが。
ご苦労様。
私はココにいない可能性を確信している。
不在中にこの文章を読むと言うことは、諸君らが異次元を覗き込む手立てを欲しているということだろう。
別にそれくらいならくれてやる。
このソフトはサルでもわかりやすい様に設計されているため、諸君らの頭脳であれば簡単に覗き見ることが可能だ。ちなみに2分くらいすると見れるぞ。
しかし私の下へ来ることは出来ないだろう。
私にはやることがある。あまりにもやることが多すぎる。
私の気が変わらない限り、諸君らはどうかその邪魔をしないでほしい。
——アリエル・ハイゼンベルグ』」
————————————
□
5人の心臓が高鳴る。
当人曰く、博士の下へと来ることは出来ないが、異世界を覗き見ることはサルでも出来ると記してあるのだ。
初めて自分たちのいる世界とは異なる「異世界」を垣間見ることができる、その瞬間に興奮を抑えられない人間などいるのだろうか。
初めて観測することが出来たハイゼンベルグも、同じような心境だったのには違いない。
「いきます」
親切丁寧なUIを潜り抜けると、いよいよ別次元を観測する準備が整った。
WEEEE………!
マウスをクリックした途端にケーブルで接続された装置が稼働。
ラボの止まった時間を動かし始める。
誰よりも先に異世界の存在を目に焼き付けたい。
2分で見られるようになると言っていたが、短い間というのにこれほど待ち遠しいことはないだろう。
改造された装置が虚空をこじ開けると、そこには中世ヨーロッパ以外の何者でもないモノが映し出される。
「全く、帝国側の資料だと魔甲的アプローチによる人間複製に関する先行研究や資料がまるでないではないか」
「何時もの事だな。仕方がない、私が全て理論を構築するとするか……この余興で時代が何年進むか楽しみだ」
ここに居る誰もが脳が理解を拒否した。
とっくの昔に失踪した人間が、この世の場所とは思えない次元で研究をしている。
得体のしれない文字が記された書籍を読みつつ、愚痴をこぼすアリエル・ハイゼンベルグがいるのだから。
誰もが咄嗟に質の悪い冗談かと疑った。
今までスクリーンすらなかったというのに映像を流せるわけがない。
次元の間にいる博士の独り言だけがつらつらと木霊する。
「うーむ。理論と実用は出来るだろうが、そもそも普及はしないだろう。しかし。基礎研究をのびのびとできる環境は楽園だ」
あまりにも衝撃的過ぎる事実が見せつけられる傍ら、指示を出す男が呟く。
「どうりでSoyuzに依頼させても無駄だった訳だ。なんせハイゼンベルグ博士は既にこの世界にはいないんだからな……」
次回Chapter16は8/31 10時からの公開となります。