Chapter14. Eerie Silence
タイトル【不気味な静けさ】
この中国国際航空456便緊急着陸事件と、それに伴う銃撃戦に関しては日米の事故調査委員会とSoyuz情報総局が分かれることになった。
唐津中佐が中国についてより追跡をしている合間に、NTSBとJSTBの両者はエンジン爆発の原因になったタービンブレードを追跡。
Soyuzの偵察衛星をちまちま使用し、実物を入念に調査した結果が出された。
耐久時間を超えてテルアビブ空港で交換されたものが装着されていたことが判明。
あろうことか、本来破棄されるようなものが使われていたのである。
よほど確実に事故を起こしたかったのか、マージンを失うよう加工が施されている始末。
これでは言い逃れ出来ない。
これらによって事故を起こすために用意された周到な計画であることが明らかになった。
陰謀論だと一蹴されるような仮説がついに裏付けられたことでもある。
日本の市街地に向けての大量殺人に繋がるテロに違いなく、機関銃のようなバッシングが中国を襲っているのもまたテレビを騒がせるだろう。
中国当局は関与を認めてしまったのだから。
責任の一端が航空会社側にない訳でもなく、大勢の首が飛んだと海外のニュースで報道された。
何も知らないうちに国家ぐるみの策謀に巻き込まれ、気の毒である。
渦中にいた王 機長、李 副機長は当局に対し強烈な不信感を抱いたことから日本に亡命する予定らしい。
大惨劇にならなかったのは彼らのお陰で、報道されても良いものだがメディアは不自然なまでに取り上げなかった。
銃撃戦に関してはSoyuz側が隠匿、当局側も隠ぺいしているため明るみにならず
代わりに作戦を立案した人民解放軍の高官が消えていた。
共産圏の国では人が消える。
つまり、死んでいるということは何も珍しくない。
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——本部情報総局
GOMN…GOMN…GOMN………
そして視点を本部拠点に映すと、銃撃戦で割れた窓やコンクリの壁などの補修作業が行われている。
銃弾、破片、狙撃の際に割れた窓などの数々。
すぐさま治さないと支障が出そうな場所だったため、仕方がないだろう。
唐津は慌ただしい上に工事の音でやや集中をかき乱されながらも、キーボードを叩いて報告書を作成していた。
中佐という階級は華々しいが、情報総局所属になるとこのような書類を作る機会も多い。
情報将校の辛い所だ。
時折目を長くつぶり、ネスカフェアンバサダーで作った濃縮コーヒーを啜って詳細に思いをはせる。
中国国際航空456便の事故は意図的にSoyuz横浜本部基地に緊急着陸するよう仕組まれており、火災が発生したことが相まって避難した乗客が四散。
そこで30人が消えて銃撃戦が発生した。
狙いは大型格納庫にある機密を狙ってきたことは想像に難くない。
敵対勢力が全員無力化したため戦闘は終結したはいいが、素性がバラバラで中国が関わっている証拠を見出すことは困難を極めた。
辛うじて見つかったのは持ち寄った銃や456便の工作に関与したこと。
本部拠点がメディアに突かれないために隠ぺいする理由があり、つけ入る隙を与えてしまったのが大きい。
なんとかとしてこの銃撃戦も当局が関与していると吐かせたかった所だが、過去の事をいちいち考えても仕方がないだろう。
それは兎も角として、ありそうでなかった虚を突いてきた航空テロと言う事もあって対策に悩む。
最大のネックは敵が何も知らない民間機を盾にしてきた事実。
軍用機ならば容赦なく叩き落すが、メーデーコールをした後の機体を叩き落すとなると慈悲もなにもあったものではない。
「相手は民間機。撃墜は出来ない……とすれば……乗客を拘留するしかないか」
本質に立ち返ってみると、銃撃戦が起きた理由は目を離したから。
このようなことは余り想定されておらず、コントロールできるものはやはり乗客になるか。
不本意だが武装スタッフが厳重に警備することになるだろう。
軽い装甲車両も出してやれば申し分はない。
命からがら助かって早々気分が悪くなるのはやむを得ないが、再発防止のためだ。
更に記すべきことがある。
「警備の増員が出来ないか打診してみようか」
息を深く吐きながらキーを叩く。
人間をさることながら、それなりの火力。
更にダイムラー装甲車のような機甲戦力の常設が必要なのではないかと提案しておいた。
前は良かったが、今はとんでもない機密情報という宝があるのだから番兵はいても良いだろう。
一仕事を終えた唐津は一旦報告書を保存し、背もたれに体重を預けた。
「問題はどこまで承認されるかだ、少なくとも神奈川県警にいた頃よりはマシと信じたい……」
唐津中佐の苦労は絶えない。
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——イスラエル
テルアビブ某所
砂漠の中に反り立つビルと地中海。
ハワイやヨーロッパのように見えるが、それらにしては乾きすぎている都市 テルアビブ。
Soyuzに目を着けられたウォンは追う立場の唐津とは異なり、イスラエル首都で次の手を打つべくアジアから脱出していた。
大きな眼鏡をしたツーサイドブロック。
この男こそリチャード・ウォン、世界を駆けるビジネスマン……今はそう名乗っている。
だがこれからは別の名前になっているかもしれない。
アラブと西欧が交じり合う聖地で彼はとある人間と話し合う。
そう言ってもリチャードとその先にいる存在は電話でしか交流を取る手段がない。
何故か置かれているキャスター付きのイスを等速直線運動させながら、遊戯しているかの如く口火を切る。
———SHHHHK
「いやぁー……やることはやったんですがねぇ、やっぱりあの組織に泥を引っ掛けるにはそれなりの用意をすべきだって言ってきてるじゃないですか。結構前から……」
「———え?これだけの時間で与えるものは与えた?またまたぁ……」
靴を踏み込んで動きを止めるなり、釘を刺すかのように告げた。
「ブラックリストに載るようなヘマは僕のせいじゃない。そっちも知っているだろう」
細工は流々仕上げを御覧じろ。
彼がSoyuz要注意ブラックリストに記載されているのは大概共産党の横槍や、愚かなやり方を強いられたからである。
そのまま我流でやらせていればよかったのに、用意したツールなどの詰めが甘く特定されてしまった。
続いてイスをぐるぐると回しながら足を延ばし、見えないことを良いことにやりたい放題のまま。
「まぁー、過去の事をぶり返しても仕方ないですし?次はどうしましょ?しましょ?」
「——へぇ。なるほど?テルアビブに来たのはてっきり旅行でも楽しんでほしいのかと思ってたんですがねぇ?それじゃあまた……」
党の意向がわかればそれでよい。
リチャードは一方的に電話を切る。
これ以上は面倒なツール指定や横槍を入れられるからに他ならない。
相変わらず共産党は頭が固い上に愚鈍だ。
「扉で開かないなら、開いたところで押しかければいい……考え方はいいんだけどねェ……」
次はイスラエルが動き出す……
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——SOYUZ本部
情報総局
ところ変わって本部の情報総局。
今更だが、報告書は何のために書くのか。
他の人間に起こったことをいつ見ても、誰が見ても分かるように記す時間の棺だ。
ではそれは誰が見るのだろう。
本部拠点に視点を移すと、唐津中佐によって記された書面がその上司である小西少将と話し合っていた。
情報総局は軍隊の中でも根幹はサラリーマンと変わらないのである。
「それにしても瀬谷に攻め込まれるとはな、いよいよ日本も危ういことになって来た」
報告書を机に置き、世も末な状況に憂いざるを得ない。
この日本国というのは攻め込まない事はもとより、米軍という傘がいるため攻めづらい環境だった。
Soyuzが憎いからと言って弾道ミサイルを撃ち込もうものなら、アメリカに喧嘩を売ることになる。
だが民間旅客機に工作員を乗せて、民間人を盾にしたテロは想定されていなかった。
大量殺人未遂をしたこともあり暫くは露骨な動きをしてこないか。
「報告書には目を通したぞ唐津。俺から色々手を回してきたし受理されるだろう。
これから先はこんな仕事がどっと増えるさ」
少将は格納庫が何故狙われるのか知っている。
散々世間をにぎわせた異世界への扉があることを、夢の新天地には国のパワーバランスを容易に変えるだけの可能性が眠っていることを。
それゆえに狙われた。
我先に一発大逆転の大博打を打ちたい、そんなあさましい存在につけ回される事だろう。
「……ただでさえ短い睡眠時間が削られねばいいんですがね……」
ただ唐津は苦笑いを浮かべざるを得ない。
戦力が増強されたところで、情報総局の人員は足されるのだろうか。
世界はガラリと変わり、そして動き出す……
次回Chapter15は8月27日10時からの公開となります。