Chapter13. The Battle of the Research
タイトル【調査という名の戦い】
旅客機の緊急着陸とそれに伴う戦闘。
原因は両エンジンのブレードファンが金属疲労で折れて吸い込まれ、内部をズタズタにした後に火災が発生。ほとんどグライダーのようになってしまった。
事実上、飛行機に時限爆弾を仕掛けたのと大差ない。
日米両方の調査委員会は、後に起きたドンパチには興味を示さなかったものの大きな疑問が浮かび上がっていた。
事故原因になったファンブレードは出発前にいきなり付け替えられたという。
だが中国国際航空の担当者は、「そんなメンテナンスを頼んだ覚えは一切ない」と断言してしまった。
何故、時限爆弾と化した部品を航空会社の人間が知らない状況で取り付けられたのか。
再発防止のために原因を調べなくてはなるまい。
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——羽田空港
——格納庫
全てはココから始まった。
繰り返すが、この格納庫でどこの馬の骨かも知らない怪しい部品を取り付けられたのである。
日米双方の調査官と唐津中佐はヘルメットをした上でメカニクスの中核へと足を踏み入れる。
空を飛ぶ巨人、旅客機を取り扱うだけあって奥行や高さは尋常ではない。
今も別の会社が保有する機体が整備を受けているらしく、大量の足場が取り囲まれていた。
少し待っているとエアチャイナの整備責任者が出迎えにやって来る。
「どうも、整備に関して何か気になることがあるようだと伺っています」
調査官は短く答えた。
「それはもう」
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応接間に通されると、456便を手掛けた人間と責任者が申し訳なさそうに座っている。
唐津は彼らの態度に引っ掛かりを持ちながら、話始めたのは調査官から。
「本当にエアチャイナ側から大至急メンテナンスを行えと指示されたんですか?」
事実確認は何においても重要だ。
今回の事故はどうにも引っ掛かると言うべきか、証言が食い違う所がそれなりにある。
だから何をどこまで知っているのか。
最悪嘘をついていないかを見出さねばならない。
「もちろんです、離陸直前の事でしたから今更になってする事は珍しいなと。
そう言えばもう一つ気がかりなことが」
「取り付けるブレードファンが指定されていたんです。ちょうど送られてきたから別に問題ないとは思ったんですがね」
中佐は何も口にしないが、しっかりとメモに書き取った上に丸を付けている。
重要な証言だ。
すると現場の人間が口を挟む。
「そのブレードファンを見たんですが、小さくヒビが入っていました。気のせいかと思ったんですが、念のために私は本当につけるのか?と問い合わせたんです」
現物を見た人間はやはり違う。ここで怪しいと思ったならば事故は避けられたはずだ。
しかし検査もしていないような口ぶりであり、根拠も何もない状態で上に申告できるわけもない。
それに時間が差し迫っていたこともあるのだろう。
上手くできすぎている。
「写真はありますか?」
「ええ、画質が悪いですが責任者と話すために撮影してあります」
曰く、作業員が一枚写真を撮っていたらしい。
ロートルと化したデジカメには、丁度離陸する直前の日付と数枚の写真。
見えるか見えないか、もうほとんど気のせいとしか言いようがない程の「ひび」らしきものが映っているではないか。
1番エンジン内で折れた羽の位置と合致する。
そこで唐津中佐は整備責任者にあることを問いかけた。
「……その緊急メンテナンスですが、誰から、どうやって伝えられたか……記録などは残っていますか?」
事故調査官は整備記録を遡れても、おそらく高度に隠匿されている可能性が高い情報を遡ることは難しい。
Soyuzは意図的に旅客機を緊急着陸させたと睨んでいるのだ。
「ええ。私のパソコンにメールが届いておりましたから。まだ消してはいないでしょうし、ご覧になられますか」
「是非」
真実は見えるか。
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中国国際航空の許可を得て、整備責任者のPCとそのデータを一旦回収。
Soyuz情報総局の力を借りつつ「緊急メンテナンス依頼は何処から来たものか」
そして「これは本当にエアチャイナから依頼されたものなのか」を調べることに。
日米双方の調査官、唐津中佐、そしてソフトを駆使するスタッフがモニターに食らい付く。
「このメールは確かに国際航空のインターネットを使って送信されているようですが……会社の回線を出口にしているようです」
「つまりこの緊急メンテナンスを指示するメールは社内からではなく、全く別の所から送られてきて、社内メールに偽装されていたことになります」
時間をかけず、ざっと調べた結果がこれだ。
普通は社内で完結するハズのメールが、外部から送られてきたことになる。
異様だ。
インターネットに疎い調査官は難しい顔をしながら結論を簡単にまとめる。
「そんなことができるのは恐らく……中国当局……?国の思惑で事故が意図的に起こされた、と……?」
中国の一大企業に干渉できるのはハイレベルなハッカー、あるいは当局だけ。
しかもこのような手の込み過ぎた計画を練るとすれば電子犯罪者の線はかき消される。
JSTB、NSTB双方の人間は背筋が凍り付いた。
あわや乗客290人という多くの罪のない人間を纏めて殺していたかもしれない。
日々安全を追求し、時に理不尽に打ちひしがれたこともある。
安心安全の航空旅行を成し遂げるためにどれだけの苦労をしているのか
それなのに、安全を揺るがすだけでなく市街地に墜落しようものなら最悪の事態も考えられる。
どんな目的や大義があったにせよ、奴らは大惨事を意図的に起こそうとしたのだ。
こんなことが許されてたまるものか。
「もう我慢ならん、今すぐこの情報をプリントアウトして、国土交通省にお送りしてください。今すぐ!」
「こんなのテロだ、爆弾テロよりも卑劣で許しがたい!」
義憤に駆られた日米双方の調査官はスタッフに釘を刺しつつ、去っていった。
一分一秒惜しい。
ボーイング、エアバス問わず世界中の便が中国に乗りつけている。
報告書を作って公に出さなければ当局の横暴が明るみにならないだろう。
細工をされて墜落してしまうかもしれないという不安を芽生えさせてはならないのだ。
そんな有様とは対照的で、唐津中佐は冷徹な顔を崩さない。
「……まだ調べられるか」
「時間はかかりますし、限界はありますがやれるだけはやってみます」
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——深夜2時
あれから数十時間後。
中佐が爆睡している中、彼の持つソ・USE端末の呼び出しベルが鳴る。
「私だ」
眠い目をこすりながら応答する唐津。
たたき起こされるのには慣れているが、たまにはゆっくり寝たいものだ。
「……夜遅くにすみません。結果が出たもので」
「ほう」
時間はかかるし、結果が出るかどうか怪しいと言われた、偽装メールを送り主の特定作業が終了したらしい。
解析しているのは通話しているスタッフであり、彼はこんな時間までモニターに張り付いていたはず。
申し訳なくなってきた。
「例のメールの件。出口を例のエアチャイナにしていたアレです。
複数のサーバーを経由して国籍を変えていたようですが……1つだけ、我々の囮サーバーを経由していたもので。アゼルバイジャンだったから油断していたのかもしれません」
インターネット回線の匿名化を行うには何十、時には何百とも言われる仮想サーバーを乗り換えて追手を巻く。
さしずめ電車を死ぬほど乗り換えているようなものだろうか。
数多くのサーバー内でたった一度だけ、Soyuzの用意した囮に引っ掛かってしまったという。
そこから芋づる式に解析した答えが今さっき出た。
「アクセス時間から加味するに、ホテルの一室からアクセスされていたようです」
「名義は」
非フロントホテルならSoyuzの目を避けられるとでも思ったのだろうか。
中佐は目を覚まし、この大事件を仕組んだ犯人の名前を問う。
「リチャード・ウォン。Soyuz要注意人物ファイルLv5に該当する人物です」
陰謀はついに姿を現した。
次回Chapter14は8/24 10時からの公開となります