Chapter11. Go back in time!
タイトル【時を遡れ!】
時を同じくして、JSTBとNTSBの両者に目を向けよう。
彼らは捜査官でも軍人でもない。
調べるのはテロ事件そのものではなく、緊急着陸に至った理由。
事故にならなかっただけ良かったが、このような案件は重大インシデントに分類される。
エンジン2つともが爆発し、一歩間違えれば制御不能になって墜落していたこともあり、
乗客は無事だったが互いに気が引けない状態だ。
機体を目の前にすると、上空で起きた出来事の凄惨さがわかる。
爆発の衝撃で外装が剥げ、食い散らかしたトウモロコシのようになっているのだから。
「こいつはひどい」
「よく油圧低下で済んだな」
日本の調査官がそう言うのも無理はない。
はじけ飛んだ破片が翼を貫通すれば操縦不能に、もしも胴体に当たれば機体に穴が空いて乗員乗客が一網打尽で意識を失う可能性だってある。
武装したスタッフに囲まれているのは兎も角、調査が始められた。
一口にエンジン爆発と言っても様々な要因があるし、それぞれ異なった様子を示す。
後方に目をやると真っ黒い煤がついている。
「衝突跡がここで、……奥で火災が起きていたようだ」
推進装置が正しく機能していれば煤はつかない。エンジン火災が起きたというのは本当だろう。
「丸焦げになるまで、ということでもないらしい。さしずめローストまでだろう」
もう一人の調査官が言うように、ひどく焼けてはないようだ。
燃料パイプが漏れて、そこから火元になれば大量の可燃物が漏れ出して酷く焼ける。
しかも消し止められた跡もあるようだ。
火災はいきなり起きたのではなく、何らかの影響で起きたのだろうか。
今度はエンジンの前に来てみると、妙な点が1つ。
「……タービンブレードが欠けてる」
「本当だ」
エンジンに外気を吸い込むためのファンの一部が折れていたのだ。
飛行機に乗ったことがある人ならば、扇風機のファンのように回っている様を見たことがあるだろう。
極めて頑丈な素材で造られているため、折れたりはじけ飛んだりすることはない。
欠けているなんて言語道断。
しかし何故欠けているのかが分からない、そこが問題だった。
真相へと近づいているのは言うまでもないが、闇を切り裂くたび暗雲が立ち込めてくる。
それでもなお、調査官は事故が起きたその時まで遡るのだ。
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□
——国土交通省
一旦回収されたブラックボックスは日本にある解読設備を使って、アメリカの捜査官は回収された音声や機体記録を再生し検証を続けていた。
記録されているのは10分程度だが、機体がバラバラになっていないだけマシだろう。
まずは先に回収されたボイスレコーダーから聞き耳を立てる。
記録が始まった箇所から離陸、そして高度をぐんぐんと上げるところまでは良かった。
【———BAMM!!! 「なんだ?」】
くぐもった爆発音と、機長の声。
間違いなくこれが原因なのは言うまでもない。
機体の状態を記録するデータレコーダーとすり合わせてみる。
「爆発があった時と同時に出力が落ちている……!」
どうして爆発、火災が起きたのかは一目瞭然だ。
何らかの要因でファンブレードが折れ、吸い込まれた羽が燃料パイプや内部構造を破壊。
当然エンジンは燃焼しているため、漏れ出した燃料が引火し火災が起きたというシナリオだろう。
これらは日本側の調査結果と合致する。
破断面を見ると金属疲労、つまり時限爆弾を抱えていたのだ。
されど、まだまだこれから。
何故 この状態に置かれたのか、その原因を探らなければならない。
もっと、もっと先に時間を遡れ。
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□
——Soyuz尋問室
調査官らが時を駆け抜けている傍ら、機長らクルーから聞き出せると踏んだ日米調査官は、彼に聴取することに。
唐津も聞きたいことがあるため勿論同席している。
「何かフライトの直前で心当たりのあることは?」
「……いえ、何も異常はありませんでした。——強いて言えば……」
調査官が問うと、機長は何か気がかりなことがあるらしい。
「……緊急点検を行ったんです、フライト前に。エンジンあたりをいじったとありまして。ただ、ついこの間点検を終えたばかりでまたするのか?とは思いましたね」
確かに、一定の回数を離着陸すると整備に出されるのが普通だ。
しかしまた点検をするものだろうか。
言わば、洗ったばかりの洗濯ものをまた洗濯機に入れるようなものである。
目を疑う調査官を尻目に、唐津は機長に質問を投げかけた。
「交換を申し出たのは何処の人間か覚えていますか?」
「ええ、中国国際航空の人間だと思いますよ」
何気ない答えだが、中佐の目つきが鋭いものに一変する。
双方の調査官からブレードの破損が事故の要因だとは聞いていたが、両方のエンジンで起きるということは考えにくいという。
そもそも厳格な検査が施されている筈なのに、2つとも飛んだら壊れると知っていながら着けるだろうか。
一番引っ掛かったのは中国国際航空の人間が理由も告げずにメンテナンスに入ったこと。
あまり考えたくはないが、一つの推論が浮かんでしまった。
Soyuz本部拠点へ向けて意図的に緊急着陸させようとしたのではないか、と。
バカバカしい陰謀かもしれないが、工作員が何故か武器を持っていた事といい裏があるのは事実だろう。
あんな如何にも弾丸を乱射できますよ、というものを空の玄関が通す訳がない。
普通ならば。
最高セキュリティを敷く本部拠点に入るためには、一刻を争う緊急事態でもなければ入れない。
しかしやり方が随分雑なのでは、と考える自分がいる。
疑念が増えたらすることは一つ。
それらを潰すことだ。
今だ拘留されている乗客には気の毒だが、しばらく日本にいてもらうことにする。
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□
出張に間に合わない、国に帰れない。
終いには北京ダックが食べられなくてのたうちまわっている乗客たちを差し置いて、中佐は事故調査委員会の人間と武装スタッフらを含めて一緒に車で羽田空港へと向かった。
——羽田空港 第三ターミナル
これだけ危険な武器を素通りさせた内通者が此処にいる。
唐津中佐は目を剃刀のように鋭くしながら進んでいった。
辺りにはM4をばっちり構えたスタッフもおり、物々しさから人目を引くが関係ない。
空港の荷物検査場へとたどり着くと、その辺にいた職員に声をかける。
「お忙しい所申し訳ない。私はSoyuz情報部の唐津貴洋中佐だ。ここの責任者を出してほしい」
追い打ちと言わんばかりにJSTBの人間も詰め寄った。
「我々日本事故調査委員会からも保安検査にある疑念を持っていましてね」
「わ、わかりました……」
係員には申し訳ない事をしたが、Soyuzスタッフを襲った不届き者とそのおまけがいるとなるとこうもなろう。
今にでも殺してやるぞと目で訴えかけながら待っていると、責任者が出てきた。
けれども彼は口調を崩さない。
「羽田発北京行き 中国国際航空456便の検査を行った係員は一体どこにいるんですか」
むしろ淡々とした口調がより恐怖を煽るのは言うまでもない。
「その時間帯なら山岡と山本だと思います。えぇ、ただいま休憩中でして……」
「休憩室は何処だ。連行する」
有無を言わさず、心の底から冷え切った声で告げる。
隣にいる調査官も何も口にしようとしない。
「ちょ、ちょっと!」
責任者も困惑を隠せないのも仕方がないことだ。
逮捕令状も出さず、なおかつ警察でも何でもない厳つい男が連行する権限はない。
普通の人間であれば。
流石に理不尽だと思ったのか、調査官は連行するに値する理由をロボットの如く口にし始めた。
「中国国際航空456便がウチの本部に緊急着陸した件はもうニュースになっているでしょう。
しかしそこからフルート発射が可能なUZI短機関銃・得体のしれない拳銃・爆弾もろもろが出てきた」
「しかも旅客から!……手荷物にしては随分ファンキーだな、えぇ?」
どんどん語気が強まっていく。
「—————この日本でも持てないものが機内に持ち込まれたとしか思えない。
私は如何に持ち込まれたかを調べるのが仕事だが、あなたがたは危険物を持ち込まれないようにするのが仕事のはず」
「いったいどうなってるんだ!」
大量に人間を殺せる自動火器を易々と持ち込ませた、これは不祥事の極意だろう。
もはや国自体の信用問題に関わってくる。
加えて神奈川県警という特大級の無能によってうやむやにされるよりも前に、裏についている人間を洗い出さねばならない。
「……よろしいか」
「ハイ。休憩室は曲がって角に……」
中佐が首を振って合図すると、武装したスタッフは一斉に駆け出していった。
謎は少しずつ収束していく……
次回Chapter12は8/18日10時からの公開となります