Chapter1. Boot UP
タイトル【起動】
まず異世界と聞いて何を浮かべるだろうか。
生まれ変わって人生のやり直しができる冒険活劇の舞台。
あるいは何者にも縛られることがない新天地。
または令嬢になって改革を起こす実験場。
もしくは閉塞した日常を一瞬にして変えるブレイク・スルー……。
思い描く者一人一人によって違うかもしれない。
しかし。
我々の生きる現実世界に、突如異世界が出現したとしたらどうだろう。
雑多な剣と魔法の中世ならば瞬く間に貪り喰われる。
悪魔の発明で出来た機械のおもちゃ箱をひっくり返せば、この程度を屠る事など造作もないのだから。
人類はそうやって新しいものを見つけては、池で飼われている魚のように「パン」を喰らいつくし、違うものを探しに行く歴史を何千年と繰り返してきた。
あまりに残酷な答えである。
我々Soyuz、もとい人類は、欲望に取りつかれた愚かな同胞から異世界を守ることを決意するのだった。
ここで少しばかり話をしよう。
Soyuz見つけた先の異世界が、何も書店で並んでいるような優しい世界とは限らない。
名をファルケンシュタイン帝国。
軍人たちがクーデターを起こし、統治していた戦士たちの理想郷。
更にこう呼ばれたりするだろう。
軍事独裁主義国家と。
国家と組織での戦いがあり、戦火は潰えた。
世界の裏表を牛耳るイデオロギーを持たない軍隊。
独立軍事組織 Soyuzによって。
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——東京虎ノ門
——Soyuz本部ビル地下
表から見れば猫探しから大戦争まで引き起こす健全な軍事組織。
裏では世界全てを支配する組織Soyuz。
その中枢はなんと虎ノ門の一角にある。
選ばれた人間しか入ることができない空間に、実力でその座についた一人の男。
ジャン・ポール・ロッチナは来ていた。
彼のいる地位は専務、またの名はSoyuzの目。
世界中と飛び回り無数にいる役員に情報を齎し、交渉をする幽霊の代理人だ。
小奇麗なビルを潜り、無機質極まりない空間に設けられた一つのハイテク・エレベーターのボタンを押す。
そこでロッチナは階層ボタンに設けられたセンサーに生体情報を読み込ませると裏世界へ繋がることができるのだ。
常に下り続ける孤独極まりない空間で彼はふと想いを馳せる。
初め異世界が存在するという報告を受けた時は何かの間違いではないかと疑ったものだ。
悪い冗談か、薬が見せる幻覚なのではないかと。
そう思ったのには訳がある。
何せ場所がとにかく質が悪く、横浜の瀬谷にある本部拠点の格納庫から異次元に繋がるとは予想できるわけがなかった。
想像がつくなら世界情勢のあれこれに苦労はしていない。
偵察部隊やショーユ・バイオテックによるメスが入るにつれ、真実だと知れるとSoyuzは苦労する羽目になった。
後に契約を締結して戦闘行為が本格的に始まったのはいいが、ロッチナが苦労した場所は「そこ」ではない。
異世界をどう扱うか、である。
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□
盛者必衰。
あるものが栄えていても、徐々に必ず衰えることを指す言葉だということは誰もが知っている。
先進国と言われている国はバケツの底に穴を開けたが如く衰退し、だからといって「盛者」が現れることはない。
まさに鉛色の雲が経済という地上を覆っているのだ。
そんな矢先に現れた異世界という救済、正しくはビッグビジネス。
国が衰えを是が非でも止めたい人々・集団・あるいは組織にとっては天からの施しに見えるだろう。
人間とは恐ろしいもので、藁にも縋るならば何でもする生き物だ。
この広大な利潤を前に何をしだすか分からない。
イナゴのように作物を食いつぶしていくことだろう。
野蛮な性質が分かっていながら、地球にはあまりにも飢えている国家があまりに多すぎた。
野心に取りつかれながらも、自身の衰退に怯え続ける国 中国
かつて強大な国だった。幻影に今も取りつかれている国 ロシア。
大国ながらも、どうにもならないしがらみを抱えている国 アメリカ。
ここで逆転できるに違いない、を幾度も幾度も繰り返し没落した国 日本
無駄に肥大化したプライドと野蛮さを兼ね備えたまま固まった国々 欧州連合
その他にもまだまだある。数え切れないくらいに。
地球上あるSoyuz以外の存在が敵なのだ。
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□
———秘匿エリア
地下数メートルに設けられた秘匿階層。
立ち入ることができるのは地球でも選ばれた人間で、接続されているインターネット回線は何重ものシーリングが行われた専用回線を介して世界中と繋がっている。
ロッチナが到着するや否や、【sound only】と表示されたモノリスがずらりと立ち上がった。
これら全て独立軍事組織Soyuzのトップに立つ役員。陰謀らしくいうならば「ディープステート」だろうか。
チャチな陰謀論ではなく、役員の素性や現在位置すら知ることは叶わない。
正しい意味でのディープステートなのである。
役員-1が先陣を切った。
「専務ロッチナ。戦闘が終結したことは既に聞いているが、戦費が膨大過ぎる。
その弁明はあるか」
戦艦1隻、重巡洋艦2隻、金食い虫の空母が1隻、さらには弾道ミサイルに大量の戦力投入。運営側からもこの損失は看破できない。
「ええ。国家間の戦争でしたので。
今までのようにマフィアやテロリストを掃討するのとは訳が違うことはご理解いただけますよう」
ロッチナは続ける。
「しかし交戦国が戦略兵器を大量に投入してきた事が大きいかと。その兵器についての資料は存していますか」
異世界にある軍事国家ファルケンシュタイン。
そこでの戦闘はライトノベルのような戦争では決してなかった。
機関銃が通じない、おきて破りの重歩兵 アーマーナイト。
発達した航空戦力とその対応。
現代戦艦にも匹敵する火力を持つ海上戦力や、一筋縄ではいかない攻城・要塞戦。
トドメと言わんばかりに、自分たちの世界に取り逃がしたら最後。
億人単位の犠牲を「出せる」恐るべき兵器を投下してきたのである。
こんなものを止めるのにカネの糸目をつけるのか?
着ける筈がない。
役員たちも重々理解しており、この消費した資金の埋め合わせするために役員-3があることを提案してきた。
「……そのことに関して今更何かを言うつもりはないが、以前君が言っていたことを実行に移そうと考えている。この異次元を全世界に公表することに加えてな」
「ビジネス、ですか」
「そうだ」
何を動かすのにも、人が生きるのだって資金がいる。
Soyuzは慈善団体でも、非利益NPOでも何でもない。
利益を求めている側面もある組織で、野蛮な国家とはそう大差ないのだ。
国家の代表との決議が行われた結果、現実世界と帝国の間にSoyuzが一枚噛むことになっている。
帝国が製造メーカーならばSoyuzは問屋、大国などは小売りメーカーという構図か。
この問屋の位置にいる訳だが、必ず仲介業務をするかと言えば話は違う。
開拓されきれていない土地の開発や新規産業の立ち上げや運用なども行う予定だ。
あえてここで組織そのものが乗り出したのには訳がある。
規定が厳しいSoyuzならば搾取は起こりえず、帝国に住む異世界の人々を守ることが可能。
新たな労働力を欲している経営者が安く買いたたき、こき使うことは「させない」のだ。
実の所を言えば、異世界の人間・場所といったリソースを使った産業は既に行われていた過去がある。
帝国に設けられた食糧生産プラント「ブブ漬け」で現地民間人を雇っていたのはこのためと言っていい。
当時は地球の誰にも漏らしてはいけない機密情報という特殊過ぎる状況で生まれた苦肉の策と言われれば身もふたもないのだが。
ビジネス方針に舵を切ることになり、ロッチナは片目をつむりながらこう呟く。
「ではこちらの方で色々と手を回さねば。新世界を欲する人間は腐るほどいるものですからね……」
組織は異世界を発見した責任として、襲い来る現実世界の魔の手から守らなければならないのである。
喰おうと思えば容易く食いつぶせてしまう。それほどまでに中世ファンタジー世界は脆弱だ。
望むのは搾取ではなく、あくまで適正な交易。
そのためには不当に支配することが不可能だと、数多の国家に認めさせなければならない。
と、綺麗事をならべたとしても。
事案に関与している以上はSoyuzも魔の手一つに過ぎないだろう。
例え偽善だとしても守りたい世界がある。
組織は全世界を敵に回しても異世界を守るため、奔走するのだった……
・登場組織
SOYUZ
国家に属さない独立軍事組織。
猫探しといった綺麗な仕事から、世界を破滅させられるような裏稼業まで手広く行っている。
そのおかげで世界の奥深くに根を張り巡らせており、軍事のみならず経済も制圧済み。
今の地球にとってなくてはならない存在。
たとえそれが劇薬であろうとも。