第七話 決心はつきましたか?
「あーなにしてんだか。」
一枚のデザイン画を消しては書いてを繰り返してる。
あんなに男性用のロリータのデザインを見てきたじゃないか。
なのに、作ったことがないから勝手がわからず、デザインが浮かばない。
シンプルな王子様系や、
海賊をモチーフにしたもの、
綺羅びやかで美しい黒。
なんとなくのイメージはある。でも…自分のものに出来てない。
そんなダラダラしながら、嗚呼3日間は誰にも会ってないなと思った。
「こうしちゃ…いられないよね。」
トントン。
自室の扉の叩く音で現実にかえる。
「ふああい。」と返事すると、ふわっと紅茶のいい香りがした。
リーリが紅茶とフィナンシェを持ってやってきた。
「リーリ……。」
「ナナミさん、休憩の時間です。」
休憩なんてずっとしてるのに……。
そんな事を思いながらも、
何か休んだほうが良いと思い、重い腰を上げテーブルへ腰掛けた。
「ありがとう。」
「またずっとロリータの事、考えてたみたいですね。」
「まあ、ね。」
「どうぞ、召し上がってください。ゆっくり考えましょうよ。」
フィナンシェを咥えて味を楽しむ。いつも美味しいと感じるけど、
今日は頭に雑音が混じって味のことまで考えられない。
ふかーいため息をついてしまう。
こんなの他人に気にしてほしいアピールだ。面倒な奴だ!
「スティーブンさんの事、気にしているのですね。」
「……スティーブンさん。あの人そんな名前なんだ。」
名前も知らなかったな、と今更思う。
「どうして悩んでいらっしゃるんですか?」
彼女の優しい顔。それを見るとこの3日間考えた感情がこみ上げてくる。
優しすぎるよ……。
ずっとこうやって聞いてくれるんだから。
長い、長い沈黙。喋って良いのか。そんな悩みが口を重くする。
チラッと彼女を見ると、紅茶を飲みながら、私を気遣いながら待ってくれている。
そうか、この人は私を励ましに来てくれたんだ。
こんな簡単なことも気づかない位、私は世界を断絶していたのか。
少し恥ずかしくなる。
だったら、と口をゆっくり開いた。
「デザインが…… 浮かばないの。」
「ええ!そうなんですね。どこか調子が悪いんですか?」
「ちょっとだけちがくて、その……」
私は本当の事を言うことにした。
この子はなんと言うかわからないけど、失望されたくないけど。
リーリは私の大切な存在だから。
「実は、男の人の服を…… 作ったことがないの。」
目をまんまるにしているリーリ。
じーっと見るしかない私。
「ええええええええええ!!!!!」
そうだよね、村の人もみんながみんな服を着れると期待していたんだから。
当たり前だよね。嗚呼、言ってしまった。
「ごめんなさい。」
「あ、謝らないでください!!私も大きな声を出してしまって!ごめんなさい。」
「いや、当たり前の反応だと思うから。」
……やばい。彼女が困った顔をしてる。そりゃそうだよ!
どうしよう。この空気。
「その、だから、デザインが出来なくって。このままじゃ私……
みんなを裏切ってしまうんだ。だから、凄く困ってて。でも……」
何を言っても弱気な自分。嫌になる。
こんな姿…… 今は彼女にしか見せられない。
でも、誰かに迷惑かけたいわけじゃない。
行き場のない右手が服のフリルをぎゅっと握りしめる。
「私は、ナナミさんの服が好きです。」
リーリが真っ直ぐな目で言ってくれた。
「というか、服ってものを最近知ったので。偉そうには言えないのですが。
ナナミさんが教え てくれました。私が作る布がこんな素敵な形になることを。」
丁寧に言葉を選んでくれているのが伝わってくる。
リーリは私の右手をすっと手に取り、安心感を与えてくれた。
「服に、出来ないこと、無いんじゃないかって。感じています。
ナナミさんのロリータは最強だから。大丈夫です。私も、お手伝いさせてください。」
「私の服が…… 最強?」
「はい!だってこんなに素敵なんです。
誰もが憧れる、素敵な服を着させてもらって幸せです。」
最強。
私はそんな自信を持って今までやってきた。
でも忘れていた。
「ありがとう、リーリ。私と、頑張ってくれる?」
「はい。是非、お手伝いさせてください。」
私はリーリの手を握り返した。するとふたりは、一緒に笑ってしまった。
安心と信頼を取り戻した私は、改めて考えることにした。
「私、スティーブンさんの服。作るよ。必ず。」
それからリーリといっぱい話した。
こんなに自分のデザイン、いや、ロリータについて話したのは初めてで
話してみることで気づくこともあった。
私が、今まで作った事のないもの……
「パンツだ。」
「パンツ?え!?下着ですか?」
「ああ、違う違う。ええと、そっかこの世界には無いのか。」
そうだ、私はパンツスタイルのロリータを作ったことがないんだ。
少し考えればわかることなのに。
「男の人のための履物があるの。それを作れば……。」
「なるほど!それなら出来るんですね!?」
「一から想像で作ることになるけど……。 うん。」
「やったあ!」
「リ−リのおかげ。私一人じゃ気付けなかった。」
「そんな、私はお話をしただけで。」
「それが!いいの!ありがとう!」
私は再び燃え上がっていた。これだ、この気持ちだ。
デザインノートにどんどんアイディアが書き込まれていく。
リーリが見てこんな服もあるんだと、驚いてくれた。新鮮な感想も手助けをしてくれた。
でも......! もう一度、彼に会いたい。
採寸も勿論だが、謝りたい。そして言いたい。
男の人でもロリータは着れるんだって、胸を張って。
「リーリ、……スティーブンさんに会えないかな。」
「良かった。決心がついたんですね。」
「うん。」
「大丈夫ですよ、お呼びします。」
そしてセッティングしてもらった日になった。
私は胸を張ってデザインを見せたい気持ちと、
申し訳無さと2つの気持ちを持ち合わせて待っていた。
悲しませてしまった分、しっかりあの日言いたかった事を言ってあげなきゃ。
自室の扉が開く。
スティーブンさんとリーリがやってきた。
「あの……」
「スティーブンさん、あの日は、ごめんなさい。」
私はシンプルな謝罪をした。一番誠意のあるものだと思ったからだ。
「ナナミさん!そんな僕が悪いんです。
いきなり服を作って欲しいなんて…」
「そんな事はありません!これを、見てほしいんです。」
デザインノートをひろげてみせる。
そこには男性ロリータのデザインが何枚もある。
スティーブンは驚いた顔で、1ページづつ見てくれた。
丁寧に、時に嬉しそうに。ページを開くたび表情が変わっていく。
「これは……。」
「スティーブンさんの為にデザインしたものです。」
「す、ごい。」
「ありがとう。スティーブンさん、気に入ったものはありますか?」
「ええ!?これの中でですか??」
あ……笑顔。
「はい、貴方のために書きましたから仕立てさせてください。」
「わあ……。 素敵だ。こんなの全部着たいです。」
スティーブンさんの初めての笑顔に私の頬も緩む。
この瞬間も私の宝物なのだ。
誰かが私のロリータを喜んでくれる。
それだけで私の力になるから。
「ナナミさん。この間はご無礼を……」
「いいえ!こちらこそ。」
「僕、こんなに考えてもらえるなんて思っても見なかったので。
とても嬉しくって。その…… ありがとうございます!」
デザインを眺めながら、スティーブンさんは話しかけてくれる。
周りを気づける人なんだなと思った。
でも隅々までデザインを確認していく。
世界で一つのカタログ、スティーブンさんは大切に選んでくれている。
「これ……」
そのデザインはリーリのデザインと同じで、花をイメージしたものだ。
少し女の子寄りのデザインではあるが、スティーブンさんは気に入ったようだ。
「向日葵ってお花をイメージしたお洋服です。
ドロワーズみたいなズボンが花びらに見えるようにしてて、
エシャルプっていうこの斜めのかけてる布がポイントなんです。
誰にも負けない王子様みたいなデザインで、
私もお気に入りなんですよ。」
「僕も!これがいいって思いました!
だってこのデザイン!とってもかっこよくて!」
スティーブンさんは自分の布を見て、顔を高揚させて話を続ける。
「今までの僕たちはこの布になんの疑問も持たずに生きてきました。
ナナミさんは僕らに服を教えてくれました。
でも…… 少し気づいていたんです。
男性の服は作ってらっしゃらないのかもって。
この三ヶ月作ってらっしゃらなかったので。」
「……はい。そうですね。」
少し自分に後ろめたさを感じる。
「だけど!僕も着たいと思ったんです。
ナナミさんのロリータを。」
とても熱い思いだった。
そんな情熱を向けられるほどの事が無かったから、
私は感激してしまった。
この人に作りたい、作ってあげたい。
「わかりました。これでいきましょう。」
「これを着れるんですか?」
「お時間、いただくと思います。でも必ず完成させます。」
「……はい!」
雲は大きな入道雲に変わってる。
少しの不安も飲み込んで、私初の男性ロリータ。
絶対に成功させてみせる。
次回予告!
ついに始まった新たな一歩。
出来たロリータに皆は何を思うのか?
「ほんとに絵が…… 飛び出してきたみたいだ!」
次回
第八話 男性もロリータを着れますね?
お楽しみに!