第五十八話 もう一度さよならさせてくれますか?
「七海!七海!おい!」
誰かが私を呼んでいる。
懐かしい声、優しくて、大好きだった彼の……
私はゆっくり目をあけた。あの日扉を開いた公園に私は横たわっている。
そこにはスーツ姿で汗だくになりながら息をきらせたまーくんがいた。
信じられない、帰ってきた実感がゆっくりと湧いてくる。
だってここには【七海】と呼ぶまーくんがいるんだから。
ここは日本だ。
「あ、えっとまーくん……?」
「良かった…… かなり長い時間目を覚まさなかったから救急車を呼ぼうかとしてた。」
「ごめん。……ねえ、どうして?」
「七海、別れたこと親御さんに言ってなかったろ?だからお母さんから電話がかかってきて、
娘がいなくなったって。で、俺が呼び出されたわけ。
無事で良かった、とりあえず、お母さんに連絡するな?待ってて。」
そういって彼はスマートに携帯を出し、お母さんと通話を始める。
低姿勢に、丁寧に、そういった誰にでも紳士的な行動が出来る人だ。
私は周りをゆっくり見渡す。
扉はもうなく、ただ見慣れた公園と私の裁縫道具の入ったカゴバックとデザインノートがベンチにおいている。
見上げるといつもの桜の木の下だ。少しまだ肌寒い、開花前の桜の木。
私、完全にあの日に帰ってきたんだと確信する。
時間経過が感じられない。きっとものの数分、いや一時間かもしれない。
ぱっと自分の服を見ると、あの日のままだった。
なら、私が足した花びらの布はきっと舞い上がって桜吹雪みたいになったかもしれないな。
そんな事を思っていたら、まーくんが「ん?」と言って温かいミルクティーを買ってきてくれた。
ペットボトルだ、久しぶりにみたな。
「その服、最初のデートに着てきてくれたよな。」
え……?まーくんが覚えていることに私は驚く。
「桜が大好きで、かなりの確率でピンクだったし。けどこれは大切なものだって言ってたから。」
「うん…… そうだね。」
「懐かしいな。」
お互い、ミルクティーを飲む。
やっぱり、少し、落ち着いた。
「あのさ、少し、話してもいいか?」
真剣な顔だったから、私も話したいことが出来たから、ゆっくり頷く。
「七海がさ、ロリータが好きなのは最初からわかっていた。
お店でも働いていたし、デートの度に着回しが全く違うように工夫してくれてたから。
凄くこだわりがあって譲れないところがあるんだろうなって。理解ってたんだ。」
「そうだね……」
まーくん、凄いみてくれてたんじゃん。
わかろうと、してくれてたんじゃん。
「でも、結婚を意識した時に、両親にも、周りにも言われたんだ。
ああいう服着るやつはやめておけって。俺はそんな事と思っていた。
でも、わかってたんだ。本当は。俺はどこかで、普通になってほしいって思ったんだって。」
「……うん。何度か普通の服屋さんにさ、連れて行ってくれてさ、買ってくれたよね。」
「俺は、七海に自分の普通を押し付けていたんだ。まずは謝りたい。ごめん。」
まーくんは立ち上がってしっかり私に頭を下げた。
それと同時に、彼の普通になってほしいという意思を感じていたのに無視していた自分に気づいた。
だから私も立ち上がって頭をさげた。
「七海?」
「まーくん、ごめん。気づいてたはずなの。その気持ち。でも私、まーくんの優しさに甘えてた。
どこかで理解ってくれる。って勝手に信じて真剣に話してこなかった。
私にも責任がある。ごめんなさい。私ばかり被害者ぶった言葉を言ってしまった。」
「七海が謝ることなんてないんだ!俺が、俺が……」
私は、まーくんに意地悪に聞いてみた。
「ねえ、ロリータを着ている私は好き?正直に答えて。」
まーくんは目を見開いて、凄く悩んだ。彼なりに言葉や、姿勢を考えてくれているのがわかる。
それを私はまっすぐみていた。
まーくんが私を見た。目があった。ああ、今からの言葉は真実なんだと確信する。
「七海の事は心から愛している。人間として、尊敬出来るところが多い。
真っ直ぐなところ、人のために動けるところ。何より自由にしていきたいともがき続けれる姿勢。
全てが尊敬している、それは本当なんだ。
でも、ごめん。ロリータを受け入れることが、俺には……出来ない。ごめん。」
私は、不思議とくすっと笑っていた。悲しいとかじゃない。
「やっと本音が聞けた。良かった。正直に話してくれてありがとう。
そのまーくんの正直で、いつもスマートで、優しいところが私も大好きだよ。」
「ありがとう。」
「でも、ごめんね。ロリータは私の宝物なの。手放すことの出来ない夢なの。
だから、まーくんにだって譲らせない。」
まーくんはやっと笑顔になった。
「はっきり聞けて本当に良かった。うん、手放さないで居てほしい。
これは七海の、うん、大切なものだから。俺なんかのために捨てるものじゃない。」
「まーくん……」
「お互い好き嫌いがわかったんだ。譲れないものがあるなら。恋人には戻れないけど、
これからは七海の夢を陰ながら応援はしていきたい。君の夢が叶うところは見たいんだ。
だめ……かな?」
「あはは、うん。そうしてもらおうかな!見ててよ、私が夢を叶えるところを。
これから私、すっごく頑張る。小さなことからかもしれない。
でも、私、やるって決めたから。絶対もう、諦めない。」
「そういうところが七海らしいな。」
さっとまーくんは右手を私に出してきた。
「今までありがとう。元気で。」
この人はとても優しい人だ。私、この人を好きになって良かった。
最後まで紳士的で、本当にキザなんだから。
私も右手を差し出した。
そして、恋人ではなく友として握手をかわす。
「ありがとう。またね。」
私達はお互いに道を違えて歩き始める。
後ろは向かない。前だけ見て、今は進んでいきたい。
だって私は背中をおしてもらったんだから。




