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第二話 神様、ここはどこですか? (7月11日更新)


「え…店長。どういう事ですか?」



ショップに来てすぐ、呼び出された私は店長と面談をしていた。

「石田さんには今後を考えてほしいの。」

「そんな抽象的な…要はクビって事ですよね!?」



年下の店長はこの日の為に用意した言葉を、丁寧に伝えているんだろう。

緊張感がひしひしと伝わる。



「石田さん、ここ最近ノルマ達成出来てないんです。

お客様とのコミュニケーションも少ないし、

お店の雰囲気に合ってないんじゃないかなって思うんです。」

「そんな…確かにノルマは達成出来てませんが、お店の雰囲気を壊した事はないです!!」



店長は少し困った顔で私を見ている。わかってる。これは最後通牒でもない、

クビにする為の話なんだと。

こんな事を言っても結果は変わらない。わかっていても噛みついてしまう。

下を向いて、店長の腰元のリボンに目をやる。

キラキラはこんなにも近くにあるのに。今は遠く感じる。



「石田さん、ごめんなさい。長年頑張って来てくれた人にこんな事言うの、嫌なんだけど。」

「…」

「石田さんにもっと向いていることがあると思うの。」



重い言葉だ。

私のお袖留めが手汗でびっしょりなのがわかる。

世界が壊れる音が聞こえるのを感じて、冷静ではいられないとどこかで感じていた。



話は、一旦保留にしてもらい、「ゆっくり考える時間をください。」と私は言った。

今日は帰ってゆっくり考えてと店長は困り顔で言った。



こんなの結論は決まってる。

でも今、言いたくはない。

そんな勇気。私には、無い。



バックヤードから出た瞬間、バイトの女の子たちがクスクス笑ってるのが嫌でもわかった。

目があった。それでも笑うのを辞めない姿を見て、

これが彼女たちの本当の気持ちだったんだと思い知らされた。



これまで私は好きだけを信じてやってきた。

努力して、努力して、努力して!!

ロリータ仲間のみんなと一緒になろうって今日まで頑張ってきた。

そんなにそれは駄目なこと?

私って…なんなの?

心がガラガラと音を立てて壊れる。でもここから逃げたくない。でも…私に居場所がない。



ここはもう私のお城じゃない。



震えた声で「お疲れ様です」と言い、走り出した。

心がぐしゃぐしゃで、どうすればいいか、今何をしてるのかもわからないまま厚底のパンプスで走る。

私って今どう写ってるんだろう。この街のワンシーンに溶け込めてる?

いや、そんな事望んでなかったんじゃないか?

好きだからロリータを着ていた。好きだから。



でも世間は?



さっきのクスクス笑ってる声がこだまする。

今朝のファンデーションが浮いてきたことを思い出す。

リップが馴染まない唇を噛みしめる。

鏡の中の私がお姫様じゃない事に気づいていた私。



イヤダイヤダイヤダ!思い出させないでよ!

私は…!



瞬間、足が心と連動してうまく動かなくなった。

漫画みたいに私は転んだ。



流石に周りの人々が哀れな私をみる。わかってる。異質なのだ、私は。

お気に入りのタイツも破け、ヘッドドレスが落ちる。魔法が解けてくみたいで思わず涙が出る。

思わず顔を両手で隠す。瞬間、嘘みたいに雨がポツリポツリ降ってきた。



どうしてこうなっちゃうの?

好きを貫くことはこんなにも罪深いことなの?



じゃあ私はただの石田七海になっちゃうの?



「私は…私は…。」

クスクスクスクス…。

顔をあげる。町の人々が笑ってる。今度ははっきりと聞こえる。



「やばー…ロリータのおばさん泣いてる。」

「恥ずかしー。なんだろ。」

「おばさんがあんな格好すんなよなー。目に毒。」

「歳考えろよ。」



え…。何?

私に言ってる…?そうだ、標的は私だ。

なんだこれ。私ってなんだ?

わからない、今までの人生全部なかったことにしたい衝動が私の顔を赤くさせた。



涙が洪水みたいに止まらない。ああ、メイクくずれちゃう。早く、泣き止まなきゃ。

早く立ち上がって、この場を去らなきゃ。

嗚呼、でも…もう。いいか。



だって私の魔法は解けてしまったんだから。

ここにいるのはただの30過ぎたおばさん。

街の真ん中で崩れて泣いている。イタイやつ。

このまま雨に流してもらおう、私のロリータの魔法を。



そこからどうやって自宅に帰ったか覚えてないが、次に目を覚ますと自室のベットの上だった。

カーテン越しに見える暗さで夜なんだとわかった。

かろうじてお風呂には入ってるらしい。メイクも落ちていてダル着のパジャマ姿だ。

魔法が解けた私はただ天蓋を見つめる。



悔しい。どうしようもない事で、こんな目にあってる。

歳なんて誰だってとる。

確かに周りの友だちも服装が落ち着いてきたし、

街行く人達は量産型なワンピースを着て馴染んでいる。

メイクだって大人なブラウンベースで、つけまつげだって付けない。

でも私はロリータに逃げたんじゃない。

好きだからロリータを着てただけ。



「好きを貫いて…何がイケナイの…?」



枯れたはずの涙が出る。あー身体中の水分が無くなる。



でもこんな目にあっても、世界が私を否定しても、魔法はかけれる。

私はわたしの好きを手離したくない。

ロリータを着た時のキラキラは、誰にも奪わせない。



負けない。



少し残っていた私のロリータへの好きが、私の身体を動かす。まるで戦いを挑むようだ。

私の勝負服、初めて作った桜色のフリルのロリータワンピース。

首元のリボンに桜をつけた私の作ったものだ。

真っ白なタイツに、桜をモチーフにしたヘッドドレス。

桜は私に勇気をくれる花だ。今の私に力を貸してね。



鏡前に立つ。……今に似合うメイクをしよう。



久しぶりに使うピンク色のメイクパレット。若い子が使う色、と懸念していたが今日の私は違う。

私は桜に力強さを知ってる。負けないように丁寧に色を重ねていく。

似合わないかも知れないけど、今日は大好きなピンクのリップを塗る。

大好きなつけまつげをつけて完成した私は、今までの中で一番いい顔をしている。



そうだ、これだ。私の本当の姿だ。

鏡の前の私は、またお姫様にちゃんとなっている。



「可愛い…。」

そうじゃないか、私は最強のロリータ好き。

誰にも邪魔させない。これは私の大切な情熱だ。絶対に離さない。



「でも明日からどうしようーーーーーー」



仕事も実質クビ、彼氏もふっちゃったし。

相談できる友だちがいる訳でなし。一人何をしたらいいのか……。



本当にロリータ以外全てを失ってしまった。こんなキメッキメな姿でも私は負け組なのだ。

……いやまてよ。逆に失うものはないハズ!好きなことしちゃえばいいじゃん!

……そんな簡単に切り替えられるか!!!!馬鹿か私は!

自然なため息が出る。また天蓋を見上げる。



「あーロリータが作りたい。」



やっと出た言葉。それが答えなんだろう。

私はやっとニヤリと笑えた。



夜だけど、デザインを考えに外に出よう。ふとそう思った。

裁縫道具の入ったカゴバックとデザインノートを持って私は夜の街へ飛び出した。

行くなら、いつもの桜の木の下だ。少しまだ肌寒い、開花前の桜の木に向かって歩く。



近所の公園。小さな頃から来ている馴染のある場所だ。

中央にある大きな桜の木。春になるとみんなが見に来る。でも開花前の今は誰もいない。

目の前のベンチに腰掛ける。落ち着くなぁ。

しーんとしている空間。夜だから仕方ないか。



デザインノートを手に取り広げると、今までのデザインが目に入ってくる。

まだ作りきれていないものたち。未来の設計図を見てワクワクする。

この姫袖トップスも、水色のヘッドドレスも、万能のアームカバーも!

まだまだ私は作れる。その力は残ってる。

ペンを走らせる。まだ見ぬ世界を作っていく。



好きだ、好きだ、好きだ!私はやっぱり、これしかないんだ。



神様。どうか私に時間をください。

神様。どうか私の好きを大事にさせてください。

神様。どうか私にロリータを作らせてください!



瞬間、スンと謎の音がした。

顔をノートから外すと、目の前にアンティークな扉があった。



「え」



こんなもの無かった。てか目の前だぞ?なんなんだ?何が起こった?

どう見ても扉だ。色は真っ赤だ。それしかわからない。

ファンタジー展開すぎて唖然としてしまう。

立ち上がる。不思議とこの扉に惹かれている私は、この先に行こうと思った。

それはなんだか自然な流れだった。ノートと裁縫道具を持ってドアノブを持つ。



浴びた事のない七色の光が扉の隙間から私を照らす。



私はその扉を思いっきり開けてみせた。

七色の光に包まれ私は素直に「綺麗だ」と口から溢れた。

でも堪えきれず、目を閉じた。光の渦に溶けてくみたいに私は一歩踏み出した。



…あれ?光が弱まったな。



目を開くと、どう考えても公園じゃない景色だった。



天気も晴天。

朝……?遠くに山が見え、木々が多い茂っている。小さな可愛い家が転々と建っている。

……なんだかとってもファンタジーな世界の田舎だなと思った。



「貴様!!何者だ!!!!」

「え」



私は声のした方に身体を向ける。そして言葉を失う。

それはそうだろう。



なんと、男は布をかぶっただけのような服だったからだ。しかもドロに汚れているし!

ねずみ色のその服と呼ぶのかわからないものを、私はまじまじと見てしまった。



ただの布を被ってるだけ……?



にしてもどれくらいの時間着ているのだろう。痛み方が尋常じゃない。

証拠に端からほつれ糸がちょろんと出ている。これは…。

すると男は不思議そうに近づいてきた。



「ひい!」



思わず悲鳴を上げてしまった。あまりにも大きな声だったのだろう。

その声を聞いた人が家々からゾロゾロ出てくる。



「なんだなんだ!?」

「誰だお前は!?」



頼んでもないのに続々と人が集まってくる。

みんな揃ってボロ雑巾みたいな格好で、気が遠くなりそうだ。

しかも女性たちまで同じような格好なのだ!

美意識ってものがないのか!?こんなの着て生活してたら気が狂いそうだ。



「なんだその布は!気色の悪い!」

「そんなものを被って、我らに何をするつもりだ!」



敵意むき出しの人々は声をあげていく。

ここでもロリータは気色悪いと言われるの……?

言い返してやる!!!!!そう思った瞬間、一人の少女が私を指差し言った。



「お姉ちゃん可愛い布!」



人々が一斉に私を見る。じーっと珍しいものを見るような目で。

少女はあまりに、ニコニコしていたので返事をする。



「あ、ありがとう。」

最初に声を上げた男が私に一歩近づいてきた。



「色がついた布だ。こんなもの見たことがない。これはなんだ!」



…え?どういうこと?



「確かに、よく見ると凄く綺麗な布だわ」

「紐が付いてるぞ、なんて美しい形なんだ。」

「色が明るいわ。どうして色をつけるの?」

「頭にも何かつけているわ。」

「なんなんだ?」



わっと一斉に話しかけてこられても困る。

これってもしかして…。ロリータに興味を持ってる!?



「女!答えろ!どこから来た!」

「え…家からですけど…。」

「どの村だ」

「村って……逆にここはどこなんですか?」

「ここはマロン村だ。」



……ファンシーすぎる名前キターーー!これ夢じゃないよね?ベタだけど頬をひねる。



「イタイ!」

信じがたいが現実だ!だって痛いもん!



「女!何が目的だ!そんな布を着て!」

「あの、このロリータ服の事ですか?」



人々がロリータ?と口々にしている。……ロリータを知らない…?



「その……ロリータ服とはなんだ!」



…ロリータはなんだ?ですって?それを私に聞くとは。

私は少し不安そうな人々に自信満々に言った。



「これはロリータ服、世界で一番可愛い服よ!」



唖然とした人々。



「あ、この布。服って言います。」

おー!と声を上げながら人々は拍手をしだした。

しかし、その中で一番に話しかけてきた男だけが納得していなかった。



「待て!皆のもの!こいつの言葉に騙されるな!きっと侵略者だぞ!」

「そんな私……!」

「突然やってきた、気色の悪い、我々と布が違うお前をどう信用しろというのだ!」



その言葉を聞いて、私はぼんやり、東京の事を思い出した。

何を着たって自由なはずなのに、笑われたり、恥ずかしいといわれる。

みんな同じ服を着たがる。仲間はずれになりたくないから。



ここだって。そうだよね。

私は、男の目をしっかりと見た。



「そうですね。貴方が着ている服も、素敵だと思います。

みんな好きなものを着ればいいと思うんです。

でも、私は、このロリータ服が好きなの!

このフリル、何枚にも重なったスカートの可愛さ!

腰元の大きなリボンは形が美しくなるように調整しました!

この花、桜は美しい花です。それが好きで私はモチーフにしています。

考えて作ったものです!好きだと思って私が、作ったものです!

それを気色悪いなんて言葉で片付けないで!

布が違うかもしれないけど!私も同じ人間。

そんな言葉で片付けられたら傷つくわ!」



人々が、驚いた顔をしていた。

なんだ?この空気。



「村長に、意見したぞ、この女。」



そ、村長ーーー!!!

よりによってこいつが村長ー!!!!やらかしたか?

……いや、私は一歩も引かないと決めたんだ。

ただならぬ緊張感に、スカートの裾をぎゅっと握った。



「すまない。」

か細い声で村長が言った。



「私がこの村を守らればならないと、異端のものは警戒していた。

しかし、女。お前の言う通り布は違えど同じ人間。

話を聞いていて何か攻撃をするような者ではないと、感じる。

……言葉を間違えた。申し訳ない。」



村長は深々と頭を下げてみせた。それは村にとって大きなことだとわかる。



「いや、わかっていただければいいんです。」

「私は勘違いしていたようだな。」

「はい?」



村長は、目をキラキラさせながら大きな声で叫んだ。



「女よ!そうなんだな!その布…じゃなかった。服を我々に授けるために来たのだな!?」



……ん?



「この人は布…いや服を私たちに授けてくれるんだわ!」

「こんな可愛い服を!凄い!」

「こんな布とはオサラバだ!やったー!」



授けるため?そんな服に困窮してるの?

服をこんなにも求めてる世界があるのか?なんなんだここは?

混乱渦巻く中、考えをまとめる。



私は東京から、ここになぜかやってきた。

そしてこのマロン村は、服を求めている。

手元にはデザインノートと裁縫道具。

色々勘違いされてる気がするが、

私が言葉にする事はこれしかないと口を開いた。



「そうよ!私はみんなにロリータ服を授けるためにやってきたのよ!」



瞬間、鼓膜が割れそうな程の声が上がった。これは喜びの声だ。

飛び上がり、抱き合い、手を取り合って泣いて喜んでいる。

これは村にとって大きな出来事なんだろうと思った。



すると村長がすっと手を出した。

全員がざっと膝をついて頭を下げ始めた。戸惑う事しか出来ない私。



「女よ、名は?」

「七海です。」

「ナナミ殿。ここはマロン村。歓迎する。

みんなよく聞け!村長のギューが命を出す。ナナミ殿をマロン村の服係に任命する。失礼のないように!」



一番最初に話しかけた男、村長のギューが手を差し伸べた。

「これからよろしく頼む。ナナミ殿。」



私は恐る恐る手を出して握手を交わす。

村長ギューの真剣な眼差しに私は事態を少しづつ伝わってきた。

わけのわからないまま、私はこの村でロリータ服を作ることになった……?ようだ。

ロリータが作れるのは夢みたいだけど、

……いやいや!正直不安しかない。



でも、チャンスかもしれない。

この布を纏っただけの人々にロリータ服を全員に着させられたら…。

それは素敵な世界になるかもしれない。

どこかわからないけど、ここは私の好きを大切に出来る場所だ!

広い広い空を見上げる。雲ひとつない晴天。

私の心も晴れていくようだ。さっきまでの事が嘘みたいに心が踊ってる。あの日のフリルみたいに。




神様。30過ぎてロリータ着てますが、世界をオシャレにできますか?

次回予告!

マロン村の[服を作る事]を託された七海。

でもこの村って服なんか作れるの?

唯一の手段は機織り機。使えるのは村の女の子のリーリのみで…。

果たして材料は揃うのか!?


第三話 材料は全て揃いますか?

お楽しみに!

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