第一話 30過ぎてロリータはイタイですか? (7月11日更新)
初めまして!劇作家の大牧ぽるんです。
これを見ているあなたに気に入っていただけたら嬉しいです。
それでは物語の始まりです。お楽しみください!
初めてソレを着た時、可愛いの重さを感じた。
重厚な布が重なるスカート、姫袖の広がり、パニエの布の暴力、厚底の靴。
これが全て揃った時、可愛いは完成する。それが私が愛している、ロリータとの出会いだった。
19歳。
初めてお給金で買ったロリータ服。
店員の綺麗なお姉さんが「よくお似合いですよ?」と言ってくれたのが
とてつもなく嬉しくて、気持ちが高揚して、
即決して買った桜色のワンピースのロリータ服。
三弾重ねのフリルスカートにアクセントの赤いリボン。
そして私の大好きな桜があしらわれている。
緊張して会計の時何を話したのかは覚えていない。
「着られて行かれますか?」
私は初めて袖を通していく。
魔法少女の変身シーンみたいな不思議な感覚。
鏡に映る私はまるでお姫様みたいだ!
昨日までの私とは違う!生まれ変わったようだ!
嬉しさで唇を噛みしめる。
帰り道がいつもと違って見えて、私の価値観は一気に変わったのを感じた。
履き慣れない靴も、スカートのフリルも私の心も踊ってる。
高揚する気持ちが身体中を駆け巡る。
帰り道の公園で、春の桜と一緒に写真を撮ってみた。
写真を見た私は驚いた、だってそこには本物のお姫様みたいな自分がいたから。
どんな女の子でもやっぱり可愛くなれるんだ!そう強く感じた瞬間、顔がほんのり赤く染まった。
それからというもの、給料が入るたびにその店に通った。
買うものも種類が増えていき、
リボンが沢山ついたヘッドドレス、フリルを余すことなく使われているボーンネット、上品な付け姫袖、苺柄の靴下、ハートの形のバック。
どんどんロリータのレベルがアップしてきた。
全身完璧のロリータ装備になっていくのにそう時間はかからなかった。
好きを仕事にしたくて、通っていたショップに就職した。
ここなら毎日ロリータの世界に浸ることが出来る。私のお城。なんて素敵なんだろう。
どんどん可愛い世界になっていく。それは私も同じだ。
みんなが私を見て振り向いた。口々に「可愛い」とつぶやいてくれる。
少女たちが「写真、撮っても良いですか?」と恥ずかしそうに言ってきた。スターにでもなったよう。
ストリートスナップにも度々声をかけてもらえるようになり、自信がついていった。
ロリータの力は凄い!私はこの世界の主人公だ!自信も持たせてくれた。
私は本当に幸せだ。この可愛いにもっと染まっていたい。
そう思ってた。
時間は残酷だ。
私は可愛いの世界にいるのに、
私が変わっていく。
まず体系の維持が出来づらくなった。
何を食べても太らなかったのに、少しお肉がつくようになった。
次にファンデーションが乗りづらくなった。なんだか浮いて見える。
ピンク色のリップもなんだかしっくりこない。ずっと、お気に入りだったのに。
髪の毛もきしみ始め、色を入れづらくなった。
この服で、気軽に遊べる友だちも減った。みんなが私の服を笑った。
ロリータ服は変わらずそこにあって、可愛い世界も広がっていくのに。
私は、30歳を過ぎた。
周りのロリータ服を着る人は若い子が圧倒的に多い。
私みたいに30過ぎてもロリータを着ている人間はこの日本、
東京では白い目で見られるようになっているように感じる。
「おはようございます」
「おはようございますぅ!」
私より年下の店長に挨拶。若い子が表に立つ方が良いと本部のお達しだ。
そう、私みたいな`おばさん`はお役御免だと言いたいんだろう。
でもここは私の大切な場所。
10年以上働き、夢を見せてくれた場所。辞めたくない気持ちでいっぱいだった。
それでも思ってしまう。私がここにいるべきなのか…?
店で立っていても、お客様は若い子の方へ自然と足がいく。私はショップでも孤独だ。
後輩が遠慮がちに私に質問してきてくれる。話せば仲良くしてくれる。
でもみんな思ってるはずだ。ここは居場所じゃないんだから辞めてほしいと。
苦虫をかみながらロリータにしがみついて生きている。
私は私の好きだけを信じて生き続けている。
それだけが私の宝物だから。
ショップを出てふと思い出す19歳の私の高揚は、今はもう無い。
私は深く酸素を吸う。それをすぐに深いため息に変えてしまった。
どうして人間は歳をとるのだろう。あの頃のままでいいのに。そうならどんなに幸福か。
足取りは重く、自宅の扉をあける。両親がおかえりと力なく言う。
ただいまと言って目を見ると、呆れた顔をしている。今日も言われることは同じだ。
「あんた、もうそんな格好。恥ずかしいから辞めて。」
「近所の方からなんて言われているか。」
「いい加減、大人になってくれ。」
生みの親から発せられる否定の嵐。それに耳を塞いで自室に帰宅する。
天蓋のベッドに身を投げる。ふわふわのファーに包まれてやっと安堵する。
うさぎのぬいぐるみを抱いて、虚無を感じる。
この自室は私のだけの場所だ。誰にも犯させない。ロリータが沢山かかったクローゼットは宝箱。
現実から目をそむけて私の好きなロリータの事だけ考えられる。
明日は何を着よう。天気を調べる。明日は晴天。まっさらな空に合う明るい色のものにしよう。
休みの日は自分の好きなものを着たらいい。
私は自分の作ったロリータ服を眺める。
好きが強すぎて、いつの間にか、ロリータを作ることも趣味になっていた。
そんなに上手なわけじゃないけど、
自分で作るから自分好みのものに出来る。それにハマってしまったのだ。
一番最初に作ったのは、お店で買った桜色のロリータをイメージしたもの。
どんどん形になっていくのが嬉しかったのを今でも覚えている。
大好きなものを大好きな形で作ることが出来る幸せ。
創作は無限大だ。頭の中にある知識をものにしていく。その感覚がたまらなく好きだ。
小さな夢だが、私は自分のブランドを持ってみたい。
私の世界を知らしめたいのだ。そんな小さな願望がある。でも大きな決意でもあった。
何を言われても私はロリータが好きだ。
作ってる時は私はわたしでいられる。自己肯定感が上がる唯一時間だ。
誰にも負けない、最強の私。
そうだ、明日の服だ!
まだ彼氏の前と休日でしか着たことのない私の作ったロリータ服。
大切な人だから。一番に見せたくて。私の世界を知ってほしくて。
彼のために作ったロリータは彼への愛もこもっている。
何を着ようかな。青空みたいなワンピース。コルセット付きのスカート。悩むなぁ。
そうだ!新しいヘッドドレスを買ったんだったな。それをつけていこうか。
三つ編みで髪を着飾ろう。そうだ!バスケットの鞄にしてピクニックコーデも良いかも知れない。
コーディネートを考える時間は至福の時間。頭の中の私に色んな服やアクセサリーをつけていく。
その世界の私は世界一可愛くって、無敵。
無敵の私は世界をスキップしていて、全てが可愛い。
ランウェイ上の私は堂々としていて、少し頭を下げて挨拶するの。
昼はアフタヌーンティーでパーティ。淹れたての紅茶は私を輝かせる。
帰りに花束を買って家に飾るの。
そして…!
妄想タイムを電話の着信音が遮った。画面を見ると、彼氏のまーくんだ。
こんな時間に珍しいな。残業だったのかな?スライドして電話に出る。
「もしもし」
「あ、今…いい?」
なんだろう。違和感のある言い方。凄く嫌な感じ。そんな切り出し方。
「うん…」
気持ち悪い無音が部屋に広がる。まーくんらしくない。
電話の向こうの様子がおかしいのはわかるけど、なんなのかはわからない。
「僕は、君と結婚したいと思うほど君が好きだ。」
「え…うん。」
言葉と空気感のズレを電話越しでもひしひしと感じる。寒い。そんな季節でもないのに。
いつものあたたかい`好き`という言葉が凍って聞こえる。
その違和感が言葉になる。
「だから…その…普通になってくれないかな?」
…は?
頭を殴られたようだ。彼からそんな言葉が出たことは初めてだ。何を言うの?
「君は素敵な人だ。優しいし、笑顔も可愛いし、気配りも出来て。尊敬している。
でも、その…普通になってほしいんだ。ほら、30も過ぎたじゃないか。
そろそろロリータから卒業すべきだと思うんだ。」
イミガワカラナイ。普通って何?
今まで、私のロリータを褒めてくれてた。一緒に歩いてくれた。
私の世界を知ってくれてるはずじゃない!!
なのに…どうして?
「まーくん、どういう事?私にロリータをやめろって言ってるの……?」
「……そうだよ。」
頭を強く殴られたような感覚。
そんな事お構いなしにまーくんは話続ける。
「…ロリータの君と一緒に歩くのも正直、限度があるんだ。
僕は普通だし。恥ずかしいんだ。
君にも、普通の服を着てほしいんだ。絶対似合うと思う!」
恥ずかしい……。そう。思ってたんだ。
……ずっと。
私に相談もせず、辞めろって言うと決めてきたんだ。この人は。
「もう良いじゃないか、十分楽しんだと思うし。
結婚したら家庭に入ってもらうんだし。仕事も辞めてさ。」
…十分楽しんだ?
この人は何を私と描いていたの?今言ってる話なんか知らない。
彼は空気なんかお構いなしに、普通になる素晴らしさを私に伝え続ける。
…わかってる。普通の事を、いやになるほど。
普通普通普通普通!一般的な考えで!お前は間違っている。そんな問答自分でしてるわよ!
彼が言わなくたって毎日毎日心の大半を占めている事象だよ。それを、今…こいつは言葉にした。
私がロリータが好きだと知っていて好きだと言ってくれてたじゃない。
私がこの仕事が好きだって知ってるじゃない。
私を受け止めてくれて、いつも一緒にいてくれたじゃない。
今更、普通の型にはめようと必死なのね。そうなんだ。そんな人だったんだ。
まーくんは私の好きを殺そうとしてるんだ。
……そうか。
「わかった。」
「わかってくれて嬉し…」
「別れましょう。」
自分から発した言葉なのに、水をかけられたようだ。彼も相当動揺しているようで、言葉を失っていた。
「…え?どうして…?」
「まーくんはわかってない。私にはロリータが必要なの。
普通?ははは、笑っちゃう。そんなの私には必要ない。なんでわかってくれてないの?ずっといたのに。」
「僕は君の為を思って…」
「違うよ、あなたのために言ってたんだよ。世間から認められる為に。」
ぐっ…と声にならない声で彼が唸る。…本当にもうわかり合えないんだと悟った。
私はわかりやすいため息を吐いて、もう一度彼に伝えることにした。これが最後だ。
「別れましょう。」
沈黙。
私の意思は固い。
「……君はロリータをとるんだね。」
「はい。」
「僕との5年よりも大切なんだね。」
「はい。」
「……捨てるんだ。」
「仕方ないじゃない。私の世界を奪うなら、一緒にはいられない。」
「……僕は好きだよ。」
「私は好きだったよ。ありがとう。サヨナラ。」
電話と共に彼を切った。
石田七海。34歳。
好きを貫く事を決めた。
次回予告!
ええ!?私が仕事をクビですか?
重なる絶望に戸惑う七海。これからどーすんの!?
っていうか、この扉ってなんですか!?開けたらそこは…
そ、それってなんですか!?
第二話 神様、ここはどこですか?
お楽しみに!