探索と迷子
キラキラマートは客の需要に応えてか、センター内のかなり広い範囲をおもちゃコーナーに充てている。
積み木など、乳幼児用の玩具や、アクセサリーなどの小物を作ったりできるような女の子向けの玩具、アニメ、特撮などで出てくる武器を模した男の子向けの玩具などが所狭しと並んでいる。
コーナーはかなり賑わっており、子供連れの客が多いが、その他にも老人や若い男性、女性などがいる。
想像していたよりも幅広い層がいるんだな、と少し驚きながらも、金森たちは当時幼かった清川が向かっただろう、女の子向けの玩具がたくさん並んだ棚の方へ向かう。
棚には「すーぱーマジックシャラシャラNEO」と書かれたタグのついた、可愛らしい女の子の人形や、そのキャラクターの服、作中で使っているグッズを模したおもちゃなどが並んでいる。
金森が幼かった頃は「マジック」という題名で、マジシャンの格好をした可愛らしい女の子たちがマジック魔法というよく分からない魔法を使って敵を倒し、世界を平和にする、という内容のアニメだった。
それがどんどんと進化して、今に至るらしい。
金森は、そのアニメのグッズを手に取って眺める。
昔よりもデザインが凝っていて可愛らしい。
「これ、日曜日の朝とかに放送してるアニメのキャラだよね。今、こんな感じなんだ~」
小学校三、四年生頃までは見ていたが、時が経つにつれて何となく見なくなっていたアニメに思いを馳せた。
大好きだったな、と懐かしく思っていると、清川が横から金森の手元を覗き込んだ。
「あ、これ、アリエス・リットナーだ。可愛いよね、この子は、すぱマジのキャラクターで、最初は主人公たちの、ライバルポジにいるんだ! はじめのころは意地悪ばっかりだったし、主人公たちのことも偽善者扱いして嫌っていたんだけれど、その原因は彼女の悲しい過去にあったの。過去と対峙して苦しみを乗り越えることで彼女は立ち直り、主人公たちとは和解することができたの! そして今では主人公たちの仲間なの!!!」
いつもはゆったりとした話し方で、言葉を丁寧に選びながら話す清川が、もの凄いマシンガントークを飛ばしてきた。
異様にテンションが高く、声もいつもより大きい。
金森はちょっと引いているが、清川の声に含まれる熱は勢い良く上がっていく。
「このキャラクター、前まではメッシュが暗い色をしていて、よく見ないとメッシュがあることすら分からないほどだったの! でも、仲間になってからは、はっきりした色になって、メンバーのイメージカラーに変わったのよ!! でも、でもツンツンした性格は健在でね、そこがまたかわいくて」
金森は、清川の勢いに押されながらも話を聞き続ける。五分以上話していただろうか、
「まあ、私の推しはアステラッドだけどね」
と、清川は話を締めくくった。
一気に話したせいで顔が真っ赤になっており、頭からポコポコと湯気が出ている。
「いや、アリエスじゃないんかい!」
テンプレツッコミを入れると、清川はえへへ、と笑ってからキラキラとした瞳で「アステラッドの話、聞く?」と聞いてきた。
丁寧に断りを入れる。
金森が苦笑いをしていると、赤崎が隣で顎に手を当てている。
「ふむ、俺はスペシャルヒッチハイカーDXは見ているが、そちらは見ていなかったな。闇のナイトが立ち入ることはできない世界かと思っていたが、なかなか興味深い内容のようだ」
すっかり存在を忘れていたが、赤崎は周囲からの不信感満載な視線を避けるために金森と清川の間にいた。
そのため、彼も清川の話を聞いていたようだ。
しかも、金森以上に熱心に聞いていたらしい。
ちなみに、スペシャルヒッチハイカーDXは主人公がヒッチハイクで旅しながら、世界を支配しようと企む悪の勢力を倒していく物語だが、敵を倒す際に人様の乗り物を不思議な力で自分用の戦闘服と乗り物に変えてしまう、という迷惑な一面をもっている。
「え? 赤崎君もスペハイ見てるの?」
「ああ、もちろんだ」
そこから二人は、仲良くスペシャルヒッチハイカーDXについて語り始めようとした。
しかし、そこに金森がストップをかける。
なんだかんだと時間が過ぎており、かつ、二人が話を始めれば夕方どころか夜になってしまうような勢いだったからだ。
「ほら、その辺でストップストップ! 今日は、清川さんの記憶のために来たんでしょ。その話は後でね」
二人の肩を揺らすと、ハッとした顔になった。
「あ、そう、だった。ごめんね」
「すまない、目的を見失っていたようだ」
「ううん、大丈夫だよ。ところで、おもちゃ屋さんで危険なことが起こるとしたら、どんなことが起こると思う? 私が思いつくのは、この棚が倒れてくる、とか?」
様々な玩具が並んでいる棚だ。
仮に落下してくるものが柔らかい人形ばかりだったとしても、棚自体が直撃すれば、小さな子供はもちろん、大人にとっても致命傷となりうる。
「俺が考えたのは、子供が振り回した剣にぶつかってしまうことだな。あれは結構痛いぞ」
「まあ、堅そうだもんね。他には何かあるかな。清川さん、私や赤崎が言ったこととか、それ以外でもいいんだけれど、何か心当たりはある?」
清川はムグムグと唸る口元に手を当て、考え始めた。
しかし、
「どう、かな。私、キラキラマートには、楽しい思い出しかないんだ。怖い目に遭ったかなあ? って、ずっと思ってたの。おもちゃ売り場には、ずっとお母さんといたと思うから。怖い事、あったかなぁ?」
といった様子で、どうにも何も思い浮かばないらしい。
「守護者の方はどう?」
「えーっと、やはりキラキラマートで何かあったような気はするのですが、それがおもちゃ売り場での出来事だったかは……すみません」
守護者の言う通り、そもそも「何か」がおもちゃコーナーであったとは限らない。
何一つ手掛かりが掴めずにモヤモヤしている隣で、赤崎が口を開いた。
「そうか、それでは、どんな危険が迫っていたかは分からないか? 事故があったとか、犯罪に巻き込まれそうになったとか」
「犯罪に!?」
物騒な言葉に驚いて聞き返すと、赤崎は眉間にしわを寄せて不愉快そうに言った。
「こういった人が集まる場では犯罪がつきものだからな。万引き、置き引き、傷害事件だって起こりうるし、誘拐だってあるだろうな」
「誘拐……」
守護者がポツリと呟いた。
「何か気になるの?」
「いえ、ですが……少し、考えさせてください」
それっきり、守護者は黙り込んでしまった。
「じゃあ、そろそろ他の場所にも行ってみようか。ずっと、ここにいても仕方がないしさ」
「それもそうだな。しかし、次はどこに行こうか」
「うーん、とりあえず、キラキラマート内を一周してみない? 思わぬところにヒントが隠されているかもだし」
赤崎を先頭にして後ろを振り返ると、帽子をかぶった男の子がこちらを見ていた。
男の子は小学校低学年くらいの子で、帽子に隠れてその表情は分からない。
「おお、幼き者よ、すまないな。すぱマジの棚を占領してしまっていた」
赤崎の言葉は柔らかいが、異様な格好をした高身長の男性がいきなり話しかけたら、泣いてしまうのではないか、と金森は心配になって、男の子の表情を伺った。
しかし、男の子は平然とした態度で首を横に振った。
「ううん、俺、妹探してんだ。頭に赤いリボンの。母ちゃんや俺からはぐれちゃって」
しかし、男の子の側にも母親の姿は見えない。
それを問うと、彼は何食わぬ顔で、
「はぐれた」
とだけ言った。
「え? それってまずくない?」
妹の前に、彼を迷子センターに連れて行くべきだろう。
だが、そう問いかけると男の子は首を横に振った。
「ううん。俺、小1で、自分のスマホ持ってるから。だいじょぶ」
「そうか、だが、お前はまだ幼い。気を付けるのだぞ」
男の子は、赤崎に神妙に頷いてから、
「じゃあ、俺、妹探しに行ってくる。兄ちゃんたちも妹見つけたら、迷子センターに連れて行っておいて」
と、どこか別の方へ去って行った。
「ずいぶん、大人びた子だったね」
小学一年生と言ったら、妹が迷子になったり、自分自身が親とはぐれてしまったりしたら不安で、パニックになって泣いてしまうのではないだろうか。
それに、子供特有の高い声でありながらも、その話し方は淡々としていて、明確で、大人びて見えた。
近所の子供とケンカをしては泣いていた自分とは大違いだ。
そんなことを思っていると、赤崎は優しく笑って否定した。
「そんなことはないさ。よく見れば足も震えていたし、瞳の奥も不安そうに揺れていた。口の端をキュッと結ぶあの表情も、ギュッと握られた掌も、不安だからこそだ。きっと、『兄』だからなんだろうな」
何かを懐かしむような、その横顔はどこか切ない。
その隣で、守護者も深々と頷いている。
これまで清川を守ってきた守護者には、共感できる部分があるのかもしれない。
「妹さん、無事に見つけられると、いいね」
「私たちも、少し周りを見ながら歩いてみよっか」
金森の言葉に三人が頷くと、玩具コーナーを出て、キラキラマート内をあちこち巡った。
結局、キラキラマート探索は施設内を練り歩いて遊んだだけに終わった。
清川は服屋の可愛らしい紙袋を下げて、ニコニコと笑っている。
紙袋には探索中に見つけた、可愛らしい花柄のワンピースなどが入っている。
「楽しかったね」
清川がホクホクと笑った。
瞳がキラキラ輝いて、心なしか肌もツヤツヤだ。
「でも、結局何も分からなかったね。どうする? 今日は、もう解散する?」
「今は四時前か、いい時間と言えばそうだな。しかし、時間の経過とは早いものだ」
既にキラキラマートを一周してからもう一度、めぼしい場所を見てみたが、守護者も清川も何も思い出せることは無かった。
「私の勘違いだったのでしょうか」
「まあ、いいじゃない。なんだかんだ楽しかったし。何も無いなら、それはそれで」
徒労させてしまったと落ち込む守護者を慰めながら出口の方へ向かうと、女の子の泣く声が聞こえた。
そちらの方を見ると、頭に赤いリボンを付けた幼稚園生くらいの女の子が顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。
側には上下ジャージ姿の、だらしのなさそうな男性が、菓子を片手にオロオロ、ヘラヘラと笑っている。
なんだか異常に胡散臭い。
見れば見るほど胡散臭く、無言で警察に通報させるような雰囲気を身にまとっていた。
あれでは、仮にスーツを着ていても、胡散臭くて仕方がないのではないだろうか。
異常を感じて二人の方へ近づくと、女の子は怯えた瞳で金森たちを見つめ、男は更にオロオロした。
「どうかしましたか?」
怪しいというだけで警察や警備員を呼ぶわけにもいかないので、ひとまず金森が男性に話しかけた。
「女の子の知り合いですか?」
「えっと、そういうわけでは。でも、知り合いの……えっと、な、なんていうんですっけ、あの、その」
手を上下にやってワタワタと何かを言っているが、よく聞こえなかった。
そのうちに女の子はこちらにやってきて、金森の服の袖を強く引っ張る。
小さな体はガタガタと震えており、周囲の視線が集まっていることがよく分かる。
「え、いや、違います。私は怪しいものでは」
「それでは誰なんだ?」
ズイッと前にやってきた赤崎が、金森たちと男性の間に割って入る。
周囲のざわめきはさらに大きくなった。
はたから見れば、不審者と不審者の争いに見えるのかもしれない。
慌てた男性が、さらに大慌てで名刺を取り出すが、焦りすぎて名刺入れは床に落ちてしまった。
「わわ、私、こういうものでございまふ」
差し出してきた名刺を受け取って、怪訝な表情を浮かべてから無言で金森に渡した。
「株式会社 怪しさ爆発カンパニー 亜矢 椎男」と書かれている。
まるで信頼が無く、怪しさしかない。
後ろから名刺を覗き込んでいる清川と守護者も、渋い顔をしている。
「あ、あの、私、本当に怪しいものでは」
亜矢は涙目になって、口をアワアワとさせている。
すると、すぐ後ろから聞き覚えのある声で、「ねえ」と話しかけられた。
振り返ると、そこにいたのはおもちゃコーナーで話しかけてきた男の子だった。
「お姉さんたち、妹、見つけてくれたんだ。あ、椎男さん」
「あ、ああ。章君。こんにちは」
亜矢が幾分か落ち着いた様子で、章に挨拶をした。
章は亜矢と妹、それに金森達を眺めると、「あ~」と、困ったように頭を掻いた。
「亜矢さんが、妹見つけた。妹が、ほぼ初めて見る亜矢さんにびっくりして怯えた。そんで、亜矢さんがお菓子で釣ろうとしてたのを、お姉さんたちが見つけた。だよね?」
「そ、そうなんだよ。なんか、疑われちゃって」
章が亜矢に確認を取ると、彼は安心した様子でコクコクと頷いている。
「だから、子供にお菓子ちらつかせるのやめた方がいいって、言ったのに。ジャージも」
ため息を吐くと、亜矢はバツが悪そうに菓子をポケットにしまった。
「章~、こら、アンタは、またどっか行って!! あら、亜矢さん?」
章を追うように、母親と思しき三十代の女性がこちらへ走ってきたが、亜矢を見るとにこりと笑った。
「妹見つけてくれたみたい。そして、誤解された」
「あ、あら、あら。ごめんなさいね、毎度毎度」
それから亜矢と女性は世間話を始めた。
妹はやってきた母親の方に駆けて行って、ロングスカートをぎゅっと掴んでいる。
おそらく不審者ではない亜矢だが、依然として怪しさに溢れているのは、もはや何かの能力だろうか。
呆然とする金森たちに、章が申し訳なさそうに話しかけた。
「お姉さんたちも、ありがとね。亜矢さんはだいじょぶ。名前も、見た目も、行動も、全てが怪しいけど、いい人だから。俺が、母ちゃんからはぐれるたびに、俺のこと助けてくれてたから。でも、妹は亜矢さんに、ちゃんと会うの初めてだし、人見知りだからびっくりしたみたい」
「そ、そっか。亜矢さん? にも悪い事しちゃったかも。疑っちゃった」
金森がポリポリと頬を掻くと、章が眉間に皺を寄せて首を横に振った。
「いや、あれは亜矢さんが悪いよ。胡散臭すぎる。それに、怪しい人がいたら、その人を疑って、子供を助けてくれる人がいるって、分かってよかった」
章は小学一年生とは思えない、大人びた言葉をスラスラと話した。
「大人すぎじゃない?」
最近の子供は成長が早いというようなことを聞いていたが、精神もこんなに成長するものなのだろうか。
「幼き者は、幼き者ではないのだな……」
赤崎も感慨深げだ。