キラキラマート
ショッピングセンターであるキラキラマートは、日曜であることも手伝って混雑していた。
金森は一階の休憩スペースで椅子に腰を下ろして、飲み物を飲んでいる。
現在、金森は文字がプリントされた白いTシャツの上に、フードのついた薄く透ける布地のジャケットを羽織っている。
ジーンズ生地のズボンは短く、真っ白できれいな太ももが露わになっていた。
履いているのはキラキラとしたビーズが可愛らしいサンダルで、動きやすさとシンプルさを重視した夏らしい恰好をしている。
普段の制服姿とは違って、大人っぽい雰囲気だ。
モデルのような体型で綺麗な顔立ちをした金森は人目を引いたが、本人は周囲の視線には気が付かず、MOTINで清川たちと連絡を取っていた。
『大丈夫? 私は一階の、食料品売り場の近くの休憩所にいるけれど、見つけられそう?』
『うん。多分、大丈夫』
近くに来ているらしい清川と連絡を取っていると、唐突に赤崎のメッセージが表示された。
『今、馬が到着した。これから向かう』
要するにバスだろう。
金森はスマートフォンをバッグに仕舞った。
四人が休日にショッピングセンターで会う約束をしているのは、皆で楽しく遊ぶためではない。
発端は昨日、つまり守護者と仲直りした日の翌日の夜に送られてきたメッセージにあった。
どうやら、そのメッセージは金森が夕飯を作っていた頃に来ていたようで、送り主は清川だった。
『さっき守護者さんが、私が覚えていない危険なことで、何か思い出したことがあるかもしれない、と言ってました。でも、完全に思い出したわけではなくて、ほんの少しだから、手掛かりを手に入れるために、キラキラマートに行きたい、と言っています。それで、出来れば明日が良いそうですが、大丈夫ですか?』
何故か敬語でそう書かれており、それに対して、赤崎が五分もしない内に返信していた。
『俺は、パトロールがあるが、そんなに忙しくはないからな。大丈夫だ』
『返信遅くなっちゃってごめんね、私も平気だよ。ていうか清川さん、MOTINだと敬語なんだね』
そう送ると、今度は一分もせずに赤崎からスタンプが、清川から『なんか緊張しちゃって』と返信が来た。
このような事情から、四人は日曜の昼頃にキラキラマートで会う約束をしていた。
金森が小さなペットボトルのジュースを飲み干すと、向かいの方から小走りでかけてくる清川の姿が目に入った。
真っ白いブラウスを着ており、首元では青いリボンが揺れている。
水色のチェック柄のスカートはふわふわと揺れ、茶色のローファーを履いているようだ。
見慣れたそれは、金森たちの通う水晶高校の制服だった。
全体的に可愛らしい雰囲気だが、スカートの丈を校則通り膝に合わせて履いているため、なんだか、やぼったい印象を受ける。
「ごめんね。待たせ、ちゃった?」
清川は小走りになったせいか、息切れを起こしている。
「大丈夫だよ。赤崎なんて、まだ到着もしてないし。よかったら、隣に座って」
ありがとう、と清川は荒い息のまま隣に腰掛けた。
「走らなくてもよかったのに」
「でも、迷惑かけちゃったかなって、思って。ところで、金森さん。服、綺麗だね。なんだか、美人さんって感じ。モデルさんみたい」
清川は赤い頬のまま、少し見惚れて微笑んだ。
「そう言われると、照れるかも。清川さんは、頭につけたカチューシャがとても可愛いね」
校則には引っかかるだろう、パステルピンクの大きなリボンのついたカチューシャは、高校生が付けるには少々幼くもあったが、背の低く可愛らしい清川にはよく似合っていた。
清川は照れたように笑って、空気と化していた守護者が誇らしげに胸を張る。
「藍は、あまり私服を持っていませんから、アクセサリーを身につけてみてはどうかと話してみたのです。可愛いでしょう」
守護者の話しぶりから「親バカ」という単語が浮かんだが、金森はそこには触れずに頷いておいた。
「私、普段、あまり外に出ないから。えっと、変じゃないかな」
モジモジと身じろぎをする清川に、金森は堂々と胸を張った。
「大丈夫よ。わざと、制服でお出かけしようって言ってる子を見たことがあるし、これが私たちの正装なんだから」
キッパリとした金森の言葉に、清川が表情を明るくする。
清川と世間話をしていると、誰かがこちらに向かってくるのが見えた。
遅れているというのに自信満々に歩いてくるその人物は、疑う余地も無く赤崎だ。
「赤崎君、だよね?」
金森は無言で瞳を閉じ、首を振った。
彼も制服で来てくれれば、どれだけ良かっただろうか。
赤崎は黒いシャツにジーンズを履き、靴はブーツを履いていたが、そのシャツやジーンズが一般的なものではなかった。
ノースリーブのシャツには大きなドラゴンが描かれているが、特殊な素材を使っているのか、少し立体的に浮き上がり、何故かビカビカと七色に輝いている。
ジーンズはダメージを負いすぎて瀕死になっており、そのダメージを負って破れた個所からは赤崎の肌ではなく、グルグルに巻かれた包帯が覗いている。
ブーツはいつもおなじみのロングブーツで、決して夏に履くものではない。
また、腕全体にも包帯が巻かれ、黒い穴あきグローブを身につけていた。
本人の異様に整った容姿と、わいせつ物を陳列しているわけでも、人を傷つけているわけでもないのに、警察に逮捕されてしまいそうな洋服が合わさることで妙に悪目立ちしている。
非常に混雑しているはずだが、赤崎の周囲にはほとんど人がいなかった。
正直、こちらに来てほしくない。
「遅くなってすまない」
「遅くなったことはいいから、その服装で来たことを詫びてくれ」
頭痛がして、額を押さえた。
呻く言葉に赤崎は首を傾げる。
「いや、何、分からない風の顔をしてるのよ。どう考えたっておかしいでしょ! どこで買ったのよ! その服!!」
「む、俺の服を馬鹿にしているのか? これは闇に選ばれしナイトの制服だ! 正装だぞ!」
赤崎はドヤッと両腕を腰に当てるが、この制服では冠婚葬祭のいずれにも使用できないだろう。
「全世界の正装に謝れ! ダサいかというか、もはや異常よ」
いっそ恐怖すら覚えて吠えるが、赤崎の方も負けずに吠え返してくる。
「なんだと? 俺が丹精込めて作り上げた制服になんという暴言を!」
「作ったの!? その裁縫技術には脱帽だけど、センスを磨いてくれ。あと、そんな服を売っているショップがなくて安心したわ」
「ブーツとグローブは既製品だ」
「そっちはよく見るからどうでもいいわよ」
突きつけてくるグローブを叩き落としてやると、赤崎が慌てて拾った。
「なんてことをするのだ、全く」
「うるさいわよ。というか、あれだけ周りに避けられてるんだから、気が付きなさいよ、自分のヤバさに」
ギロッと睨むと、赤崎は途端に神妙な顔になった。
「ああ、俺の危険性は、自分がよく理解している。それゆえに、俺は手足に包帯を巻いているのだからな。周囲が逃げるのは正しいさ。しかし、その危険性は、時に衆目を集めてしまう。これもまた、定めだ」
「バカ」
赤崎が自分の設定に浸り始め、大人しくなったところで、ようやく金森は清川が自分の上着を引いていることに気が付いた。
「金森さん、やめよう。みんな見てるよ?」
眉を下げ、困った表情を浮かべているのを見ると、申し訳なさが募る。
「あ、清川さん、ごめんね。ついバカとの争いに必死になってしまって、無益だったわ」
「う、うん……」
清川が何とも言えない表情になった。
「ごめんね、赤崎とは距離をとろうか」
「え? いや、大丈夫だよ。ちょっとビックリしただけだから。似合ってる、でいいのかな」
「いいでしょ。それよりほら、四人集まったんだから、守護者に詳しい話を聞こう。ほら、赤崎、座って」
赤崎の襲来により空いた長いベンチに彼を座らせ、自身らもその隣に座る。
「おい、押すな! いてて……全く乱暴だな、我が相棒は。まあいい。守護者よ、詳しい話を聞かせてくれ」
勝手に金森を相棒に認定しつつ、赤崎は偉そうに足を組んだ。
「はい。と言いましても、はっきり思い出したわけではないのですが。どうにも、このショッピングセンターの中で、日曜日の何時頃かに、藍に、危害を加えかけられたような気がするのです」
「なるほど。清川藍は、ここで何か酷い目に遭った記憶はあるか?」
清川は少し考えたが、すぐに首を横に振った。
「ううん、覚えてない。ここに来るのも、久しぶりだし」
「守護者が生まれるきっかけになった出来事を、多分、清川さんは覚えてないから、そうなると、ここでの出来事が、守護者が生まれるきっかけになったって考えられるのかな?」
金森が回転の遅い脳を動かしながら呟くと、守護者が肯定するように頷いた。
「おそらく、そうではないかと思います。多分、藍が、小さい頃の出来事だったと思いますから。ただ……」
守護者が言いにくそうに言葉を切ると、金森が目線で先を促した。
「ただ、私はココのどの場所で、どんなことが起こったのかを覚えていないのです」
「すみません」と落ち込む守護者の背中を、赤崎がポンと叩く。
「それは、これから思い出せばいいさ。そのために、ここに来たのだから」
「そうですね。すみません、クヨクヨしてしまって」
頑張ります! と立ち上がる守護者の姿は元気そうで、金森は安心した。
大衆の目の前で守護者と清川が筆談するわけにもいかず、清川は三人の話についていけないでいる。
不安そうに金森を見上げると、金森は三人の会話を清川に説明した。
「まずは、マート内を巡ってみようか。小さい子が好みそうなところだと、おもちゃ屋さんとか?」
清川にそう問いかけると、背後で赤崎が、
「そうだな! 行くぞ」
と、張り切って、一階のおもちゃ売り場に向かって歩いて行く。
彼の後ろをついて行くと、適度に人が少なくて快適だった。