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半透明の守護者 硝子と少女  作者: 宙色紅葉


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20/22

全部終わったら、また明日

「ごめんね、家に、パッと食べられるもの、無いかも。いつも、コンビニに買いに行っているから」


「いやいや、全然、催促したわけじゃないから! むしろ、私のお腹が図々しくてごめんね」


 金森は慌てて両手と首をブンブン振るが、腹は再び鳴り、催促を続ける。


 真っ赤になった金森が、腹を押さえてうずくまった。


「ふむ、金森響ではないが、俺も体が空腹を覚えているな」


「実は、私も……」


 赤崎は腕を組み、清川は恥ずかしそうに手を挙げている。


 一連の出来事で全員疲れ、空腹になってしまったようだ。


「何か、買ってから帰りましょうか」


 金森の言葉で、最寄りのコンビニへ行くこととなった。




 四人が家を出る頃にはすっかり辺りが暗くなっていて、街灯が頼りなく周囲を照らしている。


 金森が清川たちと深く関わることになったきっかけが、今、目の前にあるコンビニだ。


 あの日から大して日も経っていないのに、もう随分と昔のことのように感じる。


 一緒にいる三人も古くからの友達のようで、なんだか不思議な感覚がしていた。


 もしかしたら、自分で思うよりも疲れているのかもしれない。


 そんなことを思いながらコンビニに入ろうとしたら、金森はおもいっきり自動ドアに激突してしまった。


 ボタンを押さなければ、開いてくれないタイプのドアだったらしい。


「金森響、無事か?」


「金森さん、やっぱり、結構疲れてる?」


 呆れた赤崎の声と、不安げに金森を見つめる清川の視線が痛かった。


「大丈夫、大丈夫。ちょっとぼーっとしただけだから。ほら、早く入ろう」


 早口でまくし立ててコンビニの中へ入って行くが、金森の額はまだ痛む。


 コンビニには食料品から筆記用具、下着などのちょっとした衣服類など、様々な商品がそれぞれに群れを形成して並んでいる。


 金森はおにぎりやパンが並んでいるコーナーへ、赤崎はカット野菜や卵が並んでいるコーナーへ、そして清川はお弁当のコーナーへとそれぞれ向かった。


 守護者はもちろん清川の側にいる。


「え! 清川さん、それにするの!?」


 清川が両手に持っている弁当は「そろそろsummer!! 絶品おハワイお弁当スペシャルエディション」という名前のもので、真っ青なご飯の上にパラソルのようなものが刺さっている。


 ハンバーグには緑色のソースがかかり、花の形に切り抜かれたピンク色のニンジンが全体を彩っている。


 ハンバーグの周りにはゼラチン質の水色の何かが流し込まれており、お弁当の底にプリントされた魚たちが泳いでいる。


 ハワイを描いた一種の芸術作品にすら思える。


 開発者も、販売を許可した者も、購入者も、皆正気ではない。


 金森は戦慄した。


 しかし、当の清川本人は何も気にした様子がなく、


「うん。綺麗な見た目だよね、どんな味なのかなって」


 と、満面の笑みを浮かべて弁当に期待を寄せている。


「好奇心、猫を殺す……」


「え?」


 金森が恐れ慄いて後退るが、清川は不思議そうに首を傾げている。


「ううん、何でもない。良かったら、今度、味を教えてね」


「よかったら一口あげるよ」


「絶対いらない!!」


 怖いもの見たさで味に興味はあるが、絶対に食べたくはない。


 金森は断固拒否をしたが、清川は何が面白かったのかコロコロと笑っている。


「んで、赤崎は……主婦?」


 赤崎がカゴに入れたのは、カット野菜と豚肉と卵だった。


 きっと、彼が作るのは肉入り野菜炒めだろう。


「ふむ、俺は火の使い手だからな。我が業火に焼かれる生贄を用意したまでの事だ」


 右手で左目を覆い、中二病お決まりのポーズを作ってドヤ顔をするが、持っているものが主婦の買い物かごなので、むしろ間抜けさが引き立つ。


「あんた、料理できたのね」


「まあな、多少なら凝ったものも作れるぞ。何せ俺は闇のナイトで火の使い手なのだから」


 業火云々をあっさり料理に変換して苦笑いを浮かべると、赤崎は更にドヤドヤッと胸を張った。


 三秒で属性や設定が追加されていく「闇に選ばれしナイト」に、金森は「あっそ」と冷たい視線を向けた。


「金森響は何も買わないのか?」


「いや、私は多分、家に帰ったらご飯があるから、何か軽いホットスナックでも食べようと思って」


「なるほど」


 コンビニ内は意外と混んでいてレジに並ぶ人間も多かったが、話をしているうちに、あっという間に自分たちの順番が来た。


 真っ暗な外でコンビニから発される光に照らされながら、少しだけ会話をして、四人はそれぞれ帰宅した。


 金森は家に着いた瞬間に、無意識に張りつめていた緊張が解れて一気に体が重くなった。


 ズルズルと体を引きずって床に横たえれば、あっという間に寝息を立てて寝てしまう。


 目が覚めたのは、翌日の早朝だった。




 昨日までの慌ただしかった日々に比べ、この日はやけにいつも通りだった。


 放課後に赤崎は訪ねてこないし、清川もあまり金森に話しかけてこない。


 まるで二人と友人になる前の日々に戻ったような気がして、金森は違和感を覚えた。


『二人とも、どうしたんだろう』


 不審に思いながら清川の方を見ると、守護者がチラチラとこちらの様子をうかがっていることに気が付いた。


『何か、用でもあるのかな?』


 金森は、自分とは全く違うタイプのオドオドとした優しい清川のことを、友人として気に入っている。


 そのため、清川の様子がおかしいのはずっと気になっていたし、困っているなら助けてやりたいとも思っていた。


 金森が自然な足取りで清川に近づくと、守護者が、


「ほら、大丈夫ですから、頼んでみたらいいじゃないですか」


 と、モフモフと触角で背中を押す。


 しかし、清川が守護者の姿を見られるのは幻想世界限定のようで、守護者の声は清川に届かない。


 また、ポルターガイスト騒ぎになることを恐れてか、他のクラスメートがいる教室では、守護者はペンを動かせないようだ。


「えーっと、清川さん、何か用があったりする?」


 声をかけると、勢いよく清川の肩が跳ねあがる。


 そして、追い込まれ、怯えた小動物のようにソロソロと顔を上げて金森を見つめた。


「あ、その、えっと」


 清川は会ったばかりの頃のように、モジモジと手を動かしている。


 目は泳ぎ、明らかに不審だ。


 どうしたものかな、と守護者の方へ視線を向けると、バチリと目があった気がした。


「おにぎりの作り方を、教えてほしいのだそうですよ」


「おにぎり?」


 金森の言葉を聞いて清川は一瞬目を丸くしたが、すぐに守護者が自身の代弁をしたのだと気が付いたようだ。


 恥ずかしそうに俯いた。


「うん、私、おにぎりの作り方を、教えてもらいたくて。えへへ、高校生にもなって、おにぎりも作れない、なんて、やっぱり、おかしいよね」


「ん~? いや、別にそうは思わないけど、急にどうしたの?」


 本当は、おにぎりなんて教える程の料理ではない、と金森は思う。


 しかし、自信なさげに自虐をする清川の手前、そこは黙っておくことにした。


「私、お母さんに、何か作ってあげたくて。でも、料理、ほとんどしたことないから」


「そっか、おにぎりなら簡単だもんね。いいよ。そのくらい教えたげる。今日、ちょっとぎこちなかったのは、お願いするタイミングがつかめなかったから?」


 俯く清川に庇護欲を感じ、金森は元気づけるようにニコッと笑った。


 金森に挙動不審であったことがバレ、清川は恥ずかしそうに両手で顔を覆った。


「う、バレてたんだ。そうなの、おにぎりも作れないなんて、って、馬鹿にされるのが怖くて」


「馬鹿になんかしないって」


 金森がグッと親指を立てて笑うと、気まずそうだった清川がつられて笑った。




 放課後に清川の家へやってきたが、もう彼女は自宅に怯えてなどいなかった。


 堂々と鍵を開け、大切な我が家に金森を招き入れる。


「おにぎりの材料は、買ってあるの」


 清川が、冷蔵庫を開けて中を見せる。


 そこには海苔や梅干し、ツナ缶、昆布などが入っていた。


 チョイスは若干渋めだ。


「お米も炊いてあるの。実は、ネットで調べて、炊いたんだ」


 自信ありげに開けられた炊飯器には、艶々のふっくらとしたお米が湯気を立てて入っている。


「準備万端だね」


「うん」


 金森が親指を立ててウィンクをすると清川も真似をしたが、不器用なのか両目ともつむってしまっていた。


「ふふ、藍、可愛いね。さて、まずは手を濡らして、塩を付けます。で、ご飯を適量とって、手にのせます。で、こう、具を入れて……握ります」


 金森が手本としておにぎりを一つ握りながら説明すると、清川は興味深げに手元を覗いた。


 その瞳はキラキラと輝いており、少し子供っぽいのが可愛らしかった。


 何故か守護者の方からも、尊敬の念がこもった熱い視線を感じる。


 金森は慣れた手つきでおにぎりを一つ完成させ、海苔を巻いてお皿の上に乗せた。


「とりあえず、真似してみて」


「うん……あっつい!!」


 金森の真似をして手にご飯をのせた清川は、そう叫び声をあげて飛び上がった。


「あらら、確かに慣れない内はちょっと熱いかも。とりあえず、一回ご飯をお茶碗に入れて、少し冷ましてから挑戦してみよっか」


「うん」


 その後も、おにぎりからガッツリ具をはみ出させたり、歪な形にしてしまって落ち込む清川を励ましつつ、金森は適度にアドバイスを与えて、二人でおにぎりを作り続けた。


 そうして清川が作り上げたおにぎりは、金森のきれいな三角形のおにぎりと比べて丸っこく、おまけに一回りほど小さかった。


 まるで大人と子供だ。


「私のおにぎり、小さい。子供みたい」


 清川はお皿に並べられたお手本みたいなおにぎりの列と、幼稚園児が握ったかのような歪なおにぎりの列を見比べて、寂しそうに目を伏せた。


 しかし、金森は落ち込む清川を豪快に笑い飛ばした。


「可愛くていいじゃない。手づくりって感じがしてさ、温かいよ。それに、大きさに関しては清川さんの方が手が小さいから、仕方ないよ」


「そうかな、ありがとう。でも、思ったより、たくさんできちゃった。お母さんと私じゃ、食べきれないかも。金森さん、一緒に試食しない?」


「食べる!」


 作りながらお腹を空かせていた金森が、勢いよく返事をした。


 二人で作ったおにぎりはとても美味しく、少し食べ過ぎた金森はフローリングの上で横になっていた。


「昨日と、今日、お母さんの事とか、当時の事とか、ちょっと考えてみたんだ」


 清川がポツリと言った。


「お母さんは、多分私の事、愛していなかったわけじゃないの。多分、あの事件があった次の日、お母さんはお母さんなりに頑張って、少し早く、家に、帰ってきてくれてたんだと、思うの」


 幻想世界で見た瑠璃は確かにマボロシだったが、それでも、当時、日付が変わってからしか帰って来ることが出来なかった瑠璃が、何とかして十時に帰宅したことなど、いくつか真実が紛れていた。


 あの懺悔の言葉も、眠っている清川にかけた瑠璃の本物の言葉だったのかもしれない。


 金森は姿勢を整えて清川の方を見つめた。


「部屋にもね、鍵を付けてくれた。壊れた窓は、すぐに新しくなって、防犯性の高いものになった。そもそも、お母さんが忙しいのは、私のためなの。全部、全部分かってるの」


 清川はギュッと両手を握った。


「暗くなる前に抱きしめてほしかった。大丈夫って、ずっと一緒だって、言ってほしかった。我儘だったのは、分かってるの。でも、怖くて、寂しくて、悲しくて、愛されてないんだって」


 絞り出すような声。


 今にも泣きだしてしまいそうだ。


 けれど、清川は決して泣かなかった。


 金森は、そんな清川を見て、言うべきか迷った言葉を言った。


「わかるよ」


 軽々しく言うべきではないと思った。


 清川ほどの寂しさを経験したことのない金森が口にしてしまえば、途端に言葉は価値を失い、かえって清川を傷つける可能性すらあったからだ。


 しかし、あえて金森は「わかる」と口にした。


 驚いた清川が、金森の顔を見上げた。


「わかるよ、あっちに行ったとき、私はほんの少しの間だけ、清川さんの感情を共有したから。ほんの一瞬、あいちゃん、になったから。だから、わかるよ。本当に藍ちゃんが寂しかったのも、全部」


「金森さん……」


「我儘じゃないよ。恥ずかしい事でもない。本当だよ」


 優しい表情の金森に、清川は思いっきり抱き着いた。


 そして、今度こそ声をあげて泣いた。


 それは、あいちゃんの泣き声にも似ていて、きっと、あの頃の分まで泣いているのだと、金森は感じた。


 夕方、家に帰る金森を見送りに、玄関の外まで清川が出ていた。


「何回も泣いちゃって、ごめんね。ありがとう」


「いいよ。こちらこそ、楽しかった。おにぎり、ごちそうさま」


「うん。私、今日、ちょっとお母さんと、話をしてみるよ。何の話をするのか、まだ、分からないけど。おにぎりと金森さんが、勇気をくれたから」


 清川ははにかみながら言った。


「そっか、いいと思う。じゃあ、また明日ね……藍ちゃん」


「うん! またね、響ちゃん!!」


 清川は金森が見えなくなるまで金森に手を振った。


 金森は時々、清川の方を振り返った。


 明日から、新しい日常がやってくる気配がした。

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