こわいこと
金森も風呂を済ませ、散々三人でおしゃべりをした後、二人は二つ並べた布団の上でそれぞれ横になっていた。
守護者はしばらく二人の周りをウロウロしてから、金森が持って来た毛布にくるまり、清川の隣に座り込んだ。
「こんなに夜更かしをしたの、初めて」
「え? もうそんな時間? って、まだ十一時じゃない」
スマートフォンで時間を確認して、金森はほっと溜息を吐いた。
「うん。でも、大晦日以外で、十一時より後に布団に入るなんてこと、あんまり、なかったから」
「藍は健康ですからね」
守護者は、やはりどこか自慢げだ。
「まあ、確かに、健康は質の良い睡眠からだもんね。明日も学校だし、もう寝ましょうか」
金森が部屋の電気を切ろうとすると、清川がその腕を掴んだ。
「ごめんね、今日は電気を点けたまま、寝ちゃダメかな?」
「別にいいけれど」
金森はガサツで、電気を点けたままでも眠ることができるタイプの人間なので、あっさりと了承した。
目を瞑って少しすると、そっと口を開く。
「ねえ、清川さん。清川さんがどうして家に帰りたくないのか、あの時どんな夢を見たのか、聞いてもいい?」
清川の呼吸が一瞬止まり、彼女が緊張し始めたのが瞳を閉じていてもよく分かった。
守護者もソワソワと揺れ出し、不安が布の擦れる音として届いた。
「清川さんのトラウマを刺激するってことは、分かってる。私だって、清川さんの心を傷つけるようなこと、言いたくないよ。でも、いつまでもここにいるわけにはいかないと、思う」
冷や汗をかく清川の手は、握ると氷のように冷たかった。
金森の心がズキンと痛む。
ちらりと見ると、毛布の端が清川の手を包み込んで震えていた。
「守護者、さん」
やっと出た言葉は弱弱しく震えており、縋るようだった。
その時、金森は、清川が最も信用していて縋りたいのは守護者なのだろう、と直感した。
そして、これが希望のようにも思えた。
「私だけじゃない。守護者もついてるから」
「……うん」
清川は小さく頷く。
金森が起き上がって話を聞こうとすると、
「このままで、話を聞いて」
と頼み、ギュッと温かな手を握った。
「本当は、そんなに怖い話じゃないの。よくある、子供みたいな夢で、ば、馬鹿にされても、笑われてもしょうがないって、思うの」
清川はそう前置きをして、夢の内容を語り出した。
声は震え、話があちらへこちらへと行き来していたが、まとめると次のようになる。
夢の中の清川は小学校低学年くらいの小さな女の子で、庭にある大きな窓から何か黒いモノが自宅入ってくる。
怯えて逃げ回るがソレは清川を追いかけまわし、ついには棚のある部屋の隅へ追い詰められてしまう。
ソレは無情にも清川に手を伸ばし、彼女は酷く怯えて目を瞑った。
しかし、いつまで経っても衝撃は襲ってこない。
恐る恐ると目を開けると、そこには倒れて闇を流すソレと、粉々に砕け散ったガラスの人形があった。
それは大切にしていた人形で、幼い清川は泣き続けた。
本来は抽象的なはずの夢が随分と具体的なことに驚いていると、むしろ話すことで落ち着いたらしい清川が、ほんの少し震えのおさまった声で言葉を紡いだ。
「昔、本当にあったことなんだと、思う。だから、こんなに具体的で、こんなに恐ろしいんだ。今日も、暗くなったら、あの恐ろしい夢が実体をもって襲うようで、だから電気を消せないの。だから、家にも帰りたくないの。でもね、本当に怖いのは……」
清川がギュウッと両手を握る。
少し痛かったが、金森は一切、態度には出さずに彼女の手を握り返した。
「本当に怖いのは、多分その後なの。心が、寂しくなるの。夢の内容も、怖くて、出来れば思い出したくない。でも、何故か、その先を思い出そうとすると、胸の穴に風が吹くみたいで……」
泣き出しそうで淀みがちな言葉は、それでも完全に止まることは無い。
「私は、家に帰ることで、夢の真実を知るのが怖いの。その後を知るのは、もっと怖い。でも、金森さんが一緒にいてくれるなら、守護者さんが、近くで守ってくれるなら、頑張れると思う。だから、明日、一緒に来てくれる?」
弱いが決意を感じ取れる声に金森が頷く前に、守護者の毛布が抱き着くように清川に巻き付いた。
「わあっ、な、なに? 苦しいよ」
清川の声は、困りながらも弾んでいる。
金森が驚いて二人の方を見ると、守護者が触角を使って布団を操り、清川を包み込んでいるのが見えた。
きっと触れられないから、抱き着く代わりに清川を毛布で包んでいるのだろう、と理解したが、その勢いが強くてホラー映画のようになっている。
何はともあれ、危険な状況になっているというわけではないようなので、金森は二人を放置して再び布団の上に寝転がった。
「絶対に守ってみせますから! 大丈夫ですからね!!」
守護者はそう言いながら、清川の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「金森さん、私、藍を守りきって見せます!!!」
堂々と言い放つ。
きっと、清川に守ってほしいと言われて嬉しかったのだろう。
先程まで自信を無くしていたのに、ずいぶんと単純だな、と金森は内心呆れていた。
「さっきまであんなにクヨクヨしてたのに。まあ、自信ないよりいいけどさ」
金森は乾いた笑い声をあげる。
すると、清川も嬉しそうに笑いだした。
彼女の手は、とても温かかった。