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半透明の守護者 硝子と少女  作者: 宙色紅葉
14/22

頭突き

清川が風呂に入って自己嫌悪に陥っている頃、金森は自室でスナック菓子を齧りながらのんきにスマートフォンを弄っていた。

「MOTINですか?」

 戸締りを終えた守護者が、スマートフォンを覗き込む。

「うん、赤崎に。清川さんのこと、心配してたみたいだから、一応、報告。それに、明日は平日でしょ? 清川さん、制服着て来たから服は大丈夫だろうけど、肝心の教科書を何一つ持っていないでしょ。赤崎とはクラスが違うし、使ってない間、借りれないかなって」

「なるほど、すっかり忘れていました。確かに明日は学校ですね。今の藍には、朝の内に自宅に帰って荷物をとってくることなど、出来そうもありませんし」

 学校のことなど守護者の頭からはすっかり抜け落ちていたため、金森に感心して頷いた。

「それなんだけれどさ、清川さんが体調崩したり、帰りたくないって言ってる原因、守護者には分からない?」

 守護者はよく考えてから、そっと首を横に振った。

「具体的には、何も。しかし、藍の体調が崩れてから時間が経つに従って、確信していることがあります」

「それって……」

 金森は、バスで守護者が呟いていた事柄を思い出す。

あの時、守護者は、以前に喫茶みどりねこにあった人形と同じ様な物が清川家にあったが、壊れてしまった事や、その人形を清川が大切にしていたことを話していた。

そして、自身の誕生のきっかけが、清川誘拐未遂事件以外である可能性についても、話していた。

嫌な予感がしながらも、守護者の言葉を待った。

「バスの中で藍を怯えさせた夢は、私が生まれるきっかけになった事柄と深く関わりがあります。今、藍を怯えさせ、戻りつつあるその記憶は、藍の……トラウマです」

 重々しく開かれる口から紡がれる言葉には迷いがなかった。

きっと、守護者に根拠なんてものは無い。

以前、根拠なく自身は清川から生まれたのだと断言した時と、同じなのだろう。

清川との間にある見えない絆がそうさせるのか、守護者は、感覚でこれらのことを理解していた。

 自身の誕生のきっかけを探ることで、清川が過去のトラウマを思い出す。

守護者が最も恐れていたことだ。

 俯いたまま、一言も言葉を発さない守護者は、深く絶望しているように見えた。

 物音一つ立てることすら憚られる重苦しい雰囲気の中、それでも金森は口を開いた。

「守護者が言った事、信じるよ。守護者が、絶対に嫌だと思っていたことが起きつつあることも、分かった。でも、落ち込んでいても何も変わらないと思う。清川さんを守るんでしょう? 何か考えなくちゃ」

 金森が励ますように言って、守護者の肩のような部分に手を置いた。

少しして、守護者の触角が金森の白い手を握って、そっと下す。

「自信が無いんです」

 小さく、頼りなげに首を振った。

「自信って、なんの?」

「藍を守る自信です」

 お前は「守護者」として清川を守ってきたんだろうが。

そんな思いがよぎり、「はあ?」と声が出そうになったが、何とか飲み込んだ。

そんな金森の様子に気が付かないのか、守護者は言葉を重ねる。

「藍は、幼い頃から今日まで、孤独でした。父親を早くに亡くし、以来、母親が、瑠璃さんが一人で藍を育てるようになりました。瑠璃さんは仕事が忙しいのか、夜遅く、藍が眠った頃に帰ってくるのです。藍はこれまで、テレビ以外の物音がしない家の中で、快とも不快ともつかぬ顔をして暮らしていました」

 夕食時に、金森は清川から家庭の事情について聞いていたが、改めて第三者から話を聞くと胸が締め付けられた。

いつも控えめだが、ニコリとした笑顔が可愛い清川。

彼女が孤独の中で、一人きりで過ごす姿が鮮明に頭の中に映し出された。

「藍は、学校に行っても独りでした。引っ込み思案で、誰かと友達になる方法を知らなかったのです。藍は、いつも孤独でした」

「それは、少し分かるかも」

 学校での清川の様子を思い出す。

可愛らしいが静かで、どことなく人を寄せ付けない雰囲気を纏った清川は、周囲に嫌われているわけではないはずなのに、何故か遠巻きにされていた。

赤崎以外の他者と行動をする姿が、今一つ想像できなかった。

「しかし、そんな藍にも転機が訪れました。金森さんや赤崎さんという友達を得て、藍は少しだけ、孤独から解放されました。家の中でニコニコ笑う藍を、久しぶりに見ることができたのです」

 守護者は嬉しそうに、けれど寂しそうに言った。

「私はこれまで、藍を守ってきました。小さな怪我から大きな怪我まで、時には命の危険からだって、守ってみせました。藍を守ることについては、自信があったのです。しかし、それは、あくまでも藍の体への危機に対することのみです。私は、藍の心を守ることについて、何一つ自信がないのです」

 喫茶店での出来事が守護者の心によぎって、俯いた。

「これまで救えなかった藍の心を、孤独を救ったのは、貴方たちです。これまで、私が側にいて、身も心も費やして藍を救っても、藍は笑ってくれませんでした。辛い思いをする藍の頭を撫でることも、飴玉をあげることすらもできません。今だって、金森さんが藍を泊めてくれなかったら、藍は恐ろしい記憶を抱えながら、トラウマの眠る家に帰らなければならなかったのです」

 守護者の触角は、まるで握りこぶしでも作るかのように先端が丸められ、それが両ひざの上にポンと乗っかっていた。

「私では、藍を守れない」

 それっきり、守護者は黙って下を向いてしまった。

 落ち込む守護者を見ていた金森は、とにかくイライラしていた。

 金森は元々短気な性格で、思慮深い方でもない。

高校は制服の可愛さのみで選び、その結果、予想外に勉学に力を入れている水晶高校での生活に戸惑っている。

幼い頃はその性格が災いして、頻繁に同級生とケンカをしていた。

おかげで数えきれないほど先生や親に怒られてきた。

しかし、つい先日、守護者を怒らせ、清川を困惑させて以来、思慮深く行動できるようにしよう、と金森はひっそり努力していた。

その努力が、我慢が、限界を迎えつつあった。

 冷静な金森は語る。

守護者の不安も分からないではない。

傷ついているようだし落ち込んでいるようだから、今はそっとしておいてやろう。

けれど清川がこのまま家に帰ることができないのは困るし、落ち込んでいても解決はできないのだから、何とか励まして、一緒に頑張ろうと声をかけてみよう、と。

だが、そんな冷静な声を聞き続けることはできなかった。

金森は一度長い呼吸をすると、そっと守護者の触角を掴んだ。

そして、思いっきり守護者に頭突きをした。

「痛い!!」

 守護者は思わず飛び上がって、金森を非難するような眼で見る。

 しかし、金森は

「この弱虫!!」

 と、ギッと睨み、フンッと吐き捨てた。

守護者は痛がっているが、金森は頭に軽い静電気が走ったような感覚がしただけで、大して痛くもない。

「さっきから聞いていれば、全く……守れる自信がない? 今更そんなことを言って、どうするの! どうにもならないでしょ!!」

 金森の気迫のある声に圧倒されて、守護者の体が後方に傾く。

「大体、記憶を追えば清川さんがトラウマに苛まれる可能性があることも、分かっていたことでしょう! そのうえで記憶を探るって、それでも守って見せるんだって、そう覚悟したんじゃないの? 少なくとも私は、覚悟してたわよ! 今の状況の責任の一端は、私にもあるんだからね!! それをあなたはウジウジと」

「金森さん……」

 なおも守護者は何かを言い募ろうとする。

 しかし、金森はそれを遮って守護者の顔面を指差した。

「守れるか守れないかじゃないの! 守るの!! 絶対に!!」

 怒鳴るように言うと、守護者はピシリと背筋を伸ばす。

「返事は?」

「は、はい!」

 勢いに押されつつも、守護者は凛とした綺麗な返事をし、金森が偉そうに腕を組んで頷く。

「よろしい。この件が終わるまで、弱音禁止ね」

「はい」

 言いたいことを思いっきり言ってやった金森は、清々しい気分だった。

 不意に、コンコン、と金森の部屋の扉を叩く音がする。

清川が帰ってきたのだ。

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