うちに来る?
ガタゴト揺れて進むバスには、乗客が少ない。
その少ない乗客たちも疲れた顔をしてノロノロとバスに乗り、ノソノソと降りていく。
清川は金森の肩を借りてスースーと寝息を立てて眠っており、それを守護者が寂しそうに、心配そうに見つめていた。
「あの人形、見覚えがあるかもしれません」
守護者が小さな声で言った。
「おそらく、家にあったのだと思います。原因は分かりませんが、多分、壊れて捨ててしまったのではないかと。藍は、その人形を、大切にしていました」
ポツリ、ポツリと呟かれる言葉は、まるで独り言のようだ。
「多分、まだ、何かがあったのですね。私が生まれるきっかけとなった、本当のきっかけが。情けないことに、私はまだ何も思い出せてはいないのです。何も、何も……」
言葉は窓の外に広がる闇に溶けていくようで、金森と赤崎は、何とも言えない様子でその告白を聞いていた。
それきり誰も、何も話さず、バスの中は静かだった。
やがて、赤崎の家の近くのバス停で止まる。
「じゃあ、また明日」
「ああ、またな。もしも何かあったら連絡してくれ」
降車した赤崎は、バスが見えなくなるまで金森達の方を見つめていた。
暗闇の中で、服のドラゴンがやけにキラキラと輝いており、それがどんどん小さくなる。
『赤崎、アンタ、職質されないように気をつけなさいね』
おかしな光景に苦笑して、心の中でエールを送る。
金森も自宅近くのバス停に近づくと、眠っていた清川を起こした。
清川は寝惚けながらも、かろうじて起きたらしく「んん?」と呻き声ともつかないような声を上げた。
「清川さん、起きて。私、次のバス停で降りなくちゃ。清川さん、一人でおうちに帰れる?」
清川はバッと顔を上げ、泣きそうな顔で金森に抱き着いた。
「え? 清川さん?」
「……くない」
金森の胸元で清川がボソボソと話すが、聞き取ることができない。
聞き返そうとすると、
「帰りたくない」
と、今度は顔を上げ、明瞭な声で言った。
金森は驚きつつも詳しく話を聞こうとするが、無情にもバスはどんどんと金森の家に近づいていく。
焦る気持ちを深呼吸で抑えた。
「清川さん、どうしたの?」
「夢を、見たの。少し前から、たまに見てた、怖い夢。いつもは、忘れちゃうんだけど、今日は、忘れなかった」
清川の瞳は揺れ、口の端が震えている。
「何かが、何かが家に来るの。それで、私のお友達が、壊れちゃった。どうしよう、どうしよう。わたし、わたし……」
バスの外に広がる闇から目を背け、必死で金森に縋りついてくる。
『どうしよう、このまま放置はできないけど、そろそろ家に着いちゃう』
人知れず背中に汗を流していると、トントンと柔らかく肩を叩かれた。
守護者が丁寧に一度、頭を下げる。
目は無いはずなのに、真摯な瞳に射抜かれた気がした。
『仕方がないな』
ふぅーっと息を吐いて緊張を落ち着かせると、清川に声を掛けた。
「もしも清川さんが良ければさ、今日はうちに泊まって行かない?」
清川は少し驚いた顔をしてから、おずおずと頷いた。