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半透明の守護者 硝子と少女  作者: 宙色紅葉
11/22

喫茶みどりねこ

オレンジに照らされた町並みは、どこか懐かしくて物悲しい。

色が変わっただけで、どこか別の世界に来てしまったかのような錯覚を覚える。

細い小道に入って、入り組んだ道を歩いていると何故か心細くて不安になるが、金森の言った通り、たいして時間もかからず喫茶店へ辿り着くことができた。

 その店は一見すると小さな一軒家のようだが、門には看板が、玄関のドアにはプレートが掛けられているため、ここが喫茶店なのだと分かる。

普通に歩いていては存在に気が付けないだろうが、その存在を知って通れば、必ず喫茶店が目に飛び込んでくるだろう。

そんな不思議な魔力を持っていた。

「喫茶みどりねこ。ここが、金森さんの好きな喫茶店?」

 猫のシルエットとコーヒーの葉や実が描かれた可愛らしいプレートを見て、清川が首を傾げる。

金森はニコッと笑って頷いた。

「可愛い、名前だね。それに可愛いお店。でも、おうちみたい」

「うん。ここは一部が喫茶店で、残りが姉ちゃんの家だからね」

 金森が、ガチャリと音を立ててドアを開けると、リーン、という鈴の鳴る音とともにコーヒーの良い香りが漂ってきた。

赤崎が、「おお……」と感嘆の声をもらす。

 建物はログハウスを思わせる作りになっており、家具も木製のものが多い。

そのおかげで、辺りに木の良い匂いが漂っている。

また、テーブルやレジの置いてあるカウンター、棚など、様々なところに小さな人形などが置いてある。

ガラス細工もいくつか飾られていた。

物に溢れ、ゴミゴミしている、というわけではないが、程よく置かれたそれらが喫茶店の雰囲気を、温かく親しみのあるものにしていた。

店内はさほど広いわけではなかったが、席が少ない代わりに通路が広くとられていて、開放感がある。

「姉ちゃーん、こんばんはー、来たよ~」

「あら、響ちゃん、こんばんは~」

 車椅子の女性がカウンターの奥から顔を覗かせた。

少し癖のある茶髪を緩く一つにまとめて、肩に流している。

おっとりと垂れ目で、ニコニコと笑う優しげな女性が、器用に車椅子で四人の前に現れた。

女性は白いシャツの上に黄緑のカーディガンを纏い、そのさらに上に深緑のエプロンを身につけている。

白いロングスカートの上には、編みかけの毛糸の人形と編み棒が乗せられていた。

「ふふ、ちょっとだけ、久しぶりねぇ。あら? 後ろの子達は?」

「あ~、友達の清川藍さんと、一応、友達の赤崎怜……君、みたいな?」

 苦々しい表情で言うと、友達と言われた清川はニコニコと嬉しそうに挨拶をし、「一応」友達と言われた赤崎は、心外そうに文句を垂れた。

「一応とは何だ! 一応とは!! 俺と金森響は仲間だろう!! 闇のナイトだろう! 相棒だろう!」

 少し前から、定期的に赤崎は金森を相棒扱いしている。

 あえて突っ込むまいと無視をしていたのだが、とうとう、

「うるさい、私はJKだわ! そして、アンタとは仲間でも、相棒でもないから!」

 と吠えると、相変わらず不満そうな赤崎を無視して、女性にゴメン! と両手を合わせる。

「ごめんね、姉ちゃん。連れてくる人選、ちょっとミスったわ。なんか、うるさいかも」

「いいのよ~。今はお客さんもいないし、お客さんの中にだって、たくさんおしゃべりする人もいるんだから。それに私、賑やかが好きだわ」

 女性は、おっとりと微笑んでいる。

「あ、あの、私は清川藍です。金森さんと赤崎君の、お、お友達です。よろしくお願いします」

 モジモジとしていて、両頬が真っ赤だ。

その隣で守護者もペコリとお辞儀をし、女性には聞こえないだろうに、丁寧に、

「私は守護者と呼ばれる者です。清川藍の守護をしています。よろしくお願いします」

 と挨拶をしていた。

守護者の挨拶が終わるのを待ってから、赤崎も挨拶をする。

「俺は赤崎怜です。金森響と清川藍は俺の仲間ですね。よろしくお願いします」

 発言内容に引っ掛かりはあるものの、軽く頭を下げた。

 格好は相変わらず不審者そのものだが、態度は爽やかでしっかりとしている。

その姿に、金森は驚きで目を丸くした。

 随分と失礼な話だが、数秒前の好青年風の赤崎と、いつもの偉そうで堂々とした赤崎が結びつかなかった。

「え!? 赤崎、敬語使えたの!?」

 大袈裟に驚く金森に、赤崎がムッと口を尖らせた。

「当たり前だろう。ナイトは礼節をわきまえるぞ。大体、敬語も使えないで、どうやって高校の面接をしたと思っているのだ」

 水晶高校は決して低くはない偏差値の進学校であるため、多少頭が良くとも、敬語も使えない不遜な生徒は入学させないだろう。

「確かに。え? じゃあ、先生にも敬語?」

「何を当たり前のことを。俺は、大人には敬語だぞ」

 赤崎はドヤッと胸を張るが、金森は信じられない、といった様子で彼を見つめている。

「ふふ、藍ちゃんに怜君ね。私は森川望です。よろしくね。さあ、立ち話もなんだから、どうぞ座って」

 森川が席に座るよう勧めた。

金森たちがカウンターに一番近い四人掛けのテーブル席に座ると、森川はカウンターの奥にある調理場へ行って、お湯を沸かし始めた。

席によっては、料理をしている姿やコーヒーを淹れている姿が見える造りになっている。

「メニューは、これ。注文する時はカウンターに行って、お姉ちゃんに直接注文するの。で、出来たらカウンターに品物を置いて鈴を鳴らしてくれるから、それを私たちが取りに行くの」

 金森が自慢げに店のシステムを説明した。

「なるほどな。ふむ、色々あるが、ここはコーヒーが売りの店なのか」

「私、あんまりコーヒー飲んだことないなぁ」

 テーブルの真ん中に置かれているメニュー表を、二人は興味深げに眺めている。

「アメリカンコ―ヒーとかは、飲みやすいかもよ。私も、いつもそれだし」

「じゃあ、それにしようかな」

「俺もそれにしよう。それでは、注文に行ってくる」

 赤崎がスッと立ち上がってカウンターの方へ歩いて行く。

カウンターに着くと、赤崎は、パチンと格好良く指を鳴らした。

「我、赤崎怜の名において召喚する! 闇に包まれし異国の自由香るドリンク!! アメリカンコーヒー!!! トリプル!!!」

「……は~い、アメリカンコーヒー三つでいいかしら~」

 森川の声が震えている。

きっと笑っているのだろう。

「ああ、それで問題ない」

 赤崎が自信満々で帰ってくると、金森はテーブルに突っ伏し、清川は目を白黒させていた。

「恥ずかしい……」

 金森は耳まで赤くして、机に額を押し付けた。

「何が恥ずかしいのだ? 見事注文できただろう?」

「なんであんな注文したの!」

 金森がポコポコと怒ると、赤崎は不思議そうに首を傾げる。

「ん? こういったカフェでは、注文時に呪文を唱えるのではないのか?」

「モチーバックスの事? 違うわ!! モチバだって、注文が呪文みたいに長いだけで呪文を唱えるわけじゃないし」

 インターネットで、偏った知識を拾ってしまったのかもしれない。

「ん? そうなのか? だが、通じたぞ」

「お姉ちゃんが柔軟に対応してくれただけでしょ。普通、聞き返されるわよ」

 加えて、最後、駄目押しのように出されたアメリカンコーヒー、という言葉が無ければ、決して伝わることは無かっただろう。

「赤崎君、普段もああいう感じで注文するの?」

 清川が純粋な瞳で聞いた。

「いや、呪文縛りが無ければしないが?」

「ここにだってねえわ」

 思わず口が悪くなってしまう。

すると森川がクスクスと笑いながら、カウンターのベルを鳴らした。

「赤崎はここに居て!」と言い残して金森がコーヒーを取りに行くと、お盆の上にコーヒーカップが三つと冷えたミルクの入ったコップが一つ置いてあった。

それを慣れた手つきで運ぶ。

「仲良しね」

 森川が笑うと、金森は顔を赤くした。

「ほんと、恥ずかしい」

「いいじゃない。私は、響ちゃんがお友達を連れてきてくれて、嬉しいわ」

 笑って、調理場の方へ去って行った。

 金森はそれぞれの前にコーヒーカップを置き、自分の席にはコーヒーカップとミルクを置いた。

森川が持って来たクッキーを食べながらコーヒーを啜っていると、不意に赤崎がカウンターにあるガラス細工を指差した。

「あれ、守護者に似ているな」

「え? どれの事?」

 そんな化け物じみた置物あったか? と、金森が不思議に思いながらカウンターに行ってみると、そこには、ガラスで作られた美しい人形があった。

長身の人物が瞳を閉じて立っている人形であり、その髪は足下に及ぶほど長い。

袖の長い、ゆったりとしたローブを着ているが、裾は足元で広がっているため、一見、ワンピースやドレスを身に着けているように感じる。

その顔立ちや体形から性別を知ることはできないが、穏やかで優しそうだ。

「え? これが? 全然、似てなくない?」

 金森は目を見開いて、人形と守護者本人を見比べる。

守護者は、背の高い赤崎よりもさらに大きく、全体的に丸っこい卵のようなフォルムをしている。

また、額の辺りからは一本角が生え、腕の代わりに触手を二本、生やしている。

輪郭がチラチラと揺れ、半透明でガラスの塊のように映る姿は、確かに手元の人形と似ているかもしれないが、それ以外、ほとんど共通点が無い。

少なくとも、似てはいなかった。

金森はいぶかしげな顔で、手元の人形を凝視する。

「何を言っているのだ。似ているだろう」

「え? その人形守護者さんに似ているの? 見たい、見たい!」

 はしゃぐ清川に「いや、あんまり似てないよ」と、その人形を手渡すと、清川は宝物をもらうように受け取って、あらゆる角度から眺めまわした。

「こら、ローブを覗いてはいけませんよ。そんなに見つめるものではありません」

 守護者は照れて文句を言うが、当然、清川には聞こえていない。

今も、キラキラとした瞳で人形を見つめている。

「この人形のどこが似ているのよ。どこも似てないじゃない」

「そうか? 結構似ていると思うが。まあ、角の有無など、細かいところは違っていると思うが。だが、雰囲気はそっくりだぞ?」

 赤崎も守護者と人形を見比べて言った。

「雰囲気? 似てないわよ。大体、触手だって無いじゃない」

 人形を指差す金森の声は驚きで大きくなっているが、赤崎の方も彼女の発言に驚いたようで、呆れたように眉をひそめている。

「触手!? 何を言っているのだ、金森響は。そんなものは無いぞ」

「私に触手はありませんよ。触角はありますが」

 触角と言われれば、暗闇の中をゴソゴソと隠密活動する黒い虫に二本生えた、立派なソレが真っ先に思い浮かぶ。

「触角!? 虫系なの!?」

 驚きで守護者の触手、改め触角を引っ張ると、守護者が「イテテ」と悲鳴を上げた。

「虫の触覚じゃなくて髪の方だ。虫なわけがあるか」

「髪? 髪!? ホントだ! 触り心地が、サラサラ髪染めサンプルと一緒じゃない!」

 今度は触角をシャラシャラと弄ぶ。

言われてみれば、髪のような気もする。

金森の中でまた一歩、守護者が化け物に近づいた。

 三人が騒いでいると、ゴッと鈍い音が清川の方から聞こえた。

音の鳴った方を見れば、清川が頭を押さえて机に顔を伏せている。

額には汗をかき、顔色が真っ青だ。

「藍!」

 守護者が叫んで清川に駆け寄る。

「大丈夫ですか、どうしましたか?」

懸命に声をかけるが、守護者の言葉は清川には届かない。

背中をさすってやっても、清川は気が付くことができない。

想像以上に苦しく、痛ましい光景だった。

どんなに守護者が清川に尽くして行動しても、彼女はその存在を自力で知ることはできないのだから。

 苦しんでいた時間はそう長くも無く、金森が水を持って来る頃には大分良くなっていた。

「大丈夫? 具合悪い?」

 金森がそっと声をかけると、清川は頷いた。

「ごめんね、コレを見てたら、なんだか、急に頭が痛くなって。あっ、あの人形、大丈夫だった? 割れてない?」

 人形の無事を問う清川は青ざめていて、何故か、酷く狼狽している。

「ああ、無事だ。ほら」

 赤崎は手元のガラス人形を見せた。

どうやら清川がテーブルに人形を落とした際に転がり、床に落下しそうになっていたのを慌てて受け止めたらしい。

人形の無事を確認した清川が、ホッと息を吐く。

「ああ、よかった。もしも割れてたら、私……っ」

 言いかけて、再び額を押さえた。

先程よりはマシなようだが、それでも清川は辛そうだ。

「なんだろう、偏頭痛、なのかな? ごめんね」

 口元を引きつらせて小さく謝ったが、金森はフルフルと首を振る。

「大丈夫、謝ることじゃないよ。それより、どう? 体調、やっぱ辛い?」

「うん。実は少し。でも、大丈夫だよ」

 金森たちを元気づけるように笑った表情が痛々しい。

守護者はオロオロとおしぼりに手を伸ばそうとして、止めていた。

清川に物理的に向かってくる脅威には強いのかもしれないが、彼女自身の体調不良や、心の傷から守ることは苦手なのかもしれない。

赤崎はチラリと三人の様子を確認してから、スマートフォンのロック画面を見た。

「ふむ、もう大分いい時間だな。清川藍も、体調不良となれば辛く、一刻も早く休みたいだろう。本日のところは、お開きとするか」

 守護者が頷き、四人は会計を済ませて喫茶店を出た。

それぞれのポケットにはいくつかの飴玉が入っており、清川のポケットには特に多めに入っている。

それらはいずれも森川が渡したものだ。

清川の飴が多いのは、薬を渡せるわけではないが、少しでも清川の体調がよくなるよう祈って、との事らしかった。

清川はそれを聞いて、嬉しそうに微笑んでいた。

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