09 夢で逢い魔性
──暗転の向こうから聞こえてきたのは、女性がすすり泣く声と獣のうめきでした。
ゆっくりと私の前に実体化してゆく、それは異様な光景。
豪奢な部屋の真ん中に、キングサイズの寝台が鎮座しています。
その周囲をまばらに囲んで、グラスを片手に椅子にかけたり談笑したり、思い思いにくつろぐ身なりの良い男たち。
夢の主である綾さんの記憶が定かでないからか、彼らの顔立ちは焦点がずれたようにぼやけていますが、視線が寝台に向けられていることは分かります。
視線の先にあるのは、地獄絵図。
私と同じ聖条院の制服の少女にのしかかり全裸で腰を振る、前世の記憶にある豚鬼にそっくりな、醜悪に太った巨体の怪物。
現実では人間だったとして、綾さんの恐怖と嫌悪がここまで像を歪めているのでしょう。
豚鬼が豚鼻を鳴らし、獣の呻きをあげて腰をふるたび、少女からは嗚咽と涙がとめどなく溢れ──部屋の隅に立つ私の中では、抑えきれない激しい感情が沸々と煮えたぎってゆく。
その感情、沸騰した怒りを乗せてまっすぐ空を奔った私の尻尾は、豚鬼の肉で埋もれた首に幾重にも絡みつきます。
清楚であるために、怒りは抑えるべきなのか?とお母様に訊ねたことがあります。
お答えは明瞭でした。
怒りに呑まれなければ、そして理不尽に抗する正しき怒りならば、それは決して清楚を濁らせはしない。
湧き上がる清廉な泉のように、あなたの「強さ」になってくれるはず──と。
「退いて……下さい……!」
寝台に向かって歩みつつ尻尾を手繰り寄せれば、ぐええと蛙のような声をあげて巨体は寝台から転げ落ちた。
しかし彼はカーペットにへばり付きながら、動じた様子もなく濁った瞳でこちらをねめつけ、長い舌を舐めずります。
「……おまえも、いっしょに愉しみたいのか?」
彼の言葉を聞いた取り巻きの男たちが一斉に立ち上がり、ぼやけた顔の中で口元にだけ卑しい笑みを浮かべながら、私に殺到してきました。
「丁重に、お断りさせていただきます」
肉厚で絞めるもままならぬ豚鬼の首を解放し、戻りの尻尾を鞭のように振るって男たちを牽制。
しかし彼らは怯まない。
顔面を痛打されてなお、「くふぅ」なぞと恍惚じみた声を漏らしながら足を止めず向かってきます。
それが、綾さんにとっての彼らなのでしょう。
抵抗しても効果はない、何をしても無駄。
そんな彼女の諦観が、彼らの存在に反映されている。
──それなら、教えてあげる。
男どもの伸ばす薄汚れた手が白い制服に触れる、寸前。
黒い色をまとう旋風が私を包むように巻き起こり、彼らの腕をことごとく斬り飛ばしていました。
「ぐぇァげ!?」
耳障りな奇声を発しつつ、足を止める男たち。
己の腕があったはずの場所から噴出するどす黒い液体を不思議そうに見ています。
そして私の背では漆黒の翼が大きく広がり、黒い液体の付着したその縁が、ぎらり禍々しい輝きを放つのです。
「どうぞ、お見知りおき下さいませ──」
片足を軸に一回転、黒髪とスカートの裾がふわりと広がって、同時に黒い翼刃が周りの男どもの頸を、胴を、腰を薙ぐ。
彼らはその身を二分割されながら私の足元にばたばたと平伏して、カーペットに黒い沁みを拡げるのでした。
「──夢では夢魔が、『最強』です」