37 第十三代
前世のいちばん最期の、いちばん大切な記憶の中にいた聖女そっくりな少女は、無表情のままチャラ男たちの間をすたすた歩いて通り抜け、私の前でくるりと背を向けました。白金のポニーテール揺れる華奢な背中で、私をかばうように。
「鬼女様だろうが何様だろうが、女ひとりにビビってんじゃねーよ!」
彼女の肩越しに見える金髪ピアス君が、虚ろな目を泳がせながらも周りの少年たちを鼓舞します。確かに彼らは五人いて、対する彼女は私と変わらぬ背丈と細身。腕力で勝てるとは到底思えません。
「それとも、あんたも一緒に遊んでくれんの?」
「………………」
「シカトかよ! ナメてんじゃねえぞ!?」
完全無視された金髪ピアス君の虚ろな目の奥に、昏い殺意が宿る。いけない! 魅了の影響なのかわからないけど、白昼の往来で躊躇なく女子の顔面に拳を放つぐらいには、彼の倫理観は麻痺していたようです。
「やめ……」
私の制止の声は遅きに失し、彼の拳は彼女の顔面に真っすぐ吸い込まれて、何かが砕ける嫌な音が重なって。
──え?
しかし少女は微動だにせず、少年だけが右手の拳を抑え込んで苦悶の表情を浮かべていた。横合いから覗き込んだ彼女の横顔の描くラインには何の瑕もない、見惚れるように繊細な美しさ。──そう、あのこと同じ。
「……そうだ……金髪に蒼い目……ヤバいぞ、こいつ……」
呆然とする少年たちの中のひとりが、何かに気付いて声を震わせます。
「登校初日に先代番長を倒しその座を奪ったという、百目鬼女学園第十三代総番長──」
「な……に……!?」
「“無敵聖女”こと、藍崎アイノ……!」
彼らの虚ろだった瞳が、見る間に恐れの色で上書きされていく。
そして浮足立つ彼らに止めを刺したのは。
「あー、いたいた! やっと見つけた! ほんとすぐ居なくなるー!」
奥から聞こえたよく通る美声。目を向けると彼女──藍崎アイノさんと同じ黒いセーラー服をそれぞれに着崩した個性的な一団が、人通りの向こうに見えました。
「あ……あいつら……まさか……」
「百目鬼四天王……!?」
「おい、何してる! 行くぞ!」
少年たちの浮足立った声。なるほどさすが姉妹校、百目鬼女学園にも四災媛のような存在がいるわけですね。
妙に納得しながら視線を戻すころには、彼らは情けなく逃げ出した後でした。
「あッあの、ありがとうございます……」
「気にしないで、趣味だから……」
深々とお辞儀をする私に対し彼女、藍崎さんは遠慮がちにそれだけ言って、振り向きもせずそそくさとお友達の方に立ち去ろうとします。
「あのっ、このお礼はいつか必ず!」
微かな既視感をおぼえつつ投げかけた言葉は、届いたのでしょうか。追いかけて前世について聞きたかったけど、彼女の背中に拒絶の意思を感じてしまった私は、半ば呆然と見送ることしかできませんでした。
「──ねえ、今のって藍埼さんじゃない。知り合いなの?」
「は?」
怪訝な声は、紙袋を抱えてようやく戻ってきた瞳巳先輩です。愚痴のひとつもこぼしたいところですが、その前に。
「ご存知なんですか?」
「ええ。彼女は中等部までは聖条院の生徒でしたから」
「……はい!?」
「ただ、どうにも素行不良で態度も悪くて、そのまま高等部に上げるわけには行かないってことで、あなたと同じ編入試験を受けたはず」
なん……ですって……。
「でも試験会場でも問題おこして、結局、姉妹校の百目鬼女学園で引き取られることになった……と聞いてるわ」
問題……? 確かに私個人としては、めいっぱいに緊張していたあの日、信じられないくらい広い校舎内でまんまと迷子になって……そのときに現れた聖条院の制服を着た女生徒に、ぎりぎりで受験会場の教室まで案内していただいたりしましたが……
そう言えばあのときの女生徒は誰だったのか。
ただでさえ人見知りに加えて、焦りと恥ずかしさと申し訳なさでまともに顔を見れなかったのですが、先導する背中にポニーテールがきらきらしながら揺れていた記憶はあります。
そして別れ際、私の感謝の言葉に彼女が返したのは──
『気にしないで、趣味だから……』
──今日とまったく変わらないセリフ。てっきり先輩だと思い込んでいたけれど、確かに中等部も制服は同じ。だとしたら、まさか私のせいで試験に遅れてしまったなんてことは……!?
ご本人に確かめなくてはと彼女の姿を探しますが、彼女の黒いセーラー服はもう、夕暮れの商店街のどこにも見当たりませんでした。
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