33 聖条四彩媛
──屋上での死闘からひと月ほど経った、ある放課後。
そそくさと教室を出た私は、独特のざわついた空気感のなかで足を止めます。
廊下の両サイドに背をぴったり合わせ、整列する生徒たち。私も慌ててそれに倣う。その中央を、ゆっくりとこちらに歩んで来る一団が見えました。
彼女らが通過して生徒が深々と会釈するウェーブが、じわじわと迫ってきます。
お母様の在学中にも既にあったという、聖条院女学館生徒会伝統の「放課後視察」。またの名を──
「──レッドカーペット。改めて外から見ると、なかなか滑稽なものね」
耳元で聞こえた囁きに、驚きつつ視線を向ける。
いつの間にか私の真横に立っていたのは、つい先日まで視察の先頭で風を切っていた天王洲 瞳巳先輩、ご本人様でした。
「……あら、生徒会長。ごきげんよう」
「ごきげんよう、琳子さん。でも生徒会長はあっち」
相変わらずの美貌ですが、天上人じみた威圧感はだいぶ薄れています。
女神と決別したことで魔力供給を絶たれた今の彼女は、その能力のほとんどを失ったも同然らしい。
そしてつい先日、生徒会長の座からも「一身上の都合」ということで自ら退きました。
「じゃあ、元生徒会長?」
「間違ってないけど、なんか嫌な呼び方ね」
「天王洲先輩」
「ちょっと壁を感じるなー」
えっ、なにこのひと。意外とめんどくさい。
「じゃあどうすれば」
「瞳巳ちゃんがいい」
「それはキツイ。だいぶキツイです」
「私とあなたの仲なのに?」
「誤解を招きそうな発言やめてください」
「べつに誤解じゃないでしょ、私の奥まで入り込んだくせに」
えっ、なにこのひと。すごくめんどくさい。
「わかりました。それじゃあ、天乃ちゃんで」
「うっ……それは、嫌じゃないけど……校内ではちょっと……」
「なら、瞳巳先輩ですね」
「うーん、まあ手を打ちましょう」
彼女の能力が失われたことで、石化病の患者たちも、相次いで意識をとりもどしました。
世間的には、ライブチャットで彼女が使っていた視覚効果が、脳に何らかの過剰反応を引き起こした結果と思われるが因果関係は証明できない、という結論になったようです。
それで彼女は、石化病患者一人ひとりの入院先に出向いての「直接謝罪」を敢行しました。そこでもちろん金銭的な補償も申し出たようですが、ほとんどの患者はそれを断ったらしい。
──結果、アイドル天乃の神対応とファンたちの絆はネットでバズリ、ますます人気を上げることになったようです。
「ところで琳子さん、あの四人のことはどう考えてるのかしら」
「四人……?」
近付いて来る放課後視察に視線を向けながら、彼女は私に問いかけます。
四人と言うと、行列先頭を歩く新生徒会長の真後ろに、横並びで付き従う四人の女生徒のことでしょうか。それは生徒会幹部にして、校内の才色兼備の頂点たる才媛たち。
「──聖条四才媛のことですか?」
「ええ。彼女たち四人全員が転魔──あなたの敵よ」
……!? なんかさらりと、とんでもないことを……
「校内の転魔は、私と先輩だけじゃ……?」
「そんなこと言った?」
「ええと、たしか『他にまだ居たなんて』みたいなことを言ってたような……」
「あの四人の『他にまだ居たなんて』ってこと。そしてやっぱり、気付いていなかったのね」
……なるほど……。言われてみれば確かに、これまで彼女たちとすれ違ったとき感じた異質な威圧感は、以前の瞳巳先輩のそれに通じるものだった、ような気もする。
「しかたない。あなたには借りがあるし、四彩媛のこと、情報共有しておきましょう」
現実を受け入れ切れない私にお構いなしで、頼んでもいない解説をはじめる先輩。
「まずは右端のゆるふわな彼女、春瀬 祢々。美化委員長で華道部長、兼園芸部長。そして妖樹アルラウネの転魔」
情報量が……多い……。
「彼女はいわゆる『四彩媛で最弱』の扱い──だけど、あなたにとっての相性は最悪かもね」
確かに、そうかも知れない。植物系の魔物には私の蠱惑も魔性技もすべて無効。彼らを支配するのは、欲ではなく本能だから。
「つぎ、左端でイケ散らかしてるボーイッシュが八朔 夏眩。体育委員長で水泳部部長で、海魔クラーケンの転魔」
イケ散らかしてるボーイッシュ……はじめて聞くタイプの日本語……。
四人の中でいちばん背が高くて短い髪型の彼女は、爽やかな笑みを生徒たちに振りまいている。振りまかれた生徒たちは一様に頬を染め、ぽわんと瞳を潤ませています。
大蛸が蠱惑を使えるわけないから、これは生まれ持った才能か。
……!?
いま一瞬だけ向こうから、ものすごく重い感情の込められた視線で睨み返されたような……。
そういえば彼女、生徒会長だったころの瞳巳先輩ととても仲良しで、二人で一緒にいる姿を何度か見かけた気がします。
潜夢した記憶の中でも、いちばんよく見かけたかも知れない。いつも普通に生徒会の話ばかりしていたから、深くは覗きませんでしたが……なんだか踏み込まない方がいい類の、ドロドロした気配……いやだなぁ……。
しかし瞳巳先輩は私の困惑を気にも留めずに、話を次のひとりに進めます。
「そして中央右側、図書委員長……」
それは姫カットの黒髪に、シルバーフレームの眼鏡が知的な文学美少女──文月 言羽先輩。
──私の、数少ないお友達のひとりです。




