03 めざめの夜
あっ、けっして官能小説が日課ではないのです。それ以外の本を読む日もあります。
官能小説は……週三くらい……ですね。
いま読んでいるのは女流官能小説家の大御所、卯月シズク先生の、すでに廃版になった十年ほど前の名作です。
ロマンティックかつ背徳的ストーリーを、豊かにいろどる芳醇な表現力に、ずぶずぶと引き込まれてしまいます。
夢中になって激しく頁を捲る指先も汗ばみ、中盤の山場にさしかかったころ。
繰り広げられるあまりに美しい愛のいとなみの表現に、私はいままでにない感動をおぼえます。
──そして私は、めまいのように強烈な既視感に襲われました。
そう、そうだ。
前世でもこれとそっくり同じ感動をサキュバスは身をもって体験しているじゃないか。
どこか他人のモノのように思えていた記憶の断片たちが、ぜんぶ一本の糸で繋がった自分の人生だとはじめて実感できた、その瞬間。
「……んッ……ふッ……!」
頁を捲る指先に溢れる想いが込もり、濡れた唇の端からは、堪えきれず甘い吐息と唾液がひとすじこぼれて。
──異世界にでも到ってしまいそうな、未体験の到達感に襲われたのです。
直後、息づかいが隣の部屋まで漏れ聞こえてしまったのか、心配したお母様のノックで心臓が止まりかけ、別の意味でも逝きそうになる私。
でも、たとえ記憶が前世と繋がっても、お母様は琳子のたったひとりのお母様。本当にすばらしい女性で、憧れであり目標です。
誰にでも分け隔てなく優しくて、けれど曲がったことには凛と声を上げ、決して折れない芯の強さも持ち合わせる。まさに「清く正しい」を体現するひと。
周りからは美魔女とか呼ばれるけれど、お母様こそ現世の聖女だと思うのです。
そんなお母様とよく似ていたのが、前世の記憶のいちばん深いところにあった、神の奇蹟を操る異世界の聖女。
顔かたちではなくて魂のありようが、そっくりだった。
聖女のことを私は、一本に繋がったばかりの記憶の底から、他のどんな艶事より鮮明に思い出していました。
『……どうしてあなたは、いつもそうなのですか。そんなにも優しくて、純粋な魂を持っているのに』
陽光にきらめくプラチナブロンドをポニーテールにして、純白の修道着をまとった、どこから見ても完璧に清楚な女の子。
彼女は、どんなに蠱惑の瞳で見つめても、サキュバスの奥義である魔性技を使おうとも、すべてを聖なる加護で撥ねのけて、すこし悲しそうな微笑みを向けてくるのでした。
私と聖女は余りに正反対だった。
きっと、穢らわしい魔物として忌み嫌われていたんだろうな。
──だけど私はあの子のことが、なぜだか凄く好きだった。ような気がする。
だから今度の私は、お母様に嫌われないよう──そしてあの子とも、万に一つ再会できる奇蹟が起きたときに、今度はちゃんと仲良くなれるよう──清く正しく、生きていこう。
その夜、お布団のなか改めて、そう心に誓ったのです。
『清く正しい心は、清楚さに宿る』
お母様の教えを胸に、これからも清楚の道を極めます!!
誓って拳を握りしめた私は、その時ふと……お尻のあたりに、妙な違和感をおぼえました。
なんでしょう。もぞもぞ手をのばし確かめると、そこには。
「えっ? ────えぇぇえええ!?」
いかにも小悪魔然とした、先端ハート型の「しっぽ」が生えていたのです……。