25 追憶の底で
──次は、琳子の番。
リリスの言葉に見送られ、私は生徒会長・天王洲 瞳巳の意識の中に潜ってゆく。
夢を見ていない彼女の暗い熟睡の海に、色とりどりの光を内包してゆらゆらたゆたうのは、不定形のクラゲのような記憶のカケラたち。
覗き込めばそこから、彼女の記憶を垣間見ることができます。
私自身の場合、前世と現世の記憶の連続性を自覚したことでサキュバスの能力が目覚めました。
なら逆に前世との連続性を断ち切れば、能力を使えなくすることも、あるいは彼女を支配している憎悪から解き放つこともできるやも知れない。
黒猫の姿でカケラからカケラに飛び移り、その鍵を探します。
彼女も私と同様、幼少期は前世の記憶を持て余して仕舞い込み、アイドルに憧れるごく普通の女の子として成長したようです。
覚醒したのは高一の終わり、ちょうど本格的なアイドル活動をはじめたころ。それから校内での権力を得るために生徒会長を目指し、見事その座に就く。
しかし彼女の話していた「女神さま」の記憶はなかなか見つからない。よくあるラノベのように、命を落とした瞬間に現れるものなのか。
やがて、辿り着いたのは深い深い記憶の奥底。
それはやはり瞳巳がこの世に生まれ落ちる前、母胎に命が灯された──あるいは異世界で、転生者がゴルゴーンの命の灯を消した──瞬間でした。
「──憎いでしょう、口惜しいでしょう?」
言葉の内容に反して、やわらかく問いかける声には慈愛が満ち溢れています。
「だからあなたに、復讐の機会をあげる」
清らかな白光で満たされた、何もない空間の中央に、全身を蒼い鱗で覆われた異形がうずくまっています。上半身は人型、下半身は蛇、髪もすべて蛇──違えようなく、転生前のゴルゴーン。
「あなたを殺した転生者の故郷に、転生させてあげましょう」
そして彼女の前方、宙に浮かんだ桜色のワンピースの女性こそ「女神さま」なのでしょう。空間を満たす光は彼女の背後から──後光として、放たれたもののようです。
胸前に祈るように組み合わせた繊手の向こうでは、白い二の腕に圧迫された豊かな双丘が、ざっくり開いたノースリーブの脇からはみだしています。罰当たりを大量生産したいのかな……。
「実はね、困っていることがあって。転生者らの故郷が、すべての世界のバランスを崩しているの。このままじゃあ大変なことになってしまう」
桜の花びらのように愛らしい唇が、聞き覚えのある話をする。
後光がまぶしくて顔の下半分しか見えなくても、人間離れして整った美貌に見惚れてしまい、話はあまり頭に入ってきません。
「ああ、心配はいらないわ、転生者らの強さはぜんぶ後付けだから。向こうにいるのは、なんの能力もない弱者ばかりよ」
うずくまっていたゴルゴーンが、ゆっくりと顔を上げる。美しくも気品のある横顔は、どこか生徒会長に似ています。
「あなたなら転生せし魔物──転魔として、生まれ持った能力だけでじゅうぶん、転生者の故郷を蹂躙できるわ。滅多滅多の愚茶愚茶に」
そこで女神は言葉を切ると、自然な動きで私に視線を向けた。──記憶の外側から覗いていた、私のほうに。
「──あら。あなた、どこから潜ってきたの?」




