22 異世界最強
──琳子と同じ貌の少女が、悠然と佇んでいた。
一糸まとわぬ美しい裸体は、蛇たちに蹂躙されていたにも関わらず掠り傷ひとつない白磁の肌。そのなめらかな胸元や下腹に仄白く、繊細に絡み合って浮かぶ清楚なレース模様は、魔性の力を増幅する「淫紋」です。
腰まで流れる髪は冬の月のように蒼みを帯びた銀色。その内から伸びる左右の角の太さは手首ほどに増していて、湾曲しながら額の真ん中で合流し、尖端を揃って天に向けています。
──黒曜石の輝きを宿す双角は、さながら漆黒の宝冠。
「……ぅ……ぁ……」
悪夢にうなされるかのごとく弱々しい吐息を漏らしたのは、つい今しがた勝ち誇っていた生徒会長様。
怯えて左右に揺れる彼女の黄金の瞳を、相対する少女の双眸がまっすぐ射貫く。底無しの闇を宿した虹彩の中心に、燃えるような真紅の瞳孔を灯して。
「……その魔形……その魔力……騙したな……何が小悪魔なものか……」
ゴルゴーンは蒼い唇を震わせ、逃げるように完全に目を逸らす。
無理もない。本当に、なんて禍々しい……いや神々しい姿……あれ、ちがう? なにこれ……認識が、混乱してしまう……。
「騙さない、偽らない……ただ惑わせ、誑かすだけ」
桜色の唇がほころんで、こぼれた言の葉はしとやかに濡れ、私では逆さに吊るされても出せそうにない媚声です。──同じ声帯のはずなのに。
「それが、我らサキュバスの矜持……」
そこで言葉を止めた少女は「けれど」の逆接とともに、くいと小首を傾げる。
「女の子なら、隠しごとのひとつやいつつぐらい、あるものでしょう?」
私の中に封じられていた真の力。
貯め込んだ膨大な魔力も制約なく行使できるだろうその存在を、記憶の奥底に知覚できてはいました。
前世では、陽が落ち夜になれば封印を解くことができた。
けれど私には、お母さまに隠れてどんなに深夜まで夜更かしをしてみても、封は解けなかった。
おそらく、あまりにも人間の身──琳子とかけ離れた力だから、それが自分に繋がる道筋を認識できなかった。その力だけが、自意識から完全に隔離されていたのです。
夢潜のために意識を飛ばしたときも、封じられた断片だけが肉体の方に残っているのを感じていました。
だからその状態で、「断片」を残した肉体を危機に追い込み、生存本能で尻を叩いてむりやりにでも封を解く──それが伝説女怪に勝つために私が準備した、だいぶ乱暴な最後の切り札。
「フフ、ごめんなさいへび子ちゃん。前世はサキュバス、そこに偽りはないけれど──眷属じゃない、私自身の名は確かに名乗っていませんでした」
「……どういう、意味……?」
そう、ただのサキュバスではない、異世界最強で最淫の彼女を解き放つためには、大前提として陽が落ちるまでの時間稼ぎが必要でした。
太陽は美しく沈みかけていても、いまだ夜には到らない。それでも彼女を解き放つことができたのは、対魔術防鱗に覆われた蛇たちに包まれることで、物理的にも魔力的にも陽光を完全に遮断できたから。
初手で魔性器變を弾かれたときから、上手く利用できないか頭の隅で考えてはいたのですが、結局のところ大博打で──私は、賭けに勝った。
「そう我こそはサキュバスの頂天にして、夜のすべてを統べし魔王──」
彼女は詠うように口にする。自身の、その名を。
「──リリス、と申します。どうぞお見知り置きくださいませ」




