表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/37

02 清楚なる日々

 サキュバスの記憶。

 それはもうあられない(・・・・・)ものでした。


 幼いころの私にはもちろん、さっぱり意味が分からず。

 記憶がよみがえりはじめた小学生のころ、なにげなくお母様に聞いてみたときには、死ぬほど怒られたものです。

(私がではなく、怒ってるお母様のほうが死にそうなくらい顔面蒼白、息も絶えだえで……)


 以降、絶対に表には出さないことにしていました。


 そうして、大好きなお母様の教えを素直に守りまっすぐ清楚に育った私。

 ですが、その手の知識というのはいろんなところから自然と混入してくるもの。

 おかげでうっすら記憶の「意味」がわかってくると、途端にものすごい興味が湧き上がり、中二の終わりごろにはもう好奇心がはちきれそうでした。


 ぶっちゃけ、そのへんのモヤモヤをすべて無理やり勉学にぶつけたおかげで、難関である聖条院への編入試験に合格できた気がします……。


 というわけで、高校合格のお祝いとしてスマートフォンを手にするやいなや。

 私はインターネットという集合知からありとあらゆる情報を珪藻土マットのように高速で吸収しまくったのです。


 言っておきますが、いやらしい気持ちなんか欠片もありませんからね。自己同一性(アイデンティティ)を確立するための「答え合わせ」です。


 SNSでコミュ症(ひとみしり)(かせ)から解き放たれた私は、ネットの海を縦横無尽に駆けめぐり、あらゆる情報を貪欲に取り込んで「答え合わせ」に没頭しました。

 なかには危険な誘惑も潜んでいましたが、前世(サキュバス)譲りの直感か、あるいは幼いころにゴタゴタやドロドロの真ん中を経験したおかげか、私は「嘘の匂い」に敏感です。

 悪い大人を華麗にあしらいつつ、推しの絵師さんや女優さん(・・・・)もできて、私は二次元も三次元も百合もBLもまんべんなく嗜む立派な愛好家(マニア)に急成長しました。

 謎の清楚系マニアックバーチャルJK「咲葉(さくば)スズカ」として運用するSNSアカウントのフォロワーさんも、つい先日六桁の大台を突破したところです。


 ……うん、なんだか途中ですっかり本来の趣旨(アイデンティティ)を見失った気もします。

 だって根底に淫魔(サキュバス)の記憶があるのだから、しかたがないじゃない。好きなものには正直に生きていくべきだと思うのです。


 それに、すべては知識の中だけのこと!

 琳子(わたし)はあくまで清く正しい清楚系ですから!


「──ごきげんよう、(すずり)さん」


 そんなこんな想いを馳せていたところ、わざわざ送迎の高級車のスピード落として後部座席の窓を開け、手をひらひらしながら同級生が通り過ぎていきました。


「ごっごごきげんよう!」


 内心どぎまぎしつつも、微笑みと会釈で見送る私。

 通り過ぎる瞬間に前髪越しに見えた同級生(かのじょ)の目線が、少しもこちらを見ていなくとも。


 同級生のほとんど、というより全校生徒のほとんどは、校舎の敷地内にある高級マンションじみた女子寮住まいか、高級車による送迎の二択です。

 私のように最寄り駅まで歩くのは、ほんの一握り。

 それでも、いつもは同級生であり数少ないお友達の綾さんと、二人並んで帰るのですよ。

 ですが最近の彼女は学校を休みがちで、それが目下のところ最大の心配事です。


 そんな友達想いなところも清楚な私は、電車に揺られること数駅、さらにてくてく徒歩で十数分、お母様と二人暮らしのアパートに帰り着きました。


「ただいま、お母様」

「おかえりなさい、琳子さん」


 ベビーアルパカ生地ぐらい柔らかで優しい耳ざわりの声が出迎えます。

 ここからはお母様と私の大切な団らんの時間なので、描写は割愛させていただきます。

 

 ちなみにベビーアルパカ生地は、生後三ヶ月以内のアルパカの赤ちゃんの毛だけを櫛でやさしくすき取って集めた、一生に一度しか採れない稀少素材。

 私が赤ちゃんのころ、おくるみ(・・・・)に使われていたらしいです。

 残念ながら、実物はゴタゴタのさなかに失われてしまいましたが……。

 

 そう、お気づきかとは思いますが、名門たる我が硯家は私が中学生になる前、ゴタゴタの末に没落しました。入り婿だった父は、若い家政婦と一緒になけなしの財産を持って行方不明……。

 ですが、いいのです。お母様がいてくれて、こうして毎日ふたりで夕飯を食べながらお話する時間があれば、私はそれだけで充分に幸せだから。


 ──はい。そんなこんなで、就寝時間です。


 私の就寝前の日課が、自室のベッドに寝転んでの読書。

 ちなみに学校では文芸部に所属し、詩や小説の創作を(たしな)んでおります。

 これも本好きのお母様の影響です。なお、お母様の現在のご職業はこの近所にある隠れ家的ブックカフェの(雇われ)店長で、私もお店には時々お邪魔させていただいています。


 えー、というわけで本日ですが。お母様のブックカフェとはまた別の、行きつけの古書店で手に入れた……いわゆるその……



 ……官能小説を、読みふけっておりました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【おすすめ品】
なろうで俺の感想欄を荒らしてたのは
清楚な文学美少女でした

なろうの知識もつく青春ラブコメ
(ヒロインは聖条院文芸部の先輩です)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ