17 夏服の決闘
──三ヶ月後。
放課後の屋上。夏服の白いブラウス姿で、私はフェンス越しに中庭を見下ろしていました。
反対側に見える美術室の窓は、カーテンで閉ざされています。
その隣の準備室で、フェンスから切り取られた金網が発見され、業者さんが溶接して応急修理したのがつい先日だとか。言われてみるとあの日の「棺桶」の形に、うっすらと線が見えます。
棺桶に身を投げた綾さんは、いまだ学校を休みがちですが、優しく明るい本来の性格を少しずつ取り戻しつつあります。
ギィ……と扉が軋んで開く音が、そのとき思考を遮りました。
「──残念だわ、琳子さん」
続けて背筋に這い寄る、冷たい声。
「私の忠告は無駄だったようね。あなたはもっと利口だと思ったのに」
その声音には失望よりも、沸々と滾る怒りが込められていると、粟立つ肌で感じます。けれど、ここで呑まれていたら何も始まらない。
「いいえ、無駄でもないです」
──あれから。
美術部長としていちばん御堂に近かった庄司先輩の手も借り、私は彼のパソコンの中身を徹底的に調べました。
脅迫に使っていた画像や動画は片っ端から削除、ただし庄司先輩は、彼の悪事を立証できるように自身のものだけは残して欲しいとおっしゃって。
本当に、責任感のある素晴らしい方です。
そのくせ、意外と甘えん坊さんな一面があるのがまた……おっと、これは秘蜜事項でした……。
そこで見つけた御堂の「顧客リスト」の中には、美術界より芸能・テレビ界にも影響力の強そうな、有名音楽プロデューサーの名前があって。ネットで確認したその顔は、綾さんの夢の中で霧散させた豚鬼によく似ていました。
「私としては、とっても有意義でした」
言いつつ、ゆっくりと振り向きます。
「……!? どういうつもり……?」
石化を警戒していた私が、振り向くとは思わなかったのでしょう。
面食らった様子の生徒会長──天王洲 瞳巳が、完璧な美貌とスタイルで、翳りつつある太陽に照らされていました。
同じ制服──すみれ色のチェック柄スカートに白いブラウスと、学年を表すループタイが私は紺色、彼女は濃緑。相手の堂々とした立ち姿に、こちらも背筋をしゃんと伸ばして対峙します。
これでようやく、対等な目線。三か月前のあの日とは違います。
石化が常時発動じゃないのは、考えればわかることでした。でなければ、とっくに学校中が少女石像だらけの妖しい美術館になっています。──それはそれでちょっと見てみたいと、私の中の前世が囁くけど。
「すこし、対話をいたしませんか。先輩がどうやって大量石化されるのか、興味あるんです」
「……対話? 警告を無視して舞台を台無しにしたあなたと、話すことがあるとでも?」
うん、取り付く島なしですね。想定内ですが。
「そう慌てずに、ねえ天王洲先輩」
「黙って、そのまま石におなりなさい」
冷たく言いはなつ彼女の双眸が、黄金の輝きを宿します。
──石化の魔眼。
視線を遡って襲いかかる魔力に、目を閉じることも逸らすことも許されない。
されるがまま、網膜を貫かれて石に変えられてしまう。
その寸前に私は前髪を耳に掛け、漆黒の蠱惑の魔眼を解放します。
底無しの漆黒が、ずぶずぶと黄金を呑み込む──!
「……相殺してる……!?」
生徒会長の黄金の瞳は、驚愕に見開かれました。




