血濡れの帰路
「美奈子、美奈子、隣のクラスの友達に聞いたんだけどさ」
『ミーンミーンミーン』
と夏の暑さを何倍とも感じさせる、うるさく暑苦しい蝉の鳴き声を我慢しながら、本を読み進めていると私のすぐ隣からそんな声が聞こえてきた。
「なに?・・・それと、真由美、私から少し離れてもらえる?暑苦しい」
真横で出来るだけ近づいてきている、真由美こと一色真由美にそう声を掛けると、
「えぇ、別にいいじゃん!」
こんなふざけたことを言ってきた。
「いやいや、良い訳ないでしょ!」
突っ込む様に言った後に続けた。
「多分、汗臭いでしょ?」
微妙に汗ばむ体の状況からその言葉を発すると、
「大丈夫だよ!美奈子は・・・大して臭くないよ!」
少し言い澱みながら言われてしまった。
「それって、多少は汗臭いってこと!」
私が問いかける様に、真由美が言ったことと同じ内容を口に出すと、
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、ほんとうにだいじょうだよ」
歯切れ悪く返されてしまった。
そんなに汗臭いのかと戦々恐々としながらも、
「そっ、それで、どうしたの真由美」
話すかけてきた本題を問いかけると、
「あぁ、忘れてた、忘れてた」
彼女はそう言った後に、
「美奈子ってさ、*****通りをさ、塾帰りに使ってるでしょ?」
問いかける様に言われた。
「うん、まぁ、使ってるよ・・・なんで知ってるの?」
私はどこの道を使ってるとかを誰にも話した記憶がなかったので問いかけると、
「別のクラスの子が美奈子を見たって言ってたから」
情報元を教えてくれた。
何か無性に恐怖を抱きつつも、
「それで、あの通りがどうかしたの?」
こう問いかけると、
「美奈子って、*****通りの、通り魔事件覚えてる」
彼女は、こう質問してきた。
「うん、そりゃあ、覚えてるよ、だいぶ前の事件だけど、怖かったから」
私が、こう質問に返答をすると、
「聞く話によるとね」
彼女は、そこまでいったところで、暑苦しいと感じるまで近づいてきて、
「最近、また出るらしいんだよ」
恐ろしい、聞きたくなかった事を、教えてくれた。
「あぁ〜!あぁ〜!私は、何も聞いてない!何も聞いてない!」
知りたくなかった私は、必死に、そう口に出して、その後は、他愛のないお話をして、学校が終わり、塾に行き、勉強した。
勉強をしたせいで、真由美から聞いた噂話を忘れ、私は、例の通りを歩いていた。
通りの途中まで、歩いたところで、噂を。
子供連れの女性が、無残にも刺し殺され、バラバラにされた。
そんな噂を思い出し、帰ろうか悩んだ挙句、結局、引き返すのも面倒なのでこのまま歩くことにしたのだ。
ガサガサと木が揺れる音、鈴虫リーン、リーンという泣き声が響き渡っている。
「こわ!引き返しとけばよかった」
どうしても、怖くなってそう呟きながら、急ぎ足で歩くと、コツコツコツ。
私の歩調とは、異なる足音が聞こえてきた。
通り魔の事件を思いだした私の頭は、恐怖に支配された。
怖い!何!通り魔!等々の恐怖の感情だ。
歩の進める速度を速めた。
『タッタッタ』
と軽快な足音が足下かは聞こえてくる。
また、それと同じくして、背後からも聞こえてきた。
どうして、どうして私がこんな思いをしないといけないんだ。
嫌に大きく聞こえる木の音、虫の音により恐怖が増され泣きそうになりながらも、全力で歩を進めた。
もはやそれは、歩くではなく、走るになるほどに。
そして数分間が経ち、辺りには、私の軽快な短いテンポで木霊する音だけになった。
「はぁ、ハァ!良かった。捲けた。何なのよ!ハァハァ」
膝に手をつきながら呟き、辺りを見渡す。
背後にも、前方にも側方にも、誰も居なかった。
「ハァ、良かったぁ」
と胸をなで下ろした。
「もう何なのよ!服も凄いことになっちゃったし!」
安心すると直ぐに湧いてきた怒りの感情でそう漏らした。
夏の蒸し暑さ、それと走ってしまった際の体温の上昇で、私の体は汗でグショグショだ。
「あぁ、もう、どうしよう。乾くかなぁ?制服。明日も学校だよ!もう!」
強い怒りを言葉に出しながらも、急ぎ足で家に歩いて行った。
一切の警戒をせずに。
家に入ると、
「何かあったの?美奈子」
お母さんが私に問いかけてきた。
「なんもない!」
私は、着いてきた人間に対する怒りをお母さんにぶつけてしまった。
「そう」
お母さんは、若干悲しそうな声を出した。
その後は、ご飯を食べ、お風呂に入って、授業や色々のせいで溜まってしまった疲れを泥のように眠ることで解消した。
翌日、
「おはよう。お母さん」
階段を降りながら声を掛けた。
だが、返事はなかった。もう、仕事に行ってしまったのだろう。
「早いなぁ」
お仕事に行ったお母さんに思ったことをつぶやき、
「どうしよう!そう言えば、私。お母さんに酷いことしちゃった!」
昨日、心配してくれたお母さんにしてしまった対応を思い出した。
「あぁ、もうお母さん言っちゃったのか。どうしよう!」
眠くてぼんやりとした脳を必死に回して、
「今日、お母さんが帰ってきてから謝ろう」
と決めた。
その後は、菓子パンを食べて、いつも通り学校に向かって歩いて行った。
「ねぇ、真由美」
放課の時間に私の机の前に来た彼女に声を掛けた。
彼女から、声を掛けてくるだろうが、今日は自分から話しかけたい気分だったのだ。
「どうしたの美奈子!」
珍しく私から話しかけたためなのか、嬉しそうな返事が返ってきた。
「*****通りをさ。昨日使ったんだ」
私がこう言うと、
「大丈夫だった」
心配したような声が、すかさず返ってきた。
「その、うん。何というか。大丈夫だったよ」
切り出したのは良い物の彼女に、話すのはどうかと思った私はそう言った。
「なんだぁ!良かった。てっきり、出会ったのかと」
彼女は、安心したようにそう言った後に、
「前回は良くても、次回からは駄目だよ。あそこ本当に人通り少ないし、イヤーな噂も沢山聞くから」
こう注意をするように言ってきた。
「もう。大丈夫だよ。次回からは使わない」
と冗談めかして返し、そのまま会話を続けた。
学校が終わり、今日は塾も休みなので、そのまま家に直行して帰ってきた。
「美奈子!今日、遊ばない?」
と真由美に言われたが、今日は、気分じゃなかったので帰ってきた。
すると、家のポストに何枚か封筒が入っていた。
「何これ?手紙?珍しい。今の時代メールとかでやりとりできるのに」
私は、そう呟きながら、封筒を取り、開きながらも家の中に入った。
バサバサ
玄関には、その音が響いた。
何故なら、私がその封筒を。その中に入っていた写真を落としたからだ。
その写真には私の通っている学校の制服を着た女性が。下着の女性が。非常に見覚えのある女性が。
私が、映っていた。
「なに。これ」
盗撮されていたであろう写真の数々にその呟きを漏らした。
それと同時に、
『コンコンコン』
扉を叩く音が響き渡る。
『ビクッ』
と体が跳ね、心臓は、
『ドクドク』
大きな音を立て鼓動を早めている。
息を抑えながら、この心臓からなっている鼓動が聞こえているのではないか、と思いながらも、扉にチェーンを掛け、ドアののぞき穴を覗いた。
すると、そこには、目が映っていた。
「ヒッ」
声を漏らしながら、後ずさると、
「開けてぇ、ねぇ、美奈子ちゃーん」
知らない男の人の声が聞こえてきた。
「美奈子ちゃーん。居るのは分ってるんだよぉ。君の可愛い声が聞こえたんだから。それに、ぼっ、僕は、ずっと、ずーと君について行ってたんだから」
知らない男の人の声が聞こえた後、
『ドン』
と扉が蹴られる音が響き、
「開けろっつってんだ!ささっと開けろ!」
怒号が扉の向こうから聞こえてきた。
警察。警察を呼ばないと。
頭で分かっても体は動かなかった。
ポケットに入ったスマホを取り出して110を押して、事情を話すだけなのに、私の体は、指先から足先まで何もかも動かなかった。
「おい、開けろ!開けろ!」
怒鳴る声が再度響き、
『ドン』
また扉が蹴られた。
「ハァハァ、助けて」
小さく漏らしながらも、頑張って、恐怖で固まった体を動かそうともがいたのだが、私はみじんも動くことはなく、ただ涙を流すだけだった。
その後も、怒号と扉が蹴られる音が響いた。
だが、それは突然、パタンと病んだ。
「たっ、助かったの?」
と小さく呟くと、
『ガシャン』
大きな音がリビングから聞こえた。
「ヒッ!ヘッ!どうして!」
叫びながらも、少しだけ動く様になった体を、動かし鍵を開けドアノブに手を掛けた。
だが、
『ガシャン』
という無慈悲なチェーンの音が響き、少しだけ扉が開くだけとなった。
「どうして!どうして逃げ用としてるの?美奈子ちゃん!」
顔面に狂気的な笑みを浮かべ、片手にナイフを持った大柄な男が、リビングに続く廊下に現れた。
「ハッハッ」
過呼吸気味な呼吸をしながらも彼を見つめる。
「悲しいなぁ、美奈子ちゃん。ぼっ、僕は!こんなにも愛してるのにぃ!」
突然怒り出した彼は、そう言いながら私に近づき、髪を掴み上げた。
「一目惚れだったんだ!ぼっ、僕のきっ、気持ちを!弄びやがって」
そして、私は、ドアに向かって投げられた。
『ドン』
と音がドアから響き、
「くぁ」
口からは声が漏れた。
痛い!どうして!どうして!こんな事を言われないといけないの!?私が何をしたっていうの!
と思いながらも
「ごっ、ごめんんなさい!ごめなさい!」
必死に謝罪の言葉を漏らす。
だが、男は、
「許さない!許せないんだよぉ美奈子ちゃん。悪い子は許しちゃダメなんだよ。美奈子ちゃん」
と言いながら、私に近づき、それを刺した。
「ぐぅあぁあぁ!痛い!あっ、う」
咄嗟に声が漏れた。
刺された箇所。肩からは、熱が感じられ、止めどなく液体が漏れているのが分かった。
「やっ、やめて、あやまるからぁ。なんでもするから。ゆっ。許して」
必死に口を動かし彼にいうのだが、
「だーめ!ぼっ、僕の美奈子ちゃんは!ぼっ、僕のお嫁さんは、ぼっ、僕の事を見て泣いちゃダメなんだ!ぼっ、僕にわっ、笑いかけてないと!ずっと笑いかけてないと!」
と叫び、私の体に再度ナイフを何度も何度も突き刺した。
そして私の意識は、強い恨みと恐怖の中、冷たい水底に堕ちていった。
「美奈子。大丈夫かな?」
私は、小さく声を漏らした。
一週間ほど前から友達の美奈子が学校にも来なければ、連絡にも出ないんだ!そりゃあ、心配になるだろう。
先生も事情知らないみたいだしどうしようかなぁ。
と悩んでいると、
「真由美。次、移動教室だよ」
声をかけられた。
「あっ、そうなの!すぐに準備するね」
返事を返しながらも急いで準備をしながら、
『そうだ、今日、放課後に美奈子の家に見舞いに行こう!』
と考えるのだった。
閲覧して頂きありがとうございました。
企画の趣旨的に、大丈夫なのかは分かりませんが、ストーカー行為の恐怖みたいなのを題材に書いてみました。
化け物に追われる物でも良かったのですが、書けそうになかったので、こうなりました。
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