ぬいぐるみとサヨナラする日
「冬の童話祭2023」参加作品です。
来月、ゆんちゃんのおうちに叔父さんの一家が遊びにきます。
四人家族のいちばん年下のゆんちゃんにとって、年に二・三回会う従妹のかりんちゃんは大事な妹みたいなもの。もう、かわいくてかわいくてしょうがありません。
でも今回ゆんちゃんには、そのかりんちゃんと会う前にどうしてもやっておかねばならないミッションがあるのです。
前にかりんちゃんが遊びにきたのは半年前。その時ゆんちゃんは、自分の部屋にいるぬいぐるみたちを紹介してあげました。
特に一番のお気に入り、テディベアのマークくんを見て、かりんちゃんは大喜びでした。
「わあ、かりんとおなじくらいのおおきさだ!」
でも、マークくんを思いっきり抱きしめたかりんちゃんは、すぐに顔をしかめてこんなしょうげき的なことばを言ったのです。
「──ねえ、ゆんおねえちゃん。この子、なんかちょっぴりくさいよ?」
言われるまでは気づかなかったのですが、たしかにちょっと──いえ、かなりイヤなにおいがします。
それはしょうがないですね。マークくんはゆんちゃんが赤ちゃんのころからずっといっしょ。ゆんちゃんが悲しいときやさびしいとき、いつもいっしょに寝てくれていたのです。
たぶん、ゆんちゃんの汗とか涙とかがいっぱいしみ込んじゃったんでしょうね。
かりんちゃんが帰ったあと、ゆんちゃんはママがパパのスーツにいつもしているように、消臭スプレーをシュッシュとかけてみました。うん、だいぶにおいは消えたみたい。
でも、やっぱり抱きしめると中からにおいが出てきてしまいます。
次に、マークくんをママのところにつれていき、何とかにおいを消せないか聞いてみました。するとママは、むずかしい顔でぶつぶつと何かをつぶやきます。
「うーん、これだけ大きいと専門業者よねえ。けっこう高くつきそうだし──。
──ねえ、ゆんちゃん。これはかなり難しいわよ。それに、ゆんちゃんも『お姉さん』になってきたんだから、もうそろそろマークくんとサヨナラすることを考えてもいい頃なんじゃないかしら?」
──あっ、これはちがう。たぶんママはお金をケチろうとしているんだ。
「もういいっ! ママにはたのまないもん!」
ゆんちゃんはひみつの計画をたてました。
ママが家事をしているときに、きょうみをもっているフリをして、後ろをついて回って色々としつもんするのです。でも本当に知りたいのは──おせんたくのやりかた。
──そして今日、いよいよ計画を実行するチャンスがやってきました。
今日はみんながそれぞれに用があってお出かけ。ゆんちゃんは一人でおるすばんです。
実はゆんちゃん、ママにないしょでマークくんをおせんたくしようと思っていたのです。
ママはパパの水出しっぱなしにも文句を言うケチだから、きっとせんたくきを使わせてくれません。それよりはサヨナラしなさいって言いそうだし。
まず、マークくんをせんたくきの上から入れます。ちょっと入りにくいので、ふみ台にのぼって上からぎゅっと押しこみます。マークくん、ちょっときゅうくつだと思うけど、しばらくガマンしてね。
洗剤はここ、毛糸用のじゅうなん剤はここに入れて、と。このへんはちゃーんとていさつ済みです。
そして、ここがかんじん、『手洗い』モードにするのを忘れずに──よし、かんぺき。
マークくん、今きれいにしてあげるからね。ピッ。
本当はね、ゆんちゃんだってもう小っちゃな子どもじゃありませんから、さすがにもうわかってるんです。
マークくんが本当は生きていないし、お話しだってできないんだってことくらいは。
だからママが『そろそろマークくんとサヨナラしたら?』と言うのもわからなくはないんです。
でも、小っちゃい頃のゆんちゃんは本気でマークくんが生きていると信じていて、いちばんのお友だちだと思っていました。
そしてたぶん、かりんちゃんもまだぬいぐるみが生きていると信じているはず。
もし今回マークくんがいなくなってたら、かりんちゃんは自分が『くさい』なんて言っちゃったせいで、いなくなったんだと思うんじゃないかな。
だからといって、本当のことは言いたくありません。『おねえちゃん』が妹の夢をこわすわけにはいかないのです。
ゆんちゃんはマークくんをきれいにして、もう一度会わせてあげて、かりんちゃんに思いっきりギューッとさせてあげたいんです。だって──ゆんちゃんは『おねえちゃん』なんですから。
──ピーッ・ピーッ!
おせんたくが終わったみたいです。ゆんちゃんはふみ台にのぼってふたを開け、中をのぞきこんでみました。
「──えっ⁉」
マークくんの外がわはきれいになったようにも見えます。でも、ずいぶんペチャンコで、顔もすごくゆがんでしまっています。
こ、これってかわかしたら、本当に元どおりになるのかな。
ゆんちゃんは急いでマークくんを引っぱり出そうとしますが、水をたっぷり吸っちゃったマークくんはずっしりと重くて、ゆんちゃんの力では持ち上がりそうにありません。
ど、どうしよう。このままだとママが帰ってきちゃう。こんなマークくんをママに見られたら、まちがいなくむりやりサヨナラさせられちゃう。
あせればあせるほど上手く持ち上がりません。それどころか、あちこちを持って引っ張るたびに、マークくんの顔はますますゆがんできてしまいます。
だんだん疲れて力が入らなくなってくると、いつしかゆんちゃんの頭の中に、マークくんとの思い出が次々にうかんできました。
初めて一人でねることになった夜、なかなかねむれなくてずっとおしゃべりしていたこと──。お友だちとケンカして、ずっとそのモヤモヤを聞いてもらったこと──。
そう、本当は生きてなかったとしても、マークくんがゆんちゃんにとってお友だちだったことは本当なのです。そのマークくんと、こんな形でサヨナラしなくちゃいけないなんて、そんなの──そんなの──。
ママが帰ってきて最初に見たのは、洗濯機の前でずぶぬれになってわんわん泣きじゃくっているゆんちゃんの姿でした。
「……え? これってどういう状況──?」
そう思って、洗濯機の中をのぞき込んで見ると──なるほどね。
「ゆんちゃん、自分でマークくんをきれいにしようとしたの?」
そんなにサヨナラするのがイヤだったのかしら。まだまだ子どもねぇ。
でも、ゆんちゃんが泣きながら話す理由を聞いてみたら──ちょっと感心してしまいました。
「そうか、かりんちゃんのためだったのね。えらいね」
「だって、だってゆんちゃんは『おねえちゃん』なんだもん!」
「妹の夢はこわしたくない、かー。いつの間にか、そんな風に考えるようになったのね」
ママはまだしゃくりあげてるゆんちゃんを抱きしめて、背中をぽんぽんと叩いてあげました。
「仕方ないなー、今回はプロにお願いして、マークくんを元通りにしてもらおうか。
でも、もう勝手に家事とかやったらダメだからね?」
──どうやら、ゆんちゃんがマークくんとサヨナラ出来るのは、もう少し先のことになるようですね。