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耽美

作者: 小城

「耽美」この言葉が何をあらわすのだろうか。究極の美とはなんであろうか。そして幸福とは。


明日の朝には私という存在が消えてしまっているかもしれない。そんな感覚はとうの昔に感じなくなっていた。若いときに当たりまえだった抽象の世界も大人になるに連れて、現実という具象の中に消えてなくなってしまう。そして、なかなか抽象の世界に戻ることは難しい。なぜなら、そのような暇もないのが大人の常なのであるからだ。

「はい。」

その人は返事をした。その人も現実には具象のひとつである。しかし、彼にとっては、抽象表現のひとつであった。

「次はどのようなポウズをとればよろしいですか?」

「ああ、腕は後ろに胸を張って、膝は折って…。」

「こんな感じですか?」

「ああ。」

男はそういうなり、スケッチブックに目を落とした。その頭の先にはヌードモデルであろう裸の女が男の言うままのポウズをとってじっとしていた。

 お互いが無言のなかで、鉛筆が紙をこする音だけが聞こえている。

「今日はここまでにしよう。」

男は頭を上げた。モデルの女は美しく腕を戻し、体を丸めていった。

男はそのまま部屋を出ていった。あとには女が着替えを済ませていた。着替えを済ませたら、女は何も言わず去っていく。そして、また約束の日に男の家を訪れる。

「次はいつだったかな。」

男が玄関で女を見送っていた。

「次は火曜日です。」

男はカレンダーを見た。今日は日曜日だった。女と会うのは二日後だった。

男と女の関係は画家とモデルである。それ以上の関係ではない。女には愛する夫と子供たちもいた。画家と女の夫とは同じ画家仲間である。女は画家のことを何も思ってはいなかっただろう。ただ男はその女に「美」を感じとっていた。だからこそ絵のモデルも頼んでいるのだろう。

男が感じていた「美」とはなんだったのだろうか。それは女に対する「愛」にも似ていた。ただ、この画家はそれはあくまで「美」であると思っていた。「美」であればこそ、彼は彼女と会うことができる。しかしこれが「愛」になるとどうだろうか。その感情は男の女に対する所作にも表現されてしまい、それを敏感に感じとった彼女はやがて男から離れていくだろう。だからこそ男の感情は「美」以外の何物にもなり得なかった。それ故に彼の「愛」は「美」へと昇華されていき、より純粋により抽象的になり、やがては本当の彼女からは離れていく。

実体を失って彷徨う魂のように、男もまた、何かを失っていったのである。

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