私は最期の瞬間まで、貴方の傍にいます。
「ユウキ、ちょっといいかな」
少し前に結婚して、夫となった勇者――ハルキは、少し改まって私にこう言った。
「もし、明日の魔王との戦いの途中で僕が死んだら……君だけでも逃げて欲しいんだ」
一瞬、言われたことが理解できなかった。
「……な、んで? なんで、そんな事を言うの……?」
「……僕は、君に死んでほしくないんだ。だからだよ。例え僕が死んでも、君には生きてて欲しいんだ」
そう聞いた私は、思わずその場に崩れ落ちた。彼が、生きて帰ってこれないことを前提で言ってるからだ。
確かに、魔王の力は強力だった。前に一度対峙したとき、まだ力が完全じゃなかったのに、勝てるかどうか分からないぐらいには強かった。
あれから数年が経って私達も大分強くなったけど、正直あの魔王に勝てるかは怪しい。
それでも……
「なんで、なんで、どうして! そんなこと言わないでよ! ねえ、最初からそんなこと言ってないでさ。そんな悲しいこと言わないでよ!」
「……ごめん。あまりこういうのは良くないことだと分かってる。でも、それでも。何度だっていう。君には生きてて欲しいんだ」
彼はそう言う。
私にも、気持ちは分かる。私だって、ハルキには生きてて欲しい。死ぬかもしれないなんて、言わないで欲しい。私とハルキの今の気持ちは同じだ。
涙が溢れてくる。
でも、でも――!
「じゃあ、じゃあさ、一緒に逃げよ……? 魔王は確かに強いけど、私たちが本気で逃げれば、殺すことは多分難しいでしょ? ほら、私達もこの数年間で強くなったじゃない? もしかしたら、人類は滅ぼされてしまうかもしれないけど……」
「ごめん、本当にごめん……」
彼は、私の言葉を遮ると、私を思い切り抱き締めた。
ぼろぼろと、涙が零れる。
「ねぇ、ねぇ……。お願いだからぁ、死ぬなんて言わないで……」
自分でも何が言いたいのか分からない。でも、感情のままに言葉が溢れてくる。
「……………………」
ハルキは、黙って抱き締める。私が言葉を零すたび、どんどん抱き締める力を強くする。
どれだけ経っただろうか?
何分……いや何時間か経ったかもしれない。
時間が曖昧になるくらい、彼の腕の中で泣いていた。その中で私は、自分の感情のありかを……本当は彼に何を言って欲しかったのかを見つけていた。
さっきまで、彼に色んな無茶を言った。彼の気持ちもわかるのに、自分の感情が分からないまま、ただ思うがままに吐き出して、彼を困らせてしまった。
これじゃあ駄目だ。
涙を拭いて、彼の腕の中から抜け出す。人肌がなくなり、ちょっとだけ寂しくなるけど、それを我慢して、彼の顔を見つめる。
「ハルキ、ごめんね。さっきまで無茶を言って」
「……いや、僕こそ、急にこんなこと言ってごめん。でも……」
「そこは、言わないで」
少し、強めに言う。
元々、二人とも死んでしまう事は覚悟していたのだ。
あの魔王はそれほどまでに強い。もしかしたら、私達では倒しきれないくらいには。
だから、私が泣いた理由は……あんなにまで感情を揺さぶられたのは、彼が死ぬかもしれないと言ったことではない。
それは……
「私だけ生き延びろなんて言わないで!」
立ち上がる。背筋を伸ばして、堂々とする。私は、一人で立てる。
「私は、貴方に生きていて欲しい。だから、貴方が言いたいことも理解できる。でも――!」
彼に目を合わせる。絶対に逸らさない。彼に私の思いが伝わるように。
「私は貴方に、『最後まで一緒に戦ってほしいって』言って欲しい!」
この言葉を聞いた彼が、息を飲む音が聞こえる。
そう。そこなのだ。
彼に、自分だけ逃げてと、そう言われたことに腹がったって、悔しくて、何よりも悲しかったのだ。
「貴方が私を大事にしたいのは分かる。それはとても伝わってくる」
ハルキが私の事を心の底から大切に思って、「君だけは逃げて」と言ってくれたのは分かる。そのことは素直に嬉しい。
でも、
「私だって、覚悟は決めている。あの魔王と戦ったら死ぬかもしれない……いや、魔王を倒して生きて帰ってこれる可能性が限りなく低い。そのことぐらい、私でも分かってる」
それでも、それでもここまで来たのは……
「だけど、貴方と一緒に最後まで戦いたかったから。貴方と最後まで戦って、最期の一瞬まで一緒にいたかったから、だから私はここまで来たの」
彼の役に立ちたかった。彼と一緒に戦って、彼を救いたかった。彼の隣で彼を常に支えたかった。だから、ここまで彼についてきた。
「だから、私は貴方に『君だけ逃げて』と言われて、悲しかった。もう必要ないのかと……そんなわけないのに、私の覚悟が踏みにじられた感じがした」
彼の顔が、後悔に染まる。
ああ、そんな顔はしないで。私は貴方にそんな顔をしてほしくてこんなことを言ったんじゃない。
「ねぇ、ハルキ。私は、貴方の事が好き。心の底から、愛してる」
一切飾らずに、本心だけをただぶつけていく。彼にあわせた視線は絶対に離さない。
「貴方と一緒にいて、確かに辛いことも悲しいことも、沢山あった」
彼の表情はちょっとずつ沈んでいく。追い打ちをかけてるかもしれない。でも、これも嘘ではないのだ。確かに、彼と一緒にて辛いことも、悲しいことも、沢山あった。
だけどね――
「でも、貴方と過ごした日々は、幸せだった。悲しいことも、辛いことも沢山あったけど、その分、嬉しいことも、楽しいこともいっぱいあった。貴方と出会えて、本当に良かったと思ってる」
彼の頬に触れる。彼も、涙を流していた。
「だから、私は貴方と一緒に戦いたい、最期の瞬間まで、貴方と一緒にいたい。それで死ぬ覚悟はもうできている。だから――」
言葉を続けようとしたとき、彼が再び私を思い切り抱き締めた。
突然の事に、言葉が喉に詰まる。
彼は、そのまま口を開いた。
「ごめん、本当にごめんね……」
彼は、そのまま続ける。
「今まで、一緒にいてくれて、ありがとう。僕の事を想ってくれて……こんな風に言ってくれてありがとう」
この言葉で、私もまた涙が零れてくる。でも、さっきとは違う涙だ。今度は、彼にそう言われたことが嬉しくて泣いているのだ。
「ねぇ、ユウキ、ちょっといいかな」
「うん。何、ハルキ」
「僕は……いや、僕たちは、今回の戦いで死ぬかもしれない。もしかしたら、生きて帰れないかもしれない」
「うん」
「もし、そうなりそうでも……死にそうになっても、ずっと僕と一緒にいて欲しい」
「うん、うん」
「ずっと、ずっと、最期の瞬間まで、僕と一緒にいて欲しい。僕の隣で戦って欲しい。僕の傍で……支え続けて欲しい」
「う、ん。うん。大丈夫、ずっと一緒にいるよ。ずっと隣にいるよ」
「例え、例え死ぬとしても……」
彼は息を整えると、抱き締める手を少し緩めて、私の目を見ながら言う。
互いに顔は酷い有様だ。でも、この瞬間の表情が一番……
「僕と一緒に、死ぬ瞬間まで……最期の最期まで、戦ってください」
一番、綺麗だった。
「はい。貴方と最後の瞬間まで、戦い抜きます」
魔王との戦いの結果がどうなるかは分からない。だけど、最期の死ぬ瞬間まで、彼と一緒にいる。
私は、そう誓った。
作者は、こういうシーンが大好きです!
誤字脱字など、報告くれるとありがたいです。
批評も、具体的にくれるとかなりありがたいです。
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