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親と娘と明星

突然ですが、次回で最終回です(作者も寝耳に水)


 その日、女の子は家に帰る気が起こらず、1人街を彷徨い歩いていた。成績やテストが悪かったり、両親や家族と喧嘩した訳ではない。いや、寧ろ両親「が」喧嘩しているから、帰りたくなかった。


 まだ小学1年生の女の子には、日々続く両親の喧嘩の原因が何かは、よく分からない。でもこの所ずっと家にいる父親は、娘である女の子にも険しい顔を向ける。当初こそ父親が家にいて嬉しいと思っていた女の子も、次第に父親に近寄らなくなっていった。

 一方で母親はいつもの如く遅い帰り……いや、いつもより更に遅い日も増えた。幽鬼のように疲れた顔で母親が帰ってくると、家の中の空気が更に冷え込み始める。真夜中にも関わらず、些細な原因で始まる両親の大喧嘩。


 よくもまあ疲れ切っているのにそれだけ声が出せるものだと、感心するくらいの大声を張り上げる母親。それに合わせてやはり声を上げる父親。そのせいで女の子は真夜中に両親の喧嘩で叩き起こされ、寝不足な日々が続いていた。

 父親は不機嫌そのものだし、母親はそもそも顔すら見ることが殆どない。寝不足もあって身体的にも精神的にも疲労していた女の子。小学校でも授業に集中できず、教師から注意を受ける日々。


 そして、今日学校が終わり、家の前まで帰ってきた女の子。すると、家から聞こえてくる聞き慣れた怒鳴り声。どうやら母親が珍しく早く帰ってきたようで、まだ陽の高いうちから喧嘩が勃発していた。

 真夜中の喧嘩は、いくら騒音で睡眠妨害をされているとはいえ、女の子は本来寝ている時間だ。だから寝たふりをしていれば、基本喧嘩に直接巻き込まれることはなかった。だが、このまま家に帰れば、両親の喧嘩に直接巻き込まれることになってしまう。


 気づくと、女の子は家の前を素通りし、学校とは反対の方向へ歩き出していた。行くあてはない。元々積極的な性格ではない女の子に、放課後遊ぶような友人はいない。ゲーセンなどには出入りしたことすらなく、結局本当にただフラフラと街中を彷徨い続けた。

 数時間近くウロウロした挙句、女の子は街の郊外にある公園の滑り台の上で蹲っていた。既に辺りは夜の帳が下り、夜空の宵の明星もかなり低い所まで下りていた。


 冷え込みが厳しくなり、顔を赤くしながらも、それでも女の子は家に帰る気になれなかった。着ていたダッフルコートの襟を目一杯立て、体育座りをして顔を膝に埋め、1人両親が仲直りすることを祈っていた。


 すると、


「もし、そこのお嬢さん、マップはいりませんか?」

「……え?」


 突然かけられた声に驚き、辺りを見渡す女の子。最初は下を見ていて気づかなかったが、ふと横を見ると、公園のジャングルジムのてっぺんに立つ少女の姿。

 何やら黒い服に、薄い金色の癖のある髪の毛。その優しい瞳は浅葱色で、黒い傘をさしている。年齢は女の子よりもいくつかは年上だろう。そして、その頭にはお巡りさんが被っているような帽子—官帽という呼び名を女の子はまだ知らない—を被っていた。


 女の子は驚いて滑り台の上に立ち上がる。そのまま滑り台を滑り降りて、少女のいるジャングルジムの下まで走った。するとその少女はおもむろにジャングルジムの上から飛び降り、スタッと女の子の前に着地した。


「っ!?」

「おっと……失礼、驚かせてしまいましたか」


 着地後予備動作抜きでクルっと回り、女の子の方に向き直る少女。間近で見たその顔立ちは非常に端整で、女の子は思わず自身が見ていたアニメの登場人物を思い起こした。


「それでお嬢さん、マップはいりませんか?」

「マップ……?」

「ええ、何でもお嬢さんのお望みのものを言ってくだされば、できる限りのものを用意しますよ? 勿論お代はいただきますけれど」


 突然スッと現れ、何やらよく分からないものを売りつけようとしてくる少女。女の子の年齢が10、いや5は上だったら、怪しんでその場を立ち去ろうとしていたかもしれない。

 だが女の子はまだ小学1年生、夢見るお年頃である。寧ろ少女のことをアニメや漫画の登場人物のようだと、キラキラした目で見ていた。そして、女の子の願いはハッキリしている。


「私、パパとママに仲直りして欲しい……」

「なるほど……ふむ、でしたらこちらで十分でしょう」


 そう呟くと、少女は手に持った革製のトランクを開けると、ゴソゴソと中身を漁り始めた。そして、1枚の紙を取り出し、女の子に渡す。


「こちらをどうぞ。このマップに沿って歩いて行けば、きっと大丈夫ですよ。もしそれでも心配なら、パパとママに………………………………と、言ってみてください。多分効果覿面ですよ」

「ありがとう、お姉さん」

「そうですね、本来はお代をいただかなければならないのですが……」

「でも私、お金持ってないよ……?」


 不安げになる女の子。小学1年生が恒常的に大金を持ち歩いていたら、それこそ問題だろう。少女は顎に手を当てて考える素振りをするも……


「……いえ、まあ、本来はいけないのです。いけないのですが……それは私からの、ちょっとした贈り物ということにしておきましょう」

「……いいの?」

「明星も姿を消してしまいましたし、月もありません。これくらいは構わないでしょう」

「ありがとう……!」


 お姉さんに何やらもらったのだから、きっと大丈夫、仲直りできる。そう信じて笑顔になる女の子。その笑顔を見て少女は満足げな顔をし、どうせならといった風に女の子に訊ねた。


「お嬢さん、よろしければお名前を教えてもらっても?」

「うん、私の名前はね……」


 女の子の名前を聞いた少女は、微笑んでそれに応えようとして、ふと何かに気づいて言葉を紡ごうとするのをやめた。


「……奇妙な縁もあったもの、いえ、これは必然でしょうね。お嬢さん、念の為にこちらもお渡ししておきましょう」

「……?」

「そちらは中身を見ずに、黒い服を着たお姉さんに貰ったと言って、お父様に渡してください。きっと、いいことがありますよ」

「……わかった!」

「いい返事ですね。ああ、ちゃんとご両親には謝るのですよ? それではご利用ありがとうございました、夢を見ることをどうかお忘れなきよう……」


 そう言うと、少女は一瞬のうちに女の子の視界から消え去っていた。女の子は慌てて辺りを見渡したが、既に少女は影も形もいなくなっていた。

 途端に心細くなった女の子、少女から受け取った1枚目の紙を開いてみると、そこには簡略化された地図が。スタート地点はこの公園になっている。女の子はその地図に従って歩き始めた。







 地図に沿って歩いて行くと、女の子はいつの間にか自宅に辿り着いていた。自宅の前にはパトカーが止まっていて、黒いスーツを着た大人たちや、制服を着たお巡りさんがしきりに出入りしていた。

 パトカーの側に心配そうな表情で立っていた母親が、女の子を見つけて走り寄ってきた。すぐに父親と、お巡りさんも後から追いかけてくる。


「まり! どこに行ってたの!? お母さんがどれだけ心配したか……!」

「そうだぞ、お父さんもだ」

「ごめんなさい……」

「でも、良かった……誘拐とか事故とかじゃなくて……」

「本当に良かった、すみませんお騒がせしまして……」

「いえいえ、こちらとしましても事件ではなくて何よりです。ちょっと他の人間にも伝えてきますね」


 女の子を抱きしめる母親、警察官に頭を下げる父親、そしてそれを笑顔で見守り同僚の元に報告に行く警察官。


「ママ……」

「何?」

「……私、要らない子なの?」

「「……」」


 女の子は、少女に言われた言葉を呟いてみる。父親と母親はそれを聞いてハッとした顔をし、互いに顔を見合わせ、2人で娘を思い切り抱きしめる。


「そんなことないじゃないか……お前はパパとママの大切な1人娘なんだぞ……?」

「ママこそごめんね……まりに寂しい思いをさせていたのに、気づかなくて……」

「ううん、でも、パパとママ、仲直りしてくれる?」

「あ、ああ、勿論! もう喧嘩しないさ!」

「ええ、絶対……!」


 1つの家族が今、ひび割れた絆を取り繕い、再び家族になろうとしている。警察官はその様子を遠くから見つめ、もう大丈夫だろうとパトカーの方へ戻っていった。


「……ん? まり、その手に持っている紙はなんだ?」

「あ、えっとね……黒い服のお姉さんに貰ったの」

「黒い服のお姉さん?」

「それでね、こっちの紙は、パパに渡してって」


 父親が怪訝な表情をしながら、その紙を受け取り開く。途端、目を見開く父親。ほぼ白紙の紙、その上の方には父親と母親、そしてその下に娘の名前。


「……そうか、また彼女には助けられたな……」

「……? 正?」

「なんでもないよ……今まですまなかった、泣き言言わずに、就活頑張るよ」

「そうね……私もゴメンなさい、仕事のストレスを貴方にぶつけてしまって……」

「大丈夫だ、もう大丈夫。僕たちはもう3人なんだ」

「ええ、その通りね……」







「……お母様も人が悪い。先に教えてくだされば良かったのに……」

「それだとつまらないじゃない。それより、上手くできたわね」

「ええ……残念なことに」

「フフ、そんな顔をしないのよ。さあ、行きましょうマレーネ」

「はい、お母様」

毎週日曜夜……いえ、なんでもありません

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