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弾劾者無き裏切り者

日々単調ですと、ネタが浮かばない浮かばない……このままだと、ドンドン投稿ペースが伸びていってしまう……


そもそもこれ、テスト投稿に近いネタ作品だったのですが……でもエタらないように、最大限努力はします、ええ。


 その夜、どうにも眠れずに困った私は、フラフラと護衛も付けずに夜の散歩に出かけた。別段自陣の中であるし、問題は無いと思っていた。頭の中は、この局面をどう打開するかという1点のみに集中していた。


 大陸の二大強国である帝国と王国。その領域が接する地域の小領主同士の小競り合いが、戦いの発端だった。だが元々数百年に渡る仇敵であった両国は激しい戦闘を繰り返し、戦争は長引いていった。1年、2年……戦争の長期化につれて両国共に疲弊していったが、泣き言を漏らした方が負けである。戦闘は更に激しさを増し、一進一退の状況であった。

 王国軍の第2軍司令官に任じられていた私は、どうにか自軍と連携を取り、帝国軍主力の過半を国境付近のこの要塞に追い込んだ。しかしながら、本来野戦での包囲殲滅で敵軍の数をもっと減らす予定だったのが、連携不足から殆どの兵に要塞へ逃げ込まれてしまった。


 敵兵、推定5万人超。こちらは5軍団10万人近いが、力押しにはまるで兵力が足りない。敵側も包囲解消より、寧ろ敵の大軍を引きつけておく方を選んだようだ。包囲から早1ヶ月近く、敵主力を追い込んだはずのこちらの方が、行動の自由を奪われていた。


「どうしたものか……包囲を解いてしまえば、確実に後ろから突かれる。とはいえ、正攻法での攻略は成功したとしても損害が大きすぎるし、周辺は泥濘地で砲が使えない……」


 今考えれば、我々も嫌な所に敵を追い込んでしまったものだ。砲が使えるものと高をくくっていたのが悪かった。まさか長雨で周囲一帯が泥に塗れるとは……このままだとこちらがジリ貧である。今日の会議でも芳しい案は出ずじまい。他の司令官たちも相当苛立っていて、責任のなすりつけ合いすら始まっていた。兵の士気的にも、決断を迫られつつある。背中に兵士たちの命と、国運という重い責任がのしかかる。

 元々帝国領だった土地に生まれ、幼い頃生地が戦争で王国領になったことから、王国軍に志願した。入隊当初から言葉の訛りを始めとする障害もあり、多くの差別、不平等を味わってきたが、齢50をとうに過ぎて遂に一端の司令官になることができた。たたき上げの私は、泥まみれの土地で包囲を続ける兵士たちの士気が急激に下がっていくのを、実体験と重ね合わせて切実に感じていた。


 現実は非情で、状況は理解できていても、「よりマシ」な選択肢程度しか浮かんでこない。ふと気づくと、自陣の大分外れの方まで来てしまっていた。夜空にはこちらの憂鬱な気持ちも知らず、星々が瞬いている。小説だと、主人公の心情に合わせて天気も変わってくれるが、どうやら私はこの話の主人公ではないらしい。

 妙な自嘲をしながら、何気なしに星を眺めていると、


「もし、そこの方、マップはご入用ではありませんか?」


 こんな血と泥に塗れた戦場にはまるで相応しくない、透き通るような少女の声が聞こえた。慌てて目線を下に下ろすと、近くに生えていた大木の下に、少女が1人立っていた。まるで夜の闇から抜け出てきたかのように、黒で統一された服を着ている。だが変わった帽子が被さったその長い髪は、それとは対照的に純粋な白だ。それが彼女の端整な顔を神秘的に、そして不気味に浮かび上がらせていた。

 思わず提げているサーベルに手をかける。いくら少女とはいえ、仮にも軍司令官が見かけに惑わされるわけにはいかない。まあ、自陣内だからといって、1人だけで出歩いていた私が言えたことではないが。現にこうして、不審な少女を相手に1対1で向き合う羽目になっている。


「……何者かね? ここは王国軍の野営陣地だ、君のような少女が来るような場所ではない。すぐに立ち去りたまえ」

「何者か、と問われますと……ええ、マップ売りであるとお答えするのが適切でしょうか、お客様」

「マップ売り、だと……?」

「改めまして、マップはご入用ではございませんか? およそありとあらゆるマップを取り揃えておりますよ」


 ますます怪しい。マップ売りなどという珍妙な職業に、戦場のど真ん中というその場所。しかも服装は見えづらいが、明らかに農民や職人が着るような服ではない。その装飾や布地の見た目の質からしても、社交界の人間が着るような服だ。余りにもチグハグすぎる。怪し過ぎて逆にこれは敵のスパイではないと断言したくなるほどだ。


「……マップなど私は求めていない、早くここから立ち去るんだ。さもなければ、スパイとみなして捕らえるぞ」

「おやおや、本当にマップはお求めではございませんでしょうか? 地図、地形図、見取り図、海図、製図、星図、設計図その他、なんでもございますよ?」

「……聞こえなかったのかね? だからそんなもの……」


 ……いや、確かに彼女の言う通り、本当は要塞の見取り図がどうしても欲しい。この要塞は帝国によって新しく造られたもの。故に内部構造が不明で、いわゆるトンネル攻略もまるで上手くいっていないのだ。だが、こんな少女がこの要塞内部の地図など持っているはずがない。持っていたらそれこそスパイ確定である。

 寧ろ、本当に地図を持っているのなら、今すぐ彼女から地図を奪い取るべきだろう。少女には酷な話だが、そもそもスパイなのだろうから遠慮は無用だ。私にもこの作戦を成功させ、兵士たちを1人でも多く生きて返す責務がある。周囲に人の気配はまるでない。孫ほどの年齢の少女に剣を突きつけるのは気が引けたが、私はサーベルを抜き、ジリジリと少女に迫った。


「本当に何でも持っているのなら、そこの要塞の見取り図も持っているのだろうな?」

「ええ、勿論ですお客様」

「ならば今すぐ出せ、出さないと……」

「はい、少々お待ちを……こちらですね」


 少女が手に持ったバッグの中に手を入れる。一瞬短筒かナイフかと身構えたが、バッグから取り出したのは1枚の紙。それを持ち、スタスタとこちらに寄ってくる。こちらがサーベルを突きつけているのに、まるで物怖じしない態度に空恐ろしさを感じる。少女から目を離さず、周囲の気配も伺いながら、少女の手から紙を強引に奪い取る。

 サーベルを利き手で突きつけたままなので、利き手でない方の手だけでモタモタしながら紙を広げる。横目で中身を見ると、なるほど確かに何かしらの巨大な建物の見取り図が詳細に描かれているようだ。これは大当たりか? と思いつつも、この地図を何ら躊躇無く渡してきた目の前の少女は、本当に何者なのだろうか。サーベルの切っ先を首に突きつけた状態なのに、全く変わらない微笑を浮かべたままだ。


「いかがでございましょうか?」

「あ、ああ……確かに地図のようだが……」

「まさしくお客様がお望みのものでございます……ですがよろしいのですか? 一度深呼吸なされて、その地図をお使いになられるか、よくお考え直しになられた方がよろしいかと……」

「何を言う、自分から差し出しておきながら。これが偽物であろうと本物であろうと、戦局打開の為ならばいくらでも使い道がある」

「左様でございますか、ふむ……この場で代金をいただくのは難しいでしょうか? でしたら、後ほど代価は受け取りに参ります。ご利用ありがとうございました、くれぐれも後ろにはご用心を……」


 そう聞こえたと思った瞬間、一時も目を離していなかったはずの目の前の少女が、元からそこにいなかったかの如く姿を消していた。すわ、後ろに回られたかと慌てて周囲を確認するが、影も形も見当たらない。


「……一体、どういうことだ」

「あっ、将軍! こちらにいらっしゃいましたか! おーい! みんないたぞぉ!」

「ご無事でしたか、将軍!」

「っ! お、ああ、大丈夫だ。すまない、心配をかけた」

「いえ、ご無事で何よりです」


 駆け寄ってくる部下を見つけ、咄嗟にサーベルを鞘に収め、手に持っていた紙を折りたたんで懐にしまった。まさか、妙なことを言って兵士にこれ以上動揺を走らせるわけにはいかん。だが、不審人物や夜襲には厳に警戒するよう、歩哨たちに声をかけておこう……







 あの後、1人になった所で確認して見ると、間違いなく件の要塞の地図だった。しかも内部の武装配置や、いざという時の抜け道までありとあらゆる情報が記載されてある。もしこの情報が真実ならば、要塞を落とすことができるかもしれない。もし欺瞞情報や罠だったとしても、それに対する備えもしておき、逆に敵を誘い込んで撃破すれば良いだろう。

 その夜徹夜で作戦計画を練った私は、翌朝眠い目を擦りながらも緊急で会議の開催を求めた。例の地図は現物を見せず、要塞内部の情報は敵のスパイを捕らえて得られたものということにしておいた。大胆な作戦計画に他の司令官たちは大分渋ったが、失敗した場合責任は全て私が被るということにして押し通した。


 結果から言うと、作戦は見事にハマった。敵軍もいつの間にか要塞内部に侵入されていたことにパニックに陥り、抵抗らしい抵抗もなく要塞は陥落。3万を超える兵士を捕虜にすることができた。敵軍主力は半減し、軍組織としてもバラバラのまま潰走している。このまま追撃をかければ大戦果を挙げられるだろう。私は更なる追撃を上申しようとした。

 ……ところが、要塞陥落後の会議で、何故か私は幕僚たちから攻撃された。曰く、ここまで苦戦していたのに、今になってこうも上手くいくのはおかしすぎる。私が敵と内通していて、追撃を仕掛けた所を捕虜になった兵士と結託して挟み撃ちにするつもりだろうというのだ。勿論反論したものの、私以外の殆ど全員に攻撃され、私はその場で拘束されてしまった。正式な処分は本国からの命令待ちだが、事実上敵のスパイと断定されてしまったに等しい。


 私は要塞内で最も大きい牢屋にぶち込まれた……なんたる屈辱! ここまで王国の為に尽くしてきたというに、どうして裏切り者呼ばわりされないといけないのか! 確かに情報の出所は余りにも怪しい、追撃したところを撃破するまでが罠という可能性を考慮しなかった私にも非はあろう。だが、この仕打ちはそれこそ私に対する裏切りだ!

 憤懣遣る方無く、牢屋の中をウロウロしていた時、ふとあの地図に記載があったいくつかの抜け道を思い出した……そうだ、この牢屋にも、外部への隠し通路があったはずだ! 私は急いで牢屋の床を外し、隠し通路を通って要塞外に脱出を試みた。既にあの地図は幕僚たちの手に渡っているに違いない、急がなければ。


 どうにか要塞から脱出した私は、そのまま敵国、すなわち帝国の領土へ向かって逃亡した。最早何を言っても王国軍は信じてくれないだろう。このような形で王国を裏切るのは心苦しい。だがこうなってしまうと、今まで王国軍の中で受けてきた差別的待遇ばかりが頭をよぎる。噂でしかないが、帝国軍はそのような差別は殆ど無いと聞く。元々王国軍の将校だった人間が投降してきても、即座に殺したりはしないだろう。

 私は自分が打ち破って敗走する帝国軍に追いつき、それに混じって帝国に辿り着いた。そのまま帝国に降伏し、拘束され何日も尋問を受けた。だが王国軍のあらゆる情報を喋った私を、帝国は英雄として受け入れてくれた。王国軍での差別的待遇を多少オーバーに話したことで、帝国の老皇帝から同情さえ買った。


 帝国軍は私から得た情報を有効活用し、王国軍を散々に打ち破った。半年もしないうちに、王国は帝国に講和を申し入れた。帝国は王国から国境地帯を大幅に割譲させ、長年続いた戦争に大勝利を収めた。私は勿論王国には戻れなかったが、帝国に対する功績を認められ、帝国での爵位と年金を与えられた。帝国は正直感傷を別にすれば王国よりも居心地が良く、皇帝からの信頼も得ることができて、名誉職とはいえ枢密院顧問官にも任ぜられた。

 ただ、私が降伏して以降敗北一辺倒であった王国軍の中で、私の率いていた第2軍だけは、依然高い士気を保ち続けたという話を聞いた。第2軍の兵士たちは、王国を裏切ったかつての上官たる私を忘れられなかったのだという。私の率いた軍だったことから王国軍上層部に睨まれながら、なお敵国から見ている私に対して恥ずかしくない戦いをしなくては、という結束を有していた。最終決戦では王国軍の最左翼を支え続け、壊滅状態になるまで戦い抜いたという。


 その話を聞いて、私はどうして要塞から脱出しようとした時、自分の部下たちのことを何も考えなかったのだろうという強い自責の念に襲われた。あの時、明らかに私は司令官ではなかった。ただの一兵士にしか過ぎなかったのだ。私は、たたき上げだったから兵士の気持ちは良くわかっているつもりだった。だが、たたき上げだったからというのは正しくなかった。

 結局、私は司令官たる器ではなかったのだ。徹頭徹尾利己的で、王国軍の差別に不満を持っても、王国や王国軍そのものを変えようと積極的に動き回ることもなかった。そんな私に最後まで好感を持ち、死んでいった兵士たちに、私はなんと詫びればよいのだ……


 そんな時、帝国の社交界で20歳年下の未亡人に出会った。彼女は私と同じ地方の出身で、話していて話題に事欠かなかった。帝国での栄達と、利己的な自身との乖離に苦しむ私に、彼女は寄り添ってくれた。やがて、私と彼女は結婚した。翌年には女の子まで生まれた。

 何も守れず、自分の為に自分の国さえ切り捨てた私。せめて愛する妻と子だけは、私を犠牲にしてでも守り抜きたい。もう60になり老いゆく私が、最後に見せられる「誠意」だった。







 60を過ぎ、体にガタがきていた私は、暇乞いをして帝都郊外の邸宅に隠居した。妻と、はたからは孫にしか見えないであろう娘との3人暮らし。それでも、若くして軍に入り、人生の半分以上を軍で過ごしてきた私には、夢のような穏やかな時間だった。

 私は新聞を読みながら、朝のコーヒーを啜っていた。ここの所、皇帝陛下の体調が思わしくないようだ。数日前見舞いに伺ったが、やせ衰えたお姿を拝見し、すぐにお迎えがいらっしゃるだろうと悟った。だが、最後にご挨拶ができただけでも良かった、そう思っていると……


「お久しぶりです、どうでしたか? あの時の地図は、お役に立ちましたでしょうか?」


 忘れられない、今でも耳にこびりついている鈴の音のような声。バッと後ろを振り向くと、あの時の少女が悠然と、あの時と変わらぬ姿で部屋の入り口に立っていた。その左手にはかつて地図を取り出したバッグ、右手に……


「……! 何故娘が……」

「あの時、地図の代価をいただいておりませんでしたので、今頂戴しに上がりました」

「待て、待ってくれ……! マリーだけは、娘だけは……!」

「それでは、ご利用ありがとうございました……ご安心を、悪いようには、いたしませんので」

「待てぇ!」


 私の叫びも虚しく、少女はキョトンとした顔つきの愛娘を連れて、あの時と同じように姿を消してしまった。絶望だった、私は娘1人守れないのか、しかもあの地図の対価として奪われていってしまうとは……

 とにかく、何でもいいから手がかりを探して、マリーを取り返そうと立ち上がった、その時、


「あ、あなた!」

「ああ、マリーが……何だお前たちは!」


 顔を真っ青にした妻が部屋に入ってきた。マリーがいないことに気づいたのだろうと話しかけようとして、妻の後ろからドヤドヤと部屋に入ってくる兵士たちに気がついた。


「フェルディナント・フォルクレールだな! 貴様に国家反逆罪と国家機密漏洩罪で逮捕状が出ている! 大人しくしろ!」

「何だと!? そんなことがあるものか! 何かの間違いだろう! 陛下が重体であらせられる時に、なんたる醜態を晒すつもりだ!」

「黙れ! 先帝陛下であれば今朝早く崩御なされた! これは皇太子殿下からの命令である!」

「な……何と……」


 陛下が崩御されたこともそうだが、崩御された瞬間に私に逮捕状とは……やはり、真の裏切り者に、居場所は無かったのだな……


「おい! 娘がいるはずだぞ、探せ!」

「お前らはこっちだ!」

「待ってくれ! 妻と娘は関係ないだろう! 私だけで十分なはずだ!」

「家族全員を捕縛しろとの命令だ! 大人しく縄につけ!」


 クソッ、せめてマリーだけでも……ああ、そうか……彼女の言っていたことは……


「あなた! マリーが!」

「……安心しろ、大丈夫だ……娘を頼んだぞ」


 どこへ言えば良いのか分からなかったが、最後に帝都の忌々しい青空に向かって呟き、私と妻は連行された……







「……私は対価を受け取っただけです、貴方の娘さんを頼まれる筋合いは、ありませんよ……」

「……パパ……ママ……」

「もう2人ともいませんよ、私が貴方の新しい家族です」

「かぞく……?」

「……そうですね、新しく名前をつけてあげましょう。行きますよ、マレーネ」

「……うん」

J’accuse…! (私は弾劾する/エミール・ゾラ、1898年1月)

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― 新着の感想 ―
[一言] なんとなくこの境遇だと、どんな地図買っていてもこのエンドに繋がりそうではある。 そりゃ、帝国に完勝し王国で成り上がり孫に囲まれて平和に終わる、ためのルート地図、みたいなものなら大丈夫だろうが…
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